メディアグランプリ

廃墟の探検


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:麦本はるか(2026年8月開講・福岡コース)

※この記事はフィクションです。

 

 「今! 行くよ」

先頭のゆうこが私たちに声をかける。

その言葉を合図に門扉からさっと身体を滑り込ませる。続いてまなみ、最後が私(はるか)の順。私たち3人はスッと玄関付近に身を寄せた。

時刻は深夜。私たちの目の前には木々に飲み込まれ、朽ち果てた廃墟。その中は真っ黒の絵の具を何重にも塗ったように何も見えない。

私の胸はさっきからまるで100mを走った後のようにドキドキしていた。

「幽霊の1匹や2匹いそうじゃない? ね?」

ホラー好きな私はひとりテンションが上がって、まなみに話しかけた。

「・・・・・・」

怖がりなまなみは暗がりでも分かるくらい真っ青な顔をしていた。

普段は豪快なゆうこもよく見ると足が小さく震えている。

「なんだ、ゆうこも怖がってんじゃん」

絶好のイジリポイントを見つけた私はにやにやしながら親友2人を見た。

「ねぇ、もし誰かに見つかったらどうしよう」

まなみが震えた声で言う。

「大丈夫だ。そのときは事情を説明してちゃんと謝ろう」

こんなときのゆうこは頼もしい。この3人組ならゆうこが一番大人だ。

「女子高生のかわいさで許してもらおうよ。てへぺろ~って」

場を明るくしようとおどけてみせた私の声を2人は綺麗に無視する。

もう、ちょっとは反応してくれてもいいじゃない。

私はほほをぷくっと膨らませて拗ねて見せたが、2人が立入禁止の黄色いテープをくぐり、闇の中にするりと身体を滑り込ませたのを見て慌てて後に続いた。

 

「ねえ来月、街外れの廃墟に探検に行く話なんだけど」

廃墟に侵入する1か月前、私たちは放課後の教室で計画を練っていた。

私は昨日の昼間に見た廃墟の様子を2人に伝える。立入禁止の張り紙や看板はないこと。あたりの道は人けがないこと。

「なるほど、入るのは簡単そうだな」

報告がひと段落した後、ゆうこが満足そうに頷く。

私は持っているりんごジュースを一口飲んでから続けた。

「夜の雰囲気がどんな感じか今日もう一回見てくる」

「え、また行くの?」

まなみが心配そうに見つめてくる。

「うん、夜の雰囲気も見ておかないとね」

探検には念入りな下準備が大切だ。

「また明日情報共有するから」

私は不安げなまなみにそう言った。

「よし今日の話はここまでだ。なんか喉乾いた、晴香のそれ一口くれよ」

ゆうこが私が持っているりんごジュースの紙パックを指さす。

「絶対あーげない」

「あーあ、アタシ達の友情はそんなもんか。こりゃ絶交だな」

私とゆうこのいつものやりとり。それをまなみがニコニコしながら見ているのもいつも通り。

私たち3人はいつもこんな感じだ。

こんな日々がずっと続けば幸せだなと私はふと思った。

 

廃墟の中に無事に侵入した私たちは真っ暗な廊下を進み、奥の和室に入った。部屋には埃っぽい匂いが漂っている。

急にゆうこが部屋の隅にしゃがみこんだ。

「ここだね」

そしてリュックから白い花を取り出して畳の上に置いた。そして手を合わせる。

困惑する私の前でまなみも同じようにしゃがんで手を合わせた。

「ここで誰か死んだの?」

2人の謎の行動に私は一瞬びっくりしたがすぐに気づいた。そうか私へのドッキリだ!

だから、いつもの調子でゆうこの肩を叩こうとした。 

「ねえびっくりさせないでよ~」

するりと私の手は彼女の肩をすり抜けていった。

「え?」

確実に肩を叩いたはずだ。

「なんで?」

私は自分の両手をまじまじと見つめた。そして驚いた。

うっすらと透け、手の平の先に2人の後ろ姿が見える。

「晴香がここで殺されてからもう1か月になるのか」

ゆうこが言った。

私が? 死んだ? ここで?

頭の整理が追いつかない。

「晴香ちゃん、安らかに眠ってね」

まなみが流した涙が白い花の上に落ちる。

その涙を見たとき私は全てを思い出した。

 

夜の廃墟を下見すると言ったあの日の夜、私は一人廃墟に向かった。

夜はいっそう雰囲気があり、ホラー好きな私はその雰囲気を味わうのに夢中だった。

だから背後に誰かが近づいてくるのに全く気付かなかった。

背中への衝撃。倒れた私を見下ろす黒ずくめの男。血のぬるりとした感触。

薄れゆく意識の中、私は廃墟の中に放り込まれそこで命を落とした。

 

今日、廃墟に侵入したとき既に私は死んでいた。

確かに違和感はあった。

廃墟に入るときにおどけてみせた私を2人は無視した。あれは無視したんじゃなく最初から私の声は聞こえてなかったのだ。

それに立入禁止の黄色いテープ。私が生きているときには無かった。でもここで殺人事件が起こったから警察が貼った。

「私は本当に死んだんだ」

ふと私は自分の身体がぽうぽうと光の粒子になっていることに気が付いた。

光の粒子は私の身体を離れ徐々に天井に吸い込まれていく。

「タイムリミットなのかな」

自分が既に死んでいることを悟ったとき、幽霊は成仏しこの世を去るのかもしれない。

私は目の前にいる親友を見た。

いつものように笑い合い、当たり前にあった日常が思い出される。

私にとって2人が大切な存在だったのと同じで、2人もまた私の存在を大切にしてくれているのだろう。

じゃなきゃこんな深夜に殺人現場なんて来るもんか!

視界が徐々にぼやけていく。それは私が光の粒子になっているからなのか涙なのかもうわからない。

私が死んでいなくなっても、成仏してしまっても。

大好きな2人はこれからも生きていかなきゃならない。

だからせめて。

私はリュックからあるものを取り出した。

そしてそれを畳の上におき2人に話しかけた。決して届かない言葉を。

「さよなら。私の親友たち」

2人は振り向かない。私の声は聞こえていない。でも言いたかった。

世界一大切で大好きな人たちに贈る最期の言葉を。

「私がいなくても強く生きてね」

私の身体は光と共に消えていった。

 

アタシは閉じていた目をゆっくりと開けた。

隣では真奈美がアタシと同じように、死んでしまった晴香の冥福を祈っている。

「警察の方に見つかったら殺人現場で何してるのって話になっちゃう。裕子ちゃんそろそろ行かないと」

真奈美から声をかけられ一緒に部屋を出ようと振り返ったとき、アタシは床にあるものが置かれているのに気づき、それを拾った。

「なんだ?」

それは紙パックのりんごジュースだった。

「ここにりんごジュースなんてあった?」

真奈美は首を横に振る。

よく見るとそれは晴香がいつも飲んでいたメーカーのものだった。

誰かが捨てたゴミだろうか? いやそれにしては汚れもなく綺麗すぎる。

「ついさっき置いたような。まるでわたし達に見えるように置いてたね」

真奈美がつぶやき、アタシ達の間にしばらく沈黙が流れる。

「晴香な気がする」

「うん」

不思議とそんな気がした。

「晴香ならきっと、私がいなくても強く生きなさいよって言いそうな気がする」

アタシは前を向いて言った。

「あの子はいつも前を向いていたから」

幽霊になった晴香がりんごジュースを置いた、なんて非科学的だ。

でもアタシ達は信じたかった。

最期に彼女がアタシ達に会いに来てくれたのだと。

りんごジュースは手のひらでほんのりと温かい気がした。

 

≪終わり≫

 

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