これからのオタクの話をしよう

第8回 中の人などいない、わけない〜声の伝統と声優たちの挑戦〜《これからのオタクの話をしよう》


記事:黒崎良英(READING LIFE公認ライター)
 
 
2020年6月公開の映画、『ドクター・ドリトル』。
ヒュー・ロフティング原作の児童文学を実写映画化したものだ。
動物と話ができる名医ドリトル先生が、動物たちとともに冒険に繰り出す、ファンタジー冒険映画。リアルで迫力のある映像は、子どもならずとも夢中になることだろう。
 
この映画を、オタクたちは、ある種の感慨を持って見ていた、いや、聴いていたに違いない。
 
主演を務めるのは『アイアンマン』でお馴染みのロバート・ダウニー・Jr.であり、その声を務めるのは、声優、藤原啓治であった。
 
『クレヨンしんちゃん』のお父さん(野原ひろし)の声の人、と言えば、ピンとくる人も多いだろう(現在は森川智之が担当)。
少し抜けていながらもカッコ良さと温かみを備えている、そんな声が特徴的だ。
 
数々の作品に出演していたが、2020年4月、癌のために惜しまれながらこの世を去った。
そう、映画『ドクター・ドリトル』は彼の遺作となったのである。
  
というわけで、今回はアニメになくてはならない重大要素、“声優”にまつわる話である。
 
ちなみにこの映画、日本語吹き替え版ではそうそうたる有名声優が名を連ねている。どなたも一見の、いや一聴の価値ある映画である。
 
さて、声優といえば、キャラクターに命を吹き込む仕事である。海外ドラマの吹き替えやナレーション、という場面にも活躍の場はあるが、やはり、花形は何と言ってもアニメの声優だ。
 
ちなみに声優のことを「中の人」と呼称する場合もあり、声優本人の姿とキャラクターとの間に若干隔たりがある場合、あるいは、好きだったアニメキャラの声優が結婚した場合、またはキャラクター愛が強すぎる場合など、「中の人などいない!」と現実を放棄するような言葉が使われる、こともあるらしい(吉田戦車の漫画『伝染るんです』が元ネタ)。
 
それはさておき、アニメ黎明期において、アニメに声をあてるのは主に俳優が担当していた。そのため、演劇の役者から声優業界に入った人も多い。
実際、アニメ映画では、声優ではなく俳優が声を担当していることもある。
 
しかし時代が下り、アニメ作品が増え、その質も上がってくると、声を担当するのに特化した職業、声優が現れることになったのである。
 
さらに近年、声優の活躍の場は大きく広がっており、ただアニメに声をあてるだけの仕事ではなくなっている。
いわゆる「声のお仕事」だけではないのが、近年の声優像だ。
 
中にはアイドルとしての側面を持つ、「アイドル声優」という形態もある。
本業である声優業だけでなく、歌唱C Dの発売やライブなどの音楽活動。
グラビアへの出演や、写真集・イメージビデオなどのヴィジュアル関係の活動。
演劇やミュージカル、オリジナル番組やラジオへの出演等々……多岐に渡った活動がある。
 
世間にアイドルとしての声優を知らしめたのは、やはり、声優アイドルグループ「μ’s(ミューズ)」であろうか。
2015年の紅白歌合戦に紅組から出場し、お茶の間を驚かせた。
ちなみに、同回にて白組からは『刀剣乱舞』の舞台出演者が、これまたパフォーマンスを繰り広げていた。
 
さて、この「μ’s」というユニット、『ラブライブ!』に登場するキャラクターの声優によって結成された、声優ユニットである。
 
『ラブライブ!』とは、2010年代にヒットした、アイドルものの作品である。
「スクール・アイドル」という、学校が擁するアイドルの頂点を目指し、日夜奮闘する少女たちの物語だ。
原作は漫画だったが、アニメ化に伴って設定を一新、一気に人気に火がついた。
 
「μ’s」とは主人公たちのスクールアイドルユニットのこと。
アイドルがテーマであり、当然多くの歌も登場する中で、実際に担当声優たちがこのアイドルユニット「μ’s」を結成。東京ドームやさいたまスーパーアリーナなどで、ライブを成功させてきた。
 
また、紅白歌合戦つながりだが、水樹奈々もその名を知られた声優であろう。
最初演歌歌手を目指していたが、澄んだ高音域の声質が演歌と相性が悪く、断念。その後声優へ転向し、2000年代にブレイク。同時にアニメソングを歌う歌手デビューを果たし、以降、声優と歌手、両方の面で人気を博している。
2009年の紅白歌合戦に出場し、その後6年間も出場を果たし、大型スタジアムでのソロライブをいくつも成功させている。
今やおしも押されぬ人気声優であり、アニソン歌手となっている。
 
声優アイドルの先駆けともいうべき声優、椎名へきるは、1994年から声優業とともに音楽活動を開始。2002年から2004年の3年連続、東京ドームで元旦ライブを開催していた。
武道館でライブを行った声優は、椎名が初であった。
 
他にも、アイドルのように活動し、成功を収めた声優はいるが、この形態は警鐘を鳴らされることもある。
 
確かにアイドルのような活動、そして販促をすることは、それ自体に是非はないかも知れない。
だが、そこから人気を得て仕事を続けられるのは、声優としての実力を持った人に限る。
つまり、当然ながら声優としての実力があってこそのアイドル的活躍なのであって、最初からこの「声優アイドル像」を目指す若手には、やや否定的な視線が投げかけられることが多い。
 
そもそも、声優本人の人気は、キャラクターに紐づけられることが大きく、声優が前面に出て、顔を出して活動することで、「キャラクターに対してのファンのイメージを壊してしまうかもしれない」という懸念が生まれてきてしまうのは、自然なことであるように思う。特にアニメ監督やアニメーターという、制作に関わる人々から、この声が聞こえるらしい。
 
また、声優本人からも、「声優としての実力の面で劣る」という認識を持たれがちであることから、自ら「アイドル声優」と呼称されることを嫌う者もいる。
 
もっとも、「アイドルのような多彩な活動」をアピールしている声優もおり、一概に否定できることではなく、何より昨今の声優人気を考えれば、妥当な路線とも言える。
 
しかし、あまりこの方法、アイドルとして声優を売り込む、俗称「ドル売り」という方法は、世代交代が激しいことや、本業の声優業以外にも仕事が多いことで重圧やストレスを欠けてしまい、将来を有望視された若手を潰してしまうという危険な行為であるとして、指摘されるようにもなってきている。
 
とはいえ、ベテランとなった声優陣からも、新たな道を模索しようとする動きも見えてくる。
 
『AD-LIVE(アドリブ)』は声優、鈴村健一が総合プロデューサーを務める、その名の通りの“即興舞台劇”である。
決められているのは、大きな世界観と舞台上で起こるいくつかの出来事のみ。出演者のキャラクター(役)も、セリフも全てアドリブ(即興)で紡がれていく。
ここに出演するのは、ほとんが声優である。元々鈴村が担当するweb番組から生まれた企画で、ドラマC Dのイベントを面白くするという理由で発案されたらしい。
一般募集したキーワードをバッグに詰め込み、それを取り出してセリフに使わなければならない、といったアドリブ能力を試される仕組みも見所である。
 
実はアニメ録音の場面ではアドリブが多い。アドリブでありながら作品に欠かせない台詞となるあたり、さすがはベテラン声優であろう。
そのアドリブ力を最大限に発揮した舞台となっている。
 
アニメ作品の中でも、声優の力を最大限に発揮した作品が作られている。
 
雲田はるこ原作の『昭和元禄落語心中』はかなり挑戦的な作品だった。
昭和落語の大名人、八代目有楽亭八雲という架空の人物の半生を軸に、落語を取り巻く人々の、落語への思いが描かれる。
 
このアニメで主人公たちを演じたのはベテラン声優、石田彰、山寺宏一ら。すなわち、ここでは声優たちが「落語」を披露することとなる。正確にいうと、落語家を演じて落語の演目を話すわけだが。
そしてのその演技は見事なもので、落語ファン、アニメファン、声優ファン、見るもの全ての度肝を抜いた。
 
また、第13回声優アワードのシナジー賞に輝いた、大川ぶくぶ原作のアニメ『ポプテピピック』は、何とも異色な作品だ。
何せ自ら「クソアニメ」を標榜しているのだから。
 
しかし、ここで採られた試みは大変興味深い。
このアニメは、1度の放送内で2回、同じ内容を流す。
ただし、主人公コンビのポプ子とピピ美の声優を、それぞれのパートで変えて放送するのだ。最終回に至っては地上波・各動画配信サイトによって異なる声優を起用し、それぞれ2回放送されるので、計8組の組み合わせが放送されたのである。
 
内容はツッコミどころ満載なシュールギャグであり、尚且つこの声優の組み合わせが秀逸であった。
他の有名アニメのライバル同士だったり、声優界で有名なコンビだったり、ただ声優同士仲が良かった、というだけの場合だったりする。
すなわち、アニメファンにとってニヤリとする組み合わせだったのだ。
 
この声優を変えて2度放送するという手法に、声優、古川登志夫はこう言及している。
 
“声優個々の演技論の違いが明確に分かるポプ子とピピ美の複数キャスティング。ある意味、俳優教育、声優教育に一石を投じるコンテンツにも思える。基礎訓練(土台)は同じでもその上に建てる演技論(家)は多様。極論にせよ「演技論はプロの表現者の数だけ有る」は成り立つ、と。”(古川のTwitterより)
 
声優がアニメキャラクターに声をあてる。この行為には変わりはないが、そこにやはり、演技の違いが出てくる。
声優がいかに演技を工夫しているか。同じアニメで比較できるのは、とても面白い。
 
個人的に声優の力を感じたのは、対戦格闘ゲーム『ギルティギアシリーズ』に出てくるキャラクター、「ジャック・オー」である。
名前の通り、ジャック・オー・ランタンの仮面をかぶる妙齢の女性である。担当声優は五十嵐裕美。
 
封印されていた身であったが、時期を早めて解放され、そのため子どもの性格と学者肌の知的な大人の性格が不定期に現れる、不安定な存在、という設定だ。
そのため、声の変化が特徴的である。
子どもの声で話していると思ったら、自然に大人の女性の声に変わっている。それも一つの長いセリフの中で、だ。
 
年齢や性別を声で変えられることも、声優の妙技であるが、この自然な変化は驚嘆ものである。プロフェッショナルは違うものだ。
 
それにしても日本の歴史を見るに、声の職業が何と多く、かつそれに従事している人の何と見事なことか。
 
前に触れた落語も然り。その他にも浄瑠璃や小唄、講談に漫談、漫才、活弁などなど。
いずれも優れた職人芸である。
 
おそらく、この脈々たる流れの中で、声の仕事は受け継がれてきたのだろう。
その中で、声優は比較的新しい職業である。
元々はテレビ番組でハリウッド映画を放送する際、当時の粗い画面では字幕が不鮮明であり、そのため若手俳優が吹き替えを担当したことにより始まったという。
 
声優も、歴史ある声の仕事の一部である。日本にはこの職人芸が培われる土壌があったとも言えるのではないだろうか。

 

 

 

スクエア・エニックスが手掛けたゲーム、『キングダム ハーツ』は、ディズニーキャラクターが活躍し、その世界を冒険する意欲作だ。
そのシリーズの一つ、『キングダム ハーツ 358/2 Days』の海外版クレジット(最後にスタッフ名などが出てくる画面)に、一つの文が添えられている。
 
“In loving memory of Wayne Allwine.”
 
Wayne Allwine(ウェイン・オルウェン)は長年ミッキーマウスの声優を務めていた人物である。そしてこのゲームが、彼の最後の仕事となった。
 
声優は、作品の中にある。
声優が亡くなっても、作品は続く。
特に長寿アニメでは、昨今声優の世代交代がよく見られる。
してみると、声優は、アニメキャラに命を吹き込み、命を繋ぐ役目を担っているとも言えよう。
 
近年の声優の活躍の場を見てみると、あるいは、声に特化した妙技を聴いてみると、「声優」はオリジナリティを確立した、特別な職業なのだと感じる。
そして声優は、アニメーションとそれに連なる数々のコンテンツを支える、重要な柱となっている。
さらに活躍の場を広げ、もはや声優自体が、テレビや映画の枠に囚われない一大コンテンツとなっている様相である。
 
この確かに存在する“中の人”に、我々は目が、いや、耳が離せない。
 
 
 
 

今回のコンテンツ一覧
・『ドクター・ドリトル』
(児童文学・映画等/原作:ヒュー・ロフティング 監督:スティーブ・ギャガン)
・『クレヨンしんちゃん』(漫画・アニメ・映画/原作:臼井儀人)
・『伝染るんです』(漫画・アニメ・webドラマ/原作:吉田洗車)
・『ラブライブ! School idol project』
(漫画・アニメ・映画等/原案:公野櫻子 企画:KADOKAWA・バンダイナムコアーツ・サンライズ)
・『AD-LIVE』(即興舞台劇/総合プロデュース:鈴村健一)
・『昭和元禄落語心中』(漫画・アニメ・ドラマ/原作:雲田はるこ)
・『ポプテピピック』(漫画・アニメ/原作:大川ぶくぶ)
・『ギルティギアシリーズ』(対戦格闘ゲーム/制作:アークシステムワークス)
・『キングダム ハーツ 358/2 Days』(ゲーム・漫画/開発:スクエア・エニックス ハ・ン・ド)

 

❏ライタープロフィール
黒崎良英(READING LIFE編集部公認ライター)

山梨県在住。大学にて国文学を専攻する傍ら、情報科の教員免許を取得。現在は故郷山梨の高校に勤務している。また、大学在学中、夏目漱石の孫である夏目房之介教授の、現代マンガ学講義を受け、オタクコンテンツの教育的利用を考えるようになる。ただし未だに効果的な授業になった試しが無い。デジタルとアナログの融合を図るデジタル好きなアナログ人間。趣味は広く浅くで多岐にわたる。

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