メディアグランプリ

要約できない願いたち


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:きんもくせい(2026年8月開講 ライティング・ゼミ福岡)

 

 

どこか、遠くから水の音が聞こえてくる……

始めは、気のせいかと思ったけれどその音は確かに部屋の中から聞こえてくる。

まずいな。水もれしている。

……そうか、洗濯槽のつけ置きが終わって仕上げの洗浄が動き始めたんだ。

少しずつ私の脳内が目覚め始め、昨夜の記憶がよみがえってきた。

昨日の夜は、夏に旅行した高知県に鎮座する「一言主命(ひとことぬしのみこと)」のことを記事にしようと、その構想をあれこれ考えていたのだった。

 

願いをひとことだけ叶えてくれる神様「一言主」。なんだか不思議な感じがするのは、神様なのに妙に現実的だからかもしれない。高知市から車で西に一時間ほど移動した、浦ノ内湾の最奥部に位置する「鳴無神社(おとなしじんじゃ)」に、この神様は鎮座している。夏の日差しが傾いてきた夕方5時ごろ、四万十川を観光した帰りに、私はそこに立ち寄った。

去年まで一緒の職場で働いていた年の離れた友人と旅をするのは今年で2回目。私にとっては、気を使わずに一緒に旅ができる若い友人だ。

「一言だけって難しいよね。何をお願いした?」

と尋ねると、

「……と……と、世界平和」

「叶えてくれるのは一言だけよ」

「私は、どこの神社でもこの3点セットをお願いするので」

と、当たり前のようにさらっと答える。世界平和か。始めの2つはよく聞き取れなかった。でも、世界平和を自分事として願えることや、一言というのに気にしないで三点セットとして願い事をまとめる彼女に私は感心した。

それに対して私はというと、お社の前で手を合わせながら何を願ったらよいのか迷っていた。心底叶ってほしい願いはある。でも、一言にまとめるとなると難しい。そもそも、神様にお願いしていいのかどうかも迷うところで、いつもどおり漠然と手を合わせて挨拶したのだった。

 

参拝後も、「一言だけ」が気になり海に突き出た参道から海面を見下ろした。「鳴無神社」というその名前と、四万十川の豊富で透明な水のイメージから、私はその場所は透き通るような海と想像していた。けれども実際に目の前に広がっていたのは、不透明な海を囲む堤防の景色だった。「海を正面に迎える神社」のイメージとはおよそ似つかわないその景色に、何とか私はこの場所を訪れた価値を見出そうとした。海面はゆっくりと動いている。良かった。よく見ないとわからない程度ではあるが、潮の流れはきちんとある。時折、ぽつぽつと水面に輪が現れる。雨は降っていないので、おそらく魚がつついているのだろう。少しだけ安心するとすぐに、堤防のコンクリートで素早く動きまわるフナムシが視界に入る。あぁ。「鳴無神社」の名にあるように、あたりは静かで「無音」というよりかは「静寂」という言葉のほうがふさわしい。人の訪れをも無音にするようなその静寂さだけが私の心のよりどころとなった。

 

願いって何だろう。一言だけに納めようと手を合わせてもすぐに心の中であれもこれもと思いが沸いてくる。だから、一言にまとめられない。

「子どもに元気でいてほしい」

というひとつの願いがあったとしても、その後ろには、

笑顔でいてほしい

良い友達に恵まれてほしい

悲しい思いをしないでほしい

困ったときに助けてくれる人がいてほしい

自分らしく健やかに過ごしてほしい

そして

 

たまには会いにきてほしい……

 

「痩せたいけれど、おいしいものも食べたい」

「平穏な毎日を送りたいけれど、少しは刺激も欲しい」

「誰かと一緒にいたいけれど、一人の時間も欲しい」

「チャレンジしたいけれど、失敗も怖い」

そんなものなのかもしれない。

 

ふと、足元に何かが動いている。フナムシかなと思って見ると、コンクリートや不透明な海水に同化した一匹のカニだった。そのカニを追っていくと、さらにたくさんのカニが動いていた。そして、その先には水クラゲがゆらゆらと泳いでいる。一匹見つけると、もう一匹。その姿は、人間の願い事とはよそに、ただただその場所でゆるやかに生きているように見えた。『一言では収まらない』そう思うと、私はあれこれと考えるのをやめて、参道の鳥居と神社の入口を写真に収めてその場を離れた。

 

そろそろ起きないと……。私はようやく起きだして洗濯機を確認した。一度では洗い流せない汚れがまだ少し残っている。もう一度水位を満タンに設定して洗濯機のスタートボタンを押した。透明な水が勢いよく流れ出てくるのを見て、私は朝の支度を始めた。

 

 

 

 

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院カフェSHIBUYA

〒150-0001 東京都渋谷区神宮前6丁目20番10号
MIYASHITA PARK South 3階 30000
TEL:03-6450-6261/FAX:03-6450-6262
営業時間:11:00〜21:00



■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「名古屋天狼院」

〒460-0002 愛知県名古屋市中区丸の内3-5-14先
Hisaya-odori Park ZONE1
TEL:052-211-9791
営業時間:10:00〜20:00


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00



関連記事