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これからのオタクの話をしよう

第3回 それ何てエロゲ?〜台頭する18禁業界〜《これからのオタクの話をしよう》


記事:黒崎良英(READING LIFE公認ライター)
 
 

2000年7月4日のことである。
この日、20世紀最後の独立記念日を祝うべく、アメリカ合衆国は大々的な洋上式典を開いた。
 
そこでちょっとした事件が起きた。
各国の船がニューヨーク港に集う中、海上自衛隊の練習艦「かしま」に、イギリスの船が衝突してしまったのだ。幸い双方大した被害はなかったが、イギリス船の艦長は謝罪をしに、かしまを訪れた。
その時の、かしま艦長の発言が話題を呼んだ。
 
「幸い双方とも被害がなかったので気にしておりません。それより、女王陛下のキスを賜り光栄です」
 
イギリス船の名前は「クイーン・エリザベス2号」であった。
この紳士的な返答に、イギリスは元より、各国が賞賛を送り、タイムズ紙にまで取り上げられた。
 
そう、日本は紳士の国である。
 
試しに世界的動画投稿サイトで「紳士向け」と検索してみてほしい。紳士としての振る舞い方や、紳士の必需品や、はたまた社交界の情報など、紳士へ向けた動画が見つかるだろうか?
 
そんなわけがない。
 
トップに来るのはやたら露出度の高いCGのキャラクターたち。中には「R-18」の文字も……
 
そう、オタクの世界で「紳士向け」と言えば、「エロ」を指す言葉である。
語源は、うすた京介の漫画『ギャグ漫画日和』の「名探偵うさみちゃん」に出てくる名言、
 
「僕は変態じゃないよ! 仮に変態だとしても、変態という名の紳士だよ!」
 
による。
 
というわけで今回はエロ……もとい、大変紳士的な話である。この記事自体は全年齢対象であるが、紹介するコンテンツには18歳未満閲覧禁止のものも多い。未来の紳士淑女諸君は、そこらへんをよく留意していただきたい。
 
さて、タイトルに「台頭」と言う言葉を使ったが、今回は成人向け出身であり、一般向けのフィールドでも華々しい活躍をしているコンテンツやクリエイターを紹介したい。
 
そしてその筆頭として挙げられるのが、やはりType Moonが世に送り出した「Fateシリーズ」ではないだろうか。
 
それは2004年に発売されたPCゲーム『Fate/stay night』から始まった。当初のハードはパソコンのみ。
ジャンルは伝奇活劇ビジュアルノベル。キャラクターの立ち絵やイラストを背景に、文章を読み進んでいく「アドベンチャーゲーム」というジャンルの一つである。
願いを叶える魔法具「聖杯」をめぐって、七人の魔術師とその使い魔たる英霊=サーバントが争い合う、というストーリーだ。
そしてこれは18歳未満プレイ禁止の成人向けゲーム、すなわちエロゲ(成人向けゲームの通称)であった。
 
これが大いに好評を博す。
その評判は波紋のように広がり、普段成人向けゲームをプレイしない層のオタクにまでその名が知られるようになった。
そのため、2007年には家庭用ゲーム機移植版、『Fate/stay night [Réalta Nua]』が発売される。こちらは18禁シナリオとCGが削除されており、新規エピソードが挿入されていた。
以降、この「聖杯戦争」を軸に様々なストーリーが展開される。ゲームはもとよりアニメや漫画、小説、そして映画と、幅広いメディアで評判を呼ぶコンテンツとなった(この一連の作品は「Fateシリーズ」と呼ばれている)。
 
特に注目すべきは、2017年に第一章が公開された「Fate/stay night [Heaven’s Feel]」。その質の高さから大変好評となり、2019年公開の第二章と合わせて、総計200万人以上の動員数を記録した。
2020年3月には最終章が公開予定となっており、注目の作品となるだろう。
また、ソーシャルネットワークゲーム「Fate/Ground Order」も好調だ。こちらからFateシリーズを知った人も多いのではないだろうか。Fateシリーズのオールスター総出演の様相もあり、なおかつメインストーリーの重厚さ、キャラクターデザインの秀逸さなど、新旧ファンに愛されるゲームとなっている。
 
ゲームからの出発といえば、『魔法少女リリカルなのは』も大ヒットしたコンテンツだ。元々は『とらいあんぐるはーと3〜Sweet Songs Forever』という18禁恋愛シュミレーションゲームのスピンオフ作品として登場した、異色の経歴を持つ。キラキラした魔法少女もののタイトルとは裏腹に、大迫力の魔法バトルが繰り広げられる。アニメは第3期まで作られ、映画化もされている。
 
2000年代初頭、実はエロゲのアニメ化はよく行われていた。「深夜アニメ」という枠組みも定着してきた時期であり、このアニメ化自体がゲームの宣伝の役割も担っていたようだ。
 
では、視点を漫画の方に移してみよう。成人向け雑誌からデビューした漫画家も、一般向け漫画で大いに活躍している。
 
人気となった漫画でいえば、『食戟のソーマ』であろうか。
附田祐斗原作の作画を手がけたのは、成人向け漫画出身の佐伯俊である。先輩である附田の机に置いてあった、佐伯の成人向け漫画の単行本を見た編集者が、その作画に惹かれてスカウトしたらしい。
作品は名門調理学校を舞台に、主人公、幸平創真の活躍と成長を描く、料理バトル漫画だ。もちろん一般向け漫画であるが、美食を口にした審査員たちが、なぜか裸体になるイメージシーン、通称「おはだけ」になるシーンは、成人向けで培われた技量であろうか。
 
本格クラシックバレエ漫画『絢爛たるグランドセーヌ』も人気のある作品だ。同年代の少女たちが切磋琢磨し、プロのバレエダンサーを目指すというストーリーである。作者のCuvie自身は、小学校から高校生までバレエを習っていたが挫折し、その経験がこの作品に結びついたという。
この方、速筆家としても知られていて、一般誌でも連載を持ちながら、成人向け雑誌にも定期的に作品を発表している。2019年は6月までで6冊の単行本が刊行され、つまりは月一冊の単行本刊行という超人技をやってのけている。
西洋美術にも造詣が深く、西洋画家たちの生き様を描く『ひとはけの虹』やハンガリーの女帝の生涯を描く『エルジェーベト』などの作品もある。
 
こういった成人向けから一般向けへの移行と活躍には、どのような背景が絡んでくるのだろうか。
ゲームに見られる純粋な脚本の良さだったり、漫画に見られる身体描写の精巧さだったりと、色々考えられそうである。
その中で一つ、鋼屋ジンの言葉が示唆的であったので紹介しよう。ゲーム制作会社「ニトロプラス」に所属し、代表作には『斬魔大聖デモンベイン』などがある脚本家である。
氏はインタビューの中で、ライトノベル業界と美少女ゲーム(=成人向けゲーム)の関係を問われた際、こう話している。
 
「美少女ゲームというのは18禁のポルノメディアですから、どんなにメジャーになってもアンダーグラウンドな部分がある……だからこそ自由な表現もできるんですよね。よく、にっかつロマンポルノにも例えられるんですが、濡れ場さえあれば何をやってもいいという風潮がある。だからこそ、いろいろと奇抜な表現を生む土壌にもなっていたんです。」(2006.9.1『ライトノベルを書く!』)
 
確かに商品である以上、市場は意識しなければならない。何より製作陣存続のため、ある側面では「売れなければ意味がない」というのも嘘ではないはずだ。そうなれば、自然と制約や方向性が決めつけられてしまうのも仕方がない。
 
これは成人向けに限らず、すべてのゲームに当てはまることでもあろう。
かつて家庭用ゲーム機、通称「ファミコン」が現れた時、そこは未開の地であった。清濁を飲み込む器があった。つまらなかったり難易度が高すぎたりした、多くの「クソゲー」が生まれた。しかし、その中から現代にまで続く傑作が生まれたのもまた事実である。
 
型にはまらない自由な風潮と、可能性を求めるフロンティアスピリッツ、そしてそれを受け止める寛容な器こそが、18禁コンテンツやそこに携わる人々の質を高めることになっていたのだろう。
 
さて、ここで一つ、紳士淑女の方々を賢者タイム(=イタした後の冷静になる時間のこと)に強制的に誘うようで申し訳ないが、一つの漫画を紹介したい。
 
ベラルーシのノーベル文学賞作家スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ原作の『戦争は女の顔をしていない』である。作画を担当したのは成人向け漫画出身の小梅けいと。
舞台は第二次世界大戦。ドイツと旧ソビエト連邦の戦線、独ソ戦に招集された旧ソ連の女性たちの物語である。原作者は、当時従軍していた女性500人の証言を集め、戦争の中で隠されてきた彼女たちの声を浮き彫りにしていく。
当時旧ソ連は2700万人もの犠牲者を出し、男性が次々と命を落とす中、女性も戦地に駆り出されてきた。軍医として、洗濯婦として、そして狙撃兵として。
そこに描かれる異形とも言える凄惨な現実を、時に強く、時に悲しく、時に愛らしく、作画の小梅も描いていく。
 
私たちがエロ云々を語る時、想定される非難がある。すなわち、それは女性に対しての侮辱であったり蔑視であったりと、女性の尊厳をないがしろにした視点ではないのか、というような非難の声である。
 
長い歴史を振り返れば、この声に対して男性は完全降伏をするしかないように思える。歴史の中で、私たちは女性の、いや人間の犠牲を出しすぎた。
 
もちろん、女性が国の頂点にいた時もあり、現代ではT L(=10代を対象としながら直接的な性表現がある女性向け作品)やBL(=主に女性を対象とした男性の同性愛を描く作品)といった女性対象の18禁コンテンツもある。現代ではおあいこだという言葉も聞こえてきそうである。
しかし、そこではない。それは語ることができる1事象であって、1側面である。
 
ここで私たちは再度確認しなければならない。私たちは何の話をしているか。
エロ云々の前に、私たちはオタクの話をしている。オタクコンテンツの話をしている。そして、オタクを前にして、オタクコンテンツは平等である。
捉え方や好みの差は当然ある。しかし、オタクの前に「2次元の作品」が置かれた以上、それはれっきとした創造物である。
 
創造物であるならば、我々はそこにクリエイターの魂を見出し、敬意を表さねばならない。
 
確かに成人向け漫画の最大の要素は、身も蓋もないが「実用性」にある。
だが、私たちがエロゲやエロ漫画に期待していることは何か。それは単なる快楽の吐け口などではない。もしそうであるならば、それこそ“なんでもいい”ことになるではないか。
ただ単純に快楽を貪るためならば他にもやりようはある。
しかしオタクの世界はエロゲを作った。エロマンガを作った。テクノロジーの発展に伴い、様々な形のエロを作った。
それはそうせざるを得なかったクリエイターたちの魂がある。その分野でしか、その形態でしか表現できなかった思いや主張がある。
 
そこに込めた思いは、コンテンツを享受する側が読み取るしかない。
アレクシエーヴィッチの作品にしても、声高に戦争反対を訴えたりはしない。ただ、戦時下での状況を淡々と綴っていくだけである。だからこそ胸を打つ。作品からの想いは、読んだ人間に託されていくのだ。
 
18禁コンテンツであろうと、一般向けコンテンツだろうと、はたまたアマチュアが作成するコンテンツであろうと、そこにクリエイターが存在する限り、私は敬意をはらいたい。確かに対象における感想や好悪は多種多様である。しかしそうでなければならない。それがまた、未来におけるコンテンツを豊かにすることにもつながるのだから。

 

 

 

アニメ化最盛期の2000年代初頭を境に、エロゲの勢いは下り坂となっている。
理由はいくつか考えられるが、決定的なものはない。18禁出身者の一般向けコンテンツへの移行、ゲームの形態がアプリなどのソシャゲにとってかわったこと、他のコンテンツや技術の多様化・充実化、などなど。おそらくそれらが複合的に絡み合った現象なのだろう。
 
コンビニエンスストアからの成人向け雑誌撤廃が進む中、成人向け漫画雑誌もまた転換点を迎えている。ブランド力はあるものの、書店のみの販売に移行した雑誌も多い。
 
『COMIC LO』という成人向け漫画雑誌がある。確かに成人向けの印がついているのだが、表紙からは成人向けとは思えないほどの哀愁がにじみ出ており、そのキャッチコピーも秀逸なものばかりである。
 
“孤独をつぶやくな。沈黙を誇れ”
“春を踏み、今を歩く”
“「あの頃は今よりずっと、恋をしていた」”
 
などなど。その中にこんな言葉がある。
 
“非現実のサクラは、かくも満開に咲く”
 
2次元のエロはあくまで空想上のコンテンツである。そこにはあまりにも非現実なものも多い。というかそればかりである。
しかし、だからこそ愉快で、哀愁に満ち、やるせなく、美しく艶やかな満開のサクラなのだろう。
 
つまり、あくまで“フィクション”である。どうかその真意をご理解いただきたい。
 
いや、ここまで読んでくださった読者諸兄には言うまでもないだろう。
なぜなら、もうあなたは紳士淑女の仲間入りなのだから。

 
 
 
 

今回のコンテンツ一覧
・『ギャグ漫画日和』(漫画・アニメ/原作:うすた京介)
・『Fateシリーズ』
(ゲーム・アニメ・映画等/原作:Type Moon PC版『Fate/stay night』のみR-18)
・『魔法少女リリカルなのは』(アニメ・漫画・映画等/原作:都築真紀)
・『とらいあんぐるはーと3〜Sweet Songs Forever』
(ゲーム・アニメ・小説/原作:都築真紀・制作:ivory PC版はR-18)
・『食戟のソーマ』(漫画・アニメ・ゲーム/原作:附田祐斗・作画:佐伯俊)
・『絢爛たるグランドセーヌ』/『ひとはけの虹』/『エルジェーベト』
(漫画/原作:Cuvie)
・『斬魔大聖デモンベイン』
(ゲーム/原作:ニトロプラス・脚本:鋼屋ジン R-18 *家庭用ゲーム機移植版『機神咆哮デモンベイン』は一般向け)
・『戦争は女の顔をしていない』
(ノンフィクション・漫画/原作:スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ・作画:小梅けいと)
・『COMIC LO』(雑誌/茜新社 R-18)

 

❏ライタープロフィール
黒崎良英(READING LIFE編集部公認ライター)

山梨県在住。大学にて国文学を専攻する傍ら、情報科の教員免許を取得。現在は故郷山梨で、国語と情報を教えている。また、大学在学中、夏目漱石の孫である夏目房之介教授の、現代マンガ学講義を受け、オタクコンテンツの教育的利用を考えるようになる。ただし未だに効果的な授業になった試しが無い。デジタルとアナログの融合を図るデジタル好きなアナログ人間。趣味は広く浅くで多岐にわたる。

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