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週刊READING LIFE vol.54

君はまだ立ち上がれるから《 週刊READING LIFE Vol.54「10年前の自分へ」》


記事:篁五郎(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 

「安心していいよ。君はまだ立ち上がれる」
 
僕が10年前の自分に伝えたいのはこの言葉だ。
 
当時の僕は確か、家電量販店の販売員から給与が良かった某元国営企業のリモートサポートサービスのコールセンターにオペレーターとして勤務をしていた頃だったと思う。元国営企業なだけに時給は当時にしては高く、ちょっと残業したら手取りが30万を超えるくらいもらえた。当時の僕にしては破格の給料だったので少し贅沢をしていたかもしれない。
 
確か、当時はまだスマホがないからiPodに音楽を入れて本を読みながら限りなく神泉に近い新宿にあるコールセンターに通勤をしていた。僕は小田急線一本で出勤なのでドアツードアで1時間くらい。比較的近いかかった上、電車の乗り換えをしなくてもいいのが快適だった。
 
仕事に関してはテキトーにやっていた。時給が良くて近いからと派遣会社に紹介されたので受けてみたら「あなた面白いね」と面接官に受けが良くて通ったようなもんだ。本当は派遣社員の面接って禁止なんだけど顔合わせと名前を変えて事実上の面接をしていたのが現状だ。今でも多分残っていると思う。そんなテキトーに仕事をしていた僕には当時、何もなかった。
 
口では「小説家になりたい」とは言っていたがなるために何もしていない。仕事が終われば家で酒を飲み、小説を読んでいるだけ。プロットすら書いていなかった。しかも、小説家になるにはどうしたらいいのか?というのをパソコンで検索をしてホームページを見ていて、なった気になっていたという少々妄想の強い男だった。
 
そんなある日、僕は新宿に仕事に向かうので電車の中で読む本を選んでいた。確か当時のお気に入りは東野圭吾だった。ドラマ「ガリレオ」に大好きな柴咲コウが出演していたのでそれで見てみたら東野ワールドにどっぷりとはまってしまった。映画「容疑者Xの献身」も見たかったから情報を集めてみると「先に原作を見ておいた方がいい」というコメントが圧倒的に多かった。
 
それで「容疑者Xの献身」の文庫本を買って読み始めたのがいつの間にかお気に入りになった。ちなみに映画は見たが堤真一演じる天才数学者・石神が思いを寄せ続けているアパートの隣人・花岡靖子と娘の美里を守るために警察に出頭し、送検されるときに二人に対する思いを心の中で告白したときに涙腺は崩壊していた。
 
最後に母娘を守るためのトリックが明かされるのだが、それがあまりにも凄まじかった。しかも見返りは一切求めずにただ「幸せになってください」とだけ呟いた。そしてそこまでして母娘を守ることに執着したのかを告白をした。
 
それは「希望」だった。
 
そのシーンを見た僕は涙が溢れてきて鼻水が止まらなくなるほど泣いていた。堤真一の演技力も相まって余計に感動してしまった。その感動をそのままにどっぷりと東野ワールドにつかっていたのを覚えている。当時は「新参者」を読んでいたような気がする。読みかけだったと思う。
 
しかし、どこを探しても見つからない。もう出勤時間も迫っている。そこで見つけるのを諦めてしまい出勤をした。それから「新参者」を部屋で見ることはなくなった。そんなテキトーな性格だった僕は、他にも見つからないとすぐに探すのを諦めてしまう悪い癖を持っていた。本は一体どれくらい探すのを諦めてきただろう? 一冊や二冊ではきかない。東野圭吾だと「容疑者Xの献身」も無くしてしまった。他にも町田康のエッセイ集をなくしてしまい同じ本を買い直したこともある。それくらい僕はテキトーな性格していた。
 
「また。無くしたか」
 
また本をなくしてしまった。もうここまでテキトーな性格な男では仕事でもろくに続かずに辞めてしまった。楽だと思っていたが、リモートサポートをするまで面倒くさいし、接続した後にウイルス対策ソフトの売り込みをしないといけないのもイヤだった。今となってはそんな理由で辞めたのはあまりにも馬鹿らしい。しかも、テキトーな性格なので次の当てもなく辞めてしまった。
 
まあ、すぐに見つかるだろうと思っていたが中々次の仕事は決まらない。面接に行っても連戦連敗。派遣会社の紹介での顔合わせを受けても決まらなった。
 
生活は日雇い派遣をしながら食いつないでいたが、仕事がない日も結構あったのでどんどんと苦しくなっていった。家賃と光熱費を払うのがやっとで、携帯電話やネットの料金を支払いがどんどん遅れてしまっていた。だが、この二つがないと仕事にありつくことはできないのでかなり無理をして支払いをしていた。
 
それに追い打ちをかけるかのように日雇いの仕事は少なくなっていき僕は途方に暮れていた。年も越せるかどうか怪しくなっていたので、兎に角仕事を見つけたいと焦っていた。しかし、面接に行っても決まらなかったので無職で年を越すことが決まった。
 
「どうしよう……」
 
頭の中はこの言葉しか出てこない。他に何も考えられなくなった。その時の所持金は確か2400円。6枚きりの食パン87円で3日過ごす生活だった。日雇いも年末は特に仕事がないのでこのままでは何もできなくなるところまで追い詰められた。そんな時にネットで仕事を探しているとあるニュース記事が目に飛び込んできた。
 
『相模原市市役所前で炊き出し 就職相談も受け付けます』
 
年の瀬の30日にボランティア活動で豚汁とカレーライスが食べられるという。しかもハローワークの相談員などが就職について話を聞いてくれると書いてあった。僕は藁にも縋る思いで記事に書いてある開催日時をメモをした。忘れてたら本当に首を吊るしかないと思っていたからだ。
 
当日、なけなしのお金を使って市役所に向かった。150円あれば最寄りの駅に着くのだが、当時の僕には大きな出費だ。
 
「これで何もなかったら本当に終わるな……」
 
不安が大きかった。何しろコールセンターを当てもなく辞めてから三カ月、ずっと仕事をし探していたが不採用や見送りの結果しかもらってなかったからだ。自然と後ろ向きの心になってしまっていた。
 
「助けを求めても誰も助けてくれないかもしれない」どちらかというとそっちの気持ちの方が大きかった。大きな不安を抱えながら市役所に着いた僕は炊き出しをしている会場を探す。気持ちが焦っていた。メモを読んでわかっているのに体が付いてきてくれないからだ。
 
「どこだ? どこにあるんだ?」
 
まさに空回り。気持ちだけが焦っていて会場を見つけられなかった。あちこち歩きながらキョロキョロしていると『炊き出し会場はこちらです』と書かれたのぼり旗を見つけた。
 
「あった!」
 
思わず声を出した僕は、のぼりに向かって駆け出していた。しかし、目の前で赤信号が点灯していて進むのを止められる。イライラしながら待っていた僕は左右の足をアップしながら横断歩道の前に立っていた。「青だ!」信号が変わった瞬間に駆け出し、会場へと滑り込む僕にボランティアの人たちは「こんにちは!」と温かく声をかけてくれた。
 
「あ、あの、ここって炊き出しの会場ですよね?」
 
エプロン姿の女性に話しかけた。
 
「はい、豚汁食べますか? カレーライスもありますよ」
 
その言葉を聞いて安心をした僕は「はい」と即答した。久しぶりに食パン以外のご飯を食べられる喜びに満ちた僕は、まるで興奮して尾っぽを振っているワンコのように女性を配膳を待っていた。そんな僕の姿に嫌がるそぶりも見せずに女性は「お待たせしました」と言いながら豚汁とカレーライスを僕に渡してくれた。
 
ぷ~んとカレーから匂いがする。食べ物って匂いがするんだなんて思いながら久しぶりの温かい食事にがっついた。出てきたカレーは豚肉と人参、細かく刻んだ玉ねぎとジャガイモが入ったスタンダードな味。カレー粉は多分ハウスバーモントカレーだったと思う。豚汁も豚肉だから豚肉と人参、ジャガイモがあるから被っているがそんなことはどうでもよかった。温かい食事を食べられたのがとにかく嬉しかった。
 
食べ終えた僕は同じ会場にある就職相談をしているテントに向かった。中で相談をしている人は50代とか60代と思われる男性が多かったが、見ていると僕と同じくらいの年代の人もちらほらと見られる。
 
「どうしましたか?」
 
薄いピンク色のスーツを着た女性に話しかけられると僕は堰を切ったようにこれまでのことを話し始めた。仕事を辞めてしまったこと。日雇い派遣で3カ月食いつないでいたこと。面接を受けても受からないこと。手持ちの所持金が2250円しか残っていないこと。とにかく困っていることを洗いざらいぶちまけるように話し続けた。すると女性は僕に優しく答えを出してくれた。
 
「それなら家賃も払えないでしょうから生活保護を受けた方がいいかもしれませんね」
僕は条件反射的な反応で答えを返す。
「大丈夫なんですか? あれって審査があるんじゃないですか?」
「大丈夫。仕事がなくて、貯金もないなら審査は通るし私からも口添えしてあげるから」
 
口添え? なんでと思っていたら、この女性はとある赤い政党に所属している市議さんで市の職員とも親しかったのだ。僕は思いがけた展開で救われる方向に向かったのだ。
 
その後、生活保護担当の職員さんにも話を聞いてもらい無事生活保護が下りることになった。
 
「いいんですか?」
まだ不安が抜けない僕は職員に聞いてみた。
「いいんですよ。生活保護はそういう人のためにあるんですから」
思ってもみなかった答えが返ってきて感動のあまり泣き出していた。その時はそれくらい人との付き合いのない生活を送ってきたのだ。人の暖かみが嬉しかった。それくらい僕は絶望をしていた。テキトーな性格で何もない僕にも生きていていいんだと実感した瞬間だ。
 
それから僕は一時的に生活保護を受けて過ごすことになった。だが、受給を始めてすぐくらいに運よくコールセンターで派遣の仕事が決まり、最初の給料が出た時に打ち切りになった。
 
あの時の僕は絶望しかしていなかった。周りの人が赤の他人を助けるなんて思っていなかったし、自分で生活をどうにかできなかれば自己責任でしかないと思っていた。だからこそその時にもらった言葉が嬉しかったのを強烈に覚えている。それがちょうど10年くらい前だ。東野圭吾の小説で本当の意味での献身を知っていたのにそれを忘れてしまっていたのだ。
 
人としての大事な感情をなくしてしまいそうな時期の僕にはっきりと言いたい。
 
「人ってそんなに冷たくはないから安心していいよ。君はまた立ち上がれるから」
 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
千葉 なお美(READING LIFE編集部公認ライター)

青森県出身。都内でOLとして働く傍ら、2019年6月より天狼院書店ライターズ倶楽部に参加。同年9月よりREADING LIFE公認ライターとなる。
趣味は人間観察と舞台鑑賞、雑誌『an・an』SEX特集の表紙予想。
天狼院メディアグランプリ29th Season 総合優勝。週間1位複数回。

 
 
 
 

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2019-10-21 | Posted in 週刊READING LIFE vol.54

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