ゼミ

目の前で起こったことは全て自己責任《週刊READING LIFE vol.380「大河の如く」》


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:松本萌(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

「あなたには他責思考が全くないね」

7年くらい前に自分に似合うファッションを学びたくて、モデル事務所の社長が主催している講座を受講したことがある。それ以降もその企業家のメルマガを読んだり、講座を受講したりしていて、今も関係が続いている。今年の5月のことだ。その企業家が主催する講座に参加し、講座の後に感想を送ったところ、言われた言葉だ。

他責思考とは、物事がうまくいかなかったとき、その原因や責任を自分以外の人や環境、状況に求める考え方のことだ。簡単に言うと、「自分ではなく、誰かや何かのせいでこうなった」と考えることだ。その他責思考が私から全く感じられないという。私にとって、有り難い褒め言葉だ。なぜなら、「他責思考ではない人で在ろう」と常日頃意識しているからだ。

私が他責思考な人生と決別したことには、実は前述のモデル事務所の社長が深く関わっている。加えて、仕事で挫折を経験したからだ。仕事というより、職場の人間関係と言ったほうが正しいかもしれない。それまでの私の人生において、輝かしい実績やドラマチックな展開といえるようなものはない代わりに、挫折らしい挫折もなかった。無意識のうちに「挫折しない人生」を選択していたとも言える。

無難な選択を繰り返してきた私が人生の底を経験したのは、ファッションの講座を受けた時期と同じ頃のことだ。もう二度としたくない経験だ。けれどそこから挽回し、今在る自分を振り返ったとき、あのときの思いや経験があってこそ、今の自分が在ることに気がつく。

始まりは小さな水の流れ。それが徐々に幅を広げ、水量を増して川になり、穏やかな流れも濁流も経験しながら進んでいき、時に絶壁を勢いよく落ちることもありながら、大きな川へなっていく。人生を川でたとえるなら、7年前に経験したことは、高低差のある絶壁を勢いよく落ちていくようなものだった。

もしかしたらそのまま勢いよく滝壺に落ちて、上がってこれなかったかもしれない。ただその時の私にはお守りがあった。それは、私にファッションを教えてくれた人が、口癖のように言っている言葉だ。そのお守りのおかげで、私は無事深い川底から浮上しただけではなく、滝壺に落ちる原因となった、見て見ぬふりをしてきた「自分の弱点」と向き合うことができるようになった。

私にとってのお守り、それは「目の前で起こったことは全て自己責任」という言葉だ。

 

 

 

私は新卒以来、転職することなく同じ会社に勤めている。今まで3回異動を経験していて、今が4カ所目の配属先だ。新卒で配属された部署と2番目の部署ではほぼ同じ仕事をしていた。1カ所目の部署では新卒の配属は私1人で心細く感じることもあったが、がむしゃらに仕事に取り組むことで、「頑張っているね」と言ってもらえることも多かった。入社して10年ほど経ち、初めて異動することになった。メインの仕事内容は変わらないものの、以前の部署に比べ目標達成への意識が強く、私自身も別の業務を担うことが求められた。10年間の経験値、そしてまだまだ体力があり無理が利くこともあり、メイン業務以外の仕事にも積極的に取り組むことができた。最初はうまくいかないものの、コツをつかんだ後はコンスタントに実績を上げることができ、「やればできる」という自信を持つことができた。

2カ所目の部署で5年程過ごした後、3カ所目の部署への異動が決まった。ステップアップのためにも経験を積む必要があり、そのために必要な仕事が十分にできる部署への異動だと説明を受けた。不安な気持ちもあったが、「やればできる」という自信のあった私は「大丈夫。今回も私はやり切れる」と言い聞かせ、3カ所目の部署に異動した。

今までの部署では定期的に土曜日出勤があったが、3カ所目の部署はなかった。もしかしたら仕事が入るかもしれないと、土曜日に予定を入れることを避けていたが、この部署では気兼ねなく用事を入れられる。せっかくだから何か始めたいと思ったタイミングで、以前よりメルマガを読んでいたモデル事務所の社長が一般向けのファッションレッスンを行なうことを知り、受講することにした。

ファッション講座を受けようと思った理由は、自分がファッション迷子になっていたこと、モデル事務所の社長の選ぶ洋服のセンスが好きだったこと、そして毎日発信されるメルマガに書かれる言葉にいつも心が揺さぶられていたからだ。読む度に「なるほど。そうだよな。私もこんなマインドの人で在りたい」と思っていた。そんな中でもお気に入りの言葉が「目の前で起こったことは全て自己責任」だった。

異動した当初は、そこまでストレスを感じることなく働くことができた。慣れない仕事も頑張って取り組んでいた。徐々に雲行きが怪しくなってきたのは、異動して半年経ったころからだ。人間関係に馴染めず、新しい仕事を覚えようとしても頭に入ってこない日々が続いた。同時に周囲からの当たりが強くなり、しまいには「あなたの存在が、周囲の人の迷惑になっている」と言われてしまった。

辛くて苦しくて、そして悔しかった。「なんでそこまで言われなきゃいけないんだ」と思うこともあった。それでも会社を休もうとは思わなかったし、誰かに愚痴を言うこともなかった。それはお気に入りの言葉である「目の前で起こったことは全て自己責任」が私の心の中にあったからだ。

嫌なことが起こったとき、「環境が悪い」「悪いのは私だけじゃない。あの人だって」と言うこともできる。でも周りが完全に悪くて、私が全く悪くないなんてことはない。この状況を引き起こしていることには、私にも原因がある。そう自分を律することで、自分を保つことができた。

そんな私の状況に気がついた1人の役職者が、私に「少し話をしよう」と声を掛けてくれた。単刀直入に聞かれた。「今辛いんじゃない?」堪えていた思いが溢れ、思わず涙が流れた。今までどんなに辛くても会社で泣いたことなんてなかったのに、あの時は堪えることができなかった。

悲しい、悔しい、情けない…… 色々な感情が渦巻いた。でも不思議なことに、誰かの悪口を言いたいという思いや、自分の思いをとにかく聞いて欲しいという感情は湧かず、口に出たのは「今この状況になっているのは、私に責任があると思っています」というお守りの言葉だった。

「その考え方は立派だと思う。でも、自分に厳しすぎるんじゃないかな?」そう言われ、あっとなった。確かに厳しい考え方かもしれない。誰のせいにもせず、ただ1人で苦行に耐えることを強いるような言葉なのかもしれない。

では反対に「仕事内容が私に合わないからいけないんだ」「周囲が悪いからこうなっているんだ」と他責にしたら、改善されるのだろうか。物事が好転するのだろうか。私への評価が良くなるのだろうか。

そんなことはない。もっと苦しいだけだ。それならば、自分の力では変えられない他者に期待したり、どうにか変えてやろうとするより、「自分が変わる」と決めて行動するほうが何倍も簡単だ。「こうなっているのは私にも責任がある」と受け止め、どうすればよいか打開策を考える方が、よっぽど事態は良くなる。

「厳しすぎるんじゃない?」と問い掛けられたことで、初めて私は「目の前で起こったことは全て自己責任」という言葉の持つ意味を理解することができた。それと同時に、1人でも自分のことを心配してくれる人がいるならば、その人の優しさを有り難く受け取ろうと思った。目の前で起こることは何も悪いことだけではない。良いことだって含まれるはずだ。そう思い、現状を変えたいと思っていること、自分はどんな仕事をしたいと思っているかを率直に伝えた結果、数ヶ月後に異動することになった。

今の部署に来て、そろそろ6年が経つ。以前の部署に比べれば仕事や人間関係の悩みは少ないが、だからといって全くゼロではない。自分の不甲斐なさを感じることはよくあるし、誰とでも仲良く和気あいあいと仕事をしているというわけではない。ただし、「目の前で起こったことは全て自己責任」という言葉を意識しながらも、以前のように大切なお守りとして握りしめなくても、やっていけている。

今の部署に異動したとき、一つ決めたことがある。以前の私は、思うことがあっても「上司が言っているなら」「周囲の人がそう言うなら」と、自分の考えや思いを言わずにいた。自分が忙しくても、求められたら自分の仕事を横に置いて、他の人の手伝いを優先した。我慢すること、耐えることを美徳とする自分がいた。「自分が我慢することでうまくいくならば」と、自己犠牲を厭わない自分がいた。そんな自分をやめることにした。自分の意見や考えがあれば言葉にし、分からないときは「分からない」と素直に口にするようにした。キャパオーバーなことを安請け合いすることはやめた。その上で「目の前で起こったことは全て自己責任」をモットーとしている。

 

 

 

過去を振り返ると「あの時の出来事が自分をここまで運んできてくれたんだ」という出来事がいくつもある。楽しかったり嬉しかったり、辛かったり苦しかったり。あの時自分がどう思ったか、どう行動したかで、どれだけ人としての深みを増すことができたかに気がつく。そして過去の全てを引き受けて今の自分が生きていることを知る。ではこれからの未来はどうだろう。誰もこれからの未来に何が起こるかは分からないが、ただこれまでの自分を信じて進んでいくのみだ。過去があるからこそ今の自分がいて、そして過去と今の自分が未来を作り出していく。そう考えると人生は川だ。まさに大河のごとくだ。

                                                                                                                                   

❏ライタープロフィール

松本萌(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

兵庫県生まれ。東京都在住。

2023年6月より天狼院書店のライティング講座を受講中。

「行きたいところに行く・会いたい人に会いに行く・食べたいものを食べる」がモットー。趣味は通算20年以上続けている弓道。弓道と同じくらい、ライティングも長く続けたいと思い、奮闘中。

 

 

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