一級建築士が薦める、今Google Map上で見るべき建築物とは《週刊READING LIFE Vol.79「自宅でできる○○」》
記事:谷中田千恵(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「建築」は人類最大の娯楽である。
なんて、書いたらどうお感じになるでしょうか?
映画や、演劇、小説に、ドラマに漫画。
エンターテイメントに事欠かない現代です。
動きもしなければ、ストーリーもない「建築」が娯楽だなんて、反論されたいお気持ちは、十二分にわかります。
私は、建築士として、今まで150組以上のお客様の住宅設計にたずさわってきました。
ご依頼を受けて、建主様と設計の打ち合わせをする。
その度に、私は、お客様にとって「建築」は最大の娯楽だなと感じるのです。
基本「建築」はお客様次第の、フルオーダーメイド。
ドレスで言ったら、最高級のオートクチュール。
間取りに始まり、天井の高さ、冷暖房の性能、壁紙に、キッチンの色に、洗面台の高さ、果てはドアノブの形まで、その全てを自分の好みに仕上げることができてしまいます。
もちろん、建物が完成するまでの過程は、資金の調達など、たのしい事ばかりではありません。
それでも、自分だけの好みがビッシリ詰まった、世界にたった一つの私だけの建物が完成していく。
こんなたのしいこと、ちょっと他にはない気がしませんか?
さて、その「建築」のたのしみ方、「建てる」だけではありません。
完成した建物を「見る」のも、また大きな喜びの一つです。
世界の誰かが、いくらか昔に、それこそたっぷりのこだわりを詰めて完成された建築物。
とくに、建築家の思い強くを込められた建物には、見ているこちらの胸を揺さぶるパワーがあります。
時には、あふれんばかりの情熱にドキドキとし、時には、狂おしいほどのこだわりに恐怖を覚えるほど、「見る」という行為は感動を与えてくれるのです。
ありがたいことに、インターネットの発達で、その「建築を見る」ことは自宅でたのしむことができるようになりました。
特に、Google Mapは、ストリートマップや360°写真が充実しており、実際に旅行したかのような体験をすることができます。
今回は、そのGoogle Map上で、おたのしみいただきたい建築物を、2つご紹介させていただきます。
ロンシャンの礼拝堂(フランス)
検索をすると、まず、その奇妙な形に驚かれると思います。
真っ白い外壁は、ゆるくカーブを描き、「きのこ」のような屋根は、端の方でマントのようにクルリとひるがえっているではありませんか。
おおよそ宗教施設とは思えないこの礼拝堂を設計したのは、建築家、ル・コルビュジエ。
近代建築の三大巨匠の一人に数えられ、建築界では、超がつくほどのスーパースターです。名前を聞いたことがある方もいらっしゃるのでしゃないでしょうか。
日本では、上野公園の入り口にある国立西洋美術館の基本設計を手がけています。
現在では、西洋美術館を含めコルビュジエの作品17件が、世界遺産として登録をされている、まさに巨匠中の巨匠です。
礼拝堂が建設された1950年代、コルビュジエは、60代後半。
建築家として最も脂ののった時期でした。
コルビュジエは、若い頃から無神論者で、教会などの宗教建築に興味を示してきませんでした。
そのため、カトリックドミニコ会のアラン神父より、第二次世界大戦で失った礼拝堂の設計を依頼されたさいも、
「自分などではなくカトリック教徒に設計させればよい」
とその依頼をあっさりと断ってしまいます。
美術に精通し、コルビュジエを見込んでいるアラン神父は、「私はあなたが信徒であるかどうかなど気にしない!」と説得を続けました。
もちろん、最終的には、依頼を引き受けることになるのですが、それは、アラン神父の顔を立てるためではなく、このロンシャンの立地によるところが大きいと言われています。
礼拝堂が建つのは、丘の頂上です。
是非、礼拝堂まわりの360°写真を見てみてください。
東西南北の四方がひらけていて、ロンシャンの街をぐるりと見回すことができます。
コルビュジエは、この土地から強いインスピレーションを受けました。
宗教施設であることよりも、この場所に建てることに大きな意味を見出したのです。
事実、コルビュジエは、このプロジェクトのことを次のように紹介しています。
「1950-1955年、自由。ロンシャン、完全に自由な建築。大礼拝のほかにプログラムをもたない建築」
建築の世界では、このような景観のことをランドスケープと呼びます。
景色や、街並みのことを指す言葉ですが、今でもこのランドスケープは、建築家の物語の源になっています。
ランドスケープは、その土地を紐解き、建築という解法をしていく建築家にとって、大きなヒントのような存在なのかもしれません。
確かに、この礼拝堂、その立地をよく生かしているのです。
丘の下に広がるロンシャンの街の至る所から、真っ白い礼拝堂が目印のように見えます。
どうぞ、ロンシャン駅のそばのストリートビューで、その姿を探してみて下さい。見回すと、丘の上に、小さく礼拝堂の屋根の先端を見ることができるはずです。
何キロも離れたところから、変わらず同じ建物が見えることは、街の印象や、住民の心情に影響を与えそうですよね。
また、礼拝堂の一風変わった外観自体も、ランドスケープから生まれたとコルビュジエは語ります。
「ロンシャンのかたちは、大地に従い、音響学的な呼応-形態が奏でる反響として生まれた」
礼拝堂を楽器に、まわりの景色をコンサートホールに見立てて設計した。と解釈できる言葉なんですが、私は、この「大地に従い」という部分が気に入っています。
くるんと端の跳ねた屋根と、それを支えるどっしりとした真っ白い壁は、安定感があり、「大地」という言葉にぴったりだと思うのです。
コルビジェ自身は、その独特な屋根のフォルムは「蟹の甲羅」から着想を得たと言っています。
また、解説書によっては舟にそっくりだと書かれている場合もあり、その感覚の違いもまた「建築を見る」たのしみの一つなのでしょう。
あなたは、この屋根、どんなかたちだと感じましたか?
また、この礼拝堂、内部の空間も見所の一つです。
南側のカーブを描いた壁には、無数の四角い窓が空いています。
その窓には、一つ一つ異なるステンドグラスが埋め込まれているのです。
ステンドグラスは、光を受けて木洩れ日のように内部にたくさんの色の光を落とします。
このこぼれる光が、静かで、荘厳で、偉大な空間を作り出しているのです。
このステンドグラスも、一枚一枚、コルビュジエ自身がデザインしました。
伝統的な聖人の姿などは、描かれてはいません。
しかし、その色づかいや、シンプルな組み合わせには、神の存在を感じます。
信仰を持たないコルビュジエは、この光に神を託したのでしょう。
Google Mapには内部空間の360°写真もアップロードされています。
この神聖さ、どうか体感してみて下さい。
2.セイナッツァロの役場 (フィンランド)
設計したのは、フィランドの建築家、アルヴァ・アアルトです。
家具ブランドArtek(アルテック)の創設者の一人であり、iitalaのガラスの製品のデザインなども手がけているので、家具がお好きな方はご存知のデザイナーかもしれません。
お札にも顔が載るほど、フィンランドでは英雄的な存在だったアアルトは、「書かない」建築家で有名でした。
コルビジェなど、同年代の建築家たちが、著書を出版しその建築哲学を「書く」ことによって主張をしている中、アアルトは、それを良しとはしませんでした。
「建築は、語ったりするものではなく、創るものだ」と信じていたそうです。
このセイナッツァロという小さな島に建てられた役場もまた、アアルトの語った言葉を探すことはできません。
フィンランドらしい美しい森に囲まれたこの役場は、その景観とは裏腹に中庭をぐるりと囲む閉鎖的な空間を作り出しています。
真っ赤で重厚なレンガに囲まれた外観に、窓の少ない室内。
それには、フィンランドの気候が影響しているのではないかと思います。
緯度の高い、フィンランドでは、冬が長いうえに、日照時間が極端に短くなります。
その暗く長い冬を乗り切るためには、どっしりとした壁の安心感が必要になったのでしょう。
それは、議場の空間によく現れています。
この建物は、室内にもストリートビューが整備されています。
是非、地図の中ほどに位置する議場に足を運んでみて下さい。
一辺が約9メートルほどの正方形の部屋には、黒い皮張りの椅子が並びます。
天井は高く、正面には、同じく正方形の窓が見えます。
四方は、レンガの重厚な壁に囲まれて、見上げると、北欧らしい板張り天井が見えるはずです。
Google Map上の写真は、明るい時間の写真のため、圧迫感を感じますが、どうぞ、冬のフィンランドの暗く長い冬を想像して下さい。
天井から垂れたペンダントからは、オレンジ色のあたたかい光がこぼれ、窓の外は、真っ白い雪に囲まれます。
先ほどまで、重たい印象だったレンガの壁に、安心感を感じませんか?
また、この議場が重厚感を感じる窓の配置になっているのと対照的に、中庭をぐるりと囲む廊下には、光がたっぷりと降り注ぐ工夫がされています。
中庭に面した壁には、景色がしっかりと見える大きな窓があり、外部に面した壁には、ハイサイドライトと呼ばれる、横長の窓がたっぷりと配置されています。
この両側の窓からたくさんの光が差し込み、廊下を明るくし、ますます議場の暗がりや、重厚感を浮き上がらせます。
きっと、この対比もアアルトの演出の一つなのだと思います。
さて、もう一度、議場に戻りましょう。
どうぞ、天井を見上げてみて下さい。
中央に、木でできたクモのような形が2つ見えるでしょうか?
これは、トラスと呼ばれる傾いた屋根を支える構造物です。
セイナッツァロの役場以降、アアルトは、この構造をよく使うようになりました。
その理由は、この頃の時代背景にあります。
この役場が完成したのは、1950年前半。
アアルトにとって、1945年の第二次世界大戦、終戦後の最初の仕事です。
アアルトは、もともと、ほとんど平らに見える傾きの少ない屋根、フラットルーフを好んで使う建築家でした。
フラットルーフは、傾きのある屋根に比べると雨水が下に流れにくいのです。
そのため、防水性を高める必要が出てきます。
ところが、第二次世界大戦で、日本と同様、敗戦国となったフィンランドに潤沢な資金はありません。
防水性を高めるために必要なアスファルトを用意することができなくなりました。
アアルトは、やむなく、屋根に傾きをつけなければならなくなったのです。
ところが、稀代の建築家は、この屋根の構造そのものもデザインに取り込みました。
特に、この役場の複雑に絡むトラスは、蝶のように見えることからバタフライと呼ばれ広く親しまれています。
どうでしょうか、言われてみれば、確かに蝶のように見えてきませんか?
議場は、2匹の蝶に見守られる空間なんですね。
いかがでしたか。
「建築を見る」ことをお楽しみ頂けましたでしょうか?
「建築」とは、本当に不思議なものです。
人類が生きていくために必要不可欠で、私たちのすぐそばにある身近な存在にもかかわらず、時にはアートになり、時には信仰の対象ともなり得る。
そんな「建築」というジャンルに少しでも興味を持っていただければうれしいです。
今回は、海外の中でもちょっと足を運びにくい場所を選んでみました。
もちろん、日本の中でも、「見て」たのしい建築物はたくさんあります。
今のイチオシは、岡山県備前市の閑谷学校。
敷地をぐるりと囲む、石垣の美しさは圧巻です!
どうぞ、この機会に、ご自身のすきな「建築」を探してみて下さい。
参考図書
ル・コルビュジエ SD選書 C・ジェンクス著
丘の上の修道院ル・コルビュジエ最後の風景 范毅舜著
ル・コルビュジエ 機械とメタファーの詩学 アレグザンダー・ツォニス著
アルヴァ・アアルトの建築 エレメント&ディティール 小泉隆著
アルヴァ・アアルト SD選書 武藤彰著
□ライターズプロフィール
谷中田千恵(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
1982年栃木生まれ。
建築士。インテリアコーディネーター。伝統再築士。
一級建築士事務所アトリエタイチ代表。
明治大学理工学部建築学科卒業。
設計事務所、工務店、ハウスメーカー勤務を経て、150組以上のお客様の注文住宅設計に携わる。2019年、「くらす」ことをゆっくりみつめたいと独立。
曽祖父の建てた築90年の古民家を改築し、住まい兼事務所として「くらす」について考える日々をおくる。
2019年より、半径3メートルの世界を綴るために、書くことを学び始める。
好きな言葉は、食う寝るところに住むところ。
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