週刊READING LIFE vol.238

本当の英語スキルに気づかされた「ダーティ」という言葉《週刊READING LIFE Vol.238「この言葉って、そういう意味だったんだ!」》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/11/6/公開
記事:青山 一樹(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「英語のスキルを伸ばせば、転職や昇進のチャンスを掴むことができるはずだ」と思う人は多いだろう。私も、そのように考えており、10か月間、週1回のペースで英語学校に通っていた時期があった。この学校の講師はすべて外国人、授業中だけでなく休み時間も英語で会話しなさい、という方針であった。そして、1日6時間の授業の後、毎回、宿題が出された。
 
ある日の宿題が「カタカナ英語で、本来の英語の意味と違う言葉を調べなさい。ギャップが大きければ、大きい単語を是非とも調べてください」だった。この宿題だけは真剣に取り組もう、と私は考えた。なぜならクラスに溶け込めるチャンスと思ったからだ。
 
当時、初級コースから中級コースへレベルが上がり、私は授業についていくことができなくなっていた。講師や生徒が話すスピードも速くなり、使う英単語のレベルも上がってきた。私は彼らの英語を聞き取ることができなかった。そして、授業中に発言する回数も減っていた。講師から当てられて、やっと話すという、消極的な生徒になっていた。
 
私は、このままでは英語のスキルがアップしない、と考えていた。そこで、次の授業までの1週間、カタカナ英語もしくは和製英語と検索ワードに入れ、ギャップの大きい言葉を調べ続けた。ファイトやコンセント、そしてホッチキスなどは、どのページでも見つかる代表的なカタカナ英語であった。
 
日本語の「ファイト」は「頑張れ」という意味だが、英語の「Fight」は「決闘する」という意味であり。日本語の「コンセント」は「プラグを指す穴」だが、英語の「Consent」は「同意する」という意味になる。ホッチキスに至っては、そもそも会社の名前で、英語で表現したいときは「ステープラー(Stapler)」と言わないとネイティブには通じない。
 
調べているうちに様々なカタカナ英語を知った。しかし、ファイトやコンセントは、有名なカタカナ英語のため、他の生徒も発表するだろう、と考えた。私はもっと面白い単語を見つけようと、時間をかけて探し続け、ようやく「これぞ!」という言葉に巡り合った。
 
私は遠足の前日の子どものように、次の授業が待ち遠しくなった。そして、いよいよ宿題を発表する日がやってきた。宿題自体を忘れている生徒や、ファイトやコンセントのような単語しか調べていない生徒ばかりであった。そして、いよいよ私が答える番になった。
 
私は自信を持って「コンパニオン!」と言った。外国人講師だけでなく、日本人の生徒も不思議そうな顔をした。講師から、コンパニオンの意味を説明してくれ、と言われた。
 
私は得意げに、カタカナ英語の「コンパニオン」は「宴会に派遣されて、接待役を務める女性」であるが、英語の「Companion」は「仲間、生涯の伴侶」という意味だ、と英語で答えた。その瞬間、講師も他の生徒も大笑いした。特に講師は「コンパニオン! コンパニオン!」と、嬉しそうに何回も繰り返していた。時間をかけてカタカナ英語を探し、英英辞典を引いてまで「Companion」の意味を調べた成果が出た。
 
コンパニオンで笑いを取った後、私は積極的な生徒に生まれ変わった。予習の段階で、自分が話したいことを、日本語から英語に訳し、それをノートに記載して授業に臨んだ。そして、多少の文法間違いなど気にせず、講師の質問の意味が分からなくても、私は積極的に手をあげ、発言した。講師や他の日本人生徒とも仲良くなり、毎週、英語学校に通うのが楽しくなってきた。しかし、ある日、事件が起きた。
 
授業中に、講師がいきなり「私がどのような男性に見えるか、英語で表現してください」という課題を出してきた。私たち生徒が困った表情をしていると「英文ではなく、単語で表現しても大丈夫です。黙らずに何か話してください」と言ってきた。
 
私は、このような予習の追いつかない、アドリブで対応しなければならない課題が苦手だった。自宅学習の段階で、辞書やネットを使って日本語を英語に変換し、準備万全にしてからレッスンを受ける、というやり方から抜け切れていなかった。
 
私たちは遠慮しながらも、優しい、親切だ、男前だ、などお世辞と思われるような英単語を答えた。お世辞と分かっていても、褒められる側は気持ちがいいのだろう。講師はご満悦だった。そして、ある女性の生徒が「ダーティ」と言った。
 
ダーティって誉め言葉だったかな、と私は思った。おそらく、他の生徒も同じことを思ったであろう。なぜなら、その女子生徒は、クラスの中で最も英語のスキルが高かった。そして、決して他人を蔑む発言をするような生徒ではなかった。そのため、私を含め他の生徒は、「ダーティ」には「ちょいワルおやじ」に近いプラスの意味があるだろうと思った。
 
しかし、「ダーティ」と言われた講師の顔は、みるみる赤くなっていった。そして、講師は「私のことをダーティと言うとは何ごとか!」、「講師に向かって言う言葉じゃないぞ!」、「失礼だとは思わないのか!」と言ったと思う。というのは、話すスピードが速すぎて、英語で何を喋っているか私には聞き取れなかった。でも、講師が怒っていることは、誰が見ても明らかだった。
 
「ダーティ」と言った女性の顔は、血の気が引いて真っ青になっていた。教室の中が異様な雰囲気に包まれる中、生徒全員で彼女を、かばおうとした。「あなたを侮蔑するつもりでダーティと言ったのではない」、「ダンディという言葉と言い間違えただけだ」などと英語を使って必死で伝えた。
 
私も頭の中で日本語を英語に訳してから「映画『ダーティハリー』の……」と言いかけた。しかし、講師からすぐに発言を制止された。彼は、更にスピードを上げて、英語で彼女を問い詰めている。もう、私のリスニングスキルでは、何を言っているのか理解できなかった。
 
われわれの英語は、講師へ伝わらなかった。講師は、女子生徒だけでなく、われわれにも怒りを露わにした。この怒りをどうやって鎮めようか、と生徒同士が顔を見合わせていた。「ダーティ」と言った彼女は、遂に泣き始めた。その時、急に講師の怒りが冷めた。「分かった、分かった。私はダーティと言われただけで怒るような、器の小さな男じゃない」と講師は、ゆっくりとした口調で説明した。そして、異様な雰囲気の中、授業は続けられた。
 
「ダーティには、『ちょいワルおやじ』という意味があるはずだ!」と私は思い、帰宅後もWebや英和辞典で「Dirty」を調べた。しかし、調べれば調べるほど、「ちょいワルおやじ」とは真逆の意味しか出会わない。「Dirty」は「汚れた、卑劣な、不快な」という意味で、相手を蔑むことを表す単語であった。
 
カタカナ英語であれば、少しくらいプラスの意味を持っているはずだ、と思い、「ダーティ」の意味を様々なWebページで調べた。しかし、「ダーティ」はカタカナ英語として認識されていなかった。結局、英語の「Dirty」に繋がってしまい、「汚い」を筆頭にマイナスの意味しかないことを再確認しただけだった。
 
「ダーティ」はマイナス言葉のデパートだ。外国人講師が怒るのも当然だな。でも、来週も異様な雰囲気で授業をされるのは嫌だ。と私は考えた。そこで思いついたのは、自分でカタカナ英語を作ってしまえ、だった。実は日本語の「ダーティ」にはプラスの意味があります。だから、彼女は貴方を「ダーティ」という単語で表現しました。という文章を英語に翻訳して、私は翌週の授業に出席した。
 
しかし、その日のレッスンに「ダーティ」と言った女子生徒の姿は見えなかった。生徒全員で彼女のことを心配していると、講師が教室に入ってきて、「残念ながら彼女は、今後のクラスを全てキャンセルしました。理由は、仕事が忙しくなり、授業に出席することができなくなったからです」と説明した。
 
キャンセルの理由が、仕事の忙しさではないことに、誰もが気づいていた。そして、何ごともなかったかのように授業が開始し、私は準備したカタカナ英語「ダーティ」を説明する機会も失った。
 
ダーティ事件から数週間後、この英語学校は経営破たんし、民事再生の手続きに入った。先週まで普通に授業が行われていたのにもかかわらず、今週以降、学校の建物にも入ることも許されなかった。カリキュラムの途中で、全ての授業がキャンセルとなった。そのため、ダーティと言った女子生徒だけでなく、ダーティと言われた講師、必死で彼女をかばったクラストメイトにも会えなくなった。
 
あれから10年以上が経過し、今も私は英語学習を継続している。もしかして、ダーティ事件がなければ英語の勉強をやめていたかもしれない。この事件で気づいたのは、「Companion」の時の様に事前に念入りに準備したことを話すのは、本当のスキルではない。「Dirty」の様な緊急事態の時に話せる英語が、本当のスキルであるということだ。
 
あの時、私に本当の英語スキルがあれば、授業の雰囲気を180度変え、彼女の「ダーティ」の発言を笑い話にできたはずだ。そうすれば、彼女も辛い目にあわず、退学する必要もなかった。この思いが、今も私の英語学習のモチベーションになっている。
 
転職や昇進といった自分のためだけでは、英語の勉強は続かない。しかし、窮地に陥った仲間や友人を助けるためなら、英語の勉強は続く。ダーティ事件を2度と起こさないために、私は英語学習に時間とお金を投資していると言っても過言ではない。
 
今、目の前で、日本人に「ダーティ」と言われて怒っている外国人がいたら、私はどのようなセリフを英語で伝えるだろうか。きっと「貴方が、映画『ダーティハリー』の主人公役、クリント・イーストウッドに似ているから、ダーティと言っただけですよ」、「日本語のダーティには、カッコいいオジさまという意味があります」と言うであろう。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青山 一樹(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

三重県生まれ東京都在住
20年以上、外資系製薬会社の営業、MRとして従事する
2023年4月人生を変えるライティングゼミ受講
2023年10月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に加入。
タロット占いで「最も向いている職業は作家」と鑑定され、その気になる
47歳からの男性育児奮闘記を書くべく、ライティングスキルを磨き中

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2023-11-01 | Posted in 週刊READING LIFE vol.238

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