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週刊READING LIFE Vol.40

コミュ力は求めて得るものではなく、後からついてくるもの《 週刊READING LIFE Vol.40「本当のコミュニケーション能力とは?」》


記事:日暮 航平(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

「カツ先生、本日はお忙しところお時間をとって頂き、誠にありがとうございます」
僕の事務所に、ある出版社の雑誌の取材で来客があった。
 
僕は、カツ ユウヤ。
若手の新進気鋭のイラストレーターとして、マスコミにも取り上げられるようになっている。
 
今回は、あるビジネス雑誌の特集で、突如取材の依頼があった。
僕のようなイラストレーターにとって、ビジネス雑誌の取材は滅多にないことだ。
 
「カツ先生、それでは、本題に入らせて頂きます。事前に内容をお伝えしておりますが、私共のビジネス雑誌で『本当のコニュニケーション力とは?』という特集を組む予定でおります。
コミュニケーション力は、あらゆるビジネスに求められるもので、様々な分野の第一人者の方のお話が、読者にとって参考になると思っています」
 
「本当のコミュニケーション力とは?」
そんな問いを聞いたとたん、高校2年生のあの頃の思い出が蘇ってきた……

 

 

 

 

僕は、昔は人間嫌いだった。
小さな頃からのどもりで、僕がしゃべると、友達から鼻で笑われ、バカにされることが多かったからだ。
 
だから、いつの間にか心を閉ざすようになり、友達なんて一人も作ろうとしなかった。
 
僕の心の拠り所は、イラストだった。
小さい頃から、イラストを描くのが好きだった。
夢中でイラストを描いている時だけが、自分の世界に浸ることができて、幸せな時間だった。
 
人は、そういう僕をどうやら「コミュ障」と呼ぶらしい。
でも、僕は僕でいいんだと思うようにしていた。
なぜなら、僕にはイラストがあるからだ。
 
僕は描いたイラストを雑誌に投稿し、それが話題になって何度も取り上げられ、雑誌のコンクールの賞もとるようになっていた。
「このプロ顔負けのイラストを描いている人の正体は?」なんて、雑誌の記事に取り上げられたりもした。
 
僕はイラストを描きながら、これからも生きていくんだ。
高校生2年生の僕は、そう決意していた……

 

 

 

 

「おい、デコポン、何ぼぉーっと座ってんだよ! 少しは手伝えよ!」
デコポンとは、僕のあだ名だ。
ただ、単におでこが広いという、それだけの理由だ。
 
秋のこの時期、クラスごとに学園祭の準備に追われていた。
学園祭まであと1週間となり、全授業が終わった後に毎日60分間教室に残って、少しずつ催し物の準備をすることになった。
 
僕のクラスでは、「アニマルカフェ」というのをやることになったらしい。
 
教室をカフェにして、動物である猿やウサギ、カエル等の着ぐるみやかぶりものをしながら、お客を迎えるというものだ。
 
「アニマルカフェって、名前がダサいし、ありきたりだし、よくそんなのやるよな」
僕は心の中で毒づきながら、仕方なく飾り物をつくるヘルプに入った。
ただ、僕は集団の輪の中に入るのが苦手なので、飾り物の材料だけとって自分の席に戻り、一人で黙々とやることにした。
 
「あいつ、本当に暗いよな。何考えてるかわかんねーし」
「一人が好きみたいだから、好きにさせておこーぜ」
笑い声とともに、遠くから、そんな会話が聞こえていた……
 
その次の日のホームルームで、学級委員長からある提案が出された。
「アニマルカフェということで、せっかくだから、壁に動物のイラストなんかあると雰囲気が出ると思うんだけど、誰かイラストが上手い人っている?」
「うちのクラスに、そんなヤツいるんだっけ?」
ガヤガヤとなり始めたが、手を挙げる者は誰もいなかった。
 
「ここにいるよ。でも、僕の才能を誰がこんなクラスのために使ってやるかよ」
僕は心の中で、そうつぶやいていた。
クラスメイトで、僕がイラストが得意であることは誰も知らなかった。
 
「学園祭までもうすぐなので、もしイラストを描きたい人がいたら、学級委員長の僕まで言ってきてください」
それで、ホームルームは終了した。
 
その日の全授業が終わり、本当は学園祭の準備をしなければならないが、クラスメイトと一緒にいるのが苦痛で、こっそりサボって帰ることにした。
 
下駄箱で靴をはきかえていたら、後ろから声をかけられた。
「おい、ユウヤ君、もう帰るのかね? 学園祭の準備はしなくていいんかい?」
振り向いたら、掃除の用務員のおじさんだった。
 
僕が唯一心を開いて話せるのが、このおじさんだった。
僕がずっと一人でいるのを、かわいそうと思ったのか、昼休みに廊下を歩いていたところに、声をかけられ、それから時折話すようになった。
僕がどもりで喋っていても、決して笑うことなく、辛抱強く話を聞いてくれた。
僕の想いとか、悩みとか、何でも聞いてくれた。
 
僕がイラストが得意なのを、校内で唯一知っているのも、このおじさんだった。
 
「は、はい、ど、どうせ、ず、ずっと残ってたって、な、仲間外れにな、なるだけですし」
「ふーん、そういや、今日の午前中に廊下を掃除していた時に、君のクラスのホームルームの話が聞こえてきたよ。イラストを描ける人を募集していたね。君の才能を活かす時じゃないのかね?」
「い、いや、ク、クラスの人に、ぼ、僕のイ、イラストをみ、見せるのは、は、恥ずかしいですから」
「そうかね? 君のイラストを見せてもらったことあるけど、とても温かみがあって人の心を和ませる力を持ってるじゃないか? もったいないよ。勇気をもってイラストを描いてあげたら?」
「で、でも、僕、ク、クラスのみんなからバ、バカにされてるし、ぼ、僕のしゃべり方も、カ、カッコ悪くて、話すの怖いし、手を上げるのが、は、恥ずかしくて……」
 
「ユウヤ君」
 
突然、おじさんが真剣なまなざしを僕に向けてきた。
ただ、その目はとても温かかった。
 
「君の想いは僕も知っている。君に寄り添ってあげたいと思っている。
でも、君自身が自分の殻に閉じこもっている限り、僕にはどうにもしてあげられない。
そんな姿勢を一生続けるつもりなのかい?」
「で、でも、コ、コミュ障なんて、言われて、く、悔しくて……」
「コミュショウ? そんな言葉あるんかね?」
「コ、コ、コミュニケーション力が、あ、あまりない人のことを言うそうです。
コ、コミュ力って、り、略されることが多いです」
 
「ユウヤ君」
おじさんの僕を見る目が、いっそう温かみが増したように思えた。
 
「コミュ力という言葉に惑わされてないかね?」
「え??」
「スムーズに話せたり、人と楽しく話せたり、君はそういうものに憧れてるんだろう。
でもね、そんな上っ面なことができても、コミュ力があるとは言わないんだよ」
 
「じゃあ、そ、それがある人って、ど、どんな人ですか?」
「そんな言葉にとらわれることなく、人としっかり向き合える人だよ」
突如、今までの思い込みが崩れ落ちていくような感覚を味わった。
 
「たとえカッコ悪かろうが、人としっかり向き合い、何かを伝えようとする気持ちがある限り、人の心は動くものだよ。コミュ力って、そういうもんじゃないかね?
そんな言葉に惑わされる必要なんてないんだよ。まさしく、君にはイラストがあるじゃないか。ほんの、ちょっとの勇気があればいいんだ」
「お、おじさん、ぼ、僕、やってみます。あ、ありがとうございます」
僕の中に、熱い何かがこみあげてきたのだった……

 

 

 

それから、僕はそのまま教室に戻った。
僕が教室に入ると、学園祭の準備をしていたクラスメイトの目が一斉に僕に注がれた。
 
「あれ? デコポン、どうした?」
学級委員長が、僕に近寄ってきた。
 
「あ、あ、あのさ……」
その次の言葉が出てこない。
 
「あ、あ、あ、あ、あの……」
「何だよ、こっちは準備で忙しいんだよ」
 
「ぼ、僕、イ、イラスト、か、描きたい……」
次の瞬間、教室の中で爆笑がわき起こった。
 
「あははは! デコポン、お前にイラストなんて描けるのかよ。何のとりえもないくせに」
それを言ったクラスメイトはタクヤ。いつも僕を見下し、からかう男だった。
 
あぁ、やはり、こんなこと言うべきじゃなかった……
一瞬、心の中は、後悔でいっぱいになった。
 
でも!
おじさんは僕のためを思って言ってくれた。
負けるな! ここで引き下がったら、僕は一生、このままだ!
僕は改めて自分を奮い立たせた。
 
「こ、これを、み、見てほしい」
僕はカバンの中から、僕が描いたイラストを学級委員長に見せた。
 
「お! すげえ!!」
学級委員長が僕のイラストを、クラスメイトにあちこち見せていた。
「えぇ! これ、高校生が描いたとは思えねー!」
みんな、ビックリしていた。
 
しかし、タクヤの一言で、教室がシーンとなった。
「これ、本当にデコポンが描いたのかよ。ウソじゃねーのか」
 
タクヤが、僕に近づき、突っかかってきた。
「っていうか、お前が描いたとしても、お前のイラストが壁に貼ってあると思うだけで、何かキモチ悪いよ。アニマルカフェが台無しになるぜ」
 
教室の雰囲気が、何となく険悪になり始めた。
 
あぁ、コイツ、苦手なんだよな……
僕の心が、沈みかけていた。
しかし、ここで負けるわけにはいかなかった。
 
「ぼ、僕が描いたイラストで、ひ、人の心を、あ、あったかい気持ちにさせたいんだ」
「は? お前、何きれいごと言ってんの? お前の話なんて、聞きたかねーよ、帰れよ」
「おい、タクヤ。少しは、デコポンの話を聞いてやれよ」
学級委員長が、タクヤをたしなめてくれた。
 
「デコポン、話を続けな」
「あ、うん、ぼ、僕、今まで、クラスのために、な、何もしてこなかったけど、ぼ、僕に動物のイラストをか、描かせてほしい。かわいい動物のイラストで、来てくれたお客さんの気持ちを、な、和ませたい」
「おっ! デコポン、頼りになるぜ! みんな、デコポンにイラストをお願いしようじゃないか? 賛成の人、手を挙げて!」
 
クラスのみんなが手を挙げてくれていた……

 

 

 

いよいよ、学園祭の日を迎えた。
この学園祭で、一番来場者が多かったのは、何を隠そう、ユウヤのクラスのアニマルカフェだった。
また、学園祭実行委員会のアンケートで、一番評価が高かったようだ。
 
アンケートには、こんなことが書かれていた。
「壁一面に描かれた動物のイラストにすっかり見とれてしまった」
「かわいらしい動物のイラストが、心をほっこりさせてくれた」
「動物のイラストを見るためだけに、アニマルカフェに何度も足を運んでしまった」
 
しかも、学園祭が終わりにさしかかり、後片付けに入ろうとしたら、数多くの来場者から「この動物のイラストの使い道がないなら、もらえませんか?」という問い合わせが殺到し、動物のイラストは結局全て来場者にあげてしまったのだった。
 
それから、クラスメイトの僕を見る目が変わった。
もちろん、イラストのおかげではあるだろう。
 
しかし、大事なのは、イラストを通して、みんなに伝えたいことが根っこにあったからだと思っている。
 
伝えたいことを、根っこにもっているかどうか。
それは僕にとっては、「あったかい気持ちになってほしい」という想いだったのだ。

 

 

 

「カツ先生、それはステキなエピソードですね。伝えたいことが根っこにあるというのは、あらゆる分野の人にとって大事なことですもんね」
「はい、そういう意味で、コミュ力がないと悩んでいる人に言いたいのは、それを身につけようなんて思わずに、まずは目の前の人としっかりと向き合うことです」
「なるほど、そういえば、カツ先生、小さい頃はどもりのようでしたが、現在は改善されたんですね」
「いえ、完全ではないですよ。ただ、あれから人と向き合うことの大切さを知りました。
コミュ力は求めて得られるものではなく、人と向き合って、気持ちを伝えて、また受けとめることで、後から自然とついてくるもんなんですよね」
「そうですよね。カツ先生、本日は大変有意義なお話をありがとうございました」
 
僕にとっても、自分について改めて振り返ることができて、とても有意義な時間だった。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
日暮 航平(READING LIFE 編集部ライターズ倶楽部)

茨城県ひたちなか市出身、都内在住。1976年生まれ。
東証一部上場企業に勤務した後に、現在はベンチャーから上場した企業で、法務に携わる。
平成28年度行政書士試験合格。
フルマラソン完走歴4回。最高記録は3時間46分。
過去に1,500冊以上の書籍を読破し、幼少時代からの吃音を克服して、ビジネスマン向けの書評プレゼン大会で2連覇という実績を持つ。
本業のかたわら、プレゼンやスピーチに関するイベントやワークショップの講師、ミュージシャンとのコラボイベントのナビゲーターを務めるなど、パラレルキャリアを実践中。

 
 

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2019-07-08 | Posted in 週刊READING LIFE Vol.40

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