週刊READING LIFE vol.58

恋愛経験のない大人のために《週刊READING LIFE Vol.58 「大人」のリアル》


記事:大杉祐輔(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

大人になっても、恋愛経験がほとんどない。2年前の私は、そんな思いを胸に抱えて過ごしていた。女性と付き合うということがどういうことなのかよくわからない。しかし、ともに歩んでいくパートナーは欲しい。どうしたらいいのかわからない。モヤモヤした気持ちを抱えた私に転機が訪れたのは、ある秋の夜。Facebookの広告欄に現れた、いかがわしい婚活アプリの紹介ページだった。このアプリが私の運命を180度変えることになるとは、当時の私には夢にも思わなかった。
 
初めて彼女ができたのは、大学3年生のころ。しかし3か月で別れた。理由は簡単、女心を理解できていなかったのだ。当時の私はサークル・研究室・国際協力活動を掛け持ちしており、それらがすべてピークの忙しさだった。サークルの後輩だった1年生の彼女はよくしゃべる明るい女の子だったが、デートの時間も取れずほとんど構ってあげられなかった。「それでも愛があるならいいではないか」と自分では思っていたが、当然女の子的には寂しいだけ。「私と先輩はこれで付き合っていると言えるんですか?」と別れを切り出され、大ショック。彼女のことは大学卒業まで引きずり、その後一切彼女はできなかった。
 
卒業後は農業研修の関係で2年間栃木におり、気を取り直して新たな恋を探すことにした。しかし研修先は当然男性ばかりで、片田舎で住み込みのため夜も出かけられない。彼女を作ろうにもそもそも出会いがない。ならばイベントにでも出てみよう、ということで、地域主催の婚活パーティーに参加してみた。自己紹介やアピールタイムをとった後、男女で夏祭りに浴衣で出かけるという内容で、期待に胸を膨らませて参加したものの結果は散々。女性経験がない分どうアピールすればいいのかわからないうえに、いざ話すとなると緊張して会話はギクシャクしっぱなし。これでは女性に見向きもされないのは当然だ。祭りの喧騒の中、一人とぼとぼと帰路に就いた。
 
いったいどうすればいいのか。将来一緒に農業ができるような、素敵な女性との出会いはまだまだ先なのか。出会いがない環境にいる限り、いくら頑張っても仕方がないのか。モヤモヤとした思いと挫折感を抱えたまま、時間だけが過ぎていった。
 
そんな思いを募らせたある秋の夜、Facebookで友人たちの活躍を眺めていると、ある広告に目が留まった。「最高のパートナーとの出会いが、きっとある。」どこにでもある、婚活アプリの紹介だった。ネットを通して出会いを求めて、いいパートナーなど見つかるものか。一昔前の出会い系と同じではないか。いつもならそう感じて読み飛ばしてしまうのだが、まぜか内容を読んでしまう自分がいた。こうして不貞腐れていても、出会いがやってくる保証はない。ならば可能性が低くとも、何かしらの行動はしてみるべきではないか? そんな思いが、私の胸をざわつかせる。気がつくと、アプリをインストールしている自分がいた。まだ見ぬ素敵なパートナーを求め、己と向き合う修業期間の始まりだった。
まずやるべきことは、「プロフィール欄」の作成だ。婚活アプリの仕組みは、Facebookと似ている。まずは相手のプロフィール欄を見て、相手に「いいね」を送る。それに対して相手からも自分のアカウントに「いいね」をもらえると、マッチング成立となる(当然逆のパターンとして、相手から「いいね」をもらい、自分がそれに返すというパターンもある)。するとアプリ内のチャットサービスが利用できるようになり、コミュニケーションがとれるようになるのだ。
 
よって婚活アプリにおいては、自分のプロフィール欄をいかに魅力的に見せるかが大事になってくる。中でも特に重要な要素となるのが、写真である。男性は女性の、女性は男性のプロフィール欄をスクロールで見ることができるのだが、目に入るのは一にも二にも顔写真。この写真でピンときた相手のみ、プロフィールをじっくりチェックすることになる。「人は見た目が9割」という言葉があるが、それはそのまま婚活アプリでも重要なコンセプトなのである。
 
はじめの私は、そのことに気づかなかったため、女性にいくら「いいね」を送っても鳴かず飛ばずの状態だった。しかしこのことに気づいてからは、プロフィール写真を充実させた。顔写真は携帯のアルバムデータの中から最もよく撮れている写真を選び、農作業の様子や海外ボランティア活動の写真など、人となりがイメージできるようなものも盛り込んだ。するとだんだんに「いいね」をもらえることも増え、ついにマッチングが成立した。もうそれだけで一日上機嫌だった。
 
しかし本当の試練はここからだ。チャットでのコミュニケーションをいかにこなしていくかが、恋愛ド素人の私にとってまさに未体験ゾーンだった。恋仲の男女がどういうメールのやりとりをしているのか、生まれてこの方知らずに生きてきてしまった。恐る恐る「マッチング嬉しいです、ありがとうございます ^^」などと打って様子を見てみるが、相手の反応は素っ気ない。そのまま返事は帰ってこなくなり、関係は自然解消してしまった。
 
何がいけなかったのか? 私はここから、ネットによる恋愛コミュニケーションの勉強に入った。年上の女性とのコミュニケーションのコツ、相手がいかに返信しやすくするか、話題の振り方……。勉強するべきポイントは山ほどあり、マッチングのたびにこれらを実戦で試していく。すると、徐々にメールのラリーが続くようになり、デートの交渉までこぎつけられるようになった。
 
このときに特に役立ったと感じるのが、心理学でいう「ペーシング」という技法だ。相手のメールの文面に合わせて、文量や絵文字の種類、改行や句読点のタイミングをコントロールする。相手が1時間ごとに返信してくるなら、こちらもできるだけ1時間ごとに返すようにする。こうすると、相手はコミュニケーションがとりやすくなり、親密さを感じやすくなるそうだ。これを始めてから、飛躍的にチャットのやり取りが続くようになったので、それなりに効果があるのだと思う。こうしたチャットを続けうるうちに、やっとお付き合いできる女性が現れた。3か月後には実際に会い、同棲生活を始めた。恋愛初心者の私にとって、飛躍的な成長だった。
 
恋愛経験のない人は、そもそも異性との会話に自信がなく、せっかく相手に好意を持っていても、全く力が発揮できないことが多い。しかし婚活アプリのコミュニケーションは、まずチャット。ネット上における「年上女性とのやり取り」や「メールで距離を縮める方法」など、様々なやり取りを「予習」しながら、コミュニケーションをとってよいのだ。これは恋愛初心者にとって大きな強みだ。普通はそこまでたどり着かないところを、実際に体験しながらやり取りできる。まさに人生のチュートリアル。恋愛初心者は、ここで経験を深めていけばよいのだ。
 
恋愛初心者は、恋愛経験が少ないだけで、大いなる可能性を秘めている。チュートリアルで経験を積んで、恋愛力のレベル上げから始める。恋に奥手な大人の処世術として、これは一つの選択肢になると思う。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
大杉祐輔(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

1994年生まれ、岩手県出身。2016年に東京農業大学 国際農業開発学科を卒業後、栃木県の農業研修施設で有機農業・平飼い養鶏を学ぶ。2018年4月から、学生時代に10回以上訪問してほれ込んだ、鹿児島県 南大隅町に移住。「地域に学びとワクワクの種をまく」をモットーに、自然養鶏・塾講師・ライターを複業中。/blockquote>
http://tenro-in.com/zemi/102023

 


2019-11-18 | Posted in 週刊READING LIFE vol.58

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