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週刊READING LIFE vol.43

「終わった」と思ったら、「はじまり」だった《 週刊READING LIFE Vol.43「「どん底」があるから、強くなれる」》


記事:井上かほる(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

衝撃のラストで画面が真っ暗になり、エンドロールが流れる。
かっこよくいえば、そんな光景だった。
流れるように目で追ったそのメールは、「終わった」と思わせるには十分な内容だった。
 
会社に意見したことがきっかけとなり、ひとりだけ異動になったわたしは、「おとなしくしよう」と心に決めていた。意見を求められても、「いいんじゃないですか?」とまわりに合わせ、「○○さんはどう思ってるんですか?」と自分ではなく他のだれかにパスをする。察しのいい社員であれば、わたしが異動になった理由は明らかだったので、そこにさらに意見を求めようとはしない。これでいい。そう思っていた。
けれど、心のどこかで「自分は間違っていたのだろうか?」という疑問は残る。
「ここ」ではダメだが、他の場所で同じことをしたとしても、わたしは「間違いを犯した者」として見られてしまうのだろうか。
 
いつもは仕事として見る側だったが、はじめて利用者としてサイトを開いた。
「えーと、平成にすると何年入社だっけ?」
「職務経歴って、部署変わったら全部書くの?」
いざ自分が利用する側になると、つまずいてばかりで全然文字数が埋まらない。
けれど、しっかり書かないと、判断材料を得ることはできない。
 
自分は間違っていたのか?
 
それを知るために、そしてそんな自分は価値があるのかを知るために、わたしは複数の転職サイトに登録した。
転職サイトに登録すると同時に人材紹介会社にも、わたしの情報が届くように設定できるということで、チェックを入れ、今勤めている会社に知られないように「知られたくない会社」とかいう欄に社名を入力し、作業を完了した。
今ではないけれど、いつかは新しい場所で、楽しく働けるかもしれない。
そう淡い期待をもって。
 
それからすぐのことだった。
仕事中に1通のメールが届いた。
 
「井上さん、大丈夫ですか!?」
 
後輩からだった。
 
「今、人材紹介部署のOさんから連絡が来たんですけど、井上さん、転職サイトに登録してますか? 人材一覧に、井上さんらしき人がいるって連絡があって……。Oさんも心配していました。大丈夫ですか?」

 

 

 

 

会社に意見して異動になり、異動先のマネージャーに「もうなにもしゃべらないでくれ」と言われ、営業所ではマネージャーより上のゼネラルマネージャーがわたしを監視するような席に座っている。わたしの斜めうしろには、わたしの行動を逐一、上の人に報告している隣の部署のマネージャーが座り、わたしがたまに意見を言えば、とんでもないことを言っていたといわんばかりの様子で報告していたという話を、新人くんから聞いたばかりだった。
「次の人事でもう1度、希望部署を願い出よう。もしくは、もとの部署に戻してもらおう」
なんとか自分を保とうと必死なときだった。
 
なのに、転職サイトに登録しているということが知られてしまった。
 
わたしが悪い。
 
勤務している会社には知られないような設定にしたと思っていたが、どうやらわたしの確認ミスできちんと設定されていなかった。
 
すべてわたしが悪い。
 
目の前が真っ暗になった。
よくも悪くも、いろんな情報があっという間に広がる会社だった。
わたしの頭の中で、「だれからだれに伝わって、何日で会社全体に広まる」という状況がすぐに描かれた。
今となってはどれだけ広まったかわからないし、確認しようとも思わないが、当時のわたしの心理状態では耐えることができなかった。
 
終わった。
もうここにはいられない。

 

 

 

 

わたしは、昨年春に13年間勤めた会社をやめた。
理由は、現場には必要とされてきたのに、会社には要らないと言われたからだ。
そのギャップが耐えられなかった。
けれど、すぐにやめようとは思っていなかった。自分に価値があるのかどうか、違うところへ行って同じことになりはしないかと、慎重に考えようと思っていた。
けれど。
このことがあって、すぐにでもやめなければいけないと思った。
なんとか押しとどめていたものが、決壊してすべてが流れ出るような感覚だった。
会社に行こうとするだけで涙が止まらない。
駅から会社まで10分で到着する道のりは、倍以上かかり、食事も吐き気で食べることができず、気づけば1ヶ月で5キロも痩せていた。病院へ行って、泣きながら医師に話すと、重度のうつ状態と診断された。
 
会社をやめてしばらくすると、食事を取れるようになり、うつ状態も嘘のようにカラッとなくなった。
それから「書くこと」を始め、今年の6月で1年が経った。

 

 

 

 

先月、当時働いていた会社の先輩と後輩と食事をした。
わたしが最後に異動する前に一緒に働いた2人だった。
 
今やろうとしていることや、考えを話すと、「明るくなったね。前よりよくなった! 私も頑張らないと」と会社に残る先輩が言った。
転職することになった後輩からは「井上さんがいる間に一緒に働けてよかったです」と言われた。
 
同じく先月、知り合いの会社の求人募集の文章を書いたら、「あんな少しの時間でこんなクオリティ高いのできるの!?」と喜ばれた。そして、これまでのことを話すと、「そのスタンスを持ってる人は少ないです。どんな働き方でもウチはいいので、一緒に働きませんか?」と言ってくれた。
 
1年前は「要らない」と言われたわたしが、やってきたことや考えていることを肯定されるようになり、「そのままでいい」と言ってもらえた。
 
おそらく、会社に留まっていたら、こんな景色にはならなかった。
 
たしかに自分が悪かった。ツメの甘さが招いた結果だった。
けれど、あそこでやめていなかったら、今こうして文章を書いていることもないし、わたしの文章を読んで「自分のことかと思った」と共感してくれる人が現れることもなかった。こうしてライターズ倶楽部という、すでにプロだったり本気でプロを目指す方たちの中に存在するということもあり得なかった。
 
たしかに辛かった。
たしかに、同じ経験はしたくない。

 

 

 

 

「自分が弱いと知ることは、とても強いことなんですよ」
昔、見てもらった占い師が言っていた。
 
わたしは弱い。
だれかに認めてもらえないと悲しいし、「要らない」と言われて踏みとどまれる心は持っていないし、だれも信用できないと思ったらご飯も食べられないし、最終的には会社に残るか死ぬかの2択しか見えない状態になってしまう。
 
「プロのアスリートだって、メンタルトレーナー付けてるんだよ。気軽に頼っていいんだよ」
 
最近出会った人が言っていた。
心療内科の医師も同じようなことを言っていた。
前の会社にいたときには、「この中でなんとかしなければ」「必要とされなければ」と思っていた。
けれど、ちょっと勇気を出して外に出てみると、いろんな世界があり、自分の弱点を補ってくれそうな場所や人が見つかったり、わたしを必要としてくれる人がいる。
 
わたしは、自分は弱いと知り、頼れる場所があることを知った。
この道はよくないと思ったら、曲がれるし、危ないと思ったらブレーキを踏める。
辛かったこと、助けてくれる人がいたこと、自分が前向きになれたこと。
今回のことも、たくさんある経験のうちの1つだ。
どん底だったけれど、もうなにも見えないと思ったけれど、今となってはあのタイミングがなければ今のわたしはいないのだ。
 
わたしは、前の会社にいたころの自分よりも、今の自分のほうが気に入っている。
だから、もし今、「会社の中で居場所がない」と思っている人がこの文章を読んでくれているとしたら、居場所なんて無限にあることを教えてあげたい。
だって、悪いと思った状況が、わたしのようにいい方向に向かうことだってあるんだから。
思っているよりずっと、世界は広いんだから。
それに居場所は会社とか家とか、そういう建物だけではない。この、「Web READING LIFE」はわたしを救ってくれた場所のひとつで、たくさんの人が自分の経験や知識を語り、新しい世界を見せてくれる。そして、今のわたしの居場所のひとつだ。記事を掲載してもらえることで居場所になっている。
外出するのが辛い日はたくさんあると思う。起き上がるのも億劫で、ベッドに横になりながら1日じゅう記事を読みまくっていた日がわたしにはあった。「あぁ、自分と同じだ」「この人はこうやって前向きになったんだな。わたしもやってみよう」と、背中を押してくれる。
 
そんなわたしは、これから、外に出てみようと思っている。北海道の、外だ。
勢いで出られるほど若くもないし、不安なことも、たくさんある。
けれど、曲がることもブレーキを踏むこともできるから、きっと大丈夫だ。
もしうまくいかなかったら、そのときはまた、だれかやなにかに助けてもらおう。
それくらいの気持ちで生きてみると、また、新しい世界が見えてくるのかもしれない。
そう思えているわたしは、もうすっかりどん底から抜け出せた状態にあるんじゃないかと、今、思っている。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
井上かほる(READINGLIFE編集部 ライターズ倶楽部)

札幌市在住。元・求人広告営業。
2018年6月開講の「ライティング・ゼミ」を受講し、12月より天狼院ライターズ倶楽部に所属中。
IT企業のブログにて、働く女性に向けての記事も書いている。
現在は、プロのライターになるべく勉強中。
エネルギー源は妹と暮らすうさぎさん、バスケットボール、お笑い&落語、映画、苦くなくて甘すぎないカフェモカ。

 
 
 
 

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2019-07-29 | Posted in 週刊READING LIFE vol.43

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