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週刊READING LIFE vol.48

天狼院でもやったらいいのに、TABLE FOR TWO《 週刊READING LIFE Vol.48「国際社会で働く」》


記事:吉田けい(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 

代表作「ヴィンランド・サガ」がアニメ化し絶好調の漫画家、幸村誠氏のデビュー作「プラネテス(1999/全4巻/講談社)」に、こんなシーンがある。
 
「この世に、宇宙の一部じゃないものなんてないのか」
「オレですら、つながっていて、それではじめて、宇宙なのか」
 
近未来の地球で、人類初の木製探査船クルーとなる主人公ハチマキが苦悩と向き合い、視野が広がる瞬間の台詞である。ハチマキはずっと宇宙に行きたいと願っていたが、ハチマキがいる地球、ハチマキ自身も宇宙に含まれている、と気づいたことで、彼自身がぐんと成長を見せた、物語中でも屈指の名シーンだ。前後の流れの解説は蛇足になるので省略するが、とても素晴らしい物語なので気になる方はぜひ手に取っていただきたい。
 
そう、宇宙は自分も含めて宇宙であるように、日本や私自身も含めて、国際社会なのだ。
 
だからといって、日本で働いていれば自ずとと国際社会で働くことになっている、と言ってみても、いまいちピンと来ない方が多いのではないだろうか。国際社会というと、英語で海外の企業と取引をしたり、海外駐在員がいたり、そういった企業や部署での話、というイメージが強い。そうでなければ、国内企業同士で、ドメスティックに取引をしているだけだ。海外、外国といえば、ニュースや映画の舞台か、旅行の行き先でしかない。テレビの中で、貧困や紛争や環境破壊が国際問題となっている、私たち一人ひとりの決断と行動が求められている、と報道されても、それが自分と地続きの出来事なのかと問われると、首を傾げたくなる、といった具合である。だいたい、そんなに遠い国の出来事を、日本にいる私がどうこうできるのだろうか? 突然飛び込んでいって、マザーテレサを気取って私財を配りまくればいいのか。戦争を辞めろとインターネットで声高に叫べばいいのか。そんなことを考えているうちに、番組の記憶は風化し、日常の忙しさに埋没していってしまう。もともとそういう職業についているのでない限り、日本も国際社会の一部であることを意識しながら働くのは、まだまだ難しい環境なのだ。
 
そんな、ごくありふれた日本人である私を国際社会と結び付けてくれる、あるNPO法人の活動がある。
 
TABLE FOR TWO。
 
彼らのスローガンは、「開発途上国の飢餓と先進国の肥満や生活習慣病の解消に同時に取り組む、日本発の社会貢献運動」。今日は、TABLE FOR TWOの画期的な活動について、ご紹介したいと思う。

 

 

 

特定非営利活動法人TABLE FOR TWO Internationalは、2007年10月にNPO法人として認可された。一橋大学大学院国際企業戦略研究科の客員教授である近藤正晃ジェームス氏は、世界経済フォーラム(ダボス会議)の分科会に参加した際、ある矛盾に気が付いたのだと言う。一方のテーブルは、飢餓問題の解決について話し合っていて、もう一方のテーブルでは、飽食問題について話し合っていたというのだ。食べ物が足りなくて困っている人たちと、食べ物を食べすぎてしまって困っている人がいる。これは、別々に解決するよりも、一緒に解決した方がよいのではないか。そう感じ、この二つのグループを一緒に議論してもらったことが、TABLE FOR TWO(以下TFT)の着想を得た瞬間だったのだと言う。
 
TFTとは、社員食堂などに、通常より低カロリーで栄養バランスのとれた特別メニューを提供し、そのメニューの価格に20円上乗せする。20円は寄付金としてTFTを通じて飢餓に苦しむ国に送られ、現地の子供たちの給食費になる、という活動のことだ。20円という価格設定は、寄付先の国で、栄養のある給食一食分の値段相当なのだそうだ。食糧の余っている国の一人と、食糧の足りない国の一人が、距離や時間を超えて、一つのテーブルにつき、問題を解決する。そんなイメージでTABLE FOR TWOと名付けられたらしい。
 
近藤正晃ジェームス氏の他にも、TFT賛同者は多くいたらしいが、なにぶん誰もが本業を持ち忙しい身だった。見切り発車で事業を開始したものの、マンパワーが足りないのでは、ろくな活動もできない。そこで、現在代表理事である小暮真久氏が、近藤氏の誘いを受けて本業として転職・参画し、NPO法人化や事業の確立に辣腕をふるっていったのだという。小暮氏はもともとマッキンゼー社の戦略コンサルタントだったようで、事業計画や収支計算など、シビアにロジカルに構築していき、TFTの組織を強固なものにしていく。そのあたりの苦労や想いは、小暮氏の著作「「20円」で世界をつなぐ仕事 “想い”と”頭脳”で稼ぐ社会起業家・実践ガイド(日本能率協会マネジメントセンター/2009)」に赤裸々に記されているので、興味があれば是非ご一読いただきたい。
 
TFTの素晴らしいところは、寄付する側にとって、寄付は寄付なのだが、「寄付してくれた善い人」という評判や自己満足以外に、明確なメリットが得られるという点である。メタボを気にして、ローカロリーで栄養バランスの良い食事を選ぶと、それが発展途上国の子供を助けることにもなる。それなら、ちょっとお腹回りが気になるし、そっちを選んでみようかな、という気にさせてくれる。テレビ番組を見て、画面の向こう側で苦しんでいる人々を見て胸を痛めても、じゃあそのまま今すぐ寄付だ! と思い立つかというとそうはいかない。ちょっと偽善っぽい気がする、寄付先の団体が信用できない、など、いろいろ理由をつけて結局しないのがオチだ。せいぜいコンビニのレジ横の募金箱に釣銭をちょっと入れるくらいだろう。小暮氏は著作の中で、「寄付していただくのに、出来るだけハードルを下げる」と表現していた。わざわざ財布を出すのではなく、もともと財布を出す用事があるところに、寄付が乗っかっているのが大事なのだ。
 
寄付先の国では、TFTではなく、もともと現地で食料関連のNPO活動をしている団体と提携して給食を提供しているそうだ。これは小暮氏の考えで、限られた寄付金をできるだけ有効活用することを考えた時、新しく自分たちで参画すると、コストに見合わないから、とのことだった。現地の子供たちは、ほとんど食べ物をたべることができない。教育など二の次で、なかなか貧困の連鎖から抜け出すことが出来ない。学校で給食を食べることができると、それを目当てに登校するようになり、そのついでに授業を聞いていく。そうして教育が行き届くようになると、職業選択の可能性が増え、貧困から脱出する道が開けてくる。そんなビジョンまで描きながら活動を行っているのだそうだ。
 
私がTFTと出会ったのは、小暮氏の著作「「20円」で世界をつなぐ仕事」を手にしたことがきっかけだった。当時の私は仕事に大いに行き詰っており、自分のやりたい事だとか、人の役に立つ打とか、やりがいだとか、転職サイトでよくある謳い文句そのままに悩んでいた。そんな時、会社帰りの本屋チェックでこの本を見かけたのである。私は「木を植えた男」みたいになりたいと漠然と思っていたので、なんとなく社会貢献だとかそういった方向の活動を視野に入れていた。どこかにボランティアに行ったりすればいいのかな、と考えていたところだったのだ。本を読んで、TFTという活動があり、その運営団体がボランティアではなく、事業として成り立っていることにとても驚いた。同じ仕事でも、こんなに世間や世界の役に立てることがあるなんて! 私はキャリアを考えるメモに、「社会起業」という言葉を書き足した。
 
社会起業というキーワードを知り、調べてみると、TFTの他にもいくつも企業が見つかった。今どきの言い方で言えばソーシャルビジネスと言った方が馴染みがあるかもしれない。ホームレス問題解決を目指すビッグイシュー日本版や、徳島県上勝町で料理に添える花や葉っぱなどの「つまもの」事業をおばあちゃんたちと展開し、売上高2億千万円という驚異の数字を叩き出した株式会社いろどりなど、ユニークで素晴らしい活動をしている企業がいくつも見つかった。その中でも、TFTは別格だなと思った。小暮氏が著作の中でも書いているが、いろいろな問題を、一気に串刺しにするように解決することを目指しているからだ。もはや国境という境界線はなく、世界中のいろいろな専門家たちがアイディアを出し合い、様々な問題を地球規模で一気に解決できるような時代になったのだと、ビジネス本なのに読みながら泣いてしまった。
 
学校教育の賜物なのか、「人の役に立ちたい」という思いを胸に秘めている人は多いと思う。海外の悲惨な状況を報道するテレビを見て、胸を痛める人は意外といるのではないかと思う。しかし、それらに対して何かアクションを起こそうと思った時、どこに寄付すればいいのか、あるいはどんなボランティアをすればいいのか、選択肢が多すぎて迷ってしまう。マザーテレサのように、そうした奉仕活動に身も心も捧げたいと思う気持ちがあると同時に、それで私は幸せになるのだろうか、という薄暗い感情もあった。そんなことに頭を悩ませて、自分の行く先を決めることが出来ない自分が情けなく嫌いだった。自分の取り分など考えず、現地に身一つで飛び込んでいくことが正しく、それを決心できない私は我欲にまみれた未熟者のような気がしていた。しかし、日本にいて、TFTを提供しているカフェやレストランでTFTメニューを選んでいると、その気持ちが少し和らぐ。私の食べたヘルシーランチで、遠いどこかの国の子供が、給食を食べることができる。そう思うと、日本にいて、ドメスティックな環境で仕事をしていても、ちょっと国際社会にいるような気持ちになれるのだった。

 

 

 

まだまだ日本はドメスティックな気分でいることの方が多い国であるように思う。しかし、TFTのように、日本にいながら国際社会とつながり、貢献できる仕組みは続々と増えつつある。そうした活動に少しずつ参加し、日本も国際社会の一員であることに思いを馳せつつ、明日のドメスティックな仕事も頑張ってみるのはいかがだろうか。

 
ついでに、天狼院のカフェメニューにTFTがついたものがあったら、とてもよいなと思う。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
吉田けい(READING LIFE編集部公認ライター)

1982年生まれ、神奈川県在住。早稲田大学第一文学部卒、会社員を経て早稲田大学商学部商学研究科卒。在宅ワークと育児の傍ら、天狼院READING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。趣味は歌と占いと庭いじり、ものづくり。得意なことはExcel。苦手なことは片付け。天狼院書店にて小説「株式会社ドッペルゲンガー」を連載。
http://tenro-in.com/category/doppelganger-company

 
 
 
 

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2019-09-03 | Posted in 週刊READING LIFE vol.48

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