わたしと鏡のQ&A《週刊READING LIFE Vol.39「IN MY ROOM〜私の部屋の必需品〜」》
記事:森野兎(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「今日は新入社員の前でオリエンテーション。襟付きのパキッとした白シャツに、淡いグリーンのフレアスカートを組み合わせて、クールさとかわいさをMIX。仕事をバリバリこなすけれど、親しみやすさも兼ね備えた、ちょうどいい先輩社員を演出」
「今日は仕事のあとに会社の先輩たちとの女子会。スカイブルーのブラウスに白のワイドパンツで、暑い夏でも爽やかでスッキリした装いに。生意気過ぎない、男に媚びるでもない、先輩女子から好かれる、ちょうどいい後輩社員を演出」
「今日は気になるカレとの初デート。ベージュの綺麗なシルエットのワンピースに華奢なアクセサリーを身につけて、シンプルの中にも、ほどほどにセンスを感じさせて。簡単には手に入らなさそうだけれど、かといって高嶺の花でもない、ちょうどいい女を演出」
毎朝鏡の前に立ち、女性ファッション誌でよくある、「OLの着回しコーディネート1ヵ月」特集を模して、自分なりのアホなテーマを考えて、服を決めている。
わたしは服が好きだ。オシャレが好きだ。コーディネートを考えるのが好きだ。自意識過剰なので、人にどう見られているかも気になるし、何より自分の好きな服を着ていると、テンションが上がる。気に入らない服装で外に出れば、その日一日、テンションが上がらない。
会社の出勤前などは、ただでさえテンションが上がらない。家を出る前から、家に帰りたいなどと考えている。だからテンションが上げるためにも、好きな服を着るようにしている。
わたしは現在、一人暮らしをしている。だから「この服どう思う?」と聞いても、答えてくれる人はいない。なので、今日のわたしが目指すテーマに、着ている服が合っているかは、自分の部屋にある鏡に問いかけている。
鏡はいつも正直だ。
「上の服も下の服も丈が長くてバランスが悪い」
「インナーとジャケットの色が合っていない」
「メリハリがなくて太って見える」
などと正直な意見が返ってくる。ダメ出しされた日には、大変だ。すぐさま着ている服を脱ぎ捨て、違う服に着替える。朝の時間がないときに、バタバタと色々な服を着たり脱いだりするものだから、泥棒が入ったのかと思うほど、部屋がひっちゃかめっちゃかになることもある。
他人から見れば、気にならない程度の些細な難点であっても、自分が納得しないと気が済まない。わたしにとって、「この格好で大丈夫?」という確認作業は、かなり重要事項なのだ。
頭の中で考えたテーマに合わせたコーディネートに袖を通し、鏡の前に立って、「この格好で大丈夫?」と問いかける。鏡にオッケーをもらってから、やっとわたしは自信を持って、その日一日をスタートさせることができる。
鏡にお世話になるのは、服のコーディネートのときだけではない。鏡は、わたしの体が出すサインも、ありのまま教えてくれる。
仕事が忙しくて連日残業が続く日々、飲み会が連続で重なった日、鏡に向かうとゾッとすることがある。
「ものすごく疲れた顔をしているよ」
「肌が荒れているね」
「ちょっと太ったんじゃない?」
と、正直に教えてくれる。顔や体には、自分の生活や心がよく表れるものだ。鏡が写し出す自分の姿を見て、自分がすごく疲れていることや、生活が荒れていることに気が付いたりする。最近の自分を見直さないといけないなあ、と反省する。日々の体調管理にも、鏡は重要な役割を果たしているのだ。
実家にいたころは、一人暮らしをしているいまより、鏡を見ることは少なかった。実家には、鏡よりも真実を教えてくれる存在がいたからである。
母親というものは、実に遠慮がない。
わたしは実家にいたころ、服に袖を通しては、母の前までいって、「どう? 似合ってる?」と聞いていた。母は、
「ちょっと若過ぎひん?」
「その色似合ってへんで」
「服はかわいいけど、今日なんか顔パンパンやな」
など、人が傷付くようなことでも、真顔で指摘してくる。あまりの遠慮のなさに、自分で聞いといて、「なんでそんなこと言うん!」と怒り出してしまうことがあったが、母の言うことに納得できるがゆえの、怒りである。また心のどこかで、嘘のない母の意見を期待しているから、わたしはわざわざ聞きにいっていたのである。
母は、わたしのことをよく見ていた。母が指摘するのは、服装に関してだけではなかった。
「目の下にクマあるやん。あんまり寝れてへのちゃう?」
「ニキビできてるやん。最近外食ばっかりで野菜食べてへんからやで」
「顔色悪いで。しんどいんやろ。もう今日は早く寝なさい」
そんな風に、いち早くわたしの体の変化に気が付き、心配してくれるのも、また母だった。そんな母に支えられて、わたしは健やかに成長することができたのだ。
いま、一人暮らしをしているワンルームのマンションに、母はいない。実家を出て気が付く母のありがたみ。母よ、今まで本当にありがとう。
いま、わたしのことを正直に教えてくれる存在は、一人暮らしの部屋にある鏡だ。いつだって鏡は、嘘も遠慮もなく、真っ直ぐに真実を伝えてくれる。母がそばにいない今、真実を伝えてくれるのは鏡は、わたしの必需品だ。
鏡よ、ありがとう。
でも、鏡を見ただけでは、わからないことや気付けないこともある。第3者の目から客観的に見た意見が聞きたいこともある。それに、たまには褒めてほしい。
母は指摘するが、褒めてくれることはほとんどなかったし、鏡も真実は伝えてくれるが、褒めてくれることはない。「この服どう?」と聞いたら、たまには自分じゃない誰かに、「いいね」と言って褒めてほしい。ついでにわたしのファッションテーマを聞いて、バカバカしさに笑ってくれたら、もっといい。
母でもなく、鏡でもなく、わたしのことを指摘したり、心配してくれたり、褒めてくれる、必要不可欠な人を探さないといけないなあ、と思う今日この頃なのである。
◻︎ライタープロフィール
森野兎(READINGLIFE編集部 ライターズ倶楽部)
アラサー。普段はOLをしている。2019年3月より、天狼院書店のライターズ倶楽部に参加。ライティング素人が、「文章で表現すること」に挑戦中。
http://tenro-in.com/zemi/86808
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