週刊READING LIFE vol.255

御子息の出会いに悩む男が、実際にやっていた都市伝説的ナンパ法とは《週刊READING LIFE Vol.255 フリー》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2024/3/25/公開
記事:山田THX将治(天狼院ライティングX READING LIFE公認ライター)
 
 
昨年末のことだ。
 
深夜、拙宅の固定電話が、けたたましいブザー音を鳴らした。
 
『何だ? 今でも固定電話に掛けて来るとは』
 
と、私は訝しく思った。
それもその筈、現代では自宅に固定電話が有ること自体が珍しい。
会社の事務所を兼用しているので、私の自宅には今でも固定電話が引かれている。
しかし今では、固定電話に架電されることは、月はおろか年に数回だけだ。
その殆どが、仕事絡みの営業電話ばかりだ。
 
それが、御用納めが済んだ年末、それも、時計の針が天辺を回ろうかという時に、固定電話が鳴ったのだから、私が驚くのも無理が無いことだろう。
 
電話の主は、中学時代から付き合いが有る友人Nだった。
Nは、少々怒りが混じった私の、
 
「もしもし」
 
に、対し、即座に、
 
「山田。こんな時分にスマン」
 
と、素直に謝って来た。
私は、少し冷淡に、
 
「どうした? 何か有ったのか?」
 
と、訊ねた。
Nは、
 
「実は、さぁ」
 
と、煮え切らない声で言って来た。
 
「電話じゃ何だから、近々逢えないか?」
 
と、続けて来た。
私は、Nの声色から、多少の緊急性を感じ取り、
 
「解かった。早い方が良いのだろ?」
 
と、言ってみた。
 
「サンキューな。もし、可能なら、明日でもいいかな?」
 
と、Nは恐る恐る訊いて来た。
明日とは12月30日、つまり大晦日前日という押し詰まった日だ。
多分Nは、定年を迎えてスローな働き方をしている自身と違い、今でも忙しく走り回っている私を気遣ってくれたのだろう。
 
「大丈夫だよ。製麺屋時代は無理だったけど、今ならね」
 
と、私は、彼の気遣いを受け取ったサインを言葉にした。
それにだいたい、こんな時節の深夜に、しかも携帯では無く固定電話に架けて来るとは、相当な内容の話と私は推測したかからだ。
 
 
翌日私は、東京郊外のファミレスに車を走らせた。
実は、こんな年末に在宅していると、大掃除をしなければ為らなくなるので、抜け出せて好都合だった。
Nは既に来ていて、私を認めると“オゥ!”とばかりに左手を上げた。Nは、左利きなのだ。
 
「呼び出したんだから、昼を奢れよ」
 
と、私はN
Nの返答も聞かず、卓上のタブレットに手を伸ばした。
そして、オーダーを済ますと、スープバーとドリンクバーに向かった。
 
私が席に戻ると、Nは前置き無しで話し始めた。
 
「正月に息子が帰ってくるんだよ」
 
「関西に居る息子さんかい?」
 
「そうそう。たださぁ、この秋に来た時に、気に為ることを言ってたんだ」
 
Nの御子息は一人っ子で、年齢は30歳を少し越した位だ。大学を卒業後、大手総合商社に入社し、現在は本社が在る大阪で勤務している。結構生真面目で、学業は優秀だったと聞き及んでいた。
ただ、Nが言うには一点だけ短所があるらしい。
それは、年頃に為っても女性にまつわる話を、一切しないとのことだった。
若い頃、女性を追い掛けて(ストーカーでは有りません!)ばかりいたNからすると、“草食男子”然とした御子息が不思議で仕方が無かったのだろう。
 
「それがさぁ、付き合っている女性が居て、正月に連れて来るって言うんだよ」
 
「へぇ、そりゃ良かったじゃないか! めでたいこった」
 
と、私迄嬉しく為って仕舞って声を上げた。
ところが、Nはやや表情を曇らせて、
 
「ただねぇ、出逢った切っ掛けが、マッチング・アプリだって言うんだよ。それって、いわゆる‘出会い系’だろ?」
 
と、Nは、身も蓋も無いことを言い出した。
私は、間髪を入れず、
 
「違う、違う! 現代の若い衆は、‘コスパ’と‘タイパ’を重視するから、俺等の若い頃みたいに、ナンパに明け暮れているのがバカなことなんだって」
 
続けて、
 
「だいたいさぁ、Nの息子は真面目な方なんだから、元々、ナンパする訳なんか無いじゃないか」
 
と、なだめる様に言った。
 
「でもなぁ。何か、シックリ来ないんだよ。だいたい、このまま結婚したとして、結婚式で『御二人は、マッチング・アプリで出会われて』なんて、仲人に紹介されるのか?」
 
と、最早、酔狂としか思えないことをNは言い出した。
私は、
 
「今時、仲人を立てて結婚式なんてやらないよ」
 
と、言った。
 
本当は、
 
『お前(N)なんか、奥さんとどうやって知り合ったんだよ!』
 
と、言ってやりたかったのだ。
 
実は、Nが奥様と知り合ったのは、現代では“都市伝説”と思われ兼ねない方法だったのだ。
 
 
電話が固定電話しか無かった時代、異性の自宅または自室の電話番号を聞き出すのは至難の業だった。
既に、各家庭に電話は行渡っていた。しかし、特に女子は、なかなか電話番号を教えてくれなかった。中には、自宅住所しか教えてくれない、‘思わせ振り’な女子が多かった。
現代で例えると、PCのフリーメールアドレスは教えてくれても、LINEのIDを教えたがらないアレと同じだ。
 
当時(1970年代)でも、手紙(ラブレター)を送る時代ではなく為っていた。連絡は、もっぱら電話だった。それでも手紙に比べて、格段に便利だった。
 
年頃の、特に私やNの様に男子校に通学していた男子にとって、知り合う機会が少ない女子の電話番号を聞き出すことは、至難の業だった。
 
 
現代では、めっきり見掛けなくなった固定電話だが、昔は電話機本体と受話器がスプリング状のケーブルで繋がっているものが、誰でもの共通認識だった。
 
先日のこと、固定電話のことがしっかり認識出来ている私に、固定電話を使ったことも見たことも無いZ世代の若者が質問をしてきた。
 
「山田さん。ダイヤル式の固定電話って、手で回して放すんですよね。そうなると、“1”と“0”ではダイヤルが戻る時間が違って来ませんか?」
 
私は一瞬、何を問われているのか見当がつかなかった。
私達にとっては、ダイヤルの“1”と“0”とでは、戻り時間が違うのが当然だからだ。
仕方が無いので、質問を肯定した後、都市伝説的蘊蓄を披露した。
 
「電話番号の末尾が“0”だったら、ダイヤルを回す代わりに、軽くボタン(受話器を置くところの)を押すんだ。そう、通話が切れない様に。丁度、キャッチフォンを切り替える時みたいに」
 
聞いていた若者の目に、興味が有ることを見て取った私は続けて、
 
「そうすると、あら不思議。電話が繋がるのさ。しかも、そうして架けた電話には、通話料が掛からないって言うんだ。無料に関して本当かどうか確かめてはいないけど、今でもダイヤル回線の電話機は、その方法で繋がるらしいよ」
 
『へぇー! そうなの?』
 
と、不思議がる若者に、私は更に続けて、
 
「固定電話には、〈110(警察)〉と〈119(消防)〉以外に、3桁で通じるサービスが有ったんだ。代表的なのは〈104〉。これは、全国の電話帳を調べてくれるんだ。しかも無料で」
 
「そうすると、知らない女子の電話番号も教えてくれるのですか?」
 
と、若者は、突拍子も無いことを言い出した。
私は、
 
「それは無理。調べて欲しい人の住所と世帯主(女子だったら父親とか)の名を知らなきゃいけない。でも、自分で調べなくてもいいので、とても便利だったよ」
 
と、言った。
 
「その他には、〈117〉と〈177〉ってぇのが有ったなぁ」
 
「何ですか? それは?」
 
「〈117〉が、時刻を知らせてくれるサービス。〈177〉が、天気予報を聞けるサービスなんだ。それぞれ〈ピッピと鳴る〉〈いい天気に為れ為れ〉と覚えるんだ。スマホが無かった当時は、そうやって情報を集めたもんさ」
 
現代っ子には想像も付かない私の蘊蓄に、若者は笑い出して仕舞っていた。
 
「話はこれで終わりじゃない。〈117〉と〈177〉は、よく混線したんだ。同時に繋がった同士の音が、互いに聞こえてくるんだ」
 
最早若者は、私の蘊蓄に付いてくるのがやっとの状態になった。
何しろ彼にしてみれば、私が話す内容が都市伝説とも思えそうだったからだ。
 
「その、混線した時が何と、ナンパのチャンスなんだ!」
 
笑い転げていた若者の目が光った。
私は続けて、
 
「混線したと解ったら、大声で(こちらの)電話番号を大声で叫ぶんだ。千に一回位、電話番号を控えた女子からコールバックが有るのさ!」
 
「マジっすか! そんなことって、有るんすか!!」
 
若者は、完全に興奮状態になった。
このままでは、彼がダイヤル回線を探して、〈117〉や〈177〉に架電し兼ねないと感じ、
 
「待て、待て。今でも、添いのサービスが有るのか検索しろよ」
「スマホじゃなくで、必ずダイヤル回線の固定電話だぞ」
 
と、矢継ぎ早に注意した。
更に、
 
「ナンパ目的なら、〈177〉だけだぞ!」
 
と、声を大きくして言った。
若者の頭上に“?”が立った。
私はゆっくりと、
 
「時報は、全国どこからでも同じく繋がるだろ? 時刻は全国共通だから」
 
そして、
 
「天気予報は地域ごとだから、近い地域の電話としか混線しないんだ。折角混線したのが、北海道や沖縄の女の子じゃ仕方ねぇだろうが」
 
更に、
 
「それに天気予報は、時報よりも長い時間、聞くしね」
 
と、付け加えた。
若者の表情に、納得を読み取った私は、何故だかホッとした。
 
果たして彼は、3桁ナンパを成功させたのだろうか。
 
 
マッチング・アプリで出会った息子のカノジョと、新年早々に引き合わせられそうなN。
実は、中学生の時から3桁ナンパの名人だった。
 
しばしば、
 
「昨日、知らない女の子から電話を貰った」
 
等と、自慢気に話していたものだ。
時には、
 
「今度、3桁ナンパで電話してくれた年上女子とデートするんだ」
 
と、羨ましいことこの上ないことを話していた。
 
 
確か、高校2年(中高一貫校だった)の時、春先の昼休みにNが近寄って来た。
私の耳元で、小声に為りながら、
 
「この前の日曜日、新しく3桁ナンパした女の子とデートしたんだ」
 
半ばシラケている私の制服の肩口を、強い力で掴んだNは続けて、
 
「逢ってみたら、これが可愛いのなんのって! 俺、この娘と結婚するから」
 
と、呆れるしかないことを言い出していた。
 
 
その年の秋、学園祭に現れたNのカノジョは本当に、“アイドルか!?”と声にしそうに為る程の美少女だった。
御世辞抜きで、現代で例えると橋本環奈(ハシカン)が一番似ていると思われた。
 
後年、Nは当初の宣言通りハシカンと結婚した。
結婚式に招かれた私は、にこやかに微笑むハシカンを観ながら、
 
「全く、生真面目な奴だなぁ」
 
と、高砂席のNに向かって思っていた。
 
 
昨年の12月30日、私はファミレスの席を立つ間際に、Nに対し言ってはならないことを口走りそうに為った。
それは、
 
「お前だって、奥さんと〈3桁ナンパ〉で知り合ったじゃないか!」
 
だった。
 
 
年明けの1月3日、今度は午前中に拙宅の固定電話が鳴った。
現代の固定電話らしく、ナンバーディスプレイでNからだと理解した私は、のっけから、
 
「それで、どんな可愛い娘ちゃんを連れて来た?」
 
と、訊いてみた。
それを受けたNは、新年の挨拶もそこそこに、
 
「聞いてくれよ! それがさぁ、中条あやみソックリのデンマークとのハイブリッド娘だった!!」

と、受話器を通してでも、咲顔が目に浮かぶような声で報告して来た。
私は、
 
「そりゃ、良かったじゃないか。おめでとう!」
 
と、御祝いの言葉を発した。
 
 
しかし、腹の中では、
 
『マッタク! この、似た者父子が!!』
 
と、言って遣りたかった。
 
 
でも私迄、嬉しく為ったのは事実だった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
山田THX将治(天狼院ライターズ倶楽部所属 READING LIFE公認ライター)

1959年、東京生まれ東京育ち 食品会社代表取締役
幼少の頃からの映画狂 現在までの映画観賞本数17,000余
映画解説者・淀川長治師が創設した「東京映画友の会」の事務局を40年にわたり務め続けている 自称、淀川最後の直弟子 『映画感想芸人』を名乗る
これまで、雑誌やTVに映画紹介記事を寄稿
ミドルネーム「THX」は、ジョージ・ルーカス(『スター・ウォーズ』)監督の処女作『THX-1138』からきている
本格的ライティングは、天狼院に通いだしてから学ぶ いわば、「50の手習い」
映画の他に、海外スポーツ・車・ファッションに一家言あり
Web READING LIFEで、前回の東京オリンピックの想い出を伝えて好評を頂いた『2020に伝えたい1964』を連載
加えて同Webに、本業である麺と小麦に関する薀蓄(うんちく)を落語仕立てにした『こな落語』を連載する
更に、“天狼院・解放区”制度の下、『天狼院・落語部』の発展形である『書店落語』席亭を務めている
天狼院メディアグランプリ38th~41stSeason四連覇達成 46stSeason Champion

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2024-03-20 | Posted in 週刊READING LIFE vol.255

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