週刊READING LIFE vol.70

新世代の家電は電気を使うな《週刊READING LIFE Vol.70 「新世代」》


記事:深谷百合子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

あなたは今、「わぁ、これ欲しい!」と思う家電は有りますか?
 
私は正直言って、どうしても欲しくなってしまうような家電に久しく出会っていません。「うーん、有れば便利かもしれないけど、別にそんな機能無くてもいいし……」というような物が実に多いのです。声に反応してオンオフするエアコンとか、「だから何?」って思ってしまうわけです。
 
1960年代生まれの私にとって、家電は新しい生活スタイルをどんどん生み出す、夢に溢れた商品だったのです。
 
洗濯機は全自動になり、「脱水機に洗濯物を入れる」というお手伝いをしなくてもよくなって嬉しかったし、冷蔵庫は大型化して扉が増え、何だかワクワクしたものです。
 
家事に関する物だけではありません。ビデオデッキやラジカセが登場して、録画、録音が手軽にできるようになったし、ウォークマンは「音楽を持ち運ぶ生活」を実現してくれました。
 
テレビは大型化、薄型化が進み、迫力ある映像を楽しめるようになり、一方でポータブル製品は小型化が進み、持ち運びが便利になりました。肩に担ぐタイプしかなかったビデオカメラは、手のひらに収まるサイズになり、誰でもビデオを撮影して楽しめるようになりました。
 
今まで世の中になかった物が次々と生み出される時代を生きてきた私にとって、あの頃のワクワク感を感じさせてくれそうな家電が今は見当たらないのです。実際、私は長年家電メーカーに勤めていましたが、「行き詰まり感」が満載でした。「こんなのが有ったらいいよね」みたいなものが思い浮かばないと言いますか、自己満足的な性能追求に走るか、あるいは、無理矢理とってつけたような機能を搭載するばかり。消費者としても、「もうそんなに欲しいものも無いし……」という状況なのでしょう。
 
さて、そんな家電業界ですが、これからの家電と言えば「スマート家電」でしょう。スマホとネットで家電を遠隔操作したり、AIがその場その場の状況に応じて制御をしてくれたりして、生活をより便利に、より快適にしてくれることが期待されています。
 
例えば、センサー付きのベッド。マットレスに組み込まれたセンサーが、寝返りや呼吸の状態等を検知して、睡眠の状態を把握し、それに応じてエアコンの温度を調整したり、電灯の明るさを調整したりすることができるようになるそうです。電動カーテンと連動させれば、眠りが浅くなってきた時に、センサーが反応して自動でカーテンが開くなんていうことも可能になるでしょう。
 
確かにそうなれば、暑くて寝苦しいとか、うっかり電気をつけっぱなしで寝落ちしたなんていうこともなくなって便利そうです。色んな物が自動で動く、いかにも、「未来の生活」を実現する新世代の家電というイメージがします。
 
でも、それを見て私はちょっと不安を感じたのです。そんな生活に慣れちゃったら「生きる力」が弱まりそうだなと。ぐっすり気持ちよく眠れるのはありがたいことですが、それに慣れてしまうと、自分の寝室以外では眠れなくなってしまうのでは? 環境への適応力が弱まってしまうのではないか? 等と余計な心配をしてしまうのです。
 
料理にしてもそうです。冷蔵庫にある食材を検知して、献立を提案してくれるとか、ありがたいけれど、残り物を上手く使って一品作る「考える力」が衰えそうです。
 
自分で考えたり、自分の体を動かさなくても、何でも家電が考えてやってくれる。これは、昭和の時代、家電製品の進化のおかげで、家事労働が圧倒的に楽になったのと同じでしょうか? 私は同じだとは思いません。今スマート家電が目指そうとしている方向は、動物としての人間が持っている「勘」とか「適応力」、「観察力」を衰えさせる方向に向かっているように思えて仕方がないのです。
 
じゃあどんな方向に向かえばいいのでしょうか?
やっぱり家事労働時間の短縮に貢献するような家電でしょうか?
 
例えば掃除。
掃除は掃除ロボットが既に登場しています。ロボットが掃除をやってくれれば、確かに楽です。ロボットが掃除している間、自分は他のことができるからです。だから、掃除ロボットは私も使っていました。これは確かに便利。しかもスマホで遠隔操作すれば、自分が留守中に掃除してくれて、帰宅した時にはきれいな状態になっているなんて、気分がいいですよね。
 
でも、私は思うのです。どうせだったら、汚れない家が欲しい!
掃除しなくても、いつもきれいな状態を保つ床があれば最高に嬉しいじゃないですか。
それ位の「大変革」が起きるのであれば、それはもうワクワクものです。
 
洗濯も然り。どうせだったら、洗濯する必要の無い繊維なんていうのが登場して、洗濯という家事そのものが無くなれば、洗濯のために使う電気や水は要らなくなるし、洗剤を含む排水も出ません。そうなれば、環境にとっても良いではないですか!
 
となると、新世代の家電に求めたいのは、今更な感じのする家事労働時間短縮ではありません。
 
では、環境への影響という点で見てみましょう。
2018年度の日本のエネルギー消費に伴う温室効果ガス排出量は、昨年11月に発表された環境省の速報によれば、10億6000万トン。その内、家庭からの排出量は1億6600万トンで、約16%を占めています。1990年度から比べると、家庭からの排出量は3500万トン増加しました。工場等の産業部門が1990年度から1億トン近く減らしたのと対照的です。そして、家庭からの排出量1億6600万トンの内、約70%を占める1億1400万トンが、電力の使用に伴う排出なのです。従って、家庭での電気の使用量を如何に削減していくかが、課題になるのです。
 
ということは、家庭で電気を使う家電製品の責任は重大です。
 
そりゃあ、各社とも製品の省エネ性能を改善する努力を必死になってやっています。でも、やっぱり「新世代」というからには、今までの常識がひっくり返る位の、あっと驚くような物であってほしいわけです。
 
例えば「電気を使わない電灯」。自然界を見渡してみると、電気を使わずに光るものって有りますよね。ホタルとかチョウチンアンコウ等の深海生物。彼らは電気を使わずに、発光しています。なぜ発光できるのか? その全貌を解き明かすことができれば、電気を使わない灯りを手に入れることができるかもしれません。現に今そうした研究が行われています。
 
また、サバンナに生きるシロアリの蟻塚は、外の気温変化がどんなに激しくとも、蟻塚の中はいつも一定の温度に保たれているのだそうです。この秘密を解明すれば、電気を使わずに建物内を冷暖房することができるでしょう。実際に、蟻塚の構造を真似て造られたビルが、ジンバブエの首都ハラレに有ります。気温が40℃を超える場所に有るにもかかわらず、冷房設備が無いのだそうです。
 
この技術が一般化すれば、将来はエアコン無しで快適空調が実現できるようになるでしょう。そうなれば、将来「エアコン」は、単なる送風装置程度の物になるかもしれません。
 
どうですか? 何だかワクワクしませんか?
 
スマホとネットを使って私たちの暮らしを「コントロール」し、生きる力を弱めていくような製品より、新世代の家電は、自然界のこうした驚くべき力を真似した「電気を使わない家電」であって欲しいと思うのです。私はそうした家電の誕生を心待ちにしています。
 
 
 
 

◽︎深谷百合子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
愛知県出身。
6年前から中国で工場建設の仕事に携わる。中国での仕事を終えたあと、自分は何をしたいのか? そんな自分探しの中、2019年8月開講のライティング・ゼミ日曜コースに参加。
もともと発信することは好きではなかったが、ライティング・ゼミ受講をきっかけに、記事を書いて発信することにハマる。今までは自分の書きたいことを書いてきたが、今後は、テーマに沿って自分の切り口で書くことで、ライターズ・アイを養いたいと考えている。

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2020-02-24 | Posted in 週刊READING LIFE vol.70

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