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甲斐犬ミックスのフーちゃん 


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:鐵谷知会子(ライティングゼミ2026年8月開講 福岡・通信)

フーちゃんは甲斐犬の雑種で雌犬らしからぬクールな外見だ。気の毒な事に、フーちゃんの飼い主さんが若くして病に倒れ、帰らぬ人となる。飼い主さんの親戚も中型犬のフーちゃんを飼える人はおらず、フーちゃんは居場所がなくなってしまった。

 

まだ肌寒い春の頃、彼女は私達の知り合いを通じて、私の実家である会社へと来る事になる。会社には広い敷地があるからだ。前の飼い主さんが庭でフーちゃんを飼っていたから、フーちゃんの大きな犬小屋と一緒である。会社の社員と話し合い作業場内の居心地のよさそうな場所に慣れた犬小屋を置いて生活させる様にした。本当は同じ敷地に住んでいる私が室内で飼ってあげたかったが、私の家では気性の荒い噛みつき犬、柴犬の花が室内にいる。とても同じ空間にフーちゃんを住まわせる事は、出来ない。そうして飼い主さんを亡くしたフーちゃんにとって環境が変わってからの初めての夜がやって来る。フーちゃんの小屋に湯たんぽを入れ、その温もりで彼女が少しでも安心してくれたらと願う事しかできない。

 

長く闘病病生活を送る事になったフーちゃんの飼い主さんだったが、勿論フーちゃんが飼い主さんを忘れる訳もない。フーちゃんは、飼い主さんに背格好の似ているらしい女性が作業場前の道を通ると最初は甘えた声で鳴きだす。が女性からの反応がないと大きな声で吠えだして繋がれているロープを精一杯引っ張り追いかけようとする。「違う、違うよ、フーちゃん、ママじゃないよ」と大きな声で話しかけ、ロープを引き戻す事しかできない。その状態で2カ月、3カ月が過ぎ、ようやくフーちゃんは少し落ち着きを取り戻す。 

 

フーちゃんは気の強いイメージのある甲斐犬の血を引いているのに、気立てのいい犬である。いつも機嫌がよく、優しくしてくれる人には自分からペロペロと舐めにいき親愛の情を示してくれる。だから作業場で働く人、皆に可愛がられた。いつの間にか皆を癒してくれる大事な存在へと変化していく。だから柴犬の花の看病が終わったらフーちゃんを私の家の中で飼って、うんと甘やかしてあげたい。私は、お世話出来る日を楽しみしていた。

 

 そんなある朝、突然に彼女の脚が立たなくなる。急いで動物病院に連れて行くと脳の前庭疾患という事で入院を余儀なくされる。私はそんなフーちゃんが不憫で仕方がない。先生のアドバイスもあり毎日、病院に様子を見に行く事にした。フラフラのフーちゃんと対面し、懸命に「大丈夫だよ」と話かける。だが、あんなに愛想の良かったフーちゃんも病気のせいで急に人間不信になったのか何の反応も示さない。2週間も過ぎようとする頃、体の揺れが少し収まったので一時的に退院のお許しが出る。帰ってきたフーちゃんは、毎日、病院にお見舞いに行った甲斐があったのか、入院前よりも私に親愛の情を示してくれるようになっている。益々フーちゃんが可愛くて、どうか、このまま症状が落ち着いてくれればと祈りたい気持ちだ。しかし、なかなか症状は治まらず、暫くは通院生活を続けるしかない。

 

そんなある日、病院から帰ってきたフーちゃんが急にすっと立ち上がり、スタスタと歩き始めた。ついに薬が効き始めたのだろうか。私も嬉しくなってフーちゃんの後を追う。会社の敷地を嬉しそうに歩くフーちゃん。少し早く歩いて見せてくれて、『こんな事も出来るよ』と私に元気の良さをアピールしてくれる。「良かったね、フーちゃん!」と声を掛ける。が途端に、崩れるようにフーちゃんは座り込んだ。駆け寄るとフーちゃんは息がとても苦しそうである。

 

今までの経験から、人間でも動物でも亡くなる直前に奇跡の時間がある事は、知っていたし、フーちゃんが示してくれた元気が、そうでないと信じたかった。でも、やはり、その奇跡の時間だった事がわかる程フーちゃんの息は荒い。お別れの時間が急に迫ってきた事に胸は張り裂けそうだ。私は半泣き状態でフーちゃんにしがみ付く事しか出来ない。もはやフーちゃんは、息も絶え絶えで、それでも、こちらを懸命に見てくれている。最後にお水を口に含ませてあげたくて水を取りに行き、戻ってくると私を待ってくれていたかの様にフーちゃんは私と目を合わせる。アッと思った瞬間には、コトリとフーちゃんの首は下がってしまい、それきりになった。

 

静かな作業場の片隅でフーちゃんを抱きかかえて、私は犬が遠吠えするように泣き続ける。フーちゃん、フーちゃん、フーちゃん。飼い主さんとのお別れも理解が出来る訳もなく、寂しい気持ちで暮らしていたフーちゃん。せめて、これから先の犬生で、もっと、たっぷりの愛情で包んであげたい。きっと親友になれるだろうと心から、そう思っていた。あんなに心根の綺麗なフーちゃんの命がこんな風に消えてしまった事が許せなくて、私は、遠吠えを繰り返す。せめて、フーちゃんを元の飼い主さんが迎えに来たのだと信じたい。だからフーちゃん、私はフーちゃんを忘れないよ。フーちゃんの優しさも賢さも忘れないよ。フーちゃん、フーちゃん、フーちゃん。

 

終わり

 

 

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