週刊READING LIFE vol.241

「任せられない」の奥底に眠っていた気持ちに気づくと「任せ上手」に近づける《週刊READING LIFE Vol.241 どうか私を笑ってください》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/11/27/公開
記事:深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
「いつまでも自分で仕事を抱えていないで、どんどん部下に任せなさい」
 
その言葉を何度聞いたことだろう。そんなことは言われなくてもわかっている。でも、そう簡単にはできないのが、自分でももどかしかった。本屋に行くと、「任せ方のコツ」を書いた本がたくさん並んでいた。
 
「人に仕事を任せられない上司は、リーダー失格」
「できるリーダーは任せ上手」
 
本のタイトルや帯に書かれている言葉が、突き刺さってくる。私のように任せられない人は、ダメな人だと指をさされているようだった。
 
自分がなぜ部下に仕事を任せられないのか、その理由は自分でもわかっていた。任せられない理由は大きく分けて3つあった。一つ目は、突発で起きたトラブルなど、自分でもどう対処していいかわからない仕事は、何をどこまで部下にやってもらったらいいのか、見当がつかなかったからだ。どのくらいの時間がかかるのかもわからないし、部下から判断を求められても指示を出せない。結局、自分で試行錯誤しながら解決の糸口を見つけていくしかなかった。
 
二つ目は、ずっと自分ひとりでやってきた仕事が、自分でも説明できないくらい「謎のワールド」になってしまっていたからだ。ものすごく散らかった部屋なのに、「あの書類なら右側の戸棚の、上から2段目にある薄緑色のクリアファイルにある」というように、どこに何があるのか、本人だけは知っているというような状態に似ている。こんな状態だと、説明するのもひと苦労だ。だったら、自分でやってしまった方が早い。おまけに、「なんでこんな所にあるんですか」「なんでこんなことになっているんですか」と、見られたくない、知られたくないようなことまで、見つかってしまうかもしれない。いつか整理して、手渡せるようにしなければと思いつつ、手つかずのままになっていた。
 
そして、三つ目は「面倒な仕事を任せて、部下から嫌がられるのがこわい」という、気持ちの問題だった。部下だって皆忙しいのに、これ以上負担を増やすことで、「やってらんねーよ」と思われるのがこわかったのだ。面倒なことは私が引き受けて、部下の負担を軽くする「優しい上司」でいたかった。新しい仕事のアイディアを思いついて、実行するときも、「皆は忙しいから」と遠慮して、一から全部自分でやろうとしていた。
 
実際、面倒なことを押し付けたり、「どうしても今日中に」と無理強いしたりすることもなかったので、年1回ある部下からの上司評価は割とよかった。その結果にホッとしながら、心のどこかで、いつまでたっても任せられない自分に焦りも感じていた。実際、同年代の部下から「課長は優しすぎる。もっと僕たちに仕事を振ってください」とズバッと言われて、「なんでそんな言われ方をしなくちゃいけないのか」と傷ついたこともあった。誰にも任せることなく、自分ひとりで難題を解決したものの、手柄を独り占めしたような居心地の悪さを感じたこともあった。
 
「嫌われたくない」「皆から好かれたい」という、自分の心と向き合うたび、「私って、ちっさい人間だな」と思う。でも、実はその心の奥底に、もうひとつ「任せられない」につながっている「あるもの」があった。その存在に気づいたのは、つい最近のことだ。
 
朝ご飯を食べながらニュースを見ていると、橋の点検をして歩く年配の男性が映っていた。ハンマーを持ち、コンクリートの橋げたを叩き、音を確認したり、ひび割れのある部分にチョークで印をつけたりしている。コンクリートの劣化状況を点検して歩いているのだ。
 
「音で劣化を聞き分けたり、ひび割れの状態を見て、問題があるかないかを判断したりするのって、熟練の技だよな」
 
私は自分も似たような職種の仕事をしていたから、なんとなく親近感をもって画面を見つめていた。
 
橋の点検をしていた年配の男性は、この道30年のベテランだ。現場に出向き、目視でひび割れの状態を確認したり、ハンマーでコンクリートを叩いたりして、問題があるかどうかを判断する。ポケットからデジカメを取り出し、写真を撮り、調査表に結果を書き込んでいく。
 
現場の点検が終わると、事務所に戻り、調査結果をまとめ始める。撮影した写真のデータを整理し、調査表に貼り付けていく。枚数が多いと、写真を貼るだけでも時間がかかる。夜中まで残業することもしばしばだったという。深夜、誰もいない薄暗い事務所で、ひとりパソコンに向かう年配男性の姿が目に浮かぶ。
 
しかし、このご時世、こうした働き方は改めていかなければならない。そこで会社は、「分業制」を取り入れた。点検にはベテラン1名と新人2名の3人一組で向かい、ひび割れのある部分にチョークで印をつけたり、コンクリートをハンマーで叩いたりするのは新人の仕事。ベテランの男性の仕事は、問題があるかないかを判断し、結果を調査表に記入すること。自分ひとりで見て、結果を書いて、写真を撮っていたときと比べて、点検にかかる時間は大幅に短縮したという。
 
さらに、「撮った写真のデータを整理して、報告書に貼り付け、結果を入力する」という仕事は、「フルでは働けないけれど、短時間なら働ける」という人たちが担うようになった。ベテランの男性は、完成した報告書を最終確認するだけだ。
 
「今までひとりでやっていた仕事が細分化されて、分業制になったことで効率も上がり、ミスも減ったという効果があったようですが……」
取材記者がベテランの男性に感想を求めると、その男性はこう答えたのだ。
 
「分業をしはじめる時は、最初抵抗しました。『できるわけがない』と思っていました」
 
「そうそうそうそう、それそれ」
私は右手に箸を持ったまま、テレビに向かって思わず話しかけていた。
 
「できるわけがない」という言葉に、私は共感していた。私の心の奥底にあったのは、「他の人にできるわけがない」という気持ちだったのだ。それは決して、他の人を見下しているわけではない。「自負」だろうか。その仕事ができるようになるまでには、時間もかかっているし、努力もしてきている。間違えて失敗して恥ずかしい思いもしてきた。そういう積み重ねがあるから今できている。だから仕事を譲れない。
 
「私は任せられないというより、本当は任せたくなかったんだな」と気づいて、一人で苦笑いしていた。冷静に考えてみれば、「自分にしかできない」なんて、とんだ思い上がりである。穴があったら入りたい。でも、それだけの自負があり、それだけ仕事に対する思いがあったことは認めよう。ただ、「その中でも人にお願いできることがあるとすれば?」と自分に問うていれば、自分ひとりですべてを抱え込まずにすんだかもしれない。
 
「今のように分割してやると、スピードも上がってクオリティも上がっていいことばかりなんですよね。だから今はもう、このやり方しかできないなと思います」
テレビの画面に映るベテランの男性は、晴れ晴れとした表情で語っていた。
 
10年以上前、私は部下や仲間に仕事を任せず、「あれもこれも」と多くの仕事を握っていた。でも、ひとりでこなすには限界があって、どれもこれも中途半端な結果に終わっていた。その後、別の部署に異動することになって、自分の握っていた仕事を手放さざるを得なかった。
 
「私が抜けた後、色んな仕事が回らなくなる」とは思わなかったけれど、「どうなるのかな、大丈夫かな」と思うことはいくつかあった。だから、異動日ギリギリまで、手順を細かく書き出した引継ぎ資料をつくり、「何かあったら、いつでも連絡してください」と言い残して、異動した。
 
私が異動したあと、色んな仕事は回らなくなるどころか、上手く回るようになった。私がやってきたのとは違う方法で成果が出た仕事があることを知り、少し複雑な気分も味わった。私が言い出しっぺで始めたものの上手くいかなかったことが、10年以上経った今でも続いていることも知った。自分が握りつぶして、自分がいなくなったらなくなってしまうより、受け継がれて続いていることが嬉しかったし、ありがたかった。
 
私が会社を辞めてから、もうすぐ4年になる。上司という立場にいたのは14年間だ。最初は部下に仕事を任せられなかった私も、最後の数年になってようやく任せることができるようになっていた。
 
自分でもどう対処していいかわからない仕事があれば、「一緒にやろう」と部下に声をかけるところから始めた。「謎のワールド」になってしまっていた仕事も、ゼロリセットするつもりで思い切って明け渡したら、部下は部下のやり方できれいに整理し直してくれた。面倒なことを頼んで嫌われたくないという気持ちも、「自分がどうなりたいか」ではなく「部下はどうなりたいと思っているのか」に意識を向けることで、少しずつ薄れていった。
 
そうした「任せられるようになるまでの過程」を14年前の自分に今伝えにいくとしたら、私はもうひとつ付け加えたいと思う。それは、「任せられない」の奥底にある「他の人にはできるはずがない」と思う気持ち、つまり、その仕事に対する「自負」があるのを自分で認めてあげること。「本当は任せたくない」という気持ちがあるのを、「よい、悪い」ではなく、そのまま受け止めること。そのうえで、「本当に自分しかできないことは何か」を切り出していくのが「任せ上手」への近道だよと。
 
そんなことを考えながら、私は朝食の片づけに取りかかった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)

愛知県出身。
国内及び海外電機メーカーで20年以上、技術者として勤務。2020年に独立後は、「専門的な内容を分かりやすく伝える」をモットーに、取材や執筆活動を行っている。現在WEB READING LIFEで「環境カウンセラーと行く! ものづくりの歴史と現場を訪ねる旅」を連載中。天狼院メディアグランプリ42nd Season、44th Season、49th Season総合優勝。

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2023-11-22 | Posted in 週刊READING LIFE vol.241

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