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週刊READING LIFE vol.22

28歳、新婚。“ていねいな暮らし”諦めました。《週刊 READING LIFE vol.22「妥協論」》


記事:笹川 真莉菜(READING LIFE公認ライター)
 
 

竜巻でも発生したのだろうか。
土曜日の午前8時、いつもより遅く目覚めたわたしはぼんやりと部屋を見渡してそんなことを思った。

 

1K、30平米のちいさなマンションで夫とふたり暮らしをしている。家の中の唯一の部屋はこたつを中心にぐるりと生活感のあるモノで囲まれている。ソファ、机、本棚、衣装ケース、布団、窓。本は本棚にしまわれずにこたつやソファの上に散らばっている。窓のそばには雨が降るからと言って急いでベランダから取り込んだ洗濯物が山になって積み上げられている。ティッシュや買い物袋などのちょっとしたゴミもそこらへんに置かれている。

 

しばらくぼんやりしてから、昨日の夜帰ってきたときにこれらを見て見ぬふりしてすぐ寝てしまったことを思い出し、ふたたび見て見ぬふりをしたくなった。

 

 

 

結婚してから、部屋がどんどん荒れている。

 

結婚したのは昨年末のこと。
夫とは長い付き合いで、10年の交際記念日に入籍した。それまで5年ほど同居していたため、生活は特に何も変わっていない。
お互い社会人のため、家事のルールは特に設けずお互いできるときにやろうといういい加減な感じで暮らしている。その結果、しばしば部屋で竜巻が発生してしまう。

 

いくら仕事が忙しいとは言え、「竜巻」の部屋にいるとさすがに気持ちがげんなりする。本当は毎日こまめに片づけをして、週末は掃除機をかけたり布団を干したりはたきで棚のほこりを拭いたりしたい。「竜巻」の部屋にいながらこんなことを言うのも恥ずかしいが、掃除は嫌いじゃない。

 

同居しはじめた頃は「暮しの手帖」のような“ていねいな暮らし”に憧れて部屋にお花を飾ったりお皿にこだわったりし、結婚を意識するようになってからは料理をマメにしたりふたり分のお弁当を作ったりしたが今や全くダメダメである。
家事効率化のためにお掃除ロボットや食品宅配サービスを導入したが、お掃除ロボットはここしばらく稼働しておらず、食品宅配サービスの料理キットを作ることすら面倒くさがってしまっている。人生史上、今が一番“雑な暮らし”かもしれない。

 

しかしこれには理由がある。
お互い仕事が忙しいというのもあるが、わたしは今、“自分を大切にする暮らし”を実践しているからだ。

 

今からちょうど1年前、わたしはFacebookで天狼院書店のライティング・ゼミの広告を見かけ興味本位で参加した。ゼミは4ヶ月間なのだがそこでライティングの魅力にハマり、その後もゼミを受け続け、書き続けて今に至る。

 

書くことでわたしはいろんな発見をした。自分の思わぬ価値観。自分が当たり前だと思っていたことが実はそうではなかったこと。書くという行為がそんなに苦ではなく、細かい作業を延々と続けていられることなど。
はじめは全然書けずに苦しんだが、フィードバックを繰り返しいただくうちにだんだん自分の思考を客観視できるようになり、次第に良い評価をもらえるようになった。それからもっと書きたい! そしてゆくゆくは書くことを仕事にしたい! という気持ちがどんどん強くなっていった。

 

書くことにハマると、今度は読むことにハマった。ベストセラー小説や不朽の名作を改めて読んでみると言葉のひとつひとつがより深く入り込んでくる感じがした。琴線に触れる一言に出会うと「わたしもこんな言葉を紡げるようになりたい!」と大いに刺激を受け、さらにいろんな本を読むようになった。

 

書くこと、読むことにハマりはじめてから反比例するように“ていねいな暮らし”への意識が薄くなっていった。洗濯や洗い物などの最低限の家事はするものの「モノを整理する暇があったら本を読みたい」「料理をする時間があったらライティングの素材を深堀りしたい」と考えるようになり、どんどん暮らしぶりが雑になっていったのだった。

 

“雑な暮らし”は際限がない。どこまでサボれるのだろうか……と不安を通り越して今や逆にワクワクしてしまっている。
これはいかんなぁと思う気持ちも少しはあるけれど、“自分を大切にする暮らし”を実践したことに後悔はない。
それはきっと、これまで「自分を見つめる」ことをサボり続けてきたこと、こっちの怠慢のほうがよっぽどタチが悪いことを実感しはじめているからだ。

 

わたしは23歳の時に、一度自分の人生を諦めた。
社会人1年目で、文学部出身で編集職を希望していたのだが叶わず、営業職で就職した。
その時は「社会は甘くない、現実を見ろ」とひたすら自分に言い聞かせ、とにかく目の前の仕事にがむしゃらになることで夢を忘れようとした。

 

しかしそれから何年経っても未練が残り続けた。「あのとき諦めずに頑張り続けていたら、今はもっと幸せだったかもしれない……」という“たられば”ばかり考えてしまい、悶々とする日々を送り続けた。
その後も異動や転勤など環境の変化があったが悶々とした気持ちは晴れず、「わたしの人生このままで良いのだろうか」と思っていた矢先に出会ったのが天狼院書店のライティング・ゼミだった。

 

ライティングを通して自分を見つめ続けたことで、今は自分のなかで何を大切にするべきかの優先順位がはっきりした。今はもっと書きたい、もっと本を読みたい、もっと仕事の精度を上げたい、という気持ちが上位を占めている。
たとえ部屋がものすごく片付いたとしてもライティングの課題ができなかったり読書目標が達成されなかったりすれば気持ちは晴れない。“自分を大切にする”ことは自分の決めた優先順位を守ることでもあると気が付いたのだった。

 

夫には新婚なのに「竜巻」のような部屋に住まわせて申し訳ないという気持ちが少しはある。しかし夫は全く気にせず、“自分を大切にする暮らし”をして晴れ晴れとした顔をするようになったわたしをむしろ応援してくれている。夫も「竜巻」に加担しているためお互い様ではあるのだが、夫の協力があるからこそ“自分を大切にする暮らし”ぶりがますます強くなっている。

 

とは言え、いつまでも「竜巻」でいるわけにはいかないし、いつかは“ていねいな暮らし”に照準を合わせて生きていきたい。
しかしそれは今じゃない。今は自分の人生に向き合うべき時で、これまでサボったツケを払うべき時だ。ここで中途半端なことをすれば、また未練が残ってしまう。
わたしはもう“たられば”を言いたくない。この先後悔をしないように、精一杯“自分を大切にする暮らし”を全うしたいと考えている。

 

というわけで、28歳、新婚。“ていねいな暮らし”諦めました!

 
 

❏ライタープロフィール
笹川 真莉菜(READING LIFE公認ライター)
1990年北海道生まれ。國學院大學文学部日本文学科卒業。高校時代に山田詠美に心酔し「知らない世界を知る」ことの楽しさを学ぶ。近現代文学を専攻し卒業論文で2万字の手書き論文を提出。在学中に住み込みで新聞配達をしながら学費を稼いだ経験から「自立して生きる」を信条とする。卒業後は文芸編集者を目指すも挫折し大手マスコミの営業職を経て秘書業務に従事。
現在、仕事のかたわら文学作品を読み直す「コンプレックス読書会」を主催し、ドストエフスキー、夏目漱石などを読み込む日々を送る。趣味は芥川賞・直木賞予想とランニング。READING LIFE公認ライター。

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2019-03-05 | Posted in 週刊READING LIFE vol.22

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