週刊READING LIFE vol.249

育児とは、嗅覚トレーニングの場である《週刊READING LIFE Vol.249 香り》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2024/2/12/公開
記事:青山 一樹(READING LIFE編集部ライターズX)
 
 
「女性の嗅覚の方が優れているのでは!」と感じている男性は多いであろう。
育児が始まって1カ月、その間に私は2回も女性の嗅覚の鋭さに驚かされた。
 
1回目は、義理の母である。
私の娘を抱っこして直ぐに「赤ちゃんって、良い香りがするわね!」と言った。
私は、その言葉を聞くまで娘の匂いを気にしたことがなかった。
そこで、沐浴の後で、娘の頭に自分の鼻を近づけてみた。
確かに、良い香りがする。
しかし、それはベビーシャンプーの香りであった。
 
暫くしてから、再び娘の匂いを確かめてみた。
今回も良い香りがする。
しかし、それは先ほど飲んだミルクの香りであった。
どちらも、娘の身体の匂いではなかった。
沐浴とミルクから暫く時間が経っていたが、義理の母は孫の香りに気づいていた。
 
2回目は、私の妻である。
ある日「そろそろ、オムツ交換のタイミングかも……」と、妻に言われた。
「オムツも見ずに交換のタイミングって、どうして分かったの?」と私は妻に聞いた。
「臭いが……。ヨーグルトみたいな臭いがするでしょ」と妻が答えた。
 
言われてみれば、そのような臭いがした。
実際、オムツ交換のタイミングだった。
私はオムツ交換を示す目印を確認して、今回は交換不要と思っていた。
しかし、妻は臭いによって、オムツ交換のタイミングを判断した。
 
この2つのエピソードから、私は「女性の方が嗅覚は優れている」ことを実感した。
しかも、嗅覚に関する男女差については、多くの研究が行われている。
一般的に、「嗅覚は女性の方が鋭い」との研究結果がいくつも報告されている。
これは、女性の嗅覚受容体の反応性が高いこと。
または、脳の処理能力の違いによるもの、と考えられている
 
嗅覚が鋭いとは、特定の香りの識別や強度を評価する能力が優れていることを示している。
さらに、女性はより広範な香りに対して、男性より敏感であるとも言われている。
よって、義理の母と私の妻の方が、香りに関して私より敏感であることも理解できる。
 
また、男性の嗅覚は60代から低下するが、女性は70代からと言われている。
嗅覚が低下すると言われる年代まで、後10数年ある。
しかも、私の嗅覚が女性より鈍いことで、日常生活で支障が出たことはない。
 
では、私は自分の嗅覚を放置し、60代で低下を迎えて良いのだろうか?
赤ちゃんの香りについては「やはり、良い香りしますよね」と返答すれば、問題ない。
オムツ交換の時期については、オムツの目印に合わせて交換すれば、問題ない。
一見すると、私には嗅覚をトレーニングする必要がなさそうに思える。
 
しかし、嗅覚を鍛えた方が良いことが分かった。
それは、嗅覚の低下と認知症の発症が相関しているという報告があるからだ。
嗅覚の低下を、早期の認知症として捉えることができる様々な研究結果がある。
 
認知症は初期症状ですら、「もの忘れ」や「理解力・判断力の低下」が起こる。
認知症による「もの忘れ」では、人の名前や出来事全体を忘れてしまう。
加齢による「もの忘れ」と違うのは、出来事の一部ではなく全体を忘れることだ。
 
人の名前や出来事全体を忘れることは避けたい。
なぜなら、私が考えた娘の名前を、私自身が忘れてしまうからだ。
さらに、妻の妊娠から出産、そして育児の全ての体験を忘れてしまう。
特に、娘が産まれた日のことは、何があっても忘れたくない。
 
予定出産にも関わらず、予定通りに始まらずイライラしたこと。
別の家族も、私と同じ状況にあり、私と同様にイライラしていたこと。
先に私の娘が取り出された時、その家族も私と一緒に喜んでくれたこと。
娘が産まれてきたおかげで、皆のイライラが、どこかへ吹き飛んでしまったこと。
このような家族を飛び越えた一体感を、忘れることなど出来ようか。
 
また、「理解力・判断力の低下」も避けたい。
職場において、会社や上司の方針が理解できず、任務遂行能力が低下する。
判断力が低下して、安全に車の運転ができなくなる。
仕事だけではなく日常生活、特に娘の育児に、これらの機能低下が悪影響を与えるだろう。
 
そこで、認知症の予防法について調べてみた。
すると、認知症と生活習慣病の発症率は相関しており、それらの予防方法も共通していた。
すなわち、食事・運動・禁酒・禁煙であった。
 
残念ながら、嗅覚を鍛えることが認知症予防につながる、という研究報告はなかった。
せいぜい、嗅覚の維持が認知機能の維持に役立つ可能性を示唆する報告だけだった。
しかし、確固たるエビデンスはないものの、私は「試す価値は大いにアリ!」と考えた。
 
妻の妊娠が分かってから、私は健康を意識して、生活習慣を変えた。
食事内容を見直し、菓子パンやコンビニスイーツを口に運ぶ回数を減らした。
有酸素運動と筋トレの時間を増やした。
禁酒はできないものの、飲酒の量と頻度を減らした。
嫌煙家であるため、タバコを吸わないし、これから吸う気もない。
 
娘が産まれた以降も、これらの生活習慣を維持している。
より健康になるために、次の一手を考えていたところである。
私は、迷わず嗅覚トレーニングを取り入れた。
 
嗅覚トレーニングとは、香りを嗅ぐことで、嗅覚に関わる神経細胞を再生することである。
方法は「意識して嗅ぐ」、「短い時間、頻回に、毎日嗅ぐ」と、いたってシンプルだ。
コーヒー、レモン、バラなど香りのハッキリしたものを嗅ぐことが推奨されている。
しかし、私はこれらの香りを毎日、頻回に嗅ぐわけではない。
最も頻度の高いコーヒーですら、2日に1回程度だ。
レモンとバラの香りを「意識して嗅ぐ」ことなど、1年間で何回あるだろうか。
 
そこで、私は育児を通じて嗅覚トレーニングを行うことにした。
すなわち、娘の香りを「意識して嗅ぐ」こととした。
それならば、「短い時間、頻回に、毎日嗅ぐ」ことも実行できる。
 
抱っこする時、ミルクを与える時、オムツを交換する時、娘の香りを意識的に嗅いだ。
1回あたりの時間は、それぞれ10~15分程度である。
抱っこ・ミルク・オムツのいずれかは、1時間に1回以上のベースで頻回に発生する。
そして、私が毎日繰り返し行う行動だ。
 
毎日のように、育児に合わせて嗅覚トレーニングすると、私の嗅覚も敏感になった。
娘の香りの変化に気づきやすくなったのだ。
今まではベビーシャンプーの香りと、ミルクの香りしか気づかなかった。
しかし、沐浴から時間が経過しても娘の身体から発せられる香りに気づくようになった。
それは、少し甘みのある花の蜜のような香りであった。
 
この香りは、「ヴェルニックスケースオーサ」と呼ばれる物質だった。
出生前、赤ちゃんは羊水の中で、この白いクリーム状の物質で覆われている。
この物質は出生後もしばらくの間、赤ちゃんの肌に残る。
そして、特有の甘い香りを放つとされている。
 
その香りを嗅いだ時、私は嬉しくなった。
「やっと、娘本来の匂いに気づいた!」と。
 
少しずつではあるが、オムツ交換のタイミングも臭いで判断できるようになった。
夜、照明を暗くしてからのオムツ交換は、臭いが頼りである。
まだ私は、オムツに鼻を近づけないと、交換のタイミングを図れない。
妻みたいに、1メートルほど離れたところでは、オムツの臭いを感知できない。
しかし、以前の様に100%視覚に頼るオムツ交換ではなくなってきた。
 
嗅覚トレーニングを開始し、1週間ほどであるが、私の嗅覚は確実に回復している。
しかし、まだまだトレーニングを重ねる必要がある。
短期的な目標と、長期的な目標を達成するために。
 
短期的な目標とは、「ヴェルニックスケースオーサ」以外の香りにも気づくことだ。
「乳酸菌による発酵臭」と「頭部の汗腺の分泌物」も、赤ちゃんの良い香りと言われている。
まだ私は、これら2つの香りに気づくことができない。
娘が成長し、赤ちゃんから幼児になると、これらの香りを発さなくなる。
その時までに、2つの香りに気づくことができるよう、育児をしつつ嗅覚を回復させたい。
 
長期的な目標とは、何といっても認知症予防である。
厚生労働省の発表によると、60代での認知症発症率は3%程度である。
しかし、70代の後半では男性12%・女性14%となる。
さらに、80代後半になると男性35%・女性44%と大幅な増加が見られる。
 
60代から嗅覚が低下し、その後10年、20年と遅れて認知症が発症するともいえる。
47歳の今からトレーニングを継続すれば、私は60代での嗅覚低下を防ぐことができる。
そうすれば、70代、80代で発症する認知症も回避できるかもしれない。
 
私の仮説が正しいか否かは、20年後や30年後に分かるのであろう。
しかし、その数十年の間に起こる娘との出来事を鮮明に記憶に残しておきたい。
そのために、娘の育児をこなし、嗅覚トレーニングを継続することなど、容易いことである。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青山 一樹(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

三重県生まれ東京都在住
大学を卒業して20年以上、医療業界に従事する
2023年4月人生を変えるライティングゼミ受講
2023年10月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に加入。
タロット占いで「最も向いている職業は作家」と鑑定され、その気になる
47歳で第一子の父親になり、男性育児記を広めるべく、ライティングスキルを磨き中

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2024-02-07 | Posted in 週刊READING LIFE vol.249

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