抑えられない中毒の話、少しだけ聞いてもらえませんか《週刊READING LIFE Vol.83 「文章」の魔力》
記事:射手座右聴き(天狼院公認ライター)
助けてください。今、僕はとても困っています。
中毒なのか、禁断症状なのか、自分でもわかりません。みなさんに
読んでいただいて、どうしたら、この苦しみから解放されるのか、
教えて欲しいと思って書きました。思い当たる症状はありませんか。
同じような感覚はありませんか。
あったら、どうぞ教えてください。
これは、中毒ではないだろうか。そう気づいたのは、最近のことだ。
それまでは、普通のことだと思っていた。
しかし、ある出来事をきっかけに自分のおかしさに気づいたのだ。
その症状は、人のいるカフェで起こる。電車の中で起こる。
周りの人が気になってしまうのだ。まるで、スポットライトが当たったかのように
誰かに吸い寄せられていくのだ。
突然、感覚にビビビッと電気のような痺れが走る。
痺れだけではない。どんどん研ぎ澄まされていく。
目から入ってくる情報は数倍に増える。
人の顔なら、毛穴のひとつひとつまで見えるような感覚。
この人は学生だろうか。仕事をしているだろうか。仕事だったらどんな仕事だろう。
今何歳なんだろう。髪は切ったばかりだろうか。スーツはよれていないか。シャツはクリーニングしたばかりなのか。スマホの機種はなんだろうか。右利きか左利きか。
目から飛び込んでくる情報を、ひとつも見逃すまいと僕の視覚は、どんどん鋭くなっていく。
耳からの情報も同様だ。まるで数百メートル先の蚊の羽音が聞こえるような感覚に
なる。声は低いか高いか。落ち着いているのか、何か心配事を抱えてはいないか。何の会話をしているだろうか。商談なのか、雑談なのか。恋愛のもつれか。一言一言どころか、息遣いまで聞こうと耳が磁石のように吸い寄せられる。
目と耳からの感覚が溢れるほどに鋭くなったとき、
触覚は……というと、手のむずむずが止まらない。
覗き見趣味と言われるかもしれない。盗み聞きと言われるかもしれない。
それだけだったら、ただの嫌なやつだ。
しかし、それ以上に、僕は嫌なやつなのだ。
そこからむくむくと広がる、妄想の黒い翼。映画のオープニングでカメラがどーんとズームバックしていくように、俯瞰で見つめる自分。探偵のように推理する、会話の背景や裏側。
ああ、今、見ていること、聞いていることからの想像が止まらない。
その先を知りたい。この物語がどうなるのか、気になって仕方がない。
抑えられない。目、耳からの情報が脳の中で回転を始め、感覚は増幅されていく。
今、自分の前で起こっている出来事に、現在、過去、未来どが肉づけされて、形をなしていくのだ。
その形はやがて脳を飛び出し、腕の方に向かっていく。
腕を通って、指先まで濁流のように、流れてくるのだ。
もう一人の自分が止めるのも聞かず、手が臨戦態勢に入る。
はやく、ここから出してくれ。
血液ではないその濁流を外に出さないと、頭がおかしくなりそうだ。
僕は、観念する。大きく息を吸って、手を動かし始める。
動かし始めた瞬間、濁流はゆっくりと体の外にでていく。苦しかったのが嘘のように、
心地よさを感じ始める。だが、まだ、終わりではない。堰き止められていた流れが外にでたら、それで終わりではない。次々と、次々と、濁流は流れてくるのだ。
カチカチカチ。キーボードを打つ手が止まらない。
そして、手が動いている間にも、目と耳からの刺激は脳に襲いかかり、脳は快楽物質を作り出す。濁流が濁流を呼び、僕は、だらしなく流れに身をまかせる。
カチカチカチ、他愛ない他人の会話がやや斜めに見たストーリーとして、
パソコンの中に記録されていく。
感覚から脳、手へのスピードはどんどん加速し、もはや誰にも止められない。
ある瞬間、突然に濁流は止まる。それは、唐突にやってくる。
時間にして、約10分。突然、感覚も、脳も、手も、症状はおさまる。
ピーッ。試合終了。とレフリーが宣言したかのように、ぶつ切りになる。
ふと、パソコンに目を落とすと、言葉が羅列されている。
覗き見た姿、盗み聞いた会話、人をたとえる表現。周りの情景。悪趣味から始まった
なんでもない話は、曲がりなりにも少し意地悪な物語になっている。
症状が止まった瞬間、僕は新しい喜びにつつまれる。
この喜びは、先ほどまでの体内の快楽とは違う。冷静な状態で楽しめる喜びだ。
僕はSNSの画面を見つめているだけ。いいね、の数が増えるたび、承認欲求のぬるま湯へとつかっていくのだ。さきほど、中毒症状をおさめるために書いた文章を、
SNSへ投稿しているのだ。ただ、いいね、の喜びはあくまでもおまけだ。
今日みなさんに相談したいのは、投稿せざるをえない、中毒症状のことなのだ。
僕は、もう何年もノマド的に仕事をしていたので、カフェや喫茶店に行くことが多かった。
一人で考えることが多かったこともあり、寂しかったのかもしれない。人の声がする場所で、人の気配がする場所で、仕事をすることで安心したかったのかもしれない。
だが、そのうちにだんだんと、人の声が耳に入ってくるようになった。そして、そこで繰り広げられる会話に興味を持った。
正直に言うと、最初は様々な会話に呆れながら書いていた。何があっても確実に利息が手に入る投資話。病気に確実に効くという健康食品の商談。根拠が薄い話を面白おかしく書くことが楽しくてしょうがなかった。
怪しい話をやや斜めに見ることで、ストレス解消をしているようなものだった。
それでもみんな、都市伝説のような怪しいあるあるに興味をもって、いいねをくれていた。
「あの投稿面白いですね」
直接会うと、友人が言ってくれることも多くなった。
が、しかし、ある日の出来事で、僕は、自分の書き方に疑問を持ったのだった。
いつものように喫茶店に行くと、とりとめのない話が始まっていた。
「もう、テレビの時代ではない。私は ユーチューバーとして活動したいと思う」
70歳をすぎたご老人がいきなり話し始めた。
「今から専門家がきますから、相談しましょうね」
向かい合っている30代の男性が言った。
これはいいネタがきたぞ。僕の覗き見心と、盗み聞き心は、動き始めた。
感覚が尖り、頭が動き始めた。今日も楽しくなりそうだ。
専門家、が店に入ってきた。
その顔を見て、驚いた。
「投稿面白いですね」
と言ってくれた、あの友人だったのだ。
彼と目が合った。あっ、と言う顔をしながらも、彼は名刺交換を始めた。
尖った感覚は、すーっと冷えていき、回転していた頭は速度を落とし、
いつものような想像の流れは引いていった。
いままで書いてきたことはなんだったのか。僕は初めて振り返った。
友人を目の前にして、同じように書けるのか。
みなさんなら、どうしますか。
友人のこと、書きますか、書きませんか。
直感的に僕は、書いてはいけない気がした。友だちのことを観察対象のように書けない。70歳のご老人がユーチューバーになりたい、というちょっと意外な話を面白おかしく書こうとすれば、友人のことも少し皮肉のように書かざるを得ない。彼はそれでいい気持ちがするだろうか。それは裏切ることになりはしないか。
その一方で書けるような気もした。いや、いつものように、書くことこそが、友人も喜ぶだろう。ここでブレたら、いままで楽しみにしてくれていたことを裏切ることになりはしないだろうか。
初めて僕は、葛藤にぶちあたった。
どうしたらいいのだろうか。
面白おかしいだけでいいのだろうか。
いままでのことを思い出してみた。荒唐無稽な話に巻き込まれている人たちのことを
自分はしっかりと観察できていたのだろうか。
僕に気づきながら、ご老人の質問に答えている友人の表情を見ていた。
足りなかったんだ。いままでの目や耳の感覚では足りなかったんだ。
もっと深くもっと奥まで、感じとるものが必要だったんだ。
なぜ、謎の商談をしているのか、どんな経緯でそうなっているのか。
話の表面の面白さだけでなく、巻き込まれた背景までもっともっと想像することで
ストーリーに奥行きがでるのではないだろうか。
意地悪なだけでない話になるのではないだろうか。
それならば、友人のことも書いても許されるのかもしれない。
観察をすればするほど、文章は力を持ってくる気がする。
しかし、どんな方向から観察するか、で、意地悪にもなれば、愛あるものにもなる。
人は意地悪が苦手ではない。むしろ、悪口や噂話が好物という人も多いだろう。
が、しかし、そんな文章は時として、凶器にもなる。
やはり、愛を感じてもらえる文章でなければ。
そのために、もっと感覚を磨き、頭を回し、手に流れていく濁流をコントロールしながら、文章にしていかなくては。表の面白さに流されず、その裏に流れる感情までも見つめなければ、愛は表現できないのではないか。
そこまで考えたとき、友人が近寄ってきた。
「まさか、ここで会うとは思いませんでした」
少し気まずそうに彼は言った。
中毒症状を愛あるものに、制御していくことが大切だ。
え、中毒を制御するって、どういうことだ。
まるで、暗黒面と光の面が闘うSF超大作のようなことになってきた。
このように、ますますひどくなっていく、観察対象への中毒、そして、文章への中毒。
僕は悪趣味なのか、好奇心旺盛なのか。
意地悪なのか、愛を保とうとしているのか。
このまま文章を書き続けていいのか。書くならどうしたらいいのか。
そろそろ外出が認められ始めて、また喫茶店やカフェで仕事ができるようになり、
僕はまた自分の症状を放置できない状況になりそうだ。
あなたなら、どうやって、この中毒に向き合いますか。
何かいい方法があれば、教えてください。僕を助けてください。
書く気持ちを抑えられない僕に、どうか助言をください。
□ライターズプロフィール
射手座右聴き (天狼院公認ライター)
東京生まれ静岡育ち。新婚。会社経営。40代半ばで、フリーの広告クリエイティブディレクターに。 大手クライアントのTVCM企画制作、コピーライティングから商品パッケージのデザインまで幅広く仕事をする。広告代理店を退職する時のキャリア相談をきっかけに、中高年男性の人生転換期に大きな関心を持つ。本業の合間に、1時間1000円で自分を貸し出す「おっさんレンタル」に登録。5年で300人ほどの相談や依頼を受ける。同じ時期に、某有名WEBライターのイベントでのDJをきっかけにWEBライティングに興味を持つ。天狼院書店ライティングゼミの門を叩く。「普通のおっさんが、世間から疎まれずに生きていくにはどうするか」 をメインテーマに楽しく元気の出るライティングを志す。
天狼院公認ライター。
メディア出演:スマステーション(2015年),スーパーJチャンネル, BBCラジオ(2016年)におっさんレンタルメンバーとして出演
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