週刊READING LIFE vol.87

バカ話が、常識に変わる日《週刊READING LIFE Vol,87「メタファーって、面白い!」》


記事:射手座右聴き(天狼院公認ライター)
 
 
メタファーは、ロールプレイングゲームの宝箱のようなものだ。
コンテンツを読み進めながら、ふとした1行に込められた意味をみつけていく。
前後の描写と関連づけて、自分なりに物語を解釈できる。
宝箱が開いた瞬間、作者と秘密を共有したような気持ちになれる。
童話から難解な小説まで、どんな物語にもメタファーがあると思っていた。
ストーリーに限らない、ノンフィクションも歴史も、何かのメタファーにもなるはずだ。
 
しかし、そんなメタファーの概念を一気に吹き飛ばした漫画があった。
不条理漫画と呼ばれるジャンルだ。
今から30年ほど前のことである。
吉田戦車という漫画家をご存知だろうか。
40代後半以上の人ならば知っている可能性が高い。
 
わけがわからない。けど面白い。とにかくストーリーが無茶苦茶だった。
4コマ漫画なのだが、起承転結があり、最後のオチでくすっとする、というようなものではない。
 
起、が既に狂っていた。最初のコマから妙なキャラクターしか登場しないのだ。
直立歩行のかわうそが、制服をきた男子学生と一緒にプラカードを持って立っている。
足は生足。
かわうそなのか、人間なのか。プラカードには、「約束50円」 と書いてある。
誰がどうやって何を買うのだろう、という話である。
ほかの4コマでは、「憶測」 を30円で売っていることもある。
かっぱ君というキャラクターが、ハワイに行ったことがあると聞いてから
激しくハワイに執着してみたり。
 
それだけではない。もっと不思議なキャラクターも登場する。
 
斎藤さん、という浪人生のキャラクターがでてくる。女性が気になり、勉強が手につかなくて、部屋を借りている大家さんに心配される。ここまでは普通だが、斎藤さんは、人間ではない。かぶとむしなのだ。さらに、部屋は庭に立っている木の穴だ。
浪人生が木に住み着いたカブトムシ、ってなんのメタファーにもなりようがないのでは。
 
山崎先生は生徒想いで真面目な先生だ。いつも、生徒のために忙しく走り回っている。
ぐれてしまった生徒にもあたたかく向き合う。ここまでは普通だが、山崎先生は、人間ではない。ほぼカモノハシのような格好をしている。カモノハシの先生がペタペタ音を立てながら走り回っているのだ。
何? なんなの。先生はなんのメタファー。動物、それとも人間。
 
そのほかにも、いつも誰かを殴ろうとしているシイタケ。なぜ、シイタケが機敏に動けるのか。
ミッチーという女の子はトオル君というボーイフレンドを、あの手この手で郵便局員にしようとする。
なぜ、なぜ、なぜ?
なんのメタファーなのか。考えても考えてもわからない。でも、なぜか笑ってしまうのだ。
 
キャラクターだけではない。ストーリーも狂っている。
ふとんくらいの大きさのスライスチーズを作るおじさん。そこにもぐりこむと、端から男子中学生らしき人々がスライスチーズを食べ始める。
「ひな人形」 に飽きただろうと、「ひな人間」 を買ってくる話。
突然、小さなクマがアパートに入ってきて、死んだふりをしていると、ご飯を作ってくれる話。
 
もう、どこをどうメタファーにしようとしても不可能だと思っていた。
いや、むしろ、メタファーとして読み取られることを拒絶しているのだろうか。
シュールで難解と言われる映画でも、ストーリーの展開を予感させるようなカットはある。
そこには、メタファーが込められている。
しかし、この吉田戦車の漫画は、あえて、メタファーととられるようなモチーフを避けて避けて
避けて作られているのではないだろうか。
 
そう思ったまま30年。
しかし今、このシリーズの中から2つの作品がメタファーになってしまった。
昔はただの不条理だったものが、今この時期にメタファーになったのだ。
 
ひとつは、定食屋さんの話だ。
「すみません、相席になってしまいますが」
申し訳なさそうに言うスタッフ。
中に入っても見ると、テーブルがとにかく大きい。体育館ほどの広さだ。
向かい合わせ、と言っても、数十メートルの相席だ。
「この相席なら迷惑をかけない」
と隅っこでテーブルに寝そべりながら食べる、というオチだ。
 
5月下旬から、東京でも飲食店が徐々に営業を再開した。狭いお店でも、衝立を立てたり、ビニールシートで覆ったり、様々な感染防止対策をしている。まさにタイムリーな表現になっている。
 
もうひとつはもっとあからさまだ。ある意味ぞっとする。
「おっ、距離!」 というセリフで始まるのだ。
かなり離れて歩いている人、二人を見ながら言うのだ。おそらくはまったく関係なさそうな二人だ。
口々に言う人々。
「いい距離だ」
「いい距離だ」
「距離マニアを満足させる距離はめったにありませんから」
そして、最後のコマでは奥さんとも距離をとっている。
この漫画が描かれたとき、いい距離、という言葉は、距離を評価するという概念は
不条理なものだったはず。不条理だからこそ、バカバカしく笑えるものだったはずなのだ。
 
それが今ではどうだろう。不条理どころか、新しい生活様式の核となる概念、それが距離だ。
 
この2作品については、「まさか30年前の作品が予言になっているとは」
ネットでもたくさんの人が言及している。
 
メタファーから程遠いと思っていたものが、なぜ今になって。
血のようなもの。メタファーとは、時代時代で変わっていくものなのか。
時が止まってしまった作品でも、
私たちの世界や環境が変われば、意味が変化する。
そこに新たな血がふきこまれ、作品も姿を変えて蘇る。
さらに、だ。
この漫画のタイトルが「伝染るんです」 というタイトルであることも。
もともと、インスタントカメラの名前「写るんです」 から引用されたタイトルなのに、だ。
 
そんな瞬間を目の当たりにしたことに、震えた。
 
「そんなことあるか、バカバカしい」
と笑い過ごしていた4コマ漫画が、今の時代を描くことになろうとは。
「伝染るんです」 と名付けられたこの漫画が生まれて30年後に
こんな世界が待っていたとは。
 
作品に鏤められた記号から、作者の表現を読み取ることがメタファーだと思っていたが、
メタファーを読み取る権利の半分は、私たち読者にもあるのではないか。
 
この数ヶ月で常識も習慣も一変した。身の回りのものが持つ意味も大きく変わった。
ということは、メタファーも大きく変わるのではないだろうか。
 
事実、「コロナ以降に読むと、意味が変わっている」
という作品はたくさんある。
たとえば、「風の谷のナウシカ」 の世界も今の世界に似ていると言う意見もよく目にする。
 
もしかすると、あらゆる作者は無意識に未来を書いているのかもしれない。
その無意識が産んだメタファーがあるのかもしれない。
 
捕まえた、と思うと逃げていく青い鳥のような、メタファーという生き物、いい距離で接すれば、
ますますコンテンツが味わい深くなることは、間違いない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
射手座右聴き(天狼院公認ライター)

東京生まれ静岡育ち。新婚。会社経営。40代半ばで、フリーの広告クリエイティブディレクターに。 大手クライアントのTVCM企画制作、コピーライティングから商品パッケージのデザインまで幅広く仕事をする。広告代理店を退職する時のキャリア相談をきっかけに、中高年男性の人生転換期に大きな関心を持つ。本業の合間に、1時間1000円で自分を貸し出す「おっさんレンタル」に登録。5年で300人ほどの相談や依頼を受ける。同じ時期に、某有名WEBライターのイベントでのDJをきっかけにWEBライティングに興味を持つ。天狼院書店ライティングゼミの門を叩く。「普通のおっさんが、世間から疎まれずに生きていくにはどうするか」 をメインテーマに楽しく元気の出るライティングを志す。
天狼院公認ライター。
メディア出演:スマステーション(2015年),スーパーJチャンネル, BBCラジオ(2016年)におっさんレンタルメンバーとして出演

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2020-07-13 | Posted in 週刊READING LIFE vol.87

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