週刊READING LIFE vol.249

おじいちゃんは煙草の香り《週刊READING LIFE Vol.249 香り》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2024/2/12/公開
記事:ひーまま(READINGLIFE編集部ライティングX)
 
 
西暦2024年、ちまたで煙草の香りを嗅ぐようなことはない。
それは西暦1959年(昭和34年)生まれのわたしにとっては本当に驚きの現代なのである。
 
このような未来が来るなんて! おじいちゃん! びっくりだよね。
朝から寝るまで、私の知るおじいちゃんは煙の中にいた。
それほどのヘビースモーカーだった。
 
おじいちゃんは明治生まれ。頭はつるっと禿げ頭で、骨太の立派な体格をしていた。大阪の老原というところにあった古い家は玄関が広いたたきで土間があり、玄関からまっすぐ入った8畳の二間続きがおじいちゃんとおばあちゃんの部屋だった。
 
奥の8畳には立派な床の間があり、その先は広い縁側になっている。おじいちゃんはその床の間の前に小ぶりの火鉢を置いて、いつでもしゅんしゅんと湯気をたててる鉄瓶が据えてあった。
灰を火箸でかき混ぜながら、小さな火種の炭が出てくるのを見るのが私は好きだった。
 
灰の中から掘り出された炭におじいちゃんは上手にキセルを近づける。キセルの火皿の部分に髪の毛ほどの細さに刻まれた煙草の葉を少しつまんで押し込むと、火皿を炭に近づけて「すうっ」と息を吸い込む。アッと思う間におじいちゃんの口から煙が吐き出される。
 
「すうっっ、ぱあ~」とおじいちゃんは何とも美味しそうな顔で煙をなんども吐き出す。
 
まだ幼稚園に上がる前の私はまだ3歳くらい。おじいちゃんの膝の上で白い煙に見とれている。
時々、白い煙はわっかになっておじいちゃんの口から出てくる。
今でいえば、水族館のシロイルカのバブルリングみたい。
 
わっかになった煙は天井まで飛んで行って消えた。
キセルに詰めた煙草の葉はあっという間に煙になった。
ぽんぽん。とキセルを叩いて灰を落とす。
また、おじいちゃんはゆっくりと刻み煙草の葉を器用に丸めてはキセルの火皿に詰め込んだ。
 
昭和37年頃のこと。今から62年も前になるとは! 我ながらびっくりする。時代は高度経済成長に向かっていくその少し前だろうか、穏やかでゆっくりとした空気が日常に漂っていた。
 
煙草が体に良くない「百害あって一利なし」とはまだ言われていない時代のことだ。
おじいちゃんの好きな煙草の葉は「朝日」昭和11年には11銭だったというから、お金の価値観も随分と変わっているんだなとおもう。
キセルにいちいち刻み煙草の葉を詰めるのが面倒になってきたのか、紙巻きたばこというものが次にでてきて、それも自分で紙巻き器を使って煙草を一本一本作っていた。
 
大阪の八尾駅から老原までに路地のような細い道があり、その小さな商店街のような場所に「たばこや」があった。
小さなおばあさんが座って店番をしていた。着物を着て座っているおばあさんは私から見たら、置物のおばあさんかと思えるような風情でちょこんとざぶとんの上に座ってる。
 
私は大阪へ帰省するとおじいちゃんのお使いで煙草を買いにいった。おじいちゃんは「飴ちゃんも買ってもいいさかいにな」と小銭を持たせてくれた。ほっぺたを真っ赤にさせながら走って煙草を買いに行ったのもなんだか映画の一コマみたいに思い出せる。
 
昭和のお父さん、おじいさんは煙草を本当にいつも吸っていたイメージだ。灰皿はぎゅっとつぶされた煙草の吸殻でいつもいっぱいだった。それぞれの好みの煙草があって、その香りがいろいろに違っていたことを思い出す。
 
その中でもおじいちゃんの吸うたばこはなんだか甘い香りが混じっていたような気がする。
煙草の煙の中でゆっくりとみんなをやさしい目で見ていたおじいちゃんだった。
 
現在の日本はねおじいちゃん。 「喫煙ルーム」って言うのがいろんな所にあって、煙草を吸う人はその小さな小部屋の中で煙が吸い込まれていく機械の前でたばこを吸ってるんだよ。
おじいちゃんならなんというだろう?
(そら難儀なこっちゃな、みんなそんなんまでしてタバコ吸うてうまいんかな?えらいこっちゃな)とか話してくれるかもしれない。
 
私が煙草の害を耳にするようになったのは小学生のころだろうか、おじいちゃんがあれほど煙の中に住んでるくらいに煙草を吸って、肺がんとかなったら大変だ。といかに煙草が悪いのかこんこんと説教をしたことがある。
 
「おじいちゃん、たのむからもう煙草吸わんとってほしいねん。その煙で肺が真っ黒になって死んでしもたらいややねん」
「一日に何本吸うのか数えてみ、40本くらいは絶対に吸ってるで」
 
私は2歳半で広島へ引っ越してから、広島では広島弁だが、大阪に帰ると大阪弁になってしまう。それでこの会話は大阪弁。
 
私の必死の説得は続く。
「たばこはな副流煙ゆうて周りの人までたばこの煙で病気にしてまうことがあるんやで。子供はとくに害があるらしいで」
必死の顔で説得するのだが、おじいちゃんはにこにこして「ほんまかいな。そら大変やな、そやけどおじいちゃん内緒やけど、小学生のときからたばこ吸うてんねん。今更やめられへんなあ~」
 
まじか! 小学生が吸うてもええんか~い! と思わず突っ込みを入れたくなるほどだった、が、おかしすぎて思わず吹き出してしまった。
今思い返すとおじいちゃんはっきりニコチン中毒だった。
 
それでも必死に説明する孫の気持ちにほだされてか、
「半分にはできへんけどひと箱は減らすわ」と約束の指切りげんまんをしてくれた。
85歳を過ぎたころ、入退院を繰り返していてもときどきこっそり隠れてたばこ吸ってたね。「こんなうまいもんやめられへんわ。一日一本ならええやろ?」といいながら灰皿には何本もあったね。
 
おじいちゃんの指は煙草の香りがしみ込んでて、手を握ったらごわごわと大きな手から煙草のにおいがしたね。
私が結婚するときに大阪から広島まで駆け付けてくれて、神前での結婚式。親族紹介を一人一人が立って挨拶するときに「宏美の孫の○○です」と言って、思わず涙が出そうなくらいな笑いを取ったよね。
 
いつもまっすぐですごいユーモアのあるおじいちゃんだった。
晩年、おじいちゃんは認知症が出てしまって自宅に寝たきりになったけどもそのユーモアは健在だった。
 
「おしめをちゃんとせなあかんで」と娘である私の叔母に説教されたとき、叔母が帰ってから「さっきのおしめやの叔母ちゃん怖かったなあ、えらいおしめすすめていったなあ」って。
大真面目にそんなこといいながらも、私が行くと「一本だけ頼むわ」と美味しそうに煙草を吸っていたね。
 
その年の秋におじいちゃんは天に帰っていった 、私は形見におじいちゃんのキセルをもらった。
 
おじいちゃんのキセルから懐かしいおじいちゃんの煙草の香りがした。その香りを嗅いだ時、おじいちゃんと過ごした景色が一気に私の中になだれ込んできたよ。
 
私を抱っこして散歩してるおじいちゃん。
キセルに煙草の葉を詰めて火鉢で火をつけてるおじいちゃん。
結婚式で笑いを取ったおじいちゃん。
 
香りは一気に記憶に色を付けて思い出させてくれた。
おじいちゃんが亡くなった実感がなくて泣けなかった私は、大粒の涙を流しながら泣いた。
 
煙草の香りとともにやっとさよならが言えた瞬間だった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
ひーまま(READINGLIFE編集部ライティング✕)

大阪生まれ。2歳半から広島育ちの現在広島在住の65歳。2023年6月開講のライティングゼミを受講。10月開講のライターズ倶楽部に参加。様々な活動を通して世界平和の実現を願っている。趣味は読書。書道では篆書、盆石は細川流を研鑽している。

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2024-02-07 | Posted in 週刊READING LIFE vol.249

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