「私がストレスの毒沼に落ちる原因は、実はコレだった……!」《週刊READING LIFE Vol.238「この言葉って、そういう意味だったんだ!」》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2023/11/6/公開
記事:kana(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
RPGのゲームなどに登場する特殊な地形、「毒沼」。
そこに落ちるとキャラクターの体力が減り続け、さらには足を沼に絡め取られて、動きが遅くなったりもする。
私はゲームではなく、なんと現実世界で、毒沼にハマっていたことがあった。
当時は毒沼の正体がわからずしんどかったが、とある作品との出会いで毒沼の正体を知り、今では解決策も持っている。
本記事は、そんな私のストーリーだ。
初めて毒沼にハマったのは、研究生活をしていた大学院生だった頃だ。
興味のある分野を学ばせてもらえる素晴らしい機会に恵まれていた。
最初は、ワクワクして研究室に足を踏み入れた。
研究室に配属されて初めてのプレゼンでは、これから進める研究計画を緊張しながら一生懸命話した。
拙いながらも発表を終えた私を待ち受けていたのは、「自分の研究の意義を否定されるような質問」だった。
至極合理的な質問ばかりで理不尽なことは何もなかったけれど、言葉たちはひ弱な学生の心をゴリゴリと削った。
他にも、配属されて間もない時期に、じわじわと削れる出来事は続いた。
ほとんどの学生が帰宅した後の研究室で、大人同士がコソコソを話しているのをうっかり聞いてしまったとき。
まるで品定めするようなその態度に、じんわりと嫌な気持ちがシミのように広がった。
こんなちょっとした出来事が積み重なった、その結果。
「みんなは私に無関心で、隙あらば責めようとするだろう」
「私のことを関わるに値しないと感じているだろう」
花が少しずつ色褪せて萎れていくように、ゆっくりと私は周りに心を閉ざしていった。
気持ちはいつもスッキリせず、ロンドンの空模様のように毎日が曇り空だった。
質問すべきことも満足に質問できなくなり、少ない情報の中で研究は迷走した。
人間関係に対するストレスから、みんなで行う掃除すらしんどかったし、いたたまれなくなって、図書館に逃げ出すこともあった。
そんな日々が続いて、ついには自分の研究に対する取り組み方までを否定されたこともあった。
「どうして? どうしてうまくいかないの?」と、優等生として生きてきたはずの自分に問い続ける日々。
これまで使ったこともなかった知恵袋を使い、「研究室」「辛い」と検索をかける日々。
気づいたら体重が5キロ落ちてしまった。
そんな苦しい中でもなんとか研究を進めた私は、卒業することができた。
就職した会社の先輩方は優しく、なんでも好きなことを研究してもいいという環境だ。
しかし、ピリついた研究室と違って、穏やかな環境にホッとしたのもつかのま。
なんだかまた毒沼に落ちそうな気配が漂ったのである。
優しい先輩方は皆忙しそうで、私の仕事について深く意見してくれることはほとんどなかった。
手応えがない。
私に無関心ゆえの優しさなのかもしれない、という疑念が頭をもたげてきた。
「やばい、このままでは私はまた人に心を閉ざしてしまう」
環境を変えたら、人間関係の悩みは解決するはず。
そう信じていた私は、この事実に心底焦っていた。
「私という人は、どうしてこんなにも疑心暗鬼になってしまうのだろうか」
「どうしてすぐに心を閉ざしてしまうんだろう」
環境を変えてもつきまとってくる悩みに、頭を悩ませていた。
そんな時に、ふと手に取り読んだのが『ミステリという勿れ』という漫画。
主人公のキラッと光る名言が見どころのミステリーで、実写化したドラマは人気を博している。
実際にネットの広告で見かけた主人公のセリフに心惹かれたのが、この作品との出会いだった。
そうしてなんとなく読み始めた私は、まだ気づいていなかった。
「毒沼の正体」を教えてくれるセリフと出会うことに……
この作品は、ミステリーだからたくさんの刑事さんが登場する。
若い女性だからといって舐められてしまう刑事。
冤罪事件でバッシングされた過去のある刑事。
さまざまな問題を抱えた刑事たちが、事件を通して気づきを得ていく様が描かれる。
その中で、上司に「お客様体質」と言われてしまった若手刑事が登場する。
この若手刑事は、お客様体質と言われたのは「自立して活躍できないこと」が原因だと考えた。
自立しようとした彼は、危険な犯人に一人で立ち向かって、窮地に追い込まれてしまう。
そこに助けに来てくれた先輩刑事が、彼にこう声をかけた。
『お客様体質というのは意味が違うよ。
お客様体質っていうのは、チームとして信頼せずに、頼れないことを指している』
このセリフを読んだ瞬間、痛いところをプスリとやられたように感じた。
「お客様体質ってそういう意味だったんだ」と圧倒的な気づきに、打ちのめされた。
私は研究室で、ずっとずっと「お客様」だった。
誰のことも信用せず、自ら一歩引いたところにいようとした。
他者と一緒に研究を楽しみたいという思いを持ちながらも、研究室のメンバーに対してそれをぶつけなかったし、ぶつけても意味がないと思ってしまった。
お客様でいることは、楽だったし、嫌なことに直面せずに済んだことも多かった。
でも、「嫌なことも全て背負う」という気持ちで人と関わろうとしていれば、どうだったのだろう?
他の人に助けてもらって研究は上手く進んだのかもしれないし、充実した研究生活だったのかもしれない。
毒沼を生み出した原因は正に、私の中の「お客様体質」だった。
周りを信頼できなくなるきっかけは確かにあった。
しかし、「周りは私に無関心だろう」というのは勝手な私の思い込みであり、私はチームとして関わろうとする気持ちすら持たなかった。
意味を間違えていたのは、「お客様体質」だけではない。
「自立」と「頼らないこと」を、完全に履き違えてしまっていた。
自立して一人でうまく研究を進められれば、周りから厳しいことを言われなくなるだろう、と考えていた。
独りよがりで自立することばかり考えていた自分は、漫画に出てきた後輩刑事の姿と完全に重なる。
でも、それは間違った方向性の努力だった。
なぜなら、研究において、「人の知恵を借りること」はめちゃくちゃ大事だったのだ。
それに気づかせてくれたのは、「巨人の肩の上に立つ」という言葉との出会いだった。
研究の進みはとても牛歩だ。
事前に文献をよく調べるのに1ヶ月、予備試験に3ヶ月、まとまった結果を得るのにさらに6ヶ月。
そうして上手くいけば、「研究テーマ」という壮大なパズルを解くための1ピースが、やっと得られる。一方で、狙ったような結果が出なければ、改善策や別の手立てを考えることにさらに数ヶ月を要する。
こんな状況の中で、「間違えた方向に進まないこと」が、実は最も早く進む方法だった。
そんなある日、研究室の同期が「巨人の肩の上に立つ」という言葉の意味を教えてくれた。
「先人たちの叡智 (つまり、巨人) の上に乗れば、広い世界が見えてくるっていう意味らしい」
……知らなかった。
巨人の肩に乗ったら、自分の進むべき道もはるか彼方まで見渡せるだろう。
思えば、忙しい教授を捕まえて何時間でも議論している先輩がいた。
話す時間があれば実験を進めればいいのにと思って見ていたが、「巨人の肩の上に立つ」の意味を聞いて、見る目が変わった。
先輩は、教授という巨人の肩の上に乗ろうとしていたのだろう。
先人たちの知恵を借りて方向性を吟味することは、遠回りに見えてとても大事だ。
それから私は、先生方へ質問する、先輩のデータのまとめ方を参考にする、といった行動を少しだけ増やしてみた。
すると、車輪が回り出すように、少しずつ研究は進み始めた。
研究室では、毒沼から完全に抜け出すことはできなかったけれど、この気づきを得たからこそ、なんとか卒業できたのだと振り返って思う。
毒沼をめぐる私のストーリーは、いかがだったでしょうか。
この記事で紹介したように、「重大な気づきと洞察」が不意打ちで得られてしまうから、読書や人と話すことは本当に大事だと心から思う。
人との関わりの中でどうしても傷ついたり落ち込んだりすることはあるし、気力が落ちている時には、信頼できない人たちと関わろうとするのは難しい。
けれども、「困難な目的を達成したい」「自分の仕事として本気で取り組みたい」という思いが強いのならば、チームとして周りを頼ることは必ず必要になってくる。
柔らかな相互扶助の関係を積極的に築けることこそ、真の自立と言えるだろう。
「人に頼ることができるのも、自立のうち」というのは、忘れずに覚えておきたい。
今の職場では、自分の中の「お客様体質」に対して目を逸らさずに過ごしたいと思う。
疑心暗鬼になって硬い殻の中で自立しようともがいた日々を忘れずに、柔らかな自分でいられるように。
そして、「お客様体質」になってしまっている人にさっと手を差し伸べてあげられるような大人になりたいと切に願う。
□ライターズプロフィール
kana(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
愛知県生まれ。滋賀県在住。 2023年6月開講のライティングゼミ、同年10月開講のライターズ倶楽部に参加。 食べることと、読書が大好き。 料理をするときは、レシピの配合を条件検討してアレンジするのが好きな理系女子。 好きな作家は、江國香織、よしもとばなな、川上弘美、川上未映子。
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