週刊READING LIFE vol.48

本当に、その通り出来るとは限らないが《 週刊READING LIFE Vol.48「国際社会で働く」》


記事:山田THX将治(READING LIFE 編集部公認ライター)
 
 

「母上、どうして山田さんが僕に餞別(せんべつ)をくれたのですか? 直接の知り合いでもないのに」
レイと名付けられたその青年は、少年っぽさが残る表情で尋ねた。
小生とレイは、いまだ逢ったことが無い間柄だ。レイの御母堂が、小生のライティング仲間なだけだ。たまたま、レイの弟君(おとうとぎみ)であるシュウのことを、御母堂のSNSで知り、友達申請をし連絡を取り合う様になった。
レイとは、その流れで互いのタイムラインを見る仲になるのに、さほどの時間は要しなかった。
 
今年の5月、豪州へ留学に旅立つシュウへ、小生はほんの気持ちで餞別を渡した。先に豪州で勉学中のレイの分も頼んだ。直接渡せなかったので、二人には長めのメッセージをしたためた。
小生には子供がおらず、当然、子供より年下の青年に対する対応には慣れていない。その上“テレ”も有ったので、メッセージ中の一人称を『小生』、二人称を『貴殿』、母親を『御母堂』、その他の文言もなるべく旧式の言い回しで書いてみた。
それが若い二人には大ウケだったらしく、21世紀生まれの二人は、母親に対し時代錯誤な旧式の言い回しを、多用するようになったそうだ。
 
優秀な御母堂に育てられたレイとシュウは、丁寧なことに私が渡した餞別の使い道を、御礼のメッセージに添えて、写真で報告してきてくれた。同じ年代を数十年前に過ごした経験が有る私は、‘せめてデート代の足しにでもすれば’位の軽い気持ちだった。実際、自分が貰ったお祝い金は、全て遊ぶことに使ってしまった私だ。近頃の若者は、とても真面目に正直に活きている様だ。
冒頭の質問に対し御母堂は、
「期待の顕(あらわ)れよ。それに多分、君等が羨ましいんだよ。山田さんの世代には」
と、答えてくれたそうだ。
正解だ。
 
私達が生まれ育った昭和中期は、いわゆる“高度成長期”であった。明日は今日より豊かになると、誰もが信じ、実際にもそうなった。安定経済の現在に比べ、希望にあふれていたと思われるかもしれない。事実だ。世の中全体が、勢いが有り明るかった記憶が有る。しかし、さしたる努力をしなくとも、誰もが程々に成長出来るという勘違いも起こった。社会全体の成長に、引き揚げられたに過ぎないのにだ。
いきおい、自分の実力を過信することも多くなった。
時代はまだ、情報や資本の移動が現代程盛んではなく、ビジネスで活躍したとしても、その土俵は国内に限られていると言っても過言では無い時代だった。無論、HONDAやSONYの様に、海外の市場に打って出て、飛躍的に繁栄した企業も存在する。しかしそれは、一部のエリート達に限られた話であり、一般の我々は、日本国内の事だけで精一杯な暮らしをしていた。
 
当時でも、国際社会で活躍するには、語学力と留学経験が必要だという理解はあった。語学力を磨く為に英会話教室に通う程度の事は、一般の家庭でも出来た。ただし、東京等の大都市周辺にしか、英会話教室が無かった。第一、その周辺ににしか外国人が居なかった。
留学といえば、途方もない学費を出すことが出来る家庭に生まれるか、国内隋一の学力を有し、返済不要の国費奨学金を獲得出来る者に限られていた。または、大学卒業後に一度企業や官庁に就職し、海外派遣という形で留学する者もいた。
しかし、その数はほんの一握りで、例えるなら、MLBやNBAのドラフトに掛かり、レギュラーメンバーとして活躍し、そればかりか歴史に残る記録を残した位の注目を浴びた者と同じだった。少し大袈裟かも知れないが、昭和中後期に留学、それも公費でアメリカ・英国・フランスといった国々の大学へ行けたとしたら、現代のイチロー選手や八村類選手と同等の評価だった記憶が有る。
 
かように昭和という時代は、国際社会で働くということに対して、出来ない理由が先立っていた時代だった。出来ない理由が先立つのは、本心からやりたいと考えていない証拠だ。これは経験則だが、常に出来ない理由から考える様な人間に、仕事が出来たためしはないからだ。
言葉を変えるならば、留学して国際社会で働くということは、結構な勇気が要り日本社会へ戻るという退路を断つことと同じ意味に感じていた。実際現在でも、帰国子女や留学経験者に、日本国内企業での就職に不利が生じているらしい。
そうなると、現代の日本社会の国際化は、40年以上遅れている証明となってしまうのだが。
 
現に、私より年長のソフトバンク創業者の孫正義氏は、高校在学中にアメリカへ単身渡り、地元の奨学金を得てアメリカの大学を卒業した。これは当時、例外中の例外だ。勿論、孫氏の氏素性は影響しているだろう。しかし、九州隋一の進学校に通っていたにもかかわらず、それをなげうって渡米したことは、私達一般人には真似出来ないことだ。
今日の、同社の繁栄と孫氏の国際的活躍は、そうした類稀なる決断と勇気によることが大きいのだろう。
そして、孫正義氏の例がある以上、私の、
「留学したかったが、時代の空気が阻害した」
という言い訳は、単なる気取りからくる戯言に過ぎない証明でもある。
 
だいたい、自分の不努力を棚に上げて時代のせいにするのは格好悪い。
私は、レイとシュウに対してだけは、格好付けず本音で向き合いたいと思っている。
私だって、アメリカの大学で学びたかった。正解を記憶するだけの日本の教育が、我慢ならなかった。もっと真正面から、社会問題を議論する本当のゼミを受けたかった。
ただでさえ外国映画、特にアメリカ映画を中学高校時代に数多く観た私だ。そう考える方が、自然な成り行きだろう。外国映画に出て来る大学生は、日本の自分達とは比べようが無い位、勉学に勤しんでいた。そうした若者達が、ビジネスチャンスを掴み、事業を成功させ、今日のような豊かな社会を作り上げたのだ。
むしろ、社会の底辺が底上げされず、昭和の時代の様に経済成長せず、それでいてその中で格差が広がってしまった今の社会を作ってしまったのは、我々日本人の大人の責任であるからだ。
 
レイとシュウは、私がしてこなかった決断をし、中学を卒業しただけで海を渡った。シュウは、豪州の高校へ通っている。まだまだ勉強に苦労しいるらしいが、そのうち慣れることだろう。
レイは、アメリカの大学を目指し、資格試験に通ったそうだ。近い内に、私が憧れた大学で学ぶことだろう。そして、何らかの資格も取るのではないかと考えている。
そして、二人の若者はいつの日にか、私には出来なかった、正確にはする才覚と勇気が無かった国際社会での活躍をしてくれることだろう。
私は蔭ながら、勝手に応援し続けさせて頂くとしよう。
 
それがせめても、自分の見識の浅さから出来なかった国際社会での活躍を、代わって見せてくれている、若き二人へ私からのせめてもの贖罪だからだ。
 
そして、いつの日にか、
「山田さん。スーパーボウルのチケットが手に入ったから、是非お越し下さい」
なんてメッセージが、届くことを楽しみに待つ事にしょう。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
山田THX将治( 山田 将治 (Shoji Thx Yamada))(READING LIFE編集部公認ライター)

天狼院ライターズ倶楽部所属 READING LIFE編集部公認ライター
1959年、東京生まれ東京育ち 食品会社代表取締役
幼少の頃からの映画狂 現在までの映画観賞本数15,000余
映画解説者・淀川長治師が創設した「東京映画友の会」の事務局を40年にわたり務め続けている 自称、淀川最後の直弟子
これまで、雑誌やTVに映画紹介記事を寄稿
ミドルネーム「THX」は、ジョージ・ルーカス(『スター・ウォーズ』)監督の処女作『THX-1138』からきている
本格的ライティングは、天狼院に通いだしてから学ぶ いわば、「50の手習い」
映画の他に、海外スポーツ・車・ファッションに一家言あり
現在、Web READING LIFEで、前回の東京オリンピックを伝えて好評を頂いている『2020に伝えたい1964』を連載中

 
 
 
 
http://tenro-in.com/zemi/97290

 


2019-09-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol.48

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