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これからのオタクの話をしよう

第4回 ただしイケメンに限る〜知識を愛するオタクコンテンツ〜《これからのオタクの話をしよう》


記事:黒崎良英(READING LIFE公認ライター)
 
 
京都府八幡市。
岩清水八幡宮という有名な神社があるこの街に、その影に隠れてひっそりと佇む社があった。
 
名を「相槌(あいつち)神社」という。
 
神社仏閣激戦区(?)である京都において、知名度の低さは致命的(ギャグでは無い)である。
そのためこの無名の神社は、老朽化が進んでも修繕費等が捻出できず、困窮の中にあった。
 
しかし、SNSでの一人の呟きをきっかけにその運命を大きく変えることとなる。
現在はこの社のスタッフとなった方だが、この神社が“名刀”にゆかりのある場所だと伝えたのである。
 
神社の縁起(由来が書かれた古文書)にはこうある。
 
「當社ヲ相槌神社ト称スルハ、伯耆国會見郡大原五郎太夫安綱鍛冶スル時ニ神来タリテ相槌ヲナス 依テ此処ニ神ヲ祭ル」(同社ホームページより抜粋)
 
つまり、大原吾郎安綱という刀鍛冶が刀を造った時に、神が顕れ共に槌を振るったということらしい。この神が社の祭神となっているという。
 
安綱といえば、国宝『童子切安綱』を造った刀匠である。その安綱が、同じく名刀『髭切』と『膝丸』を、この神社の井戸水を用いて鍛えたという、由緒ある神社なのであった。
 
これで訪れたのは、刀剣などの古美術を好む年配の男性たちではなく、年若い女性ばかり。
彼女たちは、『刀剣乱舞』のファンであった。
 
『刀剣乱舞』、通称『とうらぶ』とは、その名の通り、日本刀がモチーフのゲームである。ただし、その日本刀、見目麗しい美男子として擬人化されている。
 
というわけで、今回は擬人化やキャラクター化を中心に、オタクコンテンツと学術的知識や、それに関わる社会の動向を見てみたい。
 
と言っても、難解な講釈やお堅い内容にならないのが、この連載の悲しいところでもあり、長所でもある。
いつも通り安心して(?)読み進めていただきたい。
 
とかく、オタクは実在する知識を得ることを好む。
もちろん、マニア気質は大体のオタクに当てはまるし、そもそも好きなもののことは何でも知りたい、というのは一般的な感情でもある。
だが、その姿勢は時として社会を巻き込み、経済などに思わぬ変化をもたらすこともある。
 
最初に紹介したいのは、先ほど名前が出た『刀剣乱舞』だ。
これはDMMゲームズとニトロプラスが共同製作したP C版ブラウザゲームである(2016年にはスマートフォン版も配信された)。
 
2205年、歴史改変を目論む敵によって、過去への攻撃が始まった。歴史を守る使命を与えられた“審神者(さにわ)”であるあなたは、最強の付喪神“刀剣男子”と共に過去へ飛ぶ。
というのがメインとなるストーリーである。
 
甘いマスクのイケメンから可愛らしいショタまで、キャラクター造形も秀逸だ。
坂本龍馬の愛刀「陸奥守吉行」、土方歳三の愛刀「和泉守兼定」、そして相槌神社の井戸水を使って鍛えたという源氏の宝刀「髭切」「膝丸」、などなど。
 
やはりプレイヤー層は圧倒的に女性が多い。
そして彼女たちは思うようになる。実物の刀を見たい。いや、“逢いに行きたい”と。そして全国の博物館や神社等、実物がなくても縁のある場所へ、彼女たちは旅立っていく。
 
すると思わぬことが起きた。
刀を所蔵する施設が、その刀の公開を増やし始めたのである。
 
国宝や重要文化財級の宝物は、そうやたらとはお目にかかれない。勿体ぶっているわけではなく、光源が当たるだけでも、その物体は劣化していくのである。ましてや刀剣は1000年以上前のものもある。保存には最新の注意を払わねばならない。
 
だが、その細心の注意を払った上で、展示・公開をする施設が増えてきた。
彼女たち、「とうらぶファン」が来場し、普段は閑散としている博物館・美術館・神社仏閣等が盛況になるからである。
そしてその入館料などを保存設備費などに充てることで、来館者は刀剣に、いや刀剣男子の保護に協力していることになり、双方益のある望ましい循環が生まれている。
 
言うまでもないことだが、刀剣はほとんどが数百年以上前のもの。にもかかわらず、しっかりと手入れをされている刀剣は、現在もその輝きを失わず美しい。
 
そう、このブームの裏には、やはりモチーフとなった刀剣、それ自体の美しさも大いにあるように思われる。
昔、鍛冶場など刀工の仕事場は女人禁制だったという。しかし、女性の地位や生活が変化した現代において、刀は女性たちを魅了している。擬人化のコンテンツから入ったにしても、その元となる刀剣たちも、間違いなく“イケメン”だ。
 
『刀剣乱舞』と同じくDMMゲームズから配信され、擬人化コンテンツが次々と現れるきっかけともなったゲームがある。
 
『艦隊これくしょん〜艦これ〜』だ。
名前から想像できるように、こちらは船の擬人化である。太平洋戦争中に活躍した日本帝国海軍の船を中心とし、当時の軍艦が美少女として活躍する。プレイヤーは彼女たちを指揮する“提督”となり、“深海棲艦”という敵から海を守る、というストーリーとなっており、「戦艦×美少女もの」という一ジャンルを確立した作品でもある。
 
『刀剣乱舞』もそうだが、メインとなる主軸のストーリー以外にこれといった話はない。連載の第2回目で言ったように、プレイヤーがそれぞれの物語を紡いでいくのが狙いなのかもしれない。
 
そしてこの『艦これ』もまた、可憐な擬人化美少女と共に、実物である船の美麗さ・勇壮さが、プレイヤーを魅了する。
 
さすがに刀剣のように現存する船はないが、日露戦争で活躍した戦艦「三笠」が記念艦として神奈川県横須賀市に残っており、そこはゲームのファンやコスプレイヤーの聖地にもなっている。
こちらも地域施設とのコラボレーションイベントが開催された。
 
やはりモチーフとなった「モノ」が実際にあると、プレイヤーは足を運んでみたくなるものである。その思いが地域に受け入れられると、様々なコラボレーションが誕生し、お互いが有意義な体験をできるではないだろうか。
 
この2つのゲーム以外にも、個性的な擬人化コンテンツはたくさんある。
 
日本や海外の城を擬人化した『御城プロジェクト』、花を擬人化した『FLOWER KNIGHT GIRL』、銃器を擬人化した『ドールズフロントライン』も人気だし、動物(特に珍獣)を擬人化した『けものフレンズ』も、アニメが大ブレイクした。
 
もう、見境ないのではないか、と思えるほどだが、擬人化はコンテンツにするにあたって結構難しい。
実在するものがモチーフであるがゆえに、コンテンツ化がうまく実現しないこともある。
神社の擬人化ゲームが企画されたこともあったが、そのキャラクターのレアリティを「大吉」や「凶」などと区分したことで、神社本庁から苦言があり(もちろんそれ以外の理由も重なったのだろうが)開発中止になったこともあった。
 
擬人化、すなわちキャラクター成形の難しいところは、ただ魅力的なキャラクターデザインをすればいいというわけではないところにある。
その元となるモチーフの背景にあるものを、しっかりと反映させなければならないからだ。
 
持ち主だった偉人の性格、造られた国、特徴的なエピソードなど、それらの背景を背負っているのが擬人化キャラクターであり、それが成功するかどうかにも、コンテンツ全体の成功がかかっているようにも思える。
 
そう、キャラクター化の重要性は擬人化と似た分野にも当てはまる。
実在、あるいは伝承上の人物のキャラクター化である。
 
『文豪ストレイドッグス』では、文豪と呼ばれる作家たちをキャラクター化され、著作に因んだ超能力で戦いを繰り広げる。異能力“人間失格”を持つ太宰治や、異能力“羅生門”を持つ芥川龍之介といった登場人物が、美男美女として魅力的に描かれている。
 
また、キャラクター化に際しては、性別を変えることもある。何を言っているのか分からないと言われそうだが、そういうものもある。
その先駆けとなったのは、おそらく『恋姫†夢想~ドキッ☆乙女だらけの三国志演義』ではないだろうか。実際「美少女ゲームアワード2007」では、“ニュージャンル賞”で大賞を受賞している。
タイトルと今の説明でお察しの通り、かの三国志の武将たちが、全員見目麗しい女性武将となっている。ちなみにアダルトゲームである。
関羽や張飛、呂布と言った英傑が、史実や演義としての性格や特徴を残しながら女の子として描かれているのである。
 
これ以降、中国の三国時代や日本の戦国時代の武将を女性化するコンテンツが現れるようになってきた。
 
そして、キャラクター化によって大いに世間を動かしたのが、前回の第3回目でも紹介した「Fateシリーズ」のソーシャルネットワークゲーム版、「Fate/Grand Order(通称FGO)」だ。
 
前回も少し紹介したが、このゲームではサーバントと呼ばれる使い魔が出てくる。そのサーバントが歴史や伝承上の英雄であったり偉人であったりするのだが、そのキャラクター造形がまた魅力的なのだ。
そのため、関連書籍が復刻・増刷され、関連イベントが賑わうといった動きが見えている。
 
幕末の人斬り「岡田以蔵」がゲーム内で実装されると、詳細な伝記『正伝 岡田以蔵』(戎光祥出版)が瞬く間に売れ、重版スピードを上回るスピードで注文が殺到したらしい。
また、古代メソポタミアや古代ローマ時代の料理を完全に再現する料理本『歴メシ! 世界の歴史料理をおいしく食べる』(柏書房)も大人気。
『ギルガメシュ叙事詩』(筑摩書房)と言ったクラシックな書物も売り上げを伸ばしているようだ。
 
また「サリエリ」という人物についての動向も面白い。
アントニオ・サリエリとは、かのモーツァルトを暗殺したのではないかと目されている人物で、当時宮廷楽長をしていた。当然作曲もしているのだが、やはりモーツァルトの影に隠れてしまったのか、あまり演奏される機会がなかった。
 
それがゲーム内実装をしてからリクエストの声が高まり、実際に演奏会でサリエリの曲が流れることが増えたという。数少ない伝記『サリエーリ 生涯と作品 モーツァルトに消された宮廷楽長』(復刊ドットコム)も復刊され、アカデミー賞受賞作『アマデウス』も再び脚光を浴びている。
 
オタクコンテンツから他のコンテンツへ、知識は連環する輪のように繋がり、その世界を広げていく。
知識を得ることは対象の素顔を知ることでもある。と同時に自分の未知なる世界を広げるきっかけともなる。
一つの好きなことをきっかけに、今まで接することのなかった世界に触れ、そしてのめり込んでいく。
それは自分の可能性を探る道程にもなるかもしれないし、世界の事象の一端を解明することにもなる。
いつだって、偉業は小さな好奇心から始まるのだから。
 
その点で言えば、擬人化・キャラクター化コンテンツが世界に与えた影響は大きい。
実物を目的に旅をする道筋は、本当の意味での「聖地巡礼」である。
キャラクターを実際に感じ、自分の中で妄想・再構築する過程は、至高の幸せとなるだろう。
 
刀剣、船、動植物に英雄たち……
 
彼ら彼女らの背景にあるものが魅力的だからこそ、コンテンツ内のキャラクターは生き生きと輝き続ける。
そしてその輝きを引き出すのが、オタクたちの知的好奇心なのだ。

 

 

 

「ただしイケメンに限る」とは、ネット上の掲示板「2ちゃんねる」発祥の定型文である。いいことを言ってもこれがつくだけで残念な文言になる。
 
例:「全て国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」※ただしイケメンに限る
 
コンテンツ内のキャラクターはイケメンであり、美少女であり、そのデザインや性格は魅力的である。だが、イケメンや美少女を用意するだけではこのジャンルは成り立たない。
モチーフとなったそのものが魅力的であってこその、擬人化・キャラクター化である。
 
素顔を知れば知るほど彼ら彼女らの魅力は高まっていく。そして、それぞれが間違いなく“イケてる面々”なのであった。

 
 
 
 

今回のコンテンツ一覧
・『刀剣乱舞』(ゲーム・アニメ・舞台等/製作:DMM GAMES・ニトロプラス)
・『艦隊これくしょん〜艦これ〜』
(ゲーム・アニメ・漫画等/配信:DMM GAMES 開発:C2プレパラート)
・『Fate/Ground Order』
(ゲーム・アニメ・漫画等/原作:Type Moon)
・『御城プロジェクト』(ゲーム/開発・配信:DMM GAMES)
・『FLOWER KNIGHT GIRL』
(ゲーム・漫画・小説/配信:DMM GAMES 開発YourGames)
・『ドールズフロントライン』(ゲーム・アニメ/開発:サンボーン)
・『けものフレンズ』(ゲーム・漫画・アニメ等/原作:けものフレンズプロジェクト)
・『文豪ストレイドッグス』(漫画・アニメ・舞台等/原作:朝霧カフカ 漫画:春河35)
・『正伝 岡田以蔵』(伝記/原作:松岡司 戎光祥出版)
・『歴メシ! 世界の歴史料理をおいしく食べる』(レシピ本/原作:遠藤雅司 柏書房)
・『サリエーリ 生涯と作品 モーツァルトに消された宮廷楽長』
(伝記:原作:水谷彰良 復刊ドットコム *初版は音楽之友社)
・『アマデウス』(舞台・映画/監督:ミロス=フォアマン)

 

❏ライタープロフィール
黒崎良英(READING LIFE編集部公認ライター)

山梨県在住。大学にて国文学を専攻する傍ら、情報科の教員免許を取得。現在は故郷山梨の高校に勤務している。また、大学在学中、夏目漱石の孫である夏目房之介教授の、現代マンガ学講義を受け、オタクコンテンツの教育的利用を考えるようになる。ただし未だに効果的な授業になった試しが無い。デジタルとアナログの融合を図るデジタル好きなアナログ人間。趣味は広く浅くで多岐にわたる。

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