パワフルシニアに学ぶ、人生100年時代の生き方

インディアンネームを持つ81歳の現役ジュエリー作家〜コロナ禍での制作活動、そして今を生きる私たちへのメッセージ〜《WEB READING LIFE「パワフルシニアに学ぶ、人生100年時代の生き方」第4話》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2023/3/6/公開
記事:田盛稚佳子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
福岡県在住のインディアンジュエリー作家である、Tammyさんこと猪口民枝(いのぐち たみえ)さん。
第3話までに渡米してからの生活や51歳でナバホ族に弟子入り後、10年にも及ぶ修業と「インディアンネーム」を授かるまでの経緯を紹介させていただいた。
2020年の冬から世界中で猛威を奮った新型コロナウイルスに、民枝さんも翻弄され続けた一人である。
なぜなら、日本はおろか福岡県から出ることも制限されてしまったからである。
20年もの間、毎年欠かさず渡米しては修業を積み、師匠であるナバホ族から認められた証と言える希少な「インディアンネーム」を授かったにもかかわらず、渡米が出来なくなった。
そのことに対する落胆は思いのほか大きかった。
 

(民枝さんの作品。石の台座から葉脈の一本一本まですべて手仕事の為せる技である)
 
当時を振り返って、民枝さんはこうおっしゃる。
「一番つらかったことは、渡米して石の買い付けができなくなってしまったことね。自分で仕入れに行けない! これからどうする?」と本気で悩んだという。
それまでは毎年、渡米しては材料店に通い詰める日々を過ごした。トルコ石やオニキス、ヒスイなどの石をご自身の眼で見て、触れて選んでいた。そして選んだ石からインスピレーションを受けては自身のアイデアと融合させ、独自の作品を作り続けてきたのである。
そのアイデアの源泉となる石を自分で選べないということは、ジュエリー作家としては砂を噛むような思いであったことだろう。
 
どうしたものかと考えた民枝さんは、買い付けに行けない代わりに、現地から石を日本へ空輸してもらうことにした。
空輸では100カラット(約500g)を目安に注文するが、送料だけでも5,000円以上はかかる。カタログ発注がメインで、何cm×何cmのどういう石をどれくらい欲しいかという希望を伝えるのが一般的だ。その後、品物が日本に到着するまでには最低2週間を要する。
待っている期間は、手元にある石を使って黙々と制作を続けた。
注文した石の中に少しでもピンと来る石があれば、きっと新しい作品を作ることができると民枝さんは期待していた。
数週間後、自宅に届いた荷物を開けて思わず声を上げた。
「どうして、こんなものしか届かないの!?」
よく見るとトルコ石といっても非常に小粒だったり、イメージしていた色とは異なる石が入っていたり、制作するには明らかに難航を極めそうなものが詰めてあったのである。
注文されたカラット分を送っておけば、たぶん大丈夫だろうという店側の考えだったのかもしれない。
しかし、第2話にも書いたとおり、数あるインディアンジュエリーの中でも、ナバホ族のジュエリーというのは大振りの石を大胆に使う作風が特徴的だ。
それゆえに小粒の石だけでは重厚感を出すことが難しい。彫金の周りに散りばめる程度では、個展での目玉となる作品が作れなくなり、作風も変わってくる。それは民枝さんの意に反することだった。
 
一方で、ありがたいことにコロナ禍でも作品展の依頼は舞い込んできた。
福岡県以外に東京都内や大分県内でも声がかかると、作品を一つでも多く作って、お客さんに見てもらいたいという思いが強かった。
コロナ前に買い溜めていた石をアトリエで探しては「これなら使える!」という石を見極め、少しずつ歩み出した。
現地に仕入れに行けないことに対して、くよくよしていても何も進まない。
「今あるもので作ろう。やるしかない!!」
民枝さんは発想の転換をしたのである。切り替えの速さは、最初に渡米した時から変わることがない。このパワーがあるからこそ、今までこうして制作活動を続けてくることができたのである。
自然界にはまったく同じ石が存在しないのと同様に、インディアンジュエリーにも一つとして同じものがない。だからこそ、その作品を求めて各地からファンがやってくる。
実は東京で開催した際に、ある著名な芸能人の方がふらりと会場に現れ、民枝さんの作品に一目惚れをして買い占めていったという。
 
しかしその後、「緊急事態宣言」や「第○波」というニュースが長期間流れることになる。
企業ではテレワークも増え、自宅に籠った人々が心身を病んでいくということも、周りではよく聞く話でもあった。
それでも民枝さんの制作活動の炎は弱まるどころか、じわじわと強まっていったのだ。ジュエリー作家という一人で自由に時間が使える仕事だからこそ、コロナ禍でも自身のペースを乱されることがなかったのだ。
作品制作、そして個展を続ける原動力は一体何だったのか、尋ねてみた。
「私は作品に関しては義務と思ったことはなくてね。原動力だなんて、堅苦しいことを考えたことがないのよ」
「自分が好きだから作る、ということが私の基本なの。だから本当に気が向かなければ、何もしないで日々を過ごしてみる。すると自分の中にフッと何かが降りてきて、創作意欲が奮い立ってくるのよね」
そうして制作した作品を各地の個展で披露し続けていった。
時期的に外出が制限されたり、コロナがある一定の年齢層にまん延したり、刻々と時間が過ぎる中で決して平坦な道のりではなかった。以前と比べて、来場するお客さんも激減した。
それでも根気強く個展会場へと足を運び、その街で行く先々で新しい刺激を受けながら、自身へのエネルギーへと変えていったのである。
 

(美しい大きなヒスイのブレスレット。お客さまが着けると表情がパッと輝いた)
 
個展の中で感じることがある。
それは「民枝さんが多くを語らず、気配を消すように会場に溶け込んでいる」ことだ。
たとえば、じっくり鑑賞したいのに絶え間なく話しかけられてしまい、作品を集中して見ることができなかった経験をお持ちの方もいるのではないだろうか。
民枝さんは、そういうことは一切しない。
「よかったら、自由にお手に取ってくださいね」と声をかけるくらいだ。
それはなぜか?
「個展で作品を披露するでしょう? 気に入ればどうぞ、くらいの気持ちでいるのがいいの。
ギャラリーという閉鎖的な空間での仕事なのよ、まず人が来ないことにはね。だから、人との新しい出会いがあることを毎回期待しながらやっているのよ」
民枝さんは人が好きだ。新しい出会いが好きだ。
その飾らない人柄と生き方に触れた人々が元気をもらい、笑顔になって帰っていくのである。
 
コロナの影響が落ち着いてきた今、民枝さんは思うことがある。
「本当はすぐにでもアメリカに行きたい! でも、体力面で不安があるのも確かよ」
若手の作家仲間からは、「いつまで働くつもりなんですか?」との声もあるという。
「とにかく飛行機と車での移動だけでも、約15時間かかるからね。本当に体力が持つのかという葛藤はあるけれど、長年培ってきたこの目で石を選びたいという気持ちはあってね。材料を仕入れたら、もっといろんな作品を作りたくなると思うの。人生、なるごとしかならん!(なるようにしかならない! という博多弁)」
 

(個展での民枝さん。お召し物は渡米した際に購入した一点モノである)
 
3月上旬から開催される東京・麻布十番での個展を前に、制作もほぼ完了した。
民枝さんは個展への思いを力強く語ってくださった。
「とにかくお客さまと会えるのが楽しみ! 作品を作っている時も、良いものをお見せしなければ! と張り切っちゃうわね」
いつでも、どんな時でも自然体である。
 
「私たちの世代にもメッセージを何かいただけますか」
すると民枝さんは、ハッキリとした口調で答えてくださった。
「30代から40代は私から見れば、まだまだひよっこ。何かを本気でやろうと思えば、今からいろんなことができるでしょう。もちろん私の世代と、今の世の中や若者の価値観はまるで違うと思っているわ。でもね、これだけは言えるの」
「周りに振り回されず、個性を伸ばすこと。これが大事よ」
 
世間一般では「もう〇〇歳だから私には無理」や「やってはみたいけど……」とできない理由を口にする人が多いのもまた事実である。
それは、他人に言い聞かせているようでいて、実は可能性の扉を自らパタンと閉めているようなものではないだろうか。
「何か物事を始めるのに、年齢的に遅いことはない」ということを、民枝さん自身がこうして証明してくださっている。
30歳目前でインディアンジュエリーに魅せられ、35歳で彫金を習い始めた民枝さん。
もっと極めたい、本場で技術を習いたいと51歳で単身渡米してナバホ族に弟子入りし、ついには「インディアンネーム」まで手に入れてしまった。尽きることのない制作活動へのエネルギーは、これからも力強く燃え上がっていくことだろう。
 
人生100年時代。
世の中には暗いニュースが流れることも多い。目を覆いたくなるようなこともある。
しかし、こうして「インディアンネーム」を持つ82歳の女性が福岡にいて、輝きを放ちつつ、周りの人も勇気づけてくれることは、希望でもある。
これからを生きる私たちにとって、人生のロールモデルの一つと言ってもよいだろう。
もし心が折れそうになったら、この民枝さんの記事を再び読んでいただきたい。
そのたびに、新しい発見や底知れぬパワーをきっと感じていただけるはずである。
 
 
《完》
 
 

□ライターズプロフィール
田盛 稚佳子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

長崎県生まれ。福岡県在住。
西南学院大学文学部卒。
地域で活躍する人々の姿に魅力を感じ、人生にスポットライトを当てることで、その方の輝く秘訣を探すべく事務職の傍ら執筆する日々を送る。

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