週刊READING LIFE vol.240

結婚指輪を着けないだけで、夫婦仲を疑われる日々《週刊READING LIFE Vol.240 私、実は〇〇なんです》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/11/20/公開
記事:青山 一樹(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「婚約指輪の相場は、給料の3ヶ月分である」と聞いて、指輪を買いに行くことが嫌になった男性は多いだろう。私も、そのうちの1人だった。
 
6年前の5月、私は、当時の婚約者、つまり今の妻と、銀座の百貨店の宝石売り場へ、婚約指輪を見に行った。「婚約指輪を探しています」というと、お店の人は喜んで、色々な指輪を紹介してくれる。しかも、宝石の種類や大きさなどの詳しい説明付きで。しかし、肝心の価格についての説明は省略されてしまう。しかも、指輪の値札は裏返っており、こちらからは確認できない状態で、試着を勧められる。
 
妻は、次から次へと目の前に並べられる指輪を、喜んで試着している。お店の人も「お似合いですね!」、「素敵ですね!」と言いながら、お店の奥から指輪を運んでくれる。給料の1ヶ月分くらいの指輪にしてくれないかな……と私が思っていると。妻が「今日は、ありがとうございました。また、来ます」と言ってお店を出ようとした。
 
妻は指輪の試着で満足したのだろうか。宝石売り場の従業員の人は、十数個もの指輪を、私たちの目の前に持ってきてくれた。このような場合、私は、せっかくお店の人が紹介してくれたのだから、買わないと申し訳ないという気持ちになってしまう。そして、特に気に入った商品がなくても「この指輪にします!」と言ってしまうであろう。しかし、妻は気に入った指輪が見つからなかったのか、百貨店を後にしてしまった。
 
後日、婚約指輪を探していることを、先輩夫婦たちに報告した。すると、奥様数人から「一生に一度のプレゼントだから、高い指輪買ってもらいなさい!」と妻へアドバイスがあった。私は「勝手なことを言うな! 冗談じゃない! お金を払う側の立場も考えろ!」と心の中で叫んだ。
 
数日後、「私、婚約指輪は要らない!」と妻から申し出があった。理由を聞いてみると、「結婚するときのプレゼントが一番高い物なんて嫌」、「今がピークで、この後ずっと落ちていくみたいだから」、「婚約指輪を買う代わりに、毎年、旅行や食事に行って、思い出をいっぱい作りたい」と言うではないか。先輩奥様たちのアドバイスが、妻の反骨心を煽ったのだろうか。妻の気持ちを、婚約指輪不要に変えてくれた。私は「給料3か月分のお金が手元に残る!」と、奥様たちのアドバイスに、心の中から感謝した。
 
婚約指輪が不要になったが、流石に結婚指輪まで不要にするわけにはいかない。同じ年の7月、私たちは再び銀座の宝石店を訪れ、結婚指輪を選んだ。二人分の結婚指輪の相場は、給料の半月分から1ヶ月分だった。安心した私は、値札を見ずに結婚指輪を購入した。
 
そして、2か月後の9月に、結婚指輪が完成した。私から妻へ、妻から私へ、それぞれのメッセージを刻んだ二人だけの指輪であった。初めて結婚指輪を着けたのは、6年前の11月、入籍した日であった。
 
入籍日に指輪を着けたものの、すぐにジュエリーボックスで保管することに決めた。なぜなら、結婚式まで、まだ半年もあり、汚してしまったり、無くしたりするのを防ぐためだ。汚れた指輪を結婚式で交換することや、指輪が揃わず、そもそも交換できないという事態は絶対に避けたかった。そして、結婚式で、永遠の愛を誓い、綺麗なままの指輪を交換した。その後は、毎日、左手の薬指に結婚指輪を着けて毎日の生活を送るはずだった。
 
しかし、結婚式から1カ月後、お互い指輪を比べてみると、明らかに私の指輪には傷が多い。また、色もどことなく、くすんでいる。妻も「どうして? 指輪を着けた手で、壁でも殴っているの?」と冗談っぽく聞いてくる。しかし、私には傷が多くなる原因や、色がくすんでしまう原因が分からなかった。
 
そして、私は指輪を着けて生活することに、違和感を覚えるようになった。言葉に表すことができない、何となく不便さを感じるようになっていた。その原因は、指輪の傷や、くすみと同様に自分では分からないため、いつもモヤモヤしていた。
 
居酒屋に行き、一人でお酒を飲んでいると、いつの間にか指輪を外しており、無くしそうな時があった。この一件から、私は指輪を外して生活することが増えた。結婚式が終わって、3カ月ほどが経過したあたりだ。仕事の日は、指輪を着けない。休日は着けるものの、旅行や食事に出かける日くらいで、イベントが何も入っていない休日は、平日同様に指輪を外していた。そうして私の結婚指輪は宝石箱で眠る日が増えた。
 
それと同時に「奥さんと上手くいってないのですか?」と、同僚から質問されることが増えた。私は、なぜそのような質問をされるのか、理由が分からなかった。指輪を着けることが、夫婦仲を示すバロメーターになるのだろうか。
 
当時の私は、群馬県で単身赴任生活を送っていた。しかし、毎週末、東京の自宅に帰り、妻と過ごしていた。お互いの休みが合う日は、旅行や食事に出かけていた。特別に仲の良い夫婦と言えないかもしれないが、夫婦関係は上手くいっている方だとは思っていた。
 
ある時は「浮気しているのですか?」と、いつも結婚指輪を着けている同僚から、意地悪そうに聞かれたこともある。やはり、仕事中は指輪を外しているからだ。お酒の席の軽いジョークとは分かってはいるものの、私からすると、ずっと指輪を着けて生活している人たちの方が不思議で仕方なかった。
 
指輪って邪魔で、ストレスになるのに、何故、着けるのだろうか。いつも指輪が何かに、ぶつかって、煩わしいのに。例えば、カバンを持つ時、持ち手にぶつかるし。歯磨きをする時、歯ブラシの柄の部分にぶつかるし。ドアノブを回す時なんて、ぶつかるどころか、ドアノブと指輪は擦れ合うし。包丁を使う時も、柄の部分と指輪がぶつかって、上手く料理が作れないし。
 
と考えながら、ハッとした。「私、実は左利きなんです」だから、利き手である左手に指輪を着けると、日常生活が急に不便になる。カバンを持つのも左手が多い。左手を使って歯を磨いている時間が長い。ドアのノブを回すのも左手が中心となる。左手でドアノブを回すと、ドアノブと指輪の金属同士が擦れ合い、指輪に傷がつく。包丁においては、左手しか使わない。柄の部分を握ると、どうしても結婚指輪に当たってしまい、食材が切りづらくなる。
 
右利きの妻に比べ、私は日常生活で、左手を使う機会が多いため、指輪が傷つき、色もくすんでいたのだ。
 
しかも、私は、幼いころに矯正されており、ペンとお箸を使うのは、右手である。会社の同僚は、私が左利きというのを知らない。いや、例え知っていたとしても、右利きの彼らには、聞き手の薬指に指輪を着けると、どれくらい不便になるのか、分かるはずがない。日本人の90%が右利きである。そのため、日本人には、左利きの人の不便さを理解できない、とまで言われているほどだ。
 
指輪に違和感を覚える原因が分かった私は、まず、妻に説明した。そして、妻は「大事な日だけは、指輪を着けてね」と言って、ある程度の理解を示してくれた。しかし、同僚は、私たち夫婦の仲が上手くいっていることについては、半信半疑の状態が続いている。しかし、説明すればするほど、言い訳みたいになってしまう。そして、必要以上に浮気を疑われてしまう。
 
では、どうすれば浮気の疑いを晴らすことができるのか。結婚指輪を外して生活している左利きの私にとっては、永遠の課題である。同じようなことで、悩んでいる左利きの男性もいるかもしれない。しかし、右利きの同僚たちには、なかなか共感してもらえない。
 
そこで一つの解決策を考え、実行してみた。私たち夫婦には、2か月後、第一子が生まれる。妻の妊娠と出産の過程で、私が家事や育児をどのように担当すればいいか。具体的に先輩パパの同僚に相談することにした。
 
職場のような家庭の外の話題で、夫婦円満をアピールするのは不可能に近い。しかし、家庭内の話で、これからのことを相談すれば、同僚は、まんざらでもない気分で色々教えてくれる。自分が頼られているのではなく、私に利用されていることにも気づかずに。しかも、私が妻と産まれてくる子どものことを真剣に考えていることも伝わる。夫婦仲だけでなく、これから築く家庭の円満さも伝えることができる。
 
私の思惑通り、先輩パパの同僚は、自分の育児体験記を自慢げに語ってくれる。しかし、よくよく聞いてみると、家事と育児のほとんどを奥さんに任せている。同僚自身は、自分の手が空いたときに、子どもと遊んでいるだけだった。私の見本となってもらえるように、同僚には、もっと家事と育児を引き受けてもらおうと考えた。
 
育児、炊事、洗濯、掃除を引き受けると、利き手とは逆の手を使う機会も増える。家庭内の仕事は、文字通り片手間ではできず、両手が必要なのだ。両手を使う機会が増えれば、自然に左手を使う機会が増える。そうすれば、右利きの同僚も、左利きの人の大変さや、左利きの人しか持たない違和感に気づき、私の浮気を疑う発言もしなくなるだろう。
 
こうして私は、同僚からかけられた浮気という無実の罪を、その同僚を利用しながら、時間をかけて晴らしているのである。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青山 一樹(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

三重県生まれ東京都在住
大学を卒業して20年以上、医療業界に従事する
2023年4月人生を変えるライティングゼミ受講
2023年10月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に加入。
タロット占いで「最も向いている職業は作家」と鑑定され、その気になる
47歳からの男性育児奮闘記を広めるべく、ライティングスキルを磨き中。

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2023-11-15 | Posted in 週刊READING LIFE vol.240

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