週刊READING LIFE vol.251

ビデオカメラの向こうの新米お母さん《週刊READING LIFE Vol.251 夜ふかしの相棒》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2024/2/26/公開
記事:丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
今思うと、あれは一体、どういう時間だったんだろう。
初めは、楽しむために始めたことなのに、いつしか、まるでグサグサと鋭い刃物を自分に立てるようなことになってゆくのだ。
穏やかに流れるはずの時間が、だんだんと地獄のように感じられるようになっていったのだ。
そう、ただ娘の日常を撮ったホームビデオを観ているだけだったのに。
 
私は30歳の誕生日を前に、娘を授かった。
初めての子育て。
ちょうど、その頃には子育ての雑誌が創刊され、妊娠中から、子育て期間も、たくさんの情報をそこから得ることが出来た。
それは、何もわからない新米お母さんの私には、ありがたい反面、「こうでないといけない」というような観念も芽生えてくることが多かった。
子育てするには、こんなグッズが便利だと書いてあれば、まるでそれが無いと良い子に育てられないと勘違いするかのように、必死に買い求めていた。
 
参考になる育児書が紹介されていると、それを読破し、その情報を必死で覚えていったこともあった。
例えば、生後〇カ月で寝返りをする、1歳頃にはつかまり立ちをする、など、成長の目安が書かれていたのだが、それを目安と捉えず、その月齢で出来ていないと一気に不安に駆られたものだ。
 
今まで生きて来た中で、一番自分の思い通りにコトが運ばない時期で、こんなにも振り回されることがあっただろうかと思うくらい、心身共に緊張感でいっぱいだった。
良いように言えば、真面目なんだが、悪いように言えば、ただただ神経質な性分だったのだ。
そんな子育てでは、思い通りに行かないことがあると、いつもイライラして、ついにはまだ幼い子どもを叱ってしまうこともよくあった。
今思うと、そんな育児書通りに成長する子どもがいたら連れてきて欲しいと思うくらい、あり得ないことなのに。
どこかで、その通りに成長して、しゃべったり、歩いたりが出来るようになると勘違いしていたのだ。
無知なこと極まりない新米お母さんだった。
 
それでも、日々、成長してゆくわが子は可愛くて、必死でビデオを回していたのだ。
離乳食を食べている姿、ビデオを観て踊っている姿、おもちゃで楽しそうに遊んでいる姿など、無限に撮っていた。
ホームビデオを撮っていた時期、「今、この瞬間がかわいいのだから、ビデオに残さなくては!」というような、半ば強迫観念くらいの思いで撮影していたように思う。
結果、わが家には大量のビデオが残ることとなったのだが。
そんな、ビデオを毎日回す生活からずいぶん経った頃だった。
 
ふと、夜にビールを飲んでいるときにそんなことを思い出したのだ。
 
ここ、もう15年以上、私の夜のお楽しみは、もっぱらビールだ。
家で夕飯を食べる時には、大好きだけどお酒は飲まない。
クリスマスやお正月といった行事の時は別として。
食事を終えて、その片づけをして、お風呂に入ってからゆっくりと始めるのだ。
その際、アテは何もいらない。
ただ、ビールの香りと喉越しを楽しみたいのだ。
それにしても不思議なのが、他の炭酸飲料は全く飲めないし、水を1リットル飲めと言われたら無理なのに、ビールだと1リットルなんてすぐだ。
そのためにも、夕飯が終わってからはあまり水分も取らず、ビールを飲む頃には満腹感も解消されているのが理想だ。
それでも、たまには口寂しいと思う時は、あられや味付け海苔などをつまむこともある。
余談だが、そんな飲み方をしているからか、ビール腹にもならないし、体重も増えない。
ああ、毎夜、この時間のために一日の活動があると思うくらい、大好きな時間だ。
 
そのビールタイムを楽しんでいたある時、私は昔のビデオを引っ張り出してきて、観てみたのだ。
生まれて間もない頃、お布団に寝っ転がって、口をパクパク動かしている様子。
寝返りを打って、側にあるおもちゃを口に入れている様子。
ヨチヨチと歩き始めて、でもまだ危なっかしい様子。
舌ったらずに、私に何かを話かけている様子。
かわいい娘の成長がそこにあった。
 
最初、娘がまだ赤ちゃんの頃、私の娘への声掛けは、赤ちゃん言葉も使って、それは優しい語り口だった。
何をしてもかわいくて、何をしてもスゴイと思えた頃だった。
 
ところが、離乳食を食べ、おもちゃを持って、自分ひとりで遊ぶようになってくると、それは成長していることで喜ばしいのだが、こちらの思う通りにならなくなっていったのだろう。
じょじょに、私はイライラする子育てへと変わって行った。
娘が私へ話しかけているのに、私はぶっきらぼうな返事しかしなくなっているのだ。
何も悪いこともしていないし、「お母さん、見て、見て!」と、言っているだけなのに、しっかりと目線を合わせて、見てやることもなく、どこか適当に流している声しか入っていなかったのだ。
そんなビデオを観ていると、だんだん自己嫌悪に陥っていった。
子どもの幼い時間は、その時しかなくて、そのためにビデオを回していたはずなのに、肝心の私と言えば、ただ不機嫌に受け答えをしている声しか聞こえてこないのだ。
 
夜の、ビールのお供に、わが子の幼い頃のビデオを観て和もうと思っていたはずなのに、どんどん自分を責めることしか出来なくなっていったのだ。
日々の何気ない時間、それが娘の成長そのもので、楽しみだと思っていたはずなのに、私の気持ちの余裕のなさに情けなくなるばかりだった。
娘は、全身で私に向かい、ビデオのレンズ越しに、こんなにも私に笑ってくれていたのに。
そんなことを思うと、いつしか涙が流れることもあった。
娘の幼い頃の育児を経て、ずいぶんと時間が経ってから気づいた私の子育て中の様子。
楽しい成長の記録に撮ったはずのビデオは、私の子育ての反省材料となってしまったのだ。
 
美味しいはずのビールも、この時ばかりは味がしなくなっていた。
そんなことを、思い切って娘に話してみたことがあった。
 
「あんなにも舌ったらずで、かわいくお母さんに話してくれているのに、その返事が素っ気なくて、ごめんね」
 
すると娘は「えっ? そうやったっけ? でも、いっぱい遊んでくれたし、色んな所へ連れて行ってもくれたし、楽しかったよ」
 
そうか、私がやったと思っていることと、娘が実際に受け取ったことはイコールではないのか。
例え、叱っていたとしても、それは娘なりに思い当たることがあって、今度からはしないようにしようと反省の時間になっていたのだろうか。
ずっと怒ってばかりではなく、絵本を読む時間や、公園で遊んだり、旅行に連れて行ったり、たくさんの楽しいこともしてきていたのだ。
娘にしてみると、そんな楽しい時間の方もたくさん覚えていて、怒られることも仕方ないし、でもそれだけではなくて、楽しませてもらったことが嬉しかったという記憶も強く残っていたようだ。
 
大好きなビールと、懐かしさで観たビデオ。
そこで、思わぬ気づきを得てしまい、自分を責めた夜もあった。
でも、考えなおしてみると、必死で子育てをしていた私の未熟な記録でもあった訳だ。
それに、娘にとっては、親からの教えとお楽しみとがある、ごく普通の毎日として捉えている日常に過ぎなかったようだった。
 
娘のビデオ、そういえばあれからまた長い間、観ていないな。
また、久しぶりに観返してみようか。
娘を授かってからもう30年近く経った。
もう、きっと、あの時のように自分を責めたり、猛省したりすることもなく、楽しんで観ることが出来るような気がする。
今度こそ、私の夜更かしの良き相棒となってくれるだろう。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

関西初のやましたひでこ<公認>断捨離トレーナー。
カルチャーセンター10か所以上、延べ100回以上断捨離講座で講師を務める。
地元の公共団体での断捨離講座、国内外の企業の研修でセミナーを行う。
1963年兵庫県西宮市生まれ。短大卒業後、商社に勤務した後、結婚。ごく普通の主婦として家事に専念している時に、断捨離に出会う。自分とモノとの今の関係性を問う発想に感銘を受けて、断捨離を通して、身近な人から笑顔にしていくことを開始。片づけの苦手な人を片づけ好きにさせるレッスンに定評あり。部屋を片づけるだけでなく、心地よく暮らせて、機能的な収納術を提案している。モットーは、断捨離で「エレガントな女性に」。
2013年1月断捨離提唱者やましたひでこより第1期公認トレーナーと認定される。
整理・収納アドバイザー1級。

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2024-02-21 | Posted in 週刊READING LIFE vol.251

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