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長い暗闇を手探りで歩く

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:麦本はるか(2026年8月開講 ライティング・ゼミ福岡)

※この記事はフィクションです。

 

 

「何かの間違いだろう?」

私は合格者の番号が書かれた掲示板の前で立ち尽くした。大学事務棟の前、桜はまだつぼみのままで寒々しい枝を伸ばしている。

すぐ近くでは胸に大学ロゴの入ったジャージを着た男たちが、受験生らしき高校生を胴上げしている。わっしょいわっしょいという声は喜びに満ちており、これから始まる幸せな大学生活への期待にあふれていた。

しかしそんな幸せな空間と私の間には分厚いガラスでもあるかのように世界が違っていた。

「33、34、36、37。私の受験番号である35番がない」

大学側が印刷を間違えたんじゃないのか。採点にミスがあったんじゃないか。

頭の中をぐるぐるとそんな言い訳が回り、自分の心臓のバクバクという音が聞こえてくる。

あれだけ自信をもって望んだのに不合格なんてことはあり得ない。

信じられなかった。

あれだけの時間をかけて勉強したのに。あれだけ頑張ったのに。

ただ、頭の片隅では現実を受け入れ始めてもいた。

「この大学しか受験してないから、不合格なら浪人するしかないよ。明日から浪人生活さ」

隣にいた友人におどけてそう言った私の言葉は震えていた。

「必ず1年後にここで合格をつかんでみせるよ」

強がりだ。でも強がらなければ心が壊れてしまうと思った。

 

その3週間後、私は大阪の予備校にいた。

駅直結の大型マンションのすぐ近くにそびえたつ校舎。前面ガラス張りで今は春の空の青さを映している。10階建ての校舎は、まるで上空から大きなナイフで一つの頂点をななめに切り落としたような独特の形をしていた。

「あのななめの部分の部屋はどんな形をしてるんだろうなあ」

そんなどうでもいいことを考えながら私はこれから始まる浪人生活の門をくぐった。

予備校の授業は一人一人の志望する大学に合わせて、全く違った授業のコマ割りが設定されている。

例えば私のコースでは数学や理科の時間は少な目で、その分英語の時間が多い。「長文英語」「英語読解」「英語文法」「リーディング英語」など英語だけでも週に4種類ほど授業が設定されており毎日3〜4時間ほどは授業を受ける。

ただし、一人一人違うとは言っても同系統の大学を目指す者同士ならだいたい似たようなメンバーで授業を受けるようになる。座席も自由だが3〜4回もすれば、何となく座る座席は固定されてくる。ちなみに私はどの授業でも黒板の前から2列目の正面に座っていた。

「ねぇ君はどの大学を受けるんだい?」

何度か同じ授業を受ける内に何となく顔を覚えていたメガネの男の子にそう声をかけようとした。でもしなかった。

それは、私の中のもう一人の私が語りかけてきたからだ。

「お前はここに友達作りに来たのか? 大学に合格するためだけに来てるんじゃないのか?」

そして、もう一人の自分は冷徹な目でこう言った。

「間違えるな。お前は独りぼっちなんだ。誰からの助けもなくたった一人で大学受験に立ち向かう。その覚悟をもってここに来ているんだろう」

そこから先、予備校を卒業するまで浪人生活は孤独だった。

朝警備員さんに「おはようございます」と言い、夜帰るときに「さようなら」と声をかける。その二言がその日一日で私が予備校内で声に出して発した言葉の全てだ。

友達もいない。家族とも話さない。

朝起きて予備校に行く。授業を受ける。自習して帰る。家で勉強して寝る。

朝起きて予備校に行く。授業を受ける。自習して帰る。家で勉強して寝る。

朝起きて予備校に行く。授業を受ける。自習して帰る。家で勉強して寝る。

この繰り返し。

この生活をあとどれだけ続けなければいけないのだろう。これだけ努力して合格できなかったらどうしよう。なんだか心臓が痛い。

眠れずに悩む夜があった。でも夜が空ければまた予備校に行って勉強した。

来る日も来る日も勉強と向き合い続けた。

夏祭りもGWもクリスマスも正月も関係ない。

たった一人で、苦しみも辛さも誰にも話すことなく全部を一人で抱え込んで。

狂ったように勉強を続けた。

 

そして迎えたセンター試験(現大学共通テスト)本番。その日は快晴だった。

指定された試験会場に入る。

大学らしい広い教室。黒板を中心に放射線状に固定された机と椅子。床も机も全てが白色でなんとなく寒々しい印象を覚える。

「ここが私の戦場か」

席には既に3分の1程度の受験生が座っており、携帯を触る者、英単語帳を見ているもの、眠っている者、様々。他の戦士たちの間を通り、私は自分の受験番号の席に座った。

カバンを置き、この日のために用意してきた長さが13センチの鉛筆、消しやすい消しゴム、1秒の狂いもなく合わせた腕時計たちを机の上に準備する。

そしてこの1年間を思い出す。

雨の日も風の日も、どんなに苦しいときでも。

たった一人で頑張ってきた。

結果を出すことでしかその思いに報いることはできない。

時間が来ると試験官がやってきて問題冊子を配った。

「では時間になりましたので試験を開始してください」

試験官の声と同時に受験生たちが一斉に問題冊子をめくる音が教室に響き渡る。

「さあ誰も助けてくれない本当の孤独な戦いの始まりだ」

大学受験は真っ暗なトンネルだ。

出口にある小さな光を目指して暗闇の中をただ一人歩き続ける。真っ暗な闇に不安で押しつぶされそうになりながら。途中で躓くこともあるだろう。光が見えなくなってしまうこともあるだろう。

でも、途中で誰かが手を引いて出口まで引っ張っていってくれる訳ではない。誰かが道を明るく照らしてくれる訳でもない。どんなに不安でも自分の足で一歩一歩確かに歩いていくしかないのだ。

私はそのトンネルを最後までたった一人で進み続けた。

そして抜けた先には光であふれる世界が待っていた。

「あった」

二次試験から約2週間後、私は掲示板に貼られた合格発表の用紙に自分の受験番号があるのを確認した。

不思議と喜びは沸いてこなかった。

ただ、ついに終わったんだという安堵の気持ちだけが私の胸を占めていた。

「合格してよかったなあ。頑張ってたもんなあ」

隣には涙を流し私よりも大喜びしている友人がいた。友人からの祝福を受けている私の顔は意外と無表情でポカンとした顔をしていたのではないだろうか。

「まあトンネルを抜けた直後って明るすぎて何も見えないもんな」

そんなことを考える私のすぐ側では、桜が少し早い花を咲かせていた。

 

 

 

 

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