「新商品への飽くなき挑戦」~北九州・小倉で100年以上続く郷土料理「ぬか炊き」を全国区にした立役者~《WEB READING LIFE「百年床・宇佐美商店」第4話》
2022/04/04/公開
記事:田盛稚佳子(READING LIFE編集部公認ライター)
ぬか炊き専門店「百年床・宇佐美商店」の三代目店主である宇佐美雄介さんは、これまでに画期的な商品のアイデアを出し、世に送り出している旦過市場でも注目の存在である。
第2話で「スペアリブのぬか炊き」という日本初の商品を紹介したところ、予想以上に反響があった。
「スペアリブって、こんなにやわらかい肉なんですね」
「購入した親よりも、子どものほうがたくさん食べていました」
など、嬉しい感想をいただいている。
その意外性は、店主である宇佐美さんがお客さま目線を大事にしているからであり、長い歴史を紡いできた「家宝」のぬか床を大切にするゆえの商品の魅力によるものだと思う。
しかし、宇佐美さんは大人気の「スペアリブのぬか炊き」で満足してしまう人ではなかった。
すでに次なる一手を着々と考えていたのである。
最終回で紹介する商品は、「百年床のぬか炊き缶」である。
(写真はホームページより借用)
毎日の仕込みでお忙しい合間に、店主の宇佐美さんにお話を伺うことができた。
どうして、ぬか炊きの缶詰を作ろうと思ったのだろうか。
「実は、きっかけとなる出来事があったんですよ」
そう宇佐美さんは話し始めた。
ある日、買い物をされていたお客さまから
「北九州・小倉と言えばこれ! というお土産がないですよね」
と言われたのだという。
たしかに、北九州では和・洋菓子の老舗やお土産はよく目にするが、いわゆる「おかず系」の土産物は少ない。
そこで、宇佐美さんは他のお客さまや、土産物店で働いているスタッフの方に、独自でヒアリングを開始した。店主自ら、足で情報を集める、まるで新聞記者のような方である。
すると、出るわ出るわ、お客さまの生の声。
「ぬか炊きの見た目がイマイチ」
「冷蔵保存ですか? 持ち帰りやお土産にするにはハードルが高い」
「少人数にも配りやすいサイズがあったらいいのに」
地元の味が好きで慣れ親しんでいても、いざ北九州の土産物となると「知る人ぞ知るぬか炊き」というイメージのほうが定着してしまったようだ。これは盲点だった。
その頃、すでに巷には常温で持ち運びも可能な、ぬか炊きのレトルト商品が存在していた。
しかし同業他社がやっているものと同じものは作りたくない。
「スペアリブのぬか炊き」の時と同様、何か「業界初!」と言えるものがないか、日々の仕込みをしながら宇佐美さんが思案をしていたその時……。
「缶詰だったら、常温で持ち運びができる! しかも、デザイン的にも差別化が図れるではないか!」
と閃いたのだという。
そこからの行動は素早かった。
製造工場をあたり、店主としてどうしてもぬか炊きの缶詰を作りたいという熱意を伝えた。
製造はOKしてくれたものの、問題は、商品として出来上がるのかということだった。
ここからが苦労の連続だった。
なぜなら、店頭で作るように大きな鍋で青魚を炊くわけではないからである。
製造過程が通常とはまったく違うのである。
実は缶詰を作る場合、すべての材料と配合した調味料を缶に詰め、一旦蓋を閉めてしまってから加熱処理をするのだという。
それゆえ、店頭でいつものように2~3時間コトコトと煮て、見た目や香りの絶妙な具合を見極めながら作るということができない。
そんな中、どうやって今の味にたどり着いたのか。
「ぬか床も含め、調味料のパターン+αをいくつもいくつも作っては、製造会社に依頼することを繰り返しました。それでもなかなか味の再現ができませんでした。本来、味のパターン変更にはある既定の回数があるのですが、そこは製造会社にかなり無理を言いましたね。
変更を繰り返しては微妙な加減を模索して、これだ! と納得がいくものにたどり着くまでに、50パターンは試作したと思います」
この宇佐美さんの、粘り強さと飽くなき挑戦には脱帽ものである。
お客さまの声をなんとか形にしたい!
北九州・小倉のお土産といえば「ぬか炊き」と全国に広めたい!
こうして生まれたのが「百年床のぬか炊き缶」だった。
またしても業界初の商品を生み出した若き店主に、メディアも飛びついた。
お客さんからは「本当に缶詰にしたんですね!」と驚かれたそうだが、地元の方々が愛する郷土料理「ぬか炊き」が、またもや新しい形になったことを喜んでくださったお客さまが多かったことが、宇佐美さんの大きな喜びでもあった。
その後、店頭だけではなく、ホームページから注文できるようになったことも、販路拡大に一役買った。
また、地元の百貨店「井筒屋」の担当者も味方につけることができた。
「応援しますよ!」という心強い言葉とともに協力的に関わってくれるようになったという。
実際、数年前から「井筒屋」のお中元・お歳暮コーナーでは地域の名産品として、テレビや雑誌で紹介され、「百年床のぬか炊き缶」の認知度もぐんぐんと上がってきている。
ちなみに「本味」「辛口」「梅肉」の三種類があり、どれもオリジナルのパッケージが目を引く商品である。一見、「本当に缶詰ですか?」と聞いてしまいたくなるほどだ。
今回、「辛口」を食べてみたが、あの味の再現そのままに、旨味が缶から飛び出すのではないかと思うほど凝縮している。しかも、缶の中身もギュッと詰まっているため、箸で最後のひとかけらまで惜しみなくかき出したくなる。少しも残したくないのだ。
ピリリと舌に触れる唐辛子、普段の食事にはもちろん、お酒のお供にもピッタリ合うのである。しかも驚くことに常温で1年も保管できるというのが魅力だ。
今後、保存食として各家庭にこの缶詰が置かれる日もそう遠くはないかもしれない。
保存食としても「ぬか炊き」の栄養価は十分であるし、とにかく、あの滋味豊富な味が再現されているのだ。
白飯とこの缶詰さえあれば、生きていけるといっても過言でない。
(写真はホームページより借用)
偶然にもこの記事の執筆中に、あるニュースが飛び込んできた。
北九州市小倉の「ぬか炊き」に代表される「糠の食文化」が「100年フード」に認定されたというではないか。
この制度は文化庁が全国各地の名産品の中で、100年以上伝統を受け継いできた食文化、また今後100年続いてほしい食文化に対して、国内外へ発信することを目的に「100年フード」と認定・応援していくというものである。
全国各地から応募があった212件のうちで認定されたのは131件。
その中でもさらに有識者から特に評価が高かった15件に与えられる「有識者特別賞」まで受賞している。
あまりのタイミングに驚くとともに、この認定がさらに全国へ発信するための、さらなる追い風となることは間違いないだろう。
店主の宇佐美さんに率直な感想を伺ってみると、
「北九州とぬか床、ぬか炊きというものが世間に改めて認知されたことは嬉しいです。
ぬか床の発祥の地とも言われるので、北九州の方々にとって誇らしいものになっていくことを望んでいます。そのためにも、さまざまな形で、ぬか炊きの認知度をもっと全国に広めていけるよう今後とも精進します」
と力強くおっしゃっていた。
なんとも頼もしい、旦過市場(たんがいちば)の若き三代目店主である。
変わりゆく時代の中で、守り続けてきた味、そしてさらに進化する味へと創意工夫を続ける、三代目店主・宇佐美さん。
今後、どんな商品で私たちをあっと言わせてくれるのか、これからも目が離せない。
コロナ禍が落ち着いて、北九州市小倉そして旦過市場(たんがいちば)に行く機会があれば、ぜひとも「宇佐美商店」に立ち寄って商品と店主のお人柄に触れていただきたい。そして、じっくりと「ぬか炊き」を味わっていただければ、こんなに嬉しいことはない。
≪完≫
□百年床・宇佐美商店
百年床・宇佐美商店|北九州名物ぬか炊き・ぬか漬け
【店舗情報】
〒802-0006 福岡県北九州市小倉北区魚町4丁目1-30
・営業時間
月〜土曜 10:00‐18:00
日・祝祭日 11:00‐16:00
▼百年床・宇佐美商店さんのぬか炊きが、なんと、天狼院とのコラボメニューで登場することになりました!!!
《百年床・宇佐美商店 × 天狼院書店コラボメニュー》
百年床の糠床を使った「さば」と「スペアリブ」のぬか炊きがメニューに登場‼︎
●百年床・宇佐美商店 ぬか炊き定食 1,100円(税込) さば or スペアリブ/ご飯/豚汁
●満腹セット 1,320円(税込) さば2匹 or スペアリブ 2本/ご飯/豚汁
●満腹満足セット 1,320円(税込) さば and スペアリブ /ご飯/豚汁
※+200円でドリンクをおつけできます。
「ぬか炊き」の美味しさを存分にご堪能いただける、スペシャルメニュー、ぜひご堪能くださいませ!
□ライターズプロフィール
田盛 稚佳子(READING LIFE編集部公認ライター)
長崎県生まれ。福岡県在住。
西南学院大学文学部卒。
地域で活躍する人々の姿に魅力を感じ、人生にスポットライトを当てることで、その方の輝く秘訣を探すべく事務職の傍ら執筆する日々を送る。
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