星の髪留め《週刊READING LIFE「10 MINUTES FICTIONS〜10分でサクッと読める短編小説集〜」》
記事:射手座右聴き(READING LIFE編集部天狼院公認ライター)
「もう、彼とはダメかもしれません」
ひろみさんは、僕に会うなり、ぽつりと言った。
彼女の相談に乗るのは、たぶん5回目。
「今日は何があったんですか」
ひとまず話を聞いてみる。
「彼を問い詰めてしまったんですよ。この前、洗面台に星型の髪留めがあって」
「あら。ひろみさんのではなくて?」
「私のじゃないです」
「それは穏やかじゃないですね」
「で、つい聞いちゃったんですよ。私のじゃない星型の髪留めがあるけどって」
「そしたら、友達だよって」
「友達だとお??? あ、すみません」
そんな言い訳あるかよ。思わず、僕の声が大きくなった。
ひろみさんは少し、ためらってからこう言った。
「この前、急に雨が降った日あったじゃないですか。
あの日に友達にシャワーを貸したって言うんですよ」
「ふーむ」
「濡れたから、仕方ないでしょって」
「まあ、それはそうかもしれないけど、いい気はしませんよね」
「そうですよー。でも、そこで逆ギレされて」
「逆ギレ?」
「疑ってるのか! って言われて」
「そりゃ、疑いますよね。髪留めが置いてあったんでしょ」
なかなか、自由な彼氏さんであることは聞いていたが、
自由過ぎないだろうか。
ひろみさんは続けた。
「でもね、彼が反論してくるんですよ。君のことをこんなに大切にしてるのにって」
「ええ? どんな風に大切にしてるって?」
「自分の友達にも彼女として紹介しているし、馴染みのお店も一緒に行ってるし、
大事な人だって、みんなに言ってるって」
「それは、公式彼女、みたいなことなのかな?」
「そうなんですよ。いままでの彼女、
みんなにそんな風に紹介したことはないから、大事にしてるんだって。それを信じないなんて、
どういうこと? って逆ギレされて」
「えええ?」
「大事にしてるのにわかってくれないって、拗ねるんですよ。気づいたら、私が謝る立場になってて」
ひとまず、話を整理しよう。
「つまり、彼氏さんの家に、ほかの女性の髪留めがあって、その理由を聞いたら、謝るはめになっていたと」
「そうです」
「それって彼氏さんが悪いですよね。怒ってもいいんじゃないですか」
「そうですけどー。俺を信じないのか、って言われたら、嫌われるかもしれないじゃないですか」
「とにかく彼氏さんに嫌われたくないんですよね」
ひろみさんの相談に乗るようになったのは、半年くらい前。
地元のカウンター居酒屋で、たまたま隣り合わせてからだ。カウンターだけのその店はイチゲンさん同士が気軽に話せる店だった。その日もひろみさんは、彼氏さんが1週間に一度しか連絡をくれない、
という話を愚痴っていた。
「そんな彼氏、別れちゃいなよ。俺なら毎日連絡するよ」
隣に座っていた男性は、かなり酔っていて、ひろみさんを口説きにかかっていた。
僕は何気なく言ってしまった。
「嫌われたくないんでしょ。もっと連絡して、って言えないんでしょ」
ふらふらしていた、ひろみさんがいきなり僕の肩をつかんだ。
「そうなのよ。なんであんた、わかるの?」
「え、あ、僕も昔、自由な女性を好きになった時、そうだったんです」
「わかってくれるのかー。うれしー。なんか飲みなよ、奢るから」
「え、いいですよ」
「いいっていいって。あんただけよ。そんな彼氏別れろ、って言わなかった人」
「そうですよね。別れろって言われて、別れられたら、苦労はしないですよ」
「わかってるねー。乾杯!」
そこから僕たちは朝までお店で飲んだ。
「また、飲もうね。おやすみ」
ひろみさんは、へべれけになりながら、帰っていった。
「ちょっと飲みにいかない?」
1ヶ月に一度くらい、メッセージが来た。
コスパのいい居酒屋で、飲みながら、ひろみさんの話を聞いた。
とにかく、彼氏さんの話だった。
独立して4年目の彼氏さんは、WEBの会社を経営していて、日々忙しく過ごしているらしい。
平日夜はクライアントの幹部と食事会、土日はゴルフ。プライベートはなく、24時間仕事のような状況らしい。
「私、彼の会社の話を聞いていると、ワクワクするんです。刺激が多いし、勉強になるし、とにかく一緒にいて、楽しい。あと、恥ずかしいけど、そんな彼とつきあっている私っていいな、って思うの。
友達には言えないけど」
ひろみさんは、僕には本音を言ってもいい、と思ったようだ。
「いままでの彼女は、みんな彼に結婚を迫って、別れたみたい。だから、こちらから結婚のことは言わない。かつてないほど、ものわかりのいい彼女、というポジションを作りたいの」
僕は、僕で、毎回そんな風に本音を言う、ひろみさんを健気に、そして、清々しく感じていた。
聞いていても、不思議と嫌な感じがしなかった。
「髪留め置いて行くってのはさあ、もう挑戦状なわけよ」
そんな、ひろみさんが、今日は珍しく、口を尖らせていた。
「わかるわー。物でマーキングするよね。女性は」
「そう。私という彼女がいるのを知りながら、髪留めをわざと忘れていくんだから。
挑戦状なのよ。さらにムカつくのは、彼が私を大事にしてる、って言うことなのよ」
「だよねー。大事のピントがズレてるよね」
「そういうこと。そこじゃないのよ。もう男ってのは」
「わからないよー。俺だって、すごい失敗してる」
「あははははは。ここにも女心のわからない男がいまーす。あはは」
「ひろみさん、また俺のことバカにして」
「バカになんかしてませんよ。たまには聞いてあげようか、その失敗談」
「え、珍しいじゃないですか」
ひろみさんが話を聞いてくれるというので、僕はぼそぼそと話し始めた。
5年前、僕は大きなプロジェクトに参加していて、月の半分は出張で東京にいなかった。
クライアントの創業社長がワンマンで、いつ呼び出されてもおかしくはなかった。
デートのドタキャンはあたりまえ。逆に、朝に約束をして、その夜に会う、というデートが多くなっていた。それでも、彼女は文句ひとつ言わず、ドタキャンや急な呼び出しを受け入れてくれた。
最初こそ、感謝していたが、人間とは恐ろしいもので、だんだんとそれが当たり前になっていた。
3月7日、彼女の誕生日だった。
「この日だけは空けてね」
実際、3月1日でプロジェクトは一段落し、そこから6日後なので、スケジュールは大丈夫なはずだった。
せっかくなので、19時に待ち合わせをし、駅からレストランまで二人で歩くことにしていた。
18時50分に、モノレールの駅についた。今日は彼女よりも先に待ち合わせ場所について、
彼女を待つ。改札に彼女が来た。
「珍しい。今日は先に来てくれたんだ」
「いつも、ごめんね。今日は埋めあわせるから」
エスカレーターを降り、高速道路下の歩道を越える。脇道に入ってまっすぐいくと、橋が見えてくる。
橋の手前を左に曲がる。今日は川沿いのレストランを予約したのだ。
ブルブル ブルブル。
電話が鳴った。
「すまん。今、東京にいるんだけど、問題が生じた。いまから来てくれないか」
なぜ、今日。取引先の社長からだった。
電話をしている僕を、彼女は不安そうにみている。
「ごめん。ほんとごめん」
「また呼び出しなの?」
「うん」
「そうか」
「ほんとごめん。いかなきゃ。あの、これ、プレゼント」
「ありがとう、じゃあね」
彼女が「またね」 と言わなかったことが気になったけれど、僕は先を急いだ。
それが5年前のできごとだった。
そこまで話すと、ひろみさんは、笑った。
「真面目か。それは電話でちゃダメだよ」
「ですよねー」
「で、その気の利かないあんたが彼女に何をプレゼントしたの?」
「え? あっ」
「何? 何?」
「いや、なんだっけな。忘れました」
「気が利かないなー」
「すみません」
ひろみさんは、ぽつりと言った。
「その彼女は、別れるって、決断できたんだね、偉いね」
「まあ、ずるずるするよりは、よかったかもしれません」
「なるほど。今日はそろそろ帰ろうか」
「そうですね」
帰りにひろみさんが言った。
「めっちゃカッコ悪い話笑った。でも、決断するのも大事だね。ありがとう」
ひろみさんは、何かスッキリしたような表情だった。
彼女へのプレゼントが星型の髪留めだったことは、
今でもひろみさんには内緒だ。
❏ライタープロフィール
射手座右聴き (天狼院公認ライター)
東京生まれ静岡育ち。バツイチ独身。大学卒業後、広告会社でCM制作に携わる。40代半ばで、フリーのクリエイティブディレクターに。退職時のキャリア相談をきっかけに、中高年男性の人生転換期に大きな関心を持つ。本業の合間に、1時間1000円で自分を貸し出す「おっさんレンタル」に登録。4年で300人ほどの相談や依頼を受ける。同じ時期に、某有名WEBライターのイベントでのDJをきっかけにWEBライティングに興味を持ち、天狼院書店ライティングゼミの門を叩く。「人生100年時代の折り返し地点をどう生きるか」「普通のおっさんが、世間から疎まれずに生きていくにはどうするか」 をメインテーマに楽しく元気の出るライティングを志す。天狼院公認ライター。
メディア出演:スマステーション(2015年),スーパーJチャンネル, BBCラジオ(2016年)におっさんレンタルメンバー
として出演
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