満点の星空に励まされた夜《週刊READING LIFE Vol.247 あの日の夜空》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2024/1/29/公開
記事:丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「えっ、バスが通らないの?」
大阪から、一泊二日、夜行バスで来ていたスキー。
冬の、山の天候は一瞬にして変わってしまうことを知ることとなった。
雪が多いのは嬉しいのだけれど、帰りのバスがホテルまで来られないなんて……。
あれは、私が大阪の商社でOLをしていた頃のこと。
もう、30年以上も前のことだ。
冬になると、若手社員を中心にスキーバスツアーが毎週末に行われていた。
会社の先輩の中には、体育会系と呼べるようなタイプの人が多く、その先輩たちはすこぶる面倒見が良くて、ツアーを企画してくれたり、参加者の募集や細々した世話をよくしてくれたりしていた。
そんな、まるで学生の延長のような楽しさがあって、私は同期の友だちと参加したのだ。
先輩たちともみんな仲が良く、スキーツアーのある金曜日が楽しくて仕方なかったものだ。
私は、高校の修学旅行で、初めてスキーを経験したのだが、その時の楽しさが忘れられず、社会人になってからも、しばしばスキーに行くようになっていた。
金曜日の夜、仕事を終えた後、会社近くまで来てくれるバスで、そのまま夜を徹してスキー場へと向かい、土、日曜日に思いっ切りスキーを楽しむのだ。
日曜日の夕方に現地を出発し、月曜日の早朝に会社近くに戻ってくるというスケジュールだ。
その後、近くの銭湯へ行って、月曜日の業務につくのだ。
今思うと、そんなことが出来たのも、みんな若かったからだろう。
でも、そんな社内スキーツアーがとにかく楽しかったのだ。
当時、「私をスキーに連れてって」という映画が大ヒットし、スキーがおしゃれなウインタースポーツとして注目を浴びていた。
スキー人口も多かったように思う。
その映画の中で主役の原田知世さんが着ていた、白いスキーウエアが爆発的に流行って、ゲレンデにウジャウジャいたものだ。
そんな、青春真っただ中にいた私は、バブル期も相まって、とにかくOL生活を謳歌していた頃だった。
ところが、ある時の社内スキーツアーで、普段よりも雪の降り方が激しく、雪の量がみるみる増えて行ったことがあった。
それは、スキーを滑る際にはありがたかったのだが、いよいよ帰宅する段になって、どうやらバスが大雪のために、ホテルまで来られないという事態が起こってしまったのだ。
当時は、まだ携帯電話などない時代で、とにかくバス会社の連絡を待つしかなかったのだ。
最初は、同期の友だちたちと「そのうち、バスも来るよね」なんて、のん気に話をしていたのだ。
ところが、待てど暮らせど、バスがやってくるどころか、これまで見たことがないくらい、雪が降り続いたのだ。
ずっと都会の、比較的便利な所で生まれ育った私にとって、そのような自然の急変を体験したことがなかったのだ。
もう、笑いごとではなく、このままずっと雪が降り続いたら、どうなるんだろうか。
心のどこかで小さな不安が浮かんできた。
雪が降り続き、交通機関がストップすると、ホテルは孤立してしまうのだ。
そんなことが頭をよぎる頃、最後の晩ご飯の提供があった。
ところが、「このメニューは、本当は卵を入れるのですが、届いていないのでこうなりました」みたいな食事が出てくると、ますます不安が募っていった。
いよいよそうなると、同期の友だちとも、会話が減っていった。
いつになったら、バスが来てくれて帰れるんだろうか。
「月曜日の早朝の到着が無理になったら、職場の上司や先輩に申し訳ないな」
「あの、急ぎの月末の仕事、遅れることになったらどうしよう……」
色んなことが一気に頭に浮かんできて、ザワザワと気持ちが落ち着かなくなっていった。
そんな時、「心配していても仕方ないよね、バスがまだまだ来ないなら、お風呂でも入ろうか」
一緒に参加していた同期の友だちがそう言った。
当時の私は、どちらかというと心配性で、いつも、「どうしよう」と、何に対してもすぐに不安になる傾向があった。
反対に、その友だちは、いつもおおらかで、「なんとかなるって」と、どんと構えているような性格だった。
あの時ほど、そんな友だちの存在がありがたかったことはなかった。
私の不安を一瞬にして拭い去ってくれる彼女の言葉。
どれだけ気持ちが救われたかわからない。
あまり人が入っていない、夕方の温泉。
そこに2人で並んで、足を伸ばして入っていると、身体が温まるのと同時に気持ちもほぐれてゆくのがわかった。
とりあえず、今はこの温泉につかることが出来て幸せだな、と。
そんな気持ちで心も温まって行ったとき、ふと見上げた大きな窓から、寒そうな空が見えた。
昼間の空は青いのに、夜の空は灰色だった。
雪を降らす雲というのは、こんなにも分厚いビロードのようなのかと、都会にはないような雲を恨めしくも思った。
ところが、よく目を凝らしてみると、そのビロードのような雲が動いてゆくのが見て取れたのだ。
あれ、すごい速さで動くんだな。
そんなことにも、また驚きながら、友だちと2人、温泉につかりながら雲の行方を見守っていたのだ。
すると、ビロードの雲が切れたと思ったら、そこには満点の星があらわれたのだ。
一瞬、自分の目を疑うくらい、さっきまでとは打って変わって、たくさんの星が目の前にあらわれたのだ。
その光景に、友だちと二人、息をのんで見とれてしまい、その星空が私たち二人を照らしてくれているようにも思えた。
星の灯りは、不思議なことに、私たちの心の中の不安を見つけ、そこに光を当てて照らしてくれているようにも思えた。
すると、今まであった心の中の不安はいつしか消えてゆくように薄れてゆき、友だちと二人星空の温泉を味わう至福の時間となっていたのだ。
「何!? この素敵な温泉タイム」
思わず、2人で顔を見合わすと、にっこりと笑っていた。
こんな時、何の言葉も要らないんだな。
いつもどんと構えている友だちの、それでも少しはあったであろう不安をも消していってくれたことが私にもわかった。
いつ、バスで帰られるんだろう。
そんな不安がさっきまであったなんてこと、もうずいぶん前のことのように気持ちが入れ替わっていっていた。
不安で、困っていたところから、こんなにもすぐに真逆の心持になれるなんて。
私はその時、ただ、バスが来なくて帰られないという問題だけでなく、人生で起こる様々なことって、ひょっとしたらこんなふうに解決出来ることもあるんじゃないかな、そう思ったのだ。
まさに、そんな人生の哲学のようなことを、ビロードの雲がものすごいスピードで動いていってくれたことで、私に教えてくれたのだ。
だったら、今という時間も常に変化してゆく訳だから、今、悩むことがあっても、ずっとそこにとどまらずに何かしら動くことで、その向こうに満点の星空を見つけることが出来るのかもしれない、と。
そんなことを考えると、あの時の大雪がバスを遅らせたことにも、感謝したいくらいだ。
友だちと、思いのほか長い時間温泉につかっていたようだった。
熱いお湯が得意ではない私は、湯舟から出るとふらついた。
脱衣所で着替えていると、バスの出発時間を先輩が教えにきてくれた。
良かった、今夜中には出るんだ。
身体の芯まで温まり、思いがけない星空のプレゼントのおかげで、私と友だちはなんだか弾むような気持ちで着替えを終えた。
金曜日の晩に会社を出て、月曜日の朝、会社に戻るスキーツアー。
当時、私たちは、そのスキーツアーを、「金晩月朝(きんばんげつあさ)」と呼んでいた。
スキーツアーバスが大阪の会社前に着いたのは、確か月曜日のお昼前だったと思う。
「遅れてすみませんでした」
そう言いながら、制服に急いで着替えた私たちスキーツアー組は、それぞれの部署へと向かって走って行った。
「大変だったね、お疲れさん」
ああ、誰も怒っていないし、仕事もなんとか間に合った。
私は、少しお化粧のノリが悪い肌を気にすることもなく、なんとか週の初めの業務をこなしてゆくことが出来た。
本当に、そうだよね。
例えば、どうしようもできないと思うくらい、ビロードの厚い雲があっても、その次には何がやってくるかなんて、やっぱり誰にも想像できないよね。
だったら、その状況を受け入れ、今を最大限に楽しむことで、きっとあの時のような満点の星空に出会えるかもしれないね。
□ライターズプロフィール
丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
関西初のやましたひでこ<公認>断捨離トレーナー。
カルチャーセンター10か所以上、延べ100回以上断捨離講座で講師を務める。
地元の公共団体での断捨離講座、国内外の企業の研修でセミナーを行う。
1963年兵庫県西宮市生まれ。短大卒業後、商社に勤務した後、結婚。ごく普通の主婦として家事に専念している時に、断捨離に出会う。自分とモノとの今の関係性を問う発想に感銘を受けて、断捨離を通して、身近な人から笑顔にしていくことを開始。片づけの苦手な人を片づけ好きにさせるレッスンに定評あり。部屋を片づけるだけでなく、心地よく暮らせて、機能的な収納術を提案している。モットーは、断捨離で「エレガントな女性に」。
2013年1月断捨離提唱者やましたひでこより第1期公認トレーナーと認定される。
整理・収納アドバイザー1級。
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