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週刊READING LIFE vol.86

心が入らない教養なんて《週刊 READING LIFE Vol,86 大人の教養》


記事:青野まみこ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
そもそも自分で「私って、教養がとてもあるんです」などと言い出す人なんているのだろうか。
人がどのくらい教養があるかないかの判定なんて、正直よくわからない。しかしながら人は教養を身につけたがる。
何をもって教養とするのかも人によって全然違うけど、本当の教養って何ですか? と問われた時に、ちゃんと言える人って実は少ないような気がする。

 

 

 

「大人の教養」と聞くと、前にいた職場のことを思い出す。
カルチャースクールで働いていた時に、教養講座の担当をしたことがあった。
短歌・俳句・小説・童話・歴史・美術鑑賞・など、主に座学の文系の内容が多かった。
 
自分も、趣味が読書と映画鑑賞という、根っからの文系っぽいというか文系に近いものなので、文学系のことをもっと深く掘り下げたいという気持ちはとてもよくわかる。
もし自分に十分な時間と豊富な資金さえあれば、大学院にでも行きたいくらいだからだ。自分が好きなジャンルを思いっきり掘り下げて勉強たらどんなにか面白いだろうかと思う。
 
担当していた教養講座だが、それぞれとても細かいルールがあった。
例えばだけど、自分の講座の内容をカセットテープに録音することを講師が希望している講座があった。遠方なので全部出席できない生徒さんに聞かせたいから、というのが理由だ。
その講座では、教室内のどこにカセットデッキを置くか、いつ録音ボタンを押すか、配線はどうするか、実に細かい規則があった。それは代々の担当者に受け継がれているものなので、勝手に変更することはよほどのことがない限り許されなかった。
カセットテープなんて、今売ってるの? 昔はよくFM放送を録音したものだけど、もう今じゃ使わないので、何十年ぶりかでそこで触った気がする。講師は穏やかな人だったが、何十年も前に戻れるような、懐かしいけど覚えづらいルールがあった。
 
また別の講座はプロジェクターを使用していて、その映像の再生具合について講師がとてもうるさく言って来ていた。
「ここはこの大きさでスクリーンに映してほしい」
「音声はこのボリュームで出してほしい」
「これはDVDではなくVHSで映像を流すので、VHSがちゃんと再生できるように準備してほしい」
など、全部挙げたらキリがなかったのを思い出す。
おまけにそれらのルーティーンが1つでも崩れると、講師に烈火のごとく怒られた。
「こっちはちゃんと完璧なものを出したいんだから、きちんとやってくれないと困るじゃないか!」
担当の私だけじゃなく、たまたま近くに居合わせたたくさんのスタッフが怒られていたし、講師に事務室に怒鳴り込まれたことも何度もあった。無用に怒られることが嫌なので、その人の講座の前日には完璧に準備して、リハまでして音声チェックしたことを思い出す。
 
自分もそうだからとてもよくわかるのだが、文系の人って細かいところにうるさい感じがする。
例えば、いつも自分がやっていることが少し違っていたりすると、
「どうして今日は違うの?」
と尋ねたくなるような、そんな一面がある。
神経質と言われても仕方がないのかもしれないけど、自分の専門分野はちゃんとこなしたいという気持ちがそうさせるのだ。
今になってよく考えると、そんな講師も自分も同類だったのかもしれない。ただ怒るか怒らないかの違いなのだろう。
 
思い返しても面倒な講座ばかりだったが、その中でもひときわ思い出に残っている講座がある。
それは短歌の講座だった。
よそはどういう風にしているかわからないが、私が担当していた短歌や俳句の講座は、事前に締切日までに生徒が投稿し、講座当日に講師が講評を述べるものだった。
締切日までに生徒が提出する先は、講師ではなく私たち事務方だ。メール・ハガキ・FAXで投稿が寄せられ、それを担当者がExcelに入力してプリントを作り、当日講師と生徒に配る。
 
教養講座に通っている生徒さんは、50代・60代・70代くらいの方がメインの年齢層だった。いわゆる「第二の人生」を謳歌している方が多いので、それはそれはいろんな方がいる。
短歌の講座もそうだった。お年を召した方が多いので筆圧が弱く、ハガキで寄せられた歌の字が読めないことなどもあった。判読不能なんだけどどうにか読み解いてExcelに入力しないといけない。
「これってなんて書いてあると思います?」
と、よく同僚に訊いたものだ。ミミズみたいな字の判読コンテストみたいになっていて、入力し終わった歌を見ると大喜利みたいになっていたこともあった。
入力するExcelの内容だが、「投稿されたものは一字一句そのまま入力する、一文字も間違えて入力してはいけない」というルールがあった。
出されたものはそのまま打つ。例えば、
「私は、寝った」
と投稿されたら、そのまんま入力する。自分で勝手に判断して、
「私は、寝た」
などと変えてはいけないのだ。これは、全ては投稿者の責任ですということをはっきりさせるためだからだ。
それと、一字一句そのまま入力するので、絶対に間違えないようにという申し送りも来ていた。もし間違えると講師にもすごく叱られたし、生徒にも注意されることもあった。
それだけ自分たちが真剣なんだろうけど、だったらこちらじゃなくて、ご自分たちで作ればいいじゃないと思うことも度々あったのを思い出す。
こうして神経を使って心血注いで? 入力したそのExcelをプリントアウトして配る際にも、配り方があるのよと前任者から教えられた。
「本日の投稿でございます」「よろしくお願いします」などと言いながら配るように、と言われていた。
あとは、講師や生徒も長く続けている人たちなので、失礼のないように、ということだった。
 
短歌講座の生徒の中でも、リーダー的な存在の人がいた。
その人は男性で、多くの生徒と同じようにご年配で、60代くらいの方だったろうか。現職の頃はきちんと企業にお勤めをしていたような方だった。
前任者から、「あの人には特に粗相のないようにしてね」と言われていた。男性なので、怒ると大層キツいからということだった。
気をつけていたつもりだけど、一度、その人に強く叱られたことがあった。
その日は、短歌講座で使う前に入っていた講座が伸びていて、短歌講座の机のセットが直前までできなかった。
机の直しをみんなでやっていたけど、生徒さんを待たせてしまうことになった。そして例の短歌投稿のプリントが出来上がるのも少し遅くなり、講座が始まるギリギリに配ることになってしまった。リーダーさんは私を呼びつけてこう言った。
「なんで今日はこんなに遅いんだ! みんな早くから来て待ってるんだよ? もっと早くしてくれないと困るじゃないか」
そんなにブチギレられても困るよー! そんなこと言われても、私のせいじゃありません! と言いたいのをグッと我慢して、私は答えた。
「申し訳ありません。前の講座が延長してしまって、机のセッティングが遅くなり、みなさまお待たせしてしまいました。今後このようなことがないように注意いたします」
「みなさんロビーで待ってるんだよ、気をつけてくださいね」
心の中でため息が出る。教養を身につけに来ているのに、よくもこんなに人を叱れるものだなあと。
もし自分が逆の立場だったら、こんな理不尽な叱られ方をされたら頭に来るくせに。
ものには言い方というものがある。いくら客だからって何をしてもいいわけじゃないでしょ? 私だって仕事じゃなかったらとっくに言い返しているけど、仕事だから言わないだけだよ。
そんな理不尽な叱られ方もあるのだけど、それは事故に遭ったようなものだと割り切って仕事をするしかなかった。私にできることは、そんな叱られ方をしないで済むように先回りすることだけしかないから。
多くの講座で、私はそんなスタンスで接していた。先に何を言われるかわかっているなら、回避すればいいし、そのことでお客さんが満足するのならそれでいいと。
 
自分がどのように接したらいいか、感覚をつかみ始めた頃、契約社員だった私は社長と面談をした。社長はこう言った。
「大変残念だが、あなたとの次回の契約更新はしないことになりました」
「え? どうしてですか?」
「あなたが、講座に対して臨む姿勢がよくないという話が出たからです」
何を言ってるんだろうと思った、社長なんて私がどういう風に働いているかなんて見たことないくせに。どんなに人が懸命にこなしているかわかってないくせに! 誰に聞いたか、誰がどういう風に言ったのかは知らないが、現場も見ずに評価されたことに対しては、じゃあこっちから辞めてやるよ! くらいにしか思わなかった。
実際その頃、私はもうこの会社にあまり未練はなかった。経営状態が思わしくないことはわかっていたし、経営陣の考え方も好きになれなかった。
仕事はだんだん慣れてきたけど、将来のない職場はさっさと見切りをつけるべきだと思っていたので、経営陣には怒っていたけど私は残りの仕事を全うしようと思っていた。
 
そして退職の日が近づいてきた。
私は自分が担当している講座全てに顔を出して、退職の挨拶をした。
短歌講座の皆さんにももちろんご挨拶をした。ところがその日、リーダーの男性は講座を休んでいた。なんでも海外旅行に行っているのだそうだ。私は、
「では、今日ご欠席の方々にもよろしくお伝えください」
と他の生徒さんに告げてお別れをした。
それから少しした時、1通のメールが入った。
送信者は、あの短歌講座のリーダーさんだった。わざわざメールを下さったのか。なんか意外だなと思いながら開封した。
 

この度は、ご退職ということで、大変お世話になりました。
小生、海外旅行中につき、直接お会いしてご挨拶できなかったのが残念です。
貴女は講座のことを、本当によくやってくださいました。
ありがとうございました。心から御礼申し上げます。
これからのご活躍をお祈りします。

 
短いメールだったけど、読みながら何故か最後は泣いていた。
 
会社はすごく冷たかったけど、同僚にこのメールを見せた時にこう言われた。
「これでいいじゃない。社長は本当にだめなやつだけど、こうしてあなたがお客さんから評価されているってことが証明されたんだから。このメール、社長も見れるから、あなたが講座に臨む姿勢が良くないなんて理由がでっち上げだってことが私たちもわかったし」
「そうだね。それでいいんだと思う。この人、厳しい人だったけど、見るところはちゃんと見ていてくれたのかなと思います」
私はすっきりとした気分になった。
いろいろあった職場だったけど、思い残すこともなく去ることができた。

 

 

 

人は教養を身につけたがる。しかし、教養を身につけただけでいいのだろうか? と言いたくなるような人も実際多い。
その人に心が宿ってこそ、生きてくるのが教養ではないだろうか。
人への思いやりや、痛みがわかる心がなしに、教養は決して生きない。そのことを学んだ仕事だったように思う。
自分もいろいろと学ぶことは好きだ。だけど頭でっかちにはなりたくない。自分はきちんと心が入っている人なのだろうか? こうして書きながらも、自問自答している。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青野まみこ(あおの まみこ)(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

天狼院ライターズ倶楽部所属。
東京生まれ東京育ち。3度の飯より映画が好き。
フルタイム勤務、団体職員兼主婦業のかたわら、劇場鑑賞した映画は15年間で2500本。
パン作り歴17年、講師資格を持つ。2020年3月より天狼院ライターズ倶楽部に参加。
好きなことは、街歩き、お花見、お昼寝、80年代洋楽鑑賞、大都市、自由、寛容。

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2020-07-06 | Posted in 週刊READING LIFE vol.86

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