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産婦人科医の私が、診察室の外で妊婦さんに返事を書く理由


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:よもぎもちもち(ライティングゼミ 2026年5月コース)

 

カチャカチャカチャ。

夜12時。

ホットコーヒーで眠気をこらえながら、私はパソコンに向かっている。

日中は、緊急の帝王切開に、突然の分娩にと、事件続きだった。

明日も朝から、病院で外来がある。

本当なら、もう寝ていなければいけない時間だ。

それでも今私は、一人の妊婦さんと作っている記事の原稿に、コメントを書いている。

これは、仕事でもないし趣味でもない。

じゃあなぜ、こんなに夜遅くまで頑張っているかって?

いや、私も病院の外でこんなに働くことになるなんて、医師になった頃は全く思っていなかった。

 

『内科医になりたい』

物心ついた頃から、ずっとそう思って生きてきた。尊い命を救い、患者さんに寄り添える医師に憧れていた。

『医者になるんだから他人に優しくする』。小学生の頃、自分の心に決めた誓いだ。

いかにも子どもの安直な考えだが、私はずっとこの言葉を忘れずにきた。

そんな私だったが、あれは忘れもしない医大5年生の夏、運命が変わる出会いがあった。それは実習で行った分娩という現場である。

 

ドッドッドッ

モニターから胎児の心音が聞こえてくる。

フー、フゥー

妊婦さんの声にならない息遣い。

助産師さんが妊婦さんを見る懸命なまなざし。

明るく照らされた分娩室で、いくつもの手と声が、一つの命の誕生へ向かっていた。

そこには、私が子どものころからあこがれていた医療があった。

新しい人生が始まる場所。

母と子が初めて出会う瞬間。

その現場は一瞬で私をとりこにした。それから私は、産婦人科という道に強く惹かれ、紆余曲折があったものの、産婦人科医になることにしたのだった。

 

実際に産婦人科医になって働くとその現場は想像以上に重かった。

「赤ちゃんが危ないので、これからすぐに帝王切開します」

超緊急帝王切開。

体の半分以上の血液が出血する大量出血。

命を守るための時間との闘い。

お母さんと赤ちゃんの命を支え、出会いをかなえる仕事だということを、この身に感じた。

私の仕事は、妊婦さんと家族と助産師さんが一丸となって進んでいる分娩について、見守り、判断し、いざという時は医学を使って助けることである。

助産師さんのように妊婦さんにずっと寄り添ってあげることはできないけれど、それが私の仕事だと理解し、1500人以上の赤ちゃんの分娩をサポートした。

その一方で、外来では、つわりがつらいと訴える妊婦さんに制吐剤を出していた。命に関わるものではない。次の患者さんが待っている。それが当たり前だと思っていた。

 

産婦人科医として一人前と言われるくらいになった私は、大学院での研究のために一時的に現場を離れることになった。それが二つ目の転機になった。

大学院は病院とは違い、患者さんと話すこともないし、緊急で何かが起こることもほとんどない。少し時間ができた私は、SNSで産婦人科についての情報発信を始めることにした。

それまで自分が病院で得てきた情報。例えば、なんのために妊婦健診をしているのか? や産婦人科医は健診で何を見ているのか? など患者さんに役立つ医療知識を毎日発信した。

最初はあまり受け入れてもらえなかったが、だんだんとフォロワーも増えてきた。

 

SNSで発信を続けるうち、つわりの辛さを訴える投稿が、いくつも目に入るようになった。「もっと吐いている人もいるんだから、と言われた」と。ある投稿は100万人以上に読まれ、数万のイイねがついていた。

そんなある夜、私のスマホが光った。一通のメッセージが届いていた。

「つわりが辛くて病院に行ったんです。でも、我慢するしかないって……」

私は天を仰いだ。その医者を、責められなかった。私も、制吐剤を出し、我慢させてきた。

返信を打とうとして、言葉が出てこなかった。

一晩、明けてしまった。

それでもまだ、私は画面の中のその一文を、見ていた。

妊婦さんが診察室にいる時間は、ほんのわずかだ。ほとんどの時間は病院の外で過ごしている。そして、不安も病院の外にいる時間に生まれている。命を守る。それは医師としての土台であり、絶対に必要な最低限の仕事だ。でも妊婦さんが必要としていたのは、それだけではなかった。

 

『安心したい』

『知りたい』

『大丈夫と言ってほしい』

すべての妊婦さんに優しくできるように、私はこの気持ちを支えたいと思った。妊娠出産に伴う不安をどうやって支えるかを考えるようになった。

でも、妊婦さんを理想的にサポートするには、診察室の中だけでは限界があった。だから私は、診察室の外に活動の場を作ることにした。妊婦さんの不安に一つずつ返事を書き、知りたいことを記事にしてとどける。それは副業でも趣味でもない。私にとっては産婦人科医としての延長線上にある。

 

カチャカチャ。

今夜も私は、冷めたコーヒーを片手に、妊婦さんの声に返事を書いている。

これこそが、診察室の外で見つけた私の仕事だ。

 

〈終わり

 

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