大河ドラマ「光る君へ」にハマりすぎた人による、「紫式部」探訪紀《週刊READING LIFE》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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2024/4/9/公開
記事:Kana(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
日曜の夜は忙しい。
READING LIFEの記事の提出締切もあるし、洗濯をして作り置きのおかずを作り、来るべき1週間の労働に備えねばならない。
そんな忙しい日曜の夜に、欠かせないルーティーンが発生してしまった。
それは「大河ドラマ」を見ること。
忙しい日曜日の夜に手を止めるほど、私を惹きつけてやまない。
これまで大河ドラマは、そこまで熱心に見てこなかった。
合戦の場面や男たちが野太い声で言い合っている様など、なんとなく苦手だった。
もちろん戦に向かう武将たちや幕末を駆け抜けた偉人たちは、本当にすごいと思う。
けれど、それは教科書で歴史を学んだ時の感動と大きく変わらないように感じるから、あえてドラマで観なくても良いように感じたのである。
では大河ドラマに深い関心のない私が、どうして今年の大河を見始めたのか。
それは、主人公が紫式部だからだ。
歴史を動かした人物ではなく、創作をした人が主人公に選ばれるのは珍しいのではないだろうか。
私は、昔の人の創作物に、ものすごく関心がある。
今この文章を書いている私は、暖かく快適な部屋でダラダラしながらPCを打っていて、その文章はインターネットを通じていつでも発信することができる。
ちょっと暇だからという理由で、いつでも気軽に創作できるのである。
一方で、昔の人は夜になればわずかな灯りしかない暗い部屋で、今よりも高価で貴重なものであったであろう紙に、墨で一生懸命文字を綴っていた。
そのようにして書いたものが人に読まれて有名になるには、今よりもうんとハードルが高かったに違いない。
時代を遡れば遡るほど平均寿命も短いから、昔の人はまさに命を削るようにして創作していたのだろう。
そこまでして創りたかったものには、一体どんな想いが込められているのだろうか。
美術館や博物館で土器や壁画、絵巻物などを観るたびに、そんなふうに想いを馳せるのはいつも愉しかった。
紫式部はなぜ源氏物語を書いたのか、その背景は後世にほとんど伝わっておらず、教科書にも「中宮彰子に仕えて源氏物語を書いた」としか書かれていない。
だからこそ、ドラマがほとんど創作だったとしても、その一端を知るのには大きな興味があった。
1月に放送が始まってから3ヶ月。
美しい音楽と光の陰影のある映像美に魅せられて、私はあっという間に惹き込まれてしまった。
のちの紫式部である「まひろ」が幼少期にトラウマを抱えたり、身分差の恋に悩みながら、青年期を過ごす様が描かれている。
まひろは、何事も深く考え込んでしまう性質。
生まれた家柄が人生に大きな影響を及ぼすこと、身分の低いものは簡単に殺されてしまうこと、身分の高いものに忖度しないと生きていけないこと。
勉学ができても女性だから役に立たないと言われること、学識はあっても職を得るのに苦労すること。
身分を前提とした恋や、一夫多妻で通い婚をする男女の喜びと悲しみ。
まひろは、これでもかというほどいろいろなことに頭を悩ませる。
実際に行動に移せることなどはほとんどないのに、世を変えたいとすら願ってしまう。
そんなまひろの性質は本人も自覚しているようであり、
「まひろさんて、いつも張り詰めて疲れません?」と姫君に問われ、
「楽に生きるのが苦手なのです」と返している。
この場面を観た時、「あぁ、わかる、私も楽に生きるの苦手」と思った。
1000年の時を超えて、果てしなく共感してしまった。
世の中の不条理なこと、どうしようもないことを見つめては悩んでしまう。
そんなことを考えているよりも、スッパリと自分にできることだけをして自分の幸せを追い求めていく方が楽なのに。
「考えることがやめられない」
そんな性質は、かなり自分と近しいものがあった。
考えごとがグルグル止まらない私は、昨年からライティングを学び始めた。
自分の想いを書いたり心情を描写することは、溜め込みがちな自分の思考を外に出して整理する大事な時間となることに気づいた。
他の人に読んで反響をもらえると尚嬉しいし、自分の生きがいになるように感じている。
「自分らしく生きていきたい、でもその方法がわからない」
こんな葛藤を持つまひろは、これからどんな風に「文章を書くこと」に自分らしく生きることを見出していくのだろうか。
書くことや物語を読むことが好きな私は、その様を観てどんなに勇気がもらえるだろうと思い、毎週のように胸を躍らせている。
今放送されているところは、まひろが大人になる過程で「男女の愛」だけでなく「友愛」「親子愛」といった、いろいろな愛に触れていく真っ最中だ。
そんな彼女が「愛とは何か」について、物語を紡ぎ始めるのはまだまだ先になりそうだ。
大河ドラマをみて、紫式部の人柄に親近感を覚えた私は、ふと思い立った。
「そうだ、紫式部日記を読もう」
紫式部日記は、紫式部が夫と死別後に中宮彰子に仕えている時の手記である。
道長の娘である彰子が入内して皇子がお生まれになり、道長邸の人々がたいそう喜んだり、繁栄する道長一族に貴族たちがおもねる様子などが、情景描写と共につぶさに描かれている。
そんな政治の記録だけでなく、宮仕をする中で感じた自分の心情や、同輩との他愛ないやり取りについても描かれている。
宮仕という紫式部の職場は会社に行くことにもよく似ており、働いている自分を投影しやすかった。
「これ、私みたいじゃん」
読み進めるほどに、彼女の心情描写と自分の感覚との近さに驚きが隠せなかった。
中宮が内裏に帰る行列に紫式部を始めとする女房たちも参列するが、前を歩く女房のふらふらとおぼつかない足取りを鋭く描写しつつも、私の後ろ姿も同じように頼りなく見られているのだろうと締めくくっている。
この自意識の強さには、私も覚えがあった。
人のことを鋭く分析すると同時に、自分がどう見られているのかつい気になってしまう。
このような性質を持っていると、人に囲まれて働くこと自体がすごくしんどい。
1000年も前の日記とは思えないほどの共感に包まれた。
しかし、読み進めるうちに内容もそれまでの心情描写だけでなく、彼女の意見や主張といったものも見られるようになった。
社会人として働く中で、「職業意識」を高く持つことが大事だと上司に言われた経験がある。
職業意識が高い状態においては、自分の目標やありたい姿を達成することに集中していて、細々とした嫌なことは気にならなくなるそうだ。
紫式部日記の後半では、彼女なりの「職業意識」と思われるものについて、記されている。
宮仕を始めたころは、周りとの壁を感じてうまく馴染めずに苦労をする紫式部であった。
しかし日記の後半になると、宮仕をする女房としてどのような振る舞いをするのがいいのか、そのあるべき姿について熱く語っている。
貴族の男性たちへの来客対応などに対して引っ込み思案の女房たちが多く、そのような様では後宮全体の印象に関わってしまう、と紫式部は同輩をも鼓舞する。
私自身も、職場でいい子でいようとしてつい消極的な振る舞いをしてしまう時が多い。
だから彼女の主張を読んで身につまされる思いであった。
全体を通して、考え込みやすく繊細な紫式部が女房として職業意識を高く持つところまで成長する様が描かれていた。
現代の働く女性から見ても、なんだか勇気がもらえるように思われた。
普段古典はほとんど読まないのだが、「光る君へ」に触発されてなんとなく読み始めた紫式部日記は、思いがけずかなり豊かな読書経験となった。
(参考文献:角川ソフィア文庫 ビギナーズクラシックス 日本の古典 「紫式部日記」)
そうしていっそう紫式部への思慕を募らせた私は、紫式部日記を読むだけに飽き足らず、ゆかりの地を巡ることにした。
幸いにも、京都にごく近い近江の国に住んでいるため、週末に気軽に巡ることができた。
まずは、紫式部の墓所。
京都の北大路の大通り沿い、このあたりかなと歩いていると、企業の敷地の中にそれは唐突に現れた。
足を踏み入れてみると、こんもりとした塚の前に墓石があり、花が手向けられている。
早春のうららかな風に、可憐な紫色の花が揺れていた。
そっと手を合わせる。
古い時代は女性の記録はほとんど残っておらず、みんな野に咲く花のようにどこかでひっそりと生きて亡くなっている。
そんな中で1000年も読み継がれる物語を創り、ユネスコ世界の偉人の一人にも選ばれている彼女は、本当に不思議な運命の女性であり日本文化の誇りだと感じる。
次は、紫式部が源氏物語を書いた場所と言われる石山寺を訪れた。
中宮に新しい物語を請われた彼女は、石山寺に七日間の参籠をしたという。
その時に滞在した「源氏の間」と呼ばれる一室で、満月が琵琶湖の水面に映るさまをみて、源氏物語を着想したと言われている。
そうして「今宵は十五夜なりけり」と「須磨・明石」の巻から書き始めたという。
美しいものに触れると創作意欲が湧くのは、今も昔も変わらないのかもしれない。
源氏の間には、紫式部の人形と文机や几帳が展示され、日本最古の長編小説が生まれる場面をリアルに想像して想いを馳せることができた。
境内の中には、たくさんの桜や梅、椿などの木が植っており、老梅のふんわりとした甘い香りやほころびかけた桜の蕾を楽しむことができた。
電子機器の画面ばかり見つめて過ごしている現代人にとって、こういう風にただ自然を愛でる時間というのは本当に大切だと改めて気付かされた。
現代人は、一日で平安時代の人の一生分の情報を摂取しているとも言われる。
平安の暗い闇の月明かりの中で創作した紫式部のように、たまには情報をシャットアウトしてただ目の前の自然を味わう時間も創造のために必要なのかもしれない。
境内には藤棚や花菖蒲、紫陽花や百日紅、金木犀、紅葉などあらゆる植物が植っており、
四季を通じて美しい季節を楽しめるようであった。
境内の中には、「光る君へ 琵琶湖大津大河ドラマ館」が開設されていた。
五節の舞のシーンで吉高由里子さんが身につけられていた衣装や、まひろが書いた書物の書き写しなどが展示されており、光る君へファンにとってそれはそれは楽しいものであった。
吉高由里子さんとファーストサマーウイカさんのインタビューは、当時の女性たちにとっての「書くこと」はどんなことだったのだろうかと、改めて考えさせられるきっかけとなった。
併設して、「恋するもののあはれ展」という、源氏物語の描写や香りや色重ねなどの平安の文化を、若者にも伝わりやすいようにポップなイラストやキャッチーな音楽を活用して伝える展示があった。
おみくじを引いたり色のカードをもらえる展示の仕方に胸が躍ったし、古典中の古典ゆえにとっつきにくい源氏物語を読んでみようと改めて思った。
さっそく帰り道は、YouTubeで源氏物語の朗読を聴いてみた。
源氏物語を本で読もうと思うとちょっとしたやる気を要するが、朗読なら気楽に聞けるし情景も浮かびやすいように感じた。
1000年の時を超えて、現代のテクノロジーは源氏物語をより一層身近なものにしてくれた。
電車の中でイヤホンから流れる源氏物語を聞いている人の存在を知ったら、紫式部もさぞ
驚くだろう。
さて、ここまで書いてきたように私は「光る君へ」にハマり、気づけばすっかり紫式部ファンになってしまった。
「光る君へ」には、普段の戦国や幕末を描くザ・大河ドラマにはない魅力がたくさん詰まっている。
物語に救われてきた経験のある人。
女性としての生き方・働き方にモヤモヤしている人。
ままならない恋愛に悩んだことがある人。
こんな人たちに、ぜひ観てほしい作品だ。
さらに、大河ドラマはただ観るだけでなく、時代背景を自分で調べたりゆかりの地を巡ったりすることで、より一層愉しめることは大きな発見であった。
まだまだ源氏物語は読み終わらないし、紫式部の父が出家した寺や道長が婿入りした土御門殿跡地など、まだまだ巡っていない場所がたくさんある。
毎週の放送でストーリーが進んでいくのももちろん楽しみだ。
日曜日の夜、私は紫式部に勇気をもらいに、平安時代にトリップする。
□ライターズプロフィール
Kana(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
愛知県生まれ。滋賀県在住。 2023年6月開講のライティングゼミ、同年10月開講のライターズ倶楽部に参加。 食べることと、読書が大好き。 料理をするときは、レシピの配合を条件検討してアレンジするのが好きな理系女子。 好きな作家は、江國香織、よしもとばなな、川上弘美、川上未映子。
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