第7回 リブート70’~90’ 〜伝統と再構成と新世界と〜《これからのオタクの話をしよう》
記事:黒崎良英(READING LIFE公認ライター)
『スパイダーマン』といえば、スタン・リー原作、スティーブ・ディッコ作画によるアメリカンコミックヒーローである。
2012年に映画『アメイジング・スパイダーマン』がヒットし、その認知度をさらに拡大していったことだろう。
だが、実はこの『スパイダーマン』、日本で実写ドラマ化された過去があることをご存知であろうか?
1978年から1979年にかけて放映されていた、東映が制作した特撮ヒーローものである。
「スパイダー星人からスパイダーエキスを注入されて変身できるようになった」「ダサかっこいい口上(「キノコ狩りの男! スパイダーマン!」とか)」「ヒーローものにお約束の巨大メカ、レオパルドンの登場」といった、もはや完全オリジナルとなったツッコミどころ満載な、ビックリドッキリスーパーヒーローである。
実はこれ、マーベルとタツノコプロが著作権交換(3年間お互いのキャラクターを自由に使用して良いという契約)をして実現した企画らしい。
で、この東映版スパイダーマンが、今また人気を博しているのだという。
なぜ今、という理由は定かではない。
このスパイダーマンの存在が現代で知られるようになったのは、動画投稿サイト「ニコニコ動画」で、その黎明期に動画がアップされたことによる。もちろん著作権の問題が色々あったため、運営側は毎回削除をしていくのだが、懲りもせず毎日のように復活しているという。そのため、ついたタグが「不死鳥のように蘇る男」である。
まあ、その一連の出来事は「なんだかなぁ」といった感じだが、とにかくこのおかげで、オタクの間に東映版スパイダーマンの存在が知られるようになった。
というわけで、今回は古き良き昔のコンテンツが、今、その人気を再燃している事象について、見ていきたいと思う。
いわゆる「リメイク」というものは、結構な頻度で行われている。アニメーションの技術が進んだこの現在の地点で、再びあの人気者を輝かせたいと思うのは、割と自然なことであろう。
ただ、昨今の再燃現象は、単なる「リメイク」ではないことに特徴がある。それは一般に「リブート」と呼ばれる作品群であるのだ。
「リブート」とは、シリーズの連続性や、要素、コンセプトなどを整理し、1から作り直すという意味である。
辞書的には「再起動」であるが、アニメにおいてこの用語は「再構築」を意味する度合いが強いだろう。
口火を切ったのは、2008年から放送された「キャシャーンSins」あたりであろうか。もちろん、ベースはタイトル通り1970年代に人気を博した、タツノコプロが生み出したヒーロー『新造人間キャシャーン』である。
終末観漂う荒廃した世界や、登場キャラクターのネーミング等、ベースとなった『新造人間キャシャーン』を思わせながらも、独自のストーリーが展開する。
原作の絵を、現代の技術で新たに作り上げながらも元のストーリーをなぞっていく「リメイク」作品とは違い、この「リブート」作品では、現代に適合した、現代だからこそ作ることができた、新たなキャシャーンを見ることができる。
「リブート」作品の良いところは、原作を知らない新たなファンを獲得しながら、新旧のファン、それぞれが違う見方ができることにある。
原作を知っていれば、思わずニヤリとしてしまう設定や演出というものもある。そして新たなファンはそのことを知り、では原作も見てみようとなる。
果たして、ここに世代を超えた作品愛と絆が紡がれるのである。
その中で、近年特に人気を博したのが、『ULTRAMAN』や『SSSS.GRIDMAN』という、かの円谷プロのリブート作品だ。
『ULTRAMAN』はご存知、国民的ヒーロー番組『ウルトラマン』を原典とした作品である。
光の巨人、ウルトラマンが去った40年後の地球。光の巨人と一体化してウルトラマンとなったハヤタ隊員、その息子である早田進次郎が主人公だ。
特徴的なのは、彼らは巨大化して戦うのではなく、ウルトラマンスーツという強化スーツを身にまとい、迫りくる宇宙人(怪獣ではない)たちと戦うことである。
すなわち、等身大のウルトラ戦士(と呼んでいいか分からないが便宜上)なのだ。
漫画が原作であるが、2019年にはフルCGアニメ化。今をときめく動画配信サービス「Netflix」から独占配信された(翌年には地上波、B Sでの放送が開始された)。
もう一つの『SSSS.GRIDMAN』は、1993年から放送されたアクションヒーロー『電光超人グリッドマン』が原典だ。
まだパソコンが一般的でなかった時代に、「自作パソコン」「コンピュータウイルス」などの、現代に通じる概念を投入してきた意欲作である。
ある日目覚めると記憶喪失になっていた裕太。自分が何者かすら思い出せない中、自らを呼ぶ声が聞こえる。声の元は一つの古いパソコン。そして声の主はハイパーエージェント、グリッドマンであった。現れる怪獣、だが翌日にはリセットされたかのような状況の町、そしてミステリアスな美少女アカネ。
様々な要素が一新。しかし原作を知っていると、やはり顔が綻ぶ名前や場面も散りばめられている。
特に原作『電光超人グリッドマン』のO Pテーマ『夢のヒーロー』が流れる下りは熱かった。ちなみにOxT(オクト)が歌うOPテーマ『UNION』も大ヒットし、そのカップリングにカバー曲として収録されている。
冒頭でも言ったが、これらの作品は単なる「リメイク」ではなく、物語を貫く要素を残しながらも、大胆に再構築した「リブート」である。
逆を言えば、その作品が、時を超えてもなお色褪せない魅力を持っていることの証左となる。
そして同時に、おおよその世界を再構築してなお魅力的であるという、器の大きさをも示すことになる。
そんな魅力的なコンテンツを、現代に生きる製作陣が、その時代に適合した物語へと作り変えていく。
それはさながら、最高の食材と最高の料理人の出会いに似ている。
最高のコンテンツと、それを調理する最高の製作陣が、我々の生きる現代へ向けて、その時代だからこそできる、最高のリブートされたコンテンツを提供してくれるのである。
だが、この調理人たち、すなわちアニメーションを制作する現場に、今、大いなる変化が訪れている。
先ほど紹介した『U L T R A M A N』であるが、これも先ほど述べたように、最初に放映されたのは、地上波ではなく、B SでもC Sでもなかった。動画配信サービス「Netflix」である。
「Netflix」と言えば、定額制動画配信サービスの最大手である。既存の作品のストリーミング配信だけでなく、独占配信やオリジナル作品の扱いもある。
この巨大なコンテンツ配信企業が、近年、アニメの配信にも力を入れ出した。
定番・人気の既存のアニメ作品の配信から、オリジナル作品の配信までも行なっている。既存の作品にしても様々なスタジオと手を組み、あのスタジオジブリの21作品を配信する権利をも獲得している。
独占配信するオリジナル作品も魅力的だ。
ネット配信という、テレビより表現規制が緩い利点を生かし、地上波では放送できないような過激なシーンも盛り込んでいる。
また、ふんだんな資本をもとに、最新技術をフルに使った、迫力あるアニメーションも可能だ。
実は、日本のアニメ業界は、労働現場としてかなり苦しい状態にある。
増えすぎた作品数を支える少数のスタッフ。長時間・低賃金労働という、過酷な現場もある。
最近、ここに「Netflix」のような外資が参入し、労働条件がかなり改善された会社もあるという。
出資側も出資側で、高額なギャラを払う俳優を起用したドラマなどを作るより、遥かにコストが安い。
ただ、これで手放しに喜ぶわけにもいかないらしい。
「買い切り」という契約形態は、制作会社に一定以上の額が入るが、その変化がない。いくらヒットしても、だ。また、視聴に関するデータ(どういった視聴者層が見ているかなど)も、あまり公表されないのだとか。
そして、このような指摘もある。
すなわち、「おもしろい」アニメしか作られなくなってしまうのだ。
いや、それは歓迎されるべきことであり、何ら不都合はないのでは、と思ってしまうが、そうでもない。
試しに、「Netflix」のオリジナルアニメにどんなものがあるか、ちょっと検索してみると良い。
手に汗握るストーリーに、スタイリッシュで挑戦的な技法を用いた映像美。どれもこれも魅力満載だ。
ではここに、例えば毎週見ている『サザエさん』が入る余地があるか、ということである。いや、無駄にC Gで描かれれば可能性がなくもないか……
そう、日本のアニメの強みの一つに、「多様性」がある。ド派手なアクションものから、ほのぼのとした日常系、キャラクターの可愛らしさを前面に出した「萌え系」などまで、多種多様であり、それぞれに根強いファンがいるのが、日本のアニメの特徴でもある。
一方、動画配信サイトの商売相手は、全世界である。当然、全世界的に“売れる”アニメが作られることになる。
そこに何も不安はないように思われる。私の単なる個人的な杞憂に過ぎないかもしれない。
だから、これは“一抹の”不安である。
すなわち、大人気ではないが、それでも見ていて和むアニメ。あるいは日常の延長上に非日常を見せてくれるアニメ。
これらのアニメが作られなくなってしまうのではないか。そんな一抹の不安である。
考えてみれば、日本に昔からある長寿アニメ番組というものは、ある程度その要素があるかもしれない。『サザエさん』然り、『ちびまる子ちゃん』然り、『ドラえもん』然り……
日常の中にある楽しさ、幸せ、そこにスパイスのような事件に冒険。そのちょっとしたおもしろさに、私たちは救われることもある。
今後、作品を見るためのメディアは、さらなる発展を遂げていくだろう。
動画配信、テレビ、ブルーレイディスク……
メディアを選ぶことが、自分の好みや主義主張を反映する、そういった様相を呈する時期が、そこまで迫っているかもしれない。
そしてそこで覇権をとったメディアが、作品のあり方をも決めてしまう。
そうなってしまうのではないか、という本当に僅かな、一抹の不安が、私の背筋をヒヤリとさせるのである。
水木しげる原作のアニメ、『ゲゲゲの鬼太郎』(第6期 2018年〜2020年)が、放送文化の向上に貢献した番組や個人・団体を表彰する「第57回ギャラクシー賞」で、テレビ部門特別賞を受賞した。
1968年の初回放送より50年。人間社会が抱える闇を妖怪たちに託し、時代も現代に沿ながら、子どもたちへ丁寧にメッセージを送る。そんな徹底した姿勢が評価されたという。
私なぞはモデル体型となった猫娘に面食らった口だが……
私たちがアニメなどのコンテンツに求めるものは普遍である。このコーナーでも散々言ってきたが、「おもしろいかどうか」だ。
その普遍的な一本線を持ちながらも、一方で、アニメの種類は多種多様で千差万別である。
これは社会のあり方に似ている。時代という移り変わるものの中に、そして個々人の多様な価値観の中で、「人間性」という、亡くしてはならない大事なものがある。
長寿の番組や、リメイク、そしてリブートされる作品には、おそらくそれがあるのだろう。揺るがぬ大事なものを中心に抱いているから、時代を経ても、設定を一新しても、今を生きる人々に響くものがあるのだろう。
そう、その時代ごとの“今”に訴えるからこそ、リブート作品は魂に響く。見る者、作る者に愛される。
アニメが簡単に、当たり前のように見られる現代。
しかし、一連の感染症騒動によって、私たちはそれが当たり前でないことも知った。
製作陣の、自らを犠牲にするほどの努力によって、私たちはそれらを享受できることも知られるようになった。
私たちは、おもしろいコンテンツを単純におもしろいと味わいながらも、それらを享受できることへの感謝を忘れてはならない。
“おもしろいものは時代を超えてもおもしろい”
そう言えることへの感謝を、それを見せてくれる人々への感謝とともに、忘れてはいけないと、私もまた一人のオタクとして、襟を正される思いなのである。
今回のコンテンツ一覧
・『スパイダーマン(Spider-Man)』
(マンガ・ドラマ・映画等/原作:スタン・リー 作画:スティーブ・ディッコ)
・『東映版スパイダーマン』(特撮ドラマ/原作:八手三郎 監督:竹本弘一他)
・『科学忍者隊ガッチャマン』(アニメ・映画/原作:吉田竜夫 制作:タツノコプロ)
・『新造人間キャシャーン』
(アニメ・映画・漫画等/原作:吉田竜夫・タツノコプロ企画室)
・『キャシャーンSins』
(アニメ/原作:竜の子プロダクション 監督:山内重保)
・『ウルトラマン』(特撮ドラマ・アニメ・漫画等/監督:円谷一ほか)
・『ULTRAMAN』(漫画・アニメ/原作:円谷プロダクション 漫画:清水栄一×下口智裕 アニメ監督:神山健治×荒牧伸志)
・『電光超人グリッドマン』(特撮ドラマ/制作:TBS・円谷プロダクション)
・『SSSS.GRIDMAN』(アニメ・漫画・小説等/監督:雨宮哲)
・「Netflix」(DVDレンタル及び定額制動画配信サービス)
・『サザエさん』(漫画・アニメ・ドラマ/原作:長谷川町子)
・『ちびまる子ちゃん』(漫画・アニメ・映画等/原作:さくらももこ)
・『ドラえもん』(漫画・アニメ・映画等/原作:藤子・F・不二雄)
・『ゲゲゲの鬼太郎』(漫画・アニメ・ゲーム等/原作:水木しげる)
❏ライタープロフィール
黒崎良英(READING LIFE編集部公認ライター)
山梨県在住。大学にて国文学を専攻する傍ら、情報科の教員免許を取得。現在は故郷山梨の高校に勤務している。また、大学在学中、夏目漱石の孫である夏目房之介教授の、現代マンガ学講義を受け、オタクコンテンツの教育的利用を考えるようになる。ただし未だに効果的な授業になった試しが無い。デジタルとアナログの融合を図るデジタル好きなアナログ人間。趣味は広く浅くで多岐にわたる。
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