週刊READING LIFE Vol.26

人生の転機は雨とともに突然やってきた《週刊READING LIFE Vol.26「TURNING POINT〜人生の転機〜」》


記事:加藤智康(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「花見に来てよ」
 
「誰がくるの?」
 
「それは来てからの楽しみだよ! 楽しいと思うから。中央公園で今度の土曜日な」
 
運命が変わった花見になった。人生の転機とはあの時だったのだろう。
無我夢中で前を向いて生きていると、通り過ぎた人生の転機に気がつかないこともある。今も仕事がつらかったりしたときに思い出すことがある。ゆっくりと人生を振り返りながら、わたしの転機となったあの時の自分を思い出して、つぶやくことがある。
あの時がんばれたから、今後もがんばろう。
 
それは、20年程前のできごとだった。人生の転機の予定は突然舞い込んだ。
 
3月のある日、既に結婚していた男友達がわたしに声をかけてきた。正直に言うとうれしかった。誘ってもらえるだけ御の字で、独身のさみしさを紛らわすことができるからだ。参加したい気持ちを見透かされるのも恥ずかしかったので、興味が無いような装いをした。予定を詰めるだけ詰めて、忙しさで気を紛らわせていた時期だった。
 
4月といえば、目をキラキラさせた新入社員が入社してくる。気がついたら、さえない34歳で独身になっていた。初々しさも失ったわたしは、彼らの若さと勢いに圧倒されていた。夢と希望を持って社会に出てくる若者をうらやましがるだけだった。
 
毎年誰かと花見に参加していたが、今回誘ってくれた友達と花見に行くのは初めてだった。わたしは、あまり感の鋭い人間でないと思っていたが、友達のソワソワした感じは気になっていた。なんだろう? 軽く感じた違和感だったことは覚えている。友達は私のためにある計画を持っていたのは後で知ったことだ。その時は違和感が予感めいたことをわたしに感じさせたが無視した。期待は絶望に変わることを経験しすぎていたからだ。ただ、初めて誘ってくれた友達との花見には、未知の世界を垣間見れるようでワクワクした。
 
毎日続く平凡な日常も、いつか大きく変わる日が来ると期待しながら毎年を過ごしていた。クリスマス、バレンタインデー、花見、バーベキュー、誕生日会。いろいろイベントはあるけれど、期待しながらも何も変わらなかった。それにより失望が続き、イベントへの期待レベルも下がっていた。少しワクワクするが、大きな期待はしないと心に誓っていた自分がいた。
 
それに、34年間大きなTURNING POINTがなかった人間が、たとえ変化があったとしても気がつくだけの力もなかったと思う。勇気も、決断も、恋を勝ち取るなんて選択肢も、自分には縁がないものだと思っていた。友達や先輩が結婚するきっかけを聞いても、まるで他人事に感じるだけだった。34歳にして、老後のさみしい独りでの人生を覚悟していたのを覚えている。
 
そのため、今回の友達との花見に対して、期待もしながらも予定が埋まるうれしさだけで、「いいよ」と答えていただけだった。運命を左右する瞬間が後に迫っていたとも知らず。
 
運命の花見の日は、朝から雨が降りたそうな曇り空だった。
しかし、それまでの諦めかけた人生が変わる時は、予告なく来るものだと後でわかった。
 
「はじめまして」
 
「え、はじめまして」とわたしは緊張した声で挨拶した。
 
「今日は、琴美の紹介で遊びに来ました。真由といいます。よろしくお願いします」
 
「よ、よ、よろしく」わたしは声がつまってうまく出ないぐらい緊張していた。
 
胸がドキドキして、言葉が出なかった。
すごい美人でもないし、思い描いていた理想的な女性でもなかった。
でも、見たときに、わたしの好きな女性のタイプがわかったというか、改めて認識させられた気分だった。
 
そして、堂々と挨拶する彼女だけが輝いて見えた。曇天なのに。
いつものわたしなら、彼女に彼氏がいるのか慎重に確認しながら、何もできない時間を過ごしただろう。そして、イベントが終わってから変わらない日々をまた過ごすことを選んだことを、少しだけ後悔しただろう。しかし、その日は違った。わたしは運命の糸に操られるあやつり人形になった。
 
それからわたしは夢中になって行動した。この日のために生きてきたんだと信じることができた。突然現れた目の前の出来事が、TURNING POINTだと感じたからだ。後悔しないために行動しなければいけないと思った。何故だろう? 何故そこまで動けたのだろうか? 春だったからなのだろうか。何かいつもと違うことを感じたのだろうか。あの違和感のせいだったのだろうか。
 
どれも違うのかもしれない。きっと本能的に感じたんだろう。何故なら、その時に逃してはいけないチャンスだと強く思ったからだ。彼女も同じ思いを抱いてくれたのかもしれない。そのためにお互いが呼び合い、運命を本能で感じたのだろう。
 
必死だった。すごくおしゃべりになっていた。彼女と話をすることを自然に見せるために、誰とでも気さくに話をしていた。
 
10時頃から始まった花見は盛り上がっていたが、11時頃から雨が降り始めた。
大きな雨粒だった。
 
「うわー、雨が降ってきたよ。真由さんぬれちゃうよ」
と、わたしは、いち早く彼女の隣に座って傘をさしてあげた。運命の雨だった。お酒のちからも若干あったかもしれないが、大自然の力も借りて、彼女に接近できた。そして2人だけの世界を作り出せたのだった。雨に感謝するしかなかった。
 
人生の転機とはあっけなく訪れる。それまで冬眠していたかのような自分の身体と心が一気に動いた時だった。傘の下で、彼女と沢山話をすることができて、自然と電話番号を交換することができた。沈黙も恐れなかった。雨の音が助けてくれた。言葉に詰まると、雨の話題をすれば間が持った。まだLINEやスマートフォンのない20年以上前のことだ。今よりもずっと異性とコミュニケーションを取るには勇気が必要だと信じたい時代。話したことはたわいのないことばかりだったけど、何か暖かい感情を感じた。お互いに感じるところがあったのだろう。
 
そして、花見が終わってからも連絡を取り合い、2年後に結婚することになった。
傘の下で2人きりの時間がなければ、どうなっていたことだろうか。
あのとき、思い切って行動していなかったらどうなっていただろうか。
選ばされた運命にも思うが、自分で選んでつかみ取った人生だとも思う。
 
その後、子供が生まれた。
 
あの花見に参加する時まではわたし一人の人生だった。
運命を感じて行動したおかげで、すぐに2人の人生になった。
その後、子供が生まれて4人の人生になった。
 
まさに、あの花見の時が大きな人生の転機になった。結婚を諦めていた人間が、結婚を機に仕事にも集中して転職を2回もすることができたし、こうやって今もライターを目指しながら文章を書いている。原点はあの花見の時だろう。
 
運命の歯車が突然かみ合って方向を変えた時。
まさに人生の転機だった。
それを運んできた花見と雨と、傘。
 
確かピンク色の傘だった。
傘はわたしたちの人生を変えてくれた恋のキューピットだった。
 
今もあの花見の時の自分の大胆な行動を思い出しながら、夢中で生きている。
これからもがんばって生きていこう。

 
 
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2019-04-01 | Posted in 週刊READING LIFE Vol.26

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