最後は【ウラジロ飛ばし】をしよう《週刊READING LIFE vol,102 大人のための「勉強論」》
記事:杉下真絹子 (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「これがムチゴケ。
ほら見て、下の方からムチみたいなのが出てるでしょ。
だから【ムチゴケ】って呼ばれてるの」
私は、ひざまずいて3~4センチほどの大きさのムチゴケをそっと触って裏にある名前の由来であろう【ムチ】のようなものを探す。
そう、よーく見ると確かに細いムチのようなものがひょろ~っと出ている。
「あった~! ほんとだ、ムチみたいなの見つけた~」
と、森の中で子供のようにはしゃぐ。
それを確認したら、すかさず携帯カメラで写真を取り名前をメモする。
そして、小さな声で
(ムチゴケ、ムチゴケ、ムチゴケ……)
と念仏を唱え、インプットしようとする。
「これがフタリシズカ。
春から夏にかけて2つの枝に分かれて白い花がつくのでフタリシズカ。この前の夏の研究会で森に入ったときに花が咲いてたね。でも、花穂の本数は2本とは限らなくて、1本の場合も5本の場合もあって、それでも【フタリシズカ】って言うの」
そう言われて、しずしずとフタリシズカと言う植物に近づいてみる。
今は開花シーズンが終わり、葉っぱだけしか残っておらず、すぐとなりに生えるキリシマテンナンショウの葉っぱとほとんど見分けがつかない……。
「(キリシマテンナンショウとの)葉っぱの違いは、外側のギザギザがあるか、ないかの違いで見分ける」
と言われると、私はフタリシズカの外側のギザギザ葉っぱを指で触って確かめる。
うーん、色々名前ありすぎー!
と、もうこの時点でちょっと整理がつかず頭の中ははてなマーク(?)でグルグル回っている。
それでも、めげずにまた携帯カメラを取り出し、記録のためにパチリ。
そして、メモ。
で、念仏の(フタリシズカ、フタリシズカ、フタリシズカ……)。
気がつけば、師匠は森のさらに奥に入っていて、私は必死でついていく。
これは、【屋久島自然研究会】で屋久島の奥深い森に入ったときの様子だ。
この研究会の主催者は、屋久島生まれ・育ちの岩川俊朗さんというガイドさんだ。もう屋久島のガイドをかれこれ40年近くやっていて、屋久島の自然を愛してやまない屋久島ネイテイブ。もうかなりのおじさんだけど、中身は野生児少年のまんまだ(しかし、おやじダジャレ連発で周囲のみんなはよく固まっている……)。
それもそのはず。
小さいときから、野生・原生林の森に入り、様々な珍しい動植物に触れてきた。
珍しいチョウチョ(ヤクシマミドリシジミなど)も発見してきたし、珍しい鉱物も化石も掘って見つけてきたという。
そして、今でもその好奇心と興味はすたれるどころか、年々磨かれているように見える。
何を隠そう、これらすべてわが息子の興味のジャンルとおんなじ!
だから息子も師匠のことが大好きだし、大ファンなのだ。
たまに師匠に会うと、必ず拾ってきた石や持っている昆虫図鑑を見せて、質問攻めをする。息子にとっても生き字引のような存在だ。
そんなわけで、森にいる多くの植物や生き物についてとにかく詳しい。
しかも、植物や生き物は四季折々で常に変化するし、一瞬一瞬様変わりしていく中であっても、師匠はその植生や特徴をしっかり見極めることができる。
そう、植物図鑑をパラパラ見て、知った気になるのとは違うのだ。
何よりも、師匠を見ていると、生きとし生けるものへの【愛】が溢れ出ている。
本人にそれを言うと「そんなん、違うわ。ガイドとして当たり前でしょ」といつも認めない。が、実際に誰が見ても【愛】が全身からにじみ出ている。
そんな師匠によって20年前に立ち上がった屋久島自然研究会、当初は主に山岳ガイドが「屋久島の自然」について学ぶ場だったようだが、今では門戸が広がりガイドでなくても自然を愛する大人であれば研究会に入って学ぶことができる。
そもそも、私たち大人が社会人になってからの学びや勉強にはいろんなパターンがあると思うが、最も大切なことの一つに、自分がそのことについて心から【興味がある、学びたい】と思うのかどうかである。実際に、入ってくる研究会メンバーはそんな思いで師匠にコンタクトしてくるのだ。
しかも、屋久島自然研究会の参加費はたったの500円/回。
こちら参加費というよりも、車で移動するガソリン代。
朝9時に集合してから森へ、そして解散はだいたい15時から16時という行程が多い。まさに一日中森が大人の学びの空間になるのだ。
ただ、難点が一つ……!
この研究会開催日のお知らせが来るのがたいてい2~3日前、ときには当日ひどいときには1時間前などに師匠からと連絡が来ることもある。
「え……、いきなり明日ですか? まじ? ありえないでしょ」
とっさにこの言葉をよく言ってしまう。
そもそも、何日も前から計画をたて、多くの人と調整しながらも手帳には分刻みで予定を組む都会の生活では考えられないことだ。
だからまだ屋久島に来て日が浅い私も、師匠の動きを見て調子狂うこともある。
「天気を見て決めるからしょうがない」
さすが、自然と共に生きる姿!
その上、これまでの研究会の内容をいくつか挙げると、毎回魅力溢れるものばかり。一旦研究会のテーマを知ってしまうと、不参加だと大損すると思ってしまう!
– 原生林に入り、植物や苔の調査と巨木の観察
– 照葉樹林に入り、菌従属栄養植物やその他ラン科植物の観察
– 春先の山菜と薬草の勉強会、採集後は天ぷらで試食会
– 巨石、大岩、祠の観察
– 夜に神秘的な光を放つ巨大キノコの観察
– 海で磯もん獲り、海藻や貝殻の勉強
– などなど
だから、いつも私は必死にその日参加すべく、すべての予定をキャンセルしたり組み直したりとあらゆる調整を必死に試みることが多い。そう、もう必死に!
それでも、そこまでしてこの研究会に参加する意義と価値が高いと私は感じている。
ここ屋久島には、まだ誰も踏み入れていないとても深い森に覆われているところが多く、普通の人は軽々しく入ることはできないし、危ない。深い森のでは簡単に方向感覚を失い迷ってしまう。
だからこそ、自然研究会を通して入ったことのない森にベテラン師匠と仲間たちと一緒に入り、その森の中に生息する生き物に出会い、その名前や特徴を学べるというのは最高のチャンスと言える。
最近ではオンラインでの学びが増える一方、この研究会では何に遭遇するかわからない森の中にリアルタイムで入って初めて学びが始まる。
つまり、刻々と変化し、また未知数だらけの自然界に入り、奥地前進しながら、植物や生物のことを実際に目で見て、触って、肌で感じて、匂って……、フルに五感を使って習得していく。そんな大人の学びの場がここにあり、私にとって参加できる機会は本当に有り難いばかりだ。
脳科学者の茂木健一郎さんが言うには、記憶が蓄えられる場所である脳の側頭葉(側頭連合野)は、その働きのみならず五感や動機や取り組む姿勢などの機能も備わっており、それらすべてを総動員させることで、より記憶力も活性化するそうだ。
そんな大人の素敵な学び、500円なり~!
ただし、値段的に敷居は低いが1年間で2回以上参加しないと、自動的に除籍になるため、また敷居は高くなる。
こ・こわー。
このいきなり研究会開催の日程についていけるのは一体誰なんだ?と思ってしまうが、相当こちらに優先順位を高く置かないとにっちもさっちもいかない。まあ、ここは会社勤めよりも自営業や自由人のほうが断然多いので、それでも研究会のメンバーが常時30-40人いるのは屋久島ならではのことなのかもしれない。
ちなみに、事前準備をしっかりする先生・講師が多い中、この師匠はいつも(これまでも、そしてこれからも、だろう)ぶっつけ本番で研究会が始まる。
しかも、
「今回行く森は自分(師匠)もいったことないところ」に行くこともよくある。
だから、師匠もメンバーも、大きなテーマは同じであっても、目的はそれぞれが持っていて、自分の興味やニーズに合わせた学び合いの場になっている。
いずれにせよ、何か新しい知識を習得することで、新しい世界が開けてくるように、新しい花や植物にふれることで、自然界に対する思いやりが生まれてくる。
普段ぼーっと歩いていたところでも、実はそこに五万(ごまん)と生き物が活動しているのだ。しかし、普段その存在を知らないと私たちは気にもとめないのが現実だ。
そしてここでは、単なる自然の研究に終わらない。
先日開催された研究会では、雨上がりで霞が漂う原始林に入り、たくさんの巨木目指して探索した後、郷に戻りその日の締めくくりは【ウラジロ飛ばし】だ。何をするかというと、道端にあるウラジロというシダ科の植物を採って、それを持って河面から高さ約70メートルとも100メートルとも言われる松峰大橋の赤い橋の上から、照葉樹林が囲む安房川に向かってそのウラジロを飛ばすのだ。
ウラジロが無事安房川に落ちたら(着地)、願いが叶うという人もいる。
ゆっくりとフワフワ風にのって落ちていく姿は、まさしくハングライダーのよう。橋のてっぺんから見下ろすと安房川に侵食された照葉樹林のV字渓谷に落ちていくウラジロは、まるでスローモーションがかった様(さま)で、最後は学習した知識から離れ、すべてに【委ねる】ことの大切さを見せてくれているように感じる。確かに、フワフワとウラジロが舞い降りる姿をただただ見つめているだけで、ホッとする。
そして、私が投げたウラジロは無事安房川にひらりと着地できた!
こうして大人の学びに「遊び心」が見え隠れすることが、学習が長続きするだけでなく、さらなる新しい興味や発見につながることは間違いないだろう。
次回の自然研究会のテーマはなんだろう、今から楽しみでならない。
きっと、また日程調整でバタバタするだろうが。
□ライターズプロフィール
杉下真絹子(READING LIFE編集部公認ライター)
大阪生まれ、2児の母。
90年台後半より、アジア・アフリカ諸国で、地域保健/国際保健分野の専門家として国際協力事業に従事。娘は2歳までケニアで育つ。
その後方向転換を果たし、2020年春に子連れで屋久島に移住。
現在【森林の中でウェルビーングする】をキーコンセプトに、森林浴・森林セラピーを中心に活動を展開中。関西大学卒業、米国ピッツバーグ大学院(社会経済開発)修士号取得、米国ジョンズホプキンス大学院(公衆衛生)修士号取得。
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