週刊READING LIFE vol.58

大人って楽しい?《週刊READING LIFE Vol.58 「大人」のリアル》


記事:しゅん(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
※本記事はフィクションです
 
 

「大人って楽しい?」
 
土曜日の午後、居間で食後に一緒にテレビを見ていた小学六年生の娘が、こちらを振り返ったと思ったら、突然質問してきた。
 
「なんでまた、突然?」
「いやー。来年中学生になるんだけど、そもそも大人って楽しいのかな、と思って」
 
子供なりに色々考えてるんだな。うーん、とちょっと考えて、答えた。
 
「楽しいよ。好きなようにお金使えるし、夜ふかししても怒られないし、定期テストや受験もないしね」
 
もうちょっとマシな答えはなかったのか、と自分に言いたいが、残念ながら浮かんできた答えがこれだったのだ。
 
「じゃあ、なんで毎朝『行きたくないよー。会社にまだ行ってないけど、もう帰りたいよー』って言ってるの?」
 
ううっ。痛いところを突いてきやがる。
 
「うーん、確かに毎朝言ってるね。会社に行くのが楽しいわけではないんだよね。君たちも学校に毎日行ってるし、学校に行けばお友達もいて楽しいけど、学校自体が楽しいわけじゃじゃないっていうか、面倒くさいなー、行きたくないなーって思う時もあるだろ? それと一緒かな」
「ふーん」
 
なんとなく分かってくれたかな? 本当は、仕事に行くのが楽しくて仕方ないお父さんの姿を見せてあげたいのだが行きたくないのだから仕方がない。
 
続けて、目をキラキラと輝かして質問してきた。
 
「さっき定期テストや受験がないって言ってたけど、じゃあ大人になったらもう勉強しなくていいの?」
「勉強はするよ。お父さんは学生時代よりもむしろ今のほうが勉強してるんじゃないかって思うくらいしてるかな」
「なんだ、するのか……」
 
おいおい、あからさまにがっかりするなよ。
 
「でもね、子供の頃の勉強と違って楽しいよ」
 
首を傾げ、眉を寄せて怪訝そうな顔をする娘さん。
「べ・ん・き・ょ・う・が・た・の・し・い」って言葉がすっと頭に入ってこなかったのかもしれない。
 
「学校では、9教科勉強するよね? 好きな教科もあれば嫌いな教科もあって、テストの時には全教科勉強しないといけなくなるよね。なんでこんなの勉強しないといけないの? って思うこともあるよね?」
 
娘さんは、首を大きく前後に振り頷いた。そんなに大きく頷かんでも良くない? と苦笑いを浮かべる。
 
「でも、大人の勉強は、自分が好きな勉強、自分が本当に必要だと思った勉強だけしたらいいんだよ。だから、『ああそうなんだ』って理解できるだけで楽しいし、勉強した分だけ仕事や趣味に反映されるからやりがいがあって楽しいよ」
「ふーん、そんなもんなんだ」
 
すっきりと「わかった!」という顔はしていない。なんとなくモヤモヤしているような。あんまりこの楽しさが伝わってないみたいだな。うーんと、どうしようかな。
 
「例えば、君は工作好きじゃん。いつもお父さんやお母さんが『おおー、そんなん作ったの!?』って言うもの作ったりするじゃん。こないだも、間仕切り作ってたよね? 決められた時間内でYouTube見てるのに、自分のYouTube時間を使い切ったお姉ちゃんが後ろから覗いてくるのが嫌だ、って。長い棒を二本使って、その間に紙を貼って目隠しを作ったあと、その棒をどうやって立てるんだろう? って見てたけど、上手にダンボールの底板と接合してた。安定して立つ、しっかりした間仕切りを作ってたよね」
「すぐに使わなくなって、ゴミになっちゃってたけどね」
 
肩をすくめ、ペロッと下を出しながら答えた。
 
「君は自分で考えて色々作るのが好きだけど、例えば工作の本を読んで、これまで君が思いもしなかったような、便利で、かんたんな方法が書いてあったら『なるほど! そうか!』って思うだろ? そして、他にも便利な方法が書いてあるかもしれない! って思って、その本の続きを読むだろうね。ワクワクしながら」
 
少し唇を尖らしながら頷いて聞いている。頭の中で、その場面を想像しながら聞いているのだろう。
 
「まあ、大人の勉強ってそんな感じ」
「なるほどー。確かに楽しいかもしれないね。嫌な勉強をせずに、自分の好きなことだけ勉強したらいいなら」
 
ふんふんと頷いて、再びテレビに向き直った。一応納得してもらえたみたいで良かった。
 
ここで話を終わらせてもいいんだけど、お父さんとしてはもう一言だけ伝えておきたいことがある。今はまだ理解できないかもしれないけど。せっかくこの話題になったんだから伝えておこう。頭の片隅に少しでも残ってくれたらいいかな。
 
「でもね。大人って定期テストも受験もないって言ったじゃん? 裏を返すと〆切がないから、いつまででもぼーーっと過ごすことができちゃうんだ」
 
テレビを見ていた顔をこちらに向けて、少し首を傾げた。それで? ってことかな。
 
「ぼーーっと何もしないで生きて、それで気づいたら、年取って、『ああ、俺の人生何もしてこなかったなあ……』って死んでいくのも嫌じゃん。だからね、大人は自分で〆切や目標を設定する必要があるんだよ」
「自分の好きなことだったら、誰に言われなくてもやれるんじゃないの?」
 
いいこと言うね。そうなんだよね。
 
「そう思うだろ? でもね、人間って基本的には怠け者なんだよね。ぼーっとテレビを見続けたり、いつまでもテレビゲームしてる方が楽だし楽しいだろ? ほら。君だって、ゲームは2時間までって決められてても、お父さんやお母さんが見てなかったら、いつまでもやってることあるだろ?」
「えへへへ」
 
えへへへ、じゃないよ。本当は2時間超えてるの知ってるけど、君がどう行動するかなと思って見てるんだよ。そろそろ自分を律することができるようになって欲しくて。
 
「だから、いくら好きなことがあっても、自分で『よしっ、やろうっ。いつまでにこれやろう!』って自分を動かす必要はあるんだ。学校の先生やお父さんお母さんみたいに、勉強しなさいって言ってくれる人もいないからね。そのために、例えば資格を取るって決めて、試験に向けて勉強するってことでもいいし、もし、自分の夢があるなら夢に向かって努力し続けるってことでもいいと思うんだ」
「そう思うと、先生もお父さんお母さんも役に立ってるんだね。時々うるさいなーって思うけどね。ふふ」
 
やっぱり、そう思ってたんだ。顔見てればわかるけどね。
 
「あともう一つ、大人になると自分の好きなことがわからなくなっちゃうこともあるんだ」
「えー? なんで? 好きなことなんて、自分が好きなんだからわかるんじゃないの?」
 
いいねえ。その反応。その気持をいつまでも持ち続けておくれよ。そうだよね。自分の好きなことなんだから自分がわからない方がおかしいよね。
 
「大人になって、生きていくために、お金を稼ぐために、本当はあんまりやりたくない仕事をすることも、あるかもしれない。そんな時に自分の『やりたいこと』に蓋をし続けると、そのうち蓋をしていたことすら忘れてしまうことがあるんだ。そして『自分にはやりたいことなんて一つもない』って言い出すんだ」
 
ちょっと難しいかな? うーん? って顔してるね。
 
「お父さんも最近まで蓋をしちゃってて『好きなことか、特にないな……』って思ってたんだ」
「お父さんも?」
「自分のやりたいことは蓋の中なんだから、いくら蓋の外を見てたって、そりゃ、ないよね」
 
「もう一つ、自分には「どうせ無理」って蓋をし続けても一緒なんだよね。君、たまに言う時あるよね? だから君には『好きなこと、やりたいこと』に蓋をせずに大人になっていって欲しいんだ。他の人と比べる必要はないからさ。下手でもなんでもいいから、やり続けたらいいんだからさ」
 
なんとなく頷いている君。まだ、今の君にはこの話は難しいかもしれないけど、「好きなこと、やりたいこと」を追いかけて、キラキラした目をした子供のような大人になってくれたらいいなってお父さん思ってるよ。
 
「まあ、一言で言うなら、大人は楽しいよ。君は今のまま大きくなったらいいんだよ」
「そうなんだ。はーい」
 
そして、二人して再びテレビに向き直った。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
しゅん(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

ソフト開発のお仕事をする会社員
2018年10月から天狼院ライティング・ゼミの受講を経て、
現在ライターズ倶楽部に在籍中
心理学と創作に興味があります。
「勇気、不安、喜び」溢れた物語を書いていきます。
日本メンタルヘルス協会 公認心理カウンセラー
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http://tenro-in.com/zemi/102023

 


2019-11-18 | Posted in 週刊READING LIFE vol.58

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