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週刊READING LIFE vol.48

コンテナ船のテトリスゲーム《 週刊READING LIFE Vol.48「国際社会で働く」》


記事:千葉とうしろう(READING LIFE 編集部ライターズ俱楽部)
 
 

以前、海運業界で働いていたことがある。「コンテナ船」と聞いて、ピンとくるだろうか。巨大なコンテナを、デッキの上や船倉に何本も乗せて海を走る、巨大な船のことだ。あのコンテナを、船に積み込んだり、船から揚げたり、そんな仕事をしていた。その仕事の難しさについて書こうと思う。もちろん、私がしていた仕事など、海運業界のなかのごくごく一部だ。積み上げられたピラミッドの石の一つ、さらにその石の片側断片でしかない。けれど船を運航することの難しさ、コンテナを扱うことの奥深さ、そんなことを分からせてくれた仕事だった。
 
私は岸壁に着岸したコンテナ船にコンテナを積み、さらにコンテナ船からコンテナを揚げる、「荷役」と呼ばれる一連の作業のプランを作っていた。というのも、コンテナ船に積んであるコンテナの、どこから揚げていったらいいのか。また、船のどこから積んでいったらいいのか、その順番を決めるのは、非常に骨の折れる作業なのだ。
 
この作業は、ゲームのテトリスに似ている。上から様々なブロックが落ちてきて、効率的に積み上げていく、あのゲームだ。
 
船に積まれている大量のコンテナは一見、無造作に積み上げられているようだが、そうではない。「どうやったら一番効率的な積み方なのか」の全てを計算に入れて、積み上げられているのだ。例えば、横浜、東京、上海、シンガポールという順番で回る船があったとする。私たちは、東京で作業をしていると仮定する。コンテナヤード(埠頭の、コンテナを一時保管しておく場所)に積み上がっているコンテナを、片っ端から乗せていきたいところだが、シンガポールで揚げるコンテナを、上海で揚げるコンテナの上に乗せてはならない。もし乗せてしまっては、上海で余計な作業が一つ増えてしまう。上海では、自分たちが揚げるコンテナを取るために、その上に乗っかっているシンガポール行きのコンテナをどかさなければならないのだ。
 
コンテナを揚げ積みする作業は、現場作業員がやっているのだが、そのお金は「移動するコンテナ一本につきいくら」という単位で発生する。つまり、移動するコンテナが多ければ多いほど、お金がかかってしまうのだ。自分たちが揚げるべきコンテナの上に、揚げてはならないコンテナが乗っかっていたら、そのコンテナを移動しなければならないので、余計なお金がかかってしまうのだ。
 
このコンテナの揚げ積みには、他にも様々な制約が存在する。例えばリーファーコンテナというのがある。これは冷凍コンテナだ。プラグが存在する。コンテナ船の、プラグをさせる場所にしか置くことができないのだ。当たり前だが、リーファーコンテナの中に入っているのはアイスなどの冷凍品である。もしもプラグがない場所に積んで、プラグがさせなかった場合、あっという間に中の品物は温かくなってしまって使い物にならなくなるだろう。
 
プラグをさせる場所は、コンテナ船の中でも限られている。何千本ものコンテナを積載できる船でも、プラグの差し込み位置は数カ所しかないからだ。もちろん、「プラグの差し込みの数を上回る数のリーファーコンテナを積み込まなければならない」という状況は滅多にない。その辺りは、事前に計算してある。ただ、船によってプラグの差し込み位置が違っているのだ。船というのは、実際に来てみるまで分からない。事前に取り寄せていた情報と違うことなど日常茶飯事だ。「データ上だと、ここにプラグの差し込みがある」と思ってプランを作っていると、実際に積み込む段階になって「差し込みがありません!」という状況が時々あるのだ。
 
他にもコンテナを積む際の制約としては、「できるだけ潮が被らないような位置に置いて欲しい」というものもある。中の荷物が高価なものや潮に弱いものである場合、船倉の真ん中の方に積むようにプランを組まなければならない。
 
さらには、当然ながらコンテナの重さも考えなければならない。コンテナを積み込むのは、広大な海上を走る船に対して、である。左右のバランスが悪く積んでしまっては、船がうまく走れないばかりか、船員の命にも関わる。メトロノームを思い出してもらえれば分かると思うが、重い荷物は、できるだけ船の真ん中に置かれた方がいい。極端に重いコンテナが、積まれているコンテナの片側一番上などにあった場合、波の中で船が大きく揺れてしまうことになる。
 
これらを考えて荷役のプランを作るのだが、さらにはガントリークレーンがお互いに重ならないようにプランを作らなければならない。ガントリークレーンは岸壁にあり、レールの上を横移動するクレーンだ。対象の船の荷役をガントリークレーン一機のみで荷役をするのであれば問題はないのだが、「それでは時間がかかり過ぎる」という場合、ガントリークレーンを二機なり三機使って素早く荷役をしたい場合もある。そんな時に、ガントリークレーンどうしが重なる心配が出てくるのだ。
 
ガントリークレーンは、土台部分が広い構造になっている。ある程度の間隔がないと、ガントリークレーンは並ばないのだ。例えば、一つの船に対してガントリークレーン二機で作業をする場合い、船の前の方と後ろの方、お互いに離れた場所で荷役をするのであれば問題ないのだが、二機とも船の前の方で作業をするようなプランを作った場合、あまりにもクレーンどうしの間隔が狭いと、クレーンはコンテナ以上にどでかいので、お互いに近づくことができないのだ。二人がけの丸いテーブルに、椅子をいくつも並べようとするようなもので、物理的に並ばないのである。
 
「だったら二機のガントリークレーンが近づかない荷役になるようにプランを作ればいいだろう」と思うかもしれない。それはそうなのだが、なかなかそうもいかない。自分たちの都合だけではどうにもならないのだ。コンテナは、積む他にも、揚げるコンテナがある。この揚げるべきコンテナが一箇所に固まっていた場合、一機のガントリークレーンで荷役しなければならない。料理一皿に対して数人が押し寄せて来るようなもので、お互いに邪魔でしょうがない。一皿には一人なのであり、一箇所には一機なのだ。コンテナを積むプランを作る際には、「他の港では何機のガントリークレーンを使って荷役をする予定なのか」も考えてプランを作らなければならない。
 
最後の制約は、「時間」である。どんな仕事でも、時間をかければ誰でもできる。だがそれではプロフェッショナルとはいえない。短時間でいい仕事をするからこそ価値が生まれるのだ。コンテナ船の荷役も同じで、時間をかけてはならない。というか、時間を掛けることができないのだ。思い出してほしい。テトリスはゆっくりとできるだろうか。上から落ちてくるテトリスのブロック。それをゆっくりと時間をかけて「どこに置こうか」と考えている暇などあるだろうか。無いだろう。次々と落ちてくるブロックに対して、「待った無し」で考えるからこそ「テトリス」であって、そこにテトリスの奥深さと難しさがある。
 
コンテナ船の荷役も「待った無し」だ。コンテナ船の運行とは、山手線の運行と似ている。例えば山手線には、上野駅があって、御徒町駅があって、秋葉原駅がある。次々に駅が並んでいる中を、時間通りにグルグル回して運行しなければならない。もしも電車が遅れるようなことがあれば、次々に電車が遅れてしまうだろう。秋葉原駅で電車がストップすれば、そのあとの電車は、御徒町駅で待たなければならなくなる。
 
コンテナ船も同じで、世界中の港をグルグルと回っている。横浜の次は東京、東京の次は上海、その次はシンガポール、という具合に、行くべき港が電車の駅のように先々まで決まっているのだ。しかも、後ろには次々と船が控えている。「コンテナ船で運んでほしい」「コンテナに入れて持って行ってほしい」という荷物は枯れることがない。世界中で次々に吹き出してくる。一回運んでも、また次も運ばなければならない。
 
山手線の駅員が、やってきた電車をスムーズに次の駅に向けて発車させるように、荷役もスムーズに取りおこなって、船を次の港に向けて出航させなければならない。船は次々にやって来る。とどまることを知らない。山手線と違うところは「少しの遅れで発車させることができなくなる」ということ。山手線であれば、遅れが1〜2分でも発車させることができる。ところが船の場合、1〜2分の遅れは、何時間、あるいは何日という範囲にまで広がってしまうのだ。
 
例えば、浦賀航路というのがある。東京湾に入る船は、房総半島と三浦半島に挟まれた狭い浦賀航路という場所を通らねばならない。「房総半島と三浦半島の間なんて、十分に幅があるだろう」と思われるかもしれないが、巨大な船にとっては意外とそうでもない。ただでさえ、船は急に進路変更ができない。進路を変更しようと思ってから、実際に進路を変えるまでには、とてつもない時間と距離が必要なのだ。それに、浦賀航路は意外と浅い。巨大なコンテナ船が通れるほど深い場所は、ごくごく限られたスペースしかない。浦賀航路とは、山地の中に作られた、細い高速道路のようなものなのだ。
 
そんな狭い航路を巨大な船が何隻も通るものだから、浦賀航路は予約制になっている。浦賀航路を通るには、あらかじめ「いついつに、何という船が通ります」という申請をしておかなければならない。いつでもどの船でも通れるものではないのだ。もしも荷役で1〜2分遅れようものなら、浦賀航路の予約を取り直さなければならない。しかも「空き」は、ディズニーランドホテルの部屋並みだ。予約を取りたいからといって、すぐに取れるものではない。ちょっとの遅れが、大幅な遅れを生み出してしまう。やっと取れたと思っても「台風が来るから通れない」なんてことにもなってしまう。だからコンテナ船の荷役とは、時間との勝負なのだ。制限時間の中でいかに素早く、効率的な荷役をするか。F1のピット作業に似ているかもしれない。マシンが来たら、持っているパフォーマンスの全てを発揮して、素早く作業をする。少しの遅れが命とり。タイヤ交換などの作業を終わらせて、すぐにマシンをコースに戻さなければならない。
 
というわけで、コンテナ船の荷役について書いてみたのだが、この難しさは伝わっただろうか。ユーチューブでも荷役の様子はアップされているので、もしも「分かりづらい」とか「興味がわいた」というのであれば、検索してみるのも面白いと思う。動画でなら、文字だけでは伝わらない、現場作業のリアルさがより伝わると思う。海運業界になじみのない読者を想定して書いたので、言葉の定義が曖昧など、情報が不確かな部分があったと思うが、その辺はお詫びしたい。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
千葉とうしろう(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)

宮城県生まれ。大学卒業後、民間企業を経て警察官へ。警察の仕事に誇りを感じ、少年犯罪を中心に積極的に対応。しかし警察経験を重ねるうちに、組織の建前を優先した官僚主義に疑問を感じるようになる。10数年の警察人生の後、現在は組織から離れフリーランスへ。非行診断士として活動。子どもの非行問題やコミュニケーションギャップ解消法について、独自の視点から発信。何気なく受けた天狼院書店スピードライティングゼミで、書くことの解放感に目覚める。

 
 
 
 

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2019-09-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol.48

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