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週刊READING LIFE Vol.42

その中華屋、繁盛の秘密。《 週刊READING LIFE Vol.42「大人のための仕事図鑑」》


記事:田澤 正(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

「カリッ」「ジュワッ」「グビグビ」
 
本当に美味い。そして安い。少し大振りの餃子が絶妙なタイミングでビールと一緒に運ばれてくる。
 
そして餃子とビールが一巡した頃。お代わりのオーダーを。「いかがですか」とスタッフが声掛けする。
そして2杯目のビールがやってくる。駅伝のタスキの様に1杯目から上手く繋がる。
 
キンキンに冷えたビールにリセットされ、餃子を口に運ぶスピードが上がる。
 
ビールが後一口となったところで
セットのラーメンが運ばれてくる。
酔って食欲の増した胃。ちょうど欲するタイミングで。
 
少し濃いめの醤油ラーメン。最高だ。
背徳感を感じながらズズッと流し込む至福の時。
胃が喜ぶ。
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胃も温まり、フィナーレが近づく。
最後に残ったビールを流し込む。
 
満足して帰る。
 
「今日もいい日だったな! 」
 
営業という泥臭い仕事に悩み、疲れ、少し喜ぶ
日々。
そんな日々の密かな。いや大いなる楽しみ。
それはこの中華屋で過ごす至福の時間。
ここに来れば、全てが「YES」になる。
 
ここは自分の家の近くの駅にある中華屋。
駅周辺は中華屋が群雄割拠。している。
 
この店を囲むのは。
中華街のメジャーな名門店が駅ビルの中に。
ちょい飲みの出来る勢いのある全国チェーン。
そして昔からあるボリュームタップリの個人店。
まさに三国志。いや四国志。
 
そんな中でいつも人が入り活気があるのがこのお店。この店には諸葛孔明がいるのか?
 
リージョナルチェーン。
ネームバリューも、こだわりの味も出しにくい最も苦戦を強いられるであろう属性。
 
なぜこの店は美味いのか。なぜ駅から一番遠いのに?
 
しばらく通ううちにその理由が解った。
 
他の店と決定的に違うのは、キッチンが全方位にオープンなのだ。
他の店はキッチンの中が全く見えない。
 
この店はあっけらかんと
全てが見える。最初はお客さんの安心感のため。かと思っていた。
 
それは違った。
 
キッチンの中で鍋を振るうのは実はたった1人の男。
まるで魔法のように。マンガの阿修羅の様に。
手がいくつもあるのでは?というスピードで。
アツアツの料理を次々に作る。
完全なプロフェッショナル。
 
車体感覚を習得したドライバーの様に、キッチンが完全に自分の身体と化していた。
 
それだけでは無かった。
 
鍋を振りながら、鍋ではなく
常にお客さんを見ている事に気付いた。全方位のオープンキッチンで。
 
凄まじい。完全にレシピを体に染み込ませ、寝ていても最高の料理が出来る習熟度。
 
その上で、チラッと客席を見るクールな視線。
「三番テーブル、水ついで」
「五番テーブル、グラスが空いている」
「四番は、ビールと料理一緒に。まだビール注がない」
 
スタッフがフルに動いている時は
入り口で立ち往生しているお客さんにキッチンの中から
「今ご案内しますのでお待ちください」と声掛け。
 
全てを見てスタッフに指示を出していたのだ。
 
おいしく食べて貰うための料理。タイミング、居心地、待ち時間。全てをコントロールしていたのだ。
 
お客さんがたくさん来るのに、混まない。
混んでいる感じを持たせない。
最も美味しいタイミングでの料理の提供。
 
料理人にして店長。
ソリストにしてマエストロ。
 
彼の中華屋フィルハーモニーは、最高の満腹感を
奏でてくれる。
 
凄まじい。
 
老若男女。皆が嬉しそうにほっぺたを膨らませる
素敵なお店。
 
「美味しいものを食べて幸せになってほしい」という気持ちを軸に仕事を動かしていた。
 
またこの店の決定打はお土産。
 
料理を食べた人が皆冷蔵餃子を買って帰る。
家でもこの店の味を楽しんでもらっている。
結果、他の店には真似の出来ない「我が家の味」
の座も手に入れているのだ。
 
きっとこの駅の半径500mの家庭では、宇都宮も浜松も超える圧倒的な餃子消費量を誇っているだろう。このお店の餃子で。
 
というのも、我が家は宇都宮から引っ越して来たが、事実。家での餃子消費量は当時を上回っている。このお店の少し大振りの餃子で。
 
あの中華屋には
諸葛孔明と三義兄弟の役割を1人でやってのけている男がいるのだ。
 
中華屋三国志において、勝利を手中に入れている。
 
「喜ばれる事で繁盛している」
 
無数の仕事がある。人生の多くの時間を費やす。その仕事がその人を作るのは事実。肩書きがその人を表す。
 
一時期「営業」という自分の仕事を少し恥じていた。
厳しい、苦しい、プレッシャー。駆けずり回り
汗を流し。
 
オシャレなコワーキングスペースで、カタカナの仕事。ウェリントンのメガネを掛けマックブックでイキイキと。そんな仕事紹介のサイトを見かける。
 
どこの世界の話だ。
仕事ってなんだっけ。
俺このままでいいのかな。とか。
 
満員電車での、会社からの帰り道。
あの美味い少し大振りの餃子とビールを。
マンガの吹き出しみたいに思い出す。
 
結局、かっこいい大人の仕事とは、あの中華屋さんみたいなことを言うのだろうな。と思う。
だって、かっこいいじゃん。
みんな笑顔なんだもん。
 
華やかな仕事でも、泥臭い営業でも、あの中華屋のマエストロも、仕事の厳しさや喜びは一緒。
 
そう思うと、少し自分の仕事に誇りを。お客さんに喜んでもらってきた自分に少しだけ自信を感じた。
 
今日もビールと餃子が待っている。
今日はチャーハンセットにしょうかな。
これも美味い。
 
ここに来れば全てが「YES」になる。
明日も明後日も頑張ろう。仕事。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
田澤 正(週刊READING LIFE編集部 ライターズ倶楽部)

神奈川県横浜市出身。
横浜にこの人ありと言われた鳶職の頭が祖父。
大学教授の父と高校教師の母の間に次男として生まれる。

某製薬会社勤務。

音楽、コーヒー、雑貨、本。何気ない日常の景色を変えてくれるカルチャーに生かされて来た。
そんな瞬間を切り取りたいと天狼院ライティングゼミ参加。現在ライターズ倶楽部所属。

趣味はコーヒードリップ、カメラ、ギター演奏。
フィルムカメラは育緒氏に師事。

 
 
 
 

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2019-07-22 | Posted in 週刊READING LIFE Vol.42

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