週刊READING LIFE vol.238

薬売りが陽の当たる場所へ連れて行ってくれた《週刊READING LIFE Vol.238「この言葉って、そういう意味だったんだ!」》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2023/11/6/公開
記事:後藤 修(READINGLIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「ウオーッ! まじかあ!」
 
家の洋間で一人、オオカミのように声を出してしまった。
 
昼過ぎ、自宅に届いた郵送物を開けた時、目玉が飛び出す衝撃を受けた。
 
 
「今回のオーデイションで貴殿は合格しましたことを通知します」
 
信じられない。天にも昇る気持ちとはこのことか?
数日前に受けた、とある芸能事務所から朗報が届いたのであった。
 
(ウヒョー、どうしよう)
 
軽い気持ちで受けたオーデイション。歌を歌って、セリフを言った後
「あなた、いい声しているね?」と審査員の方に言われた余韻に
浸って、日々過ごしていたところだった。
 
(これは行くしかないだろう!)
 
そう思った。でも、待てよ?
 
毎月、5か所の整体院へ通う健康不良児である僕が毎週レッスンに通えるのか?
そして、30万って、入学金高くない? それから、高額なレッスン料も払い続けられる?
ひとり突っ込みを繰り返しながら、数日ぐらい悩んだ。
 
出た結論は行きたい。通いたい! だった。
 
やりたいことをやる。そうでなければ、悔いを残す。
そんなのは絶対イヤだ!
 
そう思う理由はほかにもあった。
45歳になったが、いまだ独り身。会社人23年生だが、昇格も何度も失敗する
ヒラ社員。健康不安定が専売特許だった僕は世間から見れば
取り柄がない凡人のおっさんだった。
 
そんな僕が意を決して受けたオーデイション。
歌が好きで、時代劇好きだという理由でオーデイションを受け
奇跡的に受かってしまった。
なら、この現実を利用して乗っかっていくしかないだろう?
 
恐れずに進んで行こう!
 
このように腹を決めて、芸能事務所に入学の意思を伝えた。
 
これが薬売りに出会う最初の一歩だった。

 

 

 

合格してから3か月後の週末。僕は芸能事務所のレッスンスタジオにいた。
かなり広いところ。小学生の一クラス人数分ぐらい入る大きさに15人がいた。
 
その中には、僕より若い人が数人、高校生や大学生、OLのような人。イケメンな
男子も2,3人。
反対に僕より年上の人もいた。親子ともいえるような
年齢差の人たちが一同集結している様子はなかなかお目にかかれないとも思った。
 
(こんな感じでレッスンすんのかあ~。なんかすげえな~)
 
こんな年が離れている人達とこれからレッスンを受けるとなると
胸がわくわくして躍りだしそうだった。自分が少し若くなった気分になった。
 
そんな思いに浸っている時、声が聞こえた。
 
「はーい。みなさん。横一列に並んでえ~」
 
右足を引きずりながら。眼鏡をかけた50代らしい女性が僕らの前にやってきた。
 
「はい。では挨拶をします。おはようございます」
「おはようございます‼」
 
僕らも呼応して緊張しながら挨拶をした。それから、各々自己紹介をしなさいと言われ
たので、スタジオにいた芸能1年生達はが各々自己紹介をした。
 
「はい、終わったわね。みなさんはこれから芸能の仕事をしていくための練習をしていきます。芸能の世界はきびしいよ~。これから、そのつもりで頑張ってください」
 
その後だった。僕は初めての言葉を聞いた。
 
「では、テキストを開いて。‘外郎売り’をみんなで読みます」
 
ういろう? は? 食べるういろう?
 
愛知県に住む僕は、米粉に砂糖と湯水を練り合わせ蒸して作られる和菓子である
ういろうをイメージした。でも、なんか違うようだ。
 
名古屋名物がなぜ、テキストに……。
 
そんな疑問を抱きながら、テキストを読んだ。その言葉が頭にひっかかった影響なのか
全く舌が廻らなかった。レロレロで発生し続けた。
難しい……。
 
滑らかに言葉を発声できなくて、何度もつっかかってしまった。
 
芸能修行の一歩はほろ苦いものになった。
 
その後、僕の苦々しさなんて置き去りにするように
俳優の心得えについて、話を進めて、レッスンが終了となった。
 
「今日はお疲れさまでした」
 
初めて会ったメンバーとお互い、少し自己紹介をして
オーディションを受けたきっかけなどを話題にし、談笑しながら僕は家路へ向かったが
頭の中はクエスチョンの嵐だった。
 
(ういろう? 食べ物じゃないよな? どんな意味だろう?)

 

 

 

家に帰ってから、外郎を調べてみた。
 
外郎は食べ物の外郎もあるが薬の外郎もある。
天皇家にも献上されていた別名透頂香(とうちんこう)とも呼ばれる。
仁丹に似た形をしていて、口臭を消すために用いられたもの。
そんな内容がウイキペディアに載っていた。
 
へえー。知らなかった。少し賢くなったかも。
 
そんな意味を知ってから、僕は‘外郎売り’をひたすら読んだ。
 
読む場所は芸能事務所のスタジオだけでなかった。
会社へ通う時に乗る車の中でも読んだ。
 
芸能修行をする傍ら、現実生活でヒラ社員である僕は平日には出勤していた。
その中で、少しでも
俳優や歌手を目指す努力をしたい。夢をかなえるんだ。そんな強い思いで。
まるで、車の中は動くスタジオと化していた。
 
 
ちなみに外郎売りの冒頭部分はこんな感じだ。
 
「拙者、親方と申すものはお立合いの内にご存じの方もござりましょうが……」
これは歌舞伎役者である2代目市川團十郎が舞台で言ったもの。
歌舞伎興行中に、声を痛めてしまったが、神奈川県小田原市にあった薬売りと
出会い、この外郎という薬を飲んだら、見事に治り興行を続けた。
そのお礼に、舞台でこのセリフを言ったものなのだ。
 
つまり、市川團十郎が薬売りになり切って、外郎という薬は効きますよ
とアピールしているというもの。
 
冒頭部分から最後まで、5分程度。事務所からもらった外郎売りが収録された
CDを何度も何度も聞きまくっていた。
その努力を続けていると、効果がでてきた。
 
レッスンでも、舌が廻るようになり、滑らかに発声できるようになった。
 
元々、「声が怖い」とか「声が低くない?」とネガテイブなことを友達や
同僚から言われてきた僕にとっては嬉しいことだった。
 
読めるようになってきた。嬉しい。さらに練習したい。
 
ますます、‘外郎売り’にハマった僕はセカンドレッスンを探すことにしたのだ。

 

 

 

或る日、スマホを指ですっすっと動かしていると、あるサイトに目が留まった。
 
「オンライン話し方・伝え方講座」とあり、「外郎売りを題材に練習します」とあった。
 
これだ。ここを受講しよう。
 
芸能レッスンに加えて、オンラインレッスンも受けることにした。
薬売りを演じることに夢中になっていた僕は、すぐに受講料を払った。
そして、講座当日となる。
 
「はい。みなさん、こんにちは。これから、外郎売りを中心に講座を勧めます。
では、まず、みなさん一人ひとりよんでください」
 
僕以外の受講生、数人ほど読み終えて最後が僕だった。
僕は思った。
 
外郎売りは普段、練習している。うまいと言ってもらえるに違いない。
 
そんな下心を持った僕は自信満々で読んだ。
 
さあ、うまかったっていってくれるだろうな。
 
そんな鼻高々の気分でいた僕だったが、講師の講評は
 
「後藤さん、こわい外郎売りですね」
 
え~! そんな怖いの? 張り切って言ったのに……
 
どうやら、僕の低音ボイスが不気味に響いたようで、それが女性講師には
おどろおどろしく聞こえたようだ。
 
あ~ショック!
 
「あー、どうすればいいですか?」と沈んだ声で尋ねると、彼女は言った。
 
 
「声を届けようという意識になれば、優しく声がでますよ」
 
なるほど。そんな意識で言ったことはなかった。ただ、力強く言えばいいと思った
芸能レッスンでもそうだし。
「あと、伝えたいという意識を常に持つこと。あと、抑揚もつけて高音と低音を意識して」
 
結構、やることあるんだと思った。芸能人になるために、外郎売りを読む狂人となっていた
つもりだったが、まだまだヒヨコだと実感した。
そして、その講師が開く1カ月1回の講座も僕にとって、夢中になる時間となったのである。

 

 

 

こうして、外郎売りを読むことをきっかけに、読むこと大好き人間になった僕は
さらに触手をのばした。
それは朗読講座であった。東京にある本屋さん、天狼院書店が主催する
朗読ゼミが僕の次のターゲットとなった。
このレッスンは読んだ自分の姿を動画に撮り、投稿するものだった。
 
その課題を見た時に驚いた。
ここでも、なんと‘外郎売り’を読むことが課題として与えられた。
 
おお、ここまで来ると、100%外郎売りにならなければいけない?
そんな思いを持ちながら、読んで課題を出した。
何処へいっても、外郎売り。もはや外郎売りになれと言われている状態だった。
 
こんな外郎売りと縁続きだと日常の仕事にも変化がやってきた。
 
僕は会社でコールセンターの担当者として働いていたが、
ある時に気づいた。
 
僕、めちゃ声が明るくなっている。
すげえ。響いている。その証拠に受話器の向こうのお客さん、
声が弾んでいるよ。ありがとう! とほとんどの人が電話切ってくれているよ!
 
昔、言われた「声が怖いね」と言われたことなんて忘れてしまうくらい
うれしかった。
 
これをきっかけに、他の仕事にも熱をいれられことができるように
なって、仕事の好循環が生まれてきた。
 
外郎うり、やっててよかった!
そんな思いが僕を包み始めてくれた。

 

 

 

あれから数年経った。
今年の10月のある日だった。
オーデションに受かって興奮して入った芸能事務所を半年前に辞めた僕。
外郎売りを読む機会は朗読ゼミと話し方講座に限られ、外郎売りと
縁が薄くなった僕に心躍ることが起こった。
 
それは会社の出来事だった。相変わらず、コールセンターの担当者の仕事を
数年続けている僕が、定例の面談を受ける順番が来た。
 
応接に入り、あとから女性の主任さんが入ってきた。
いつものように、抑揚がない面接が淡々と進んで行くんだろうなと思った。
でも、中盤にかけて意外な一言を言われた。
 
「後藤さん、あなたの電話を掛ける時の対応力、声、とてもいいよ。たぶん、この
部屋で最もいいからね」
 
まさかの賞賛だった。
 
「えー。本当ですか!? 嬉しいです。そんなにいいですかね」
 
ちょっと照れくさかった。なんだか。でも、発声をする経験はたくさんしてきた。
読み方も工夫してきた。指摘もされながら頑張った。そのご褒美だ……
 
「それから、内容も聞きやすいし。しばらく、ここで頑張ってね。辞めずに」
 
僕はやめるつもりだった。だいぶ前から話していた。でも、必要としてくれているなら
しばらくいるのが筋だろうなと思い、
 
「はい。しばらくはいます。よろしくお願いいたします。」
 
本当に、太陽の光が僕を照らしてくれるようだった。
 
ヒラ社員、無情の喜びの瞬間だった。

 

 

 

今、振り返ればあの外郎売りを読むことが始まりだった。
あの薬売りが僕をここまで連れてきてくれた。
だから思う。
 
身近なところに、自分を変える要素はたくさんあるのだと。
 
今、毎日をつまらないと思っているひと。地位につかなければ、人生は面白くないと
人生を投げかけてしまっているひと。
そう思わずにまずは自分の本当の声を聞いてほしい。
一体、自分は何をやったら嬉しいと思うか?
何をやったら、心躍るのか?
 
そこで、聞こえてきたこと、感じたことを勇気をもって行動に移して、積み重ねてほしい。
 
怖がることなんてない。子供のように楽しもう。
 
そうすれば、太陽が味方して、あなたの人生を陽の当たる道へ導いてくれるかもしれ
ないから。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
後藤 修(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

愛知県出身。会社員として25年間勤務中。4年前に今までの人生を振り返って
自分らしさを持ちながら生きることを決意し、コーチングとNLPを取得する一方
役者修行をスタート。
本来の自分を取り戻し、‘ありたい自分’で生きていきたい人を支援する活動する夢を
持ち、スローに着実に進めている。

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2023-11-01 | Posted in 週刊READING LIFE vol.238

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