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週刊READING LIFE vol,106

弱小どインディ団体が教えてくれたお金の使い方《週刊READING LIFE vol,106 これからのお金の使い方》


記事:篁五郎(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
新しい生活様式と言われて早くも半年ほど。
 
変わったのは生活様式だけではない。プロレス観戦も変わった。
 
ご存じのように緊急事態宣言が解除されて以降も音楽や舞台、プロレスなどのスポーツやエンターテインメントのライブ観戦も厳しく規制がされるようになった。
 
会場内でのソーシャルディスタンスの確保、飛沫感染防止のため、大声での声援や応援の禁止、選手へのプレゼント、差し入れ、ファンレターなどの手渡しも禁止、興行中の換気と消毒作業の実施などが行われるようになり、席間隔を空けるため、当面の間は座席数を通常の半分以下程度に減らしての開催となった。
 
プロレスだと、聖地と呼ばれる後楽園ホールが1403人収容できるが7~800人に制限されてしまっている。約1万人収容の両国国技館は約3000人。4人掛けで観戦する枡席に一人だけしか座れない計算だ。
 
これでは当然売り上げを上げることができない。
 
後楽園ホールだと会場使用料が60万円で両国国技館は350万円。会場を借りるお金も支払いするのさえ苦しい計算だ。しかもプロレスの場合は、会場でグッズを販売して利益を得ているがグッズ売り場は当然密になるので禁止。これではやればやるほど赤字を抱えてしまう事になる。
 
しかしそんな中、大人しくしているほどプロレス団体は甘くはない。
 
いち早く、無人での興行を再開させた団体がある。2017年にサイバーエージェントの傘下となったDDTである。DDTは高木三四郎が創設したどが付くほどのインディ団体。
 
所属レスラーは知名度ゼロ。団体の規模も弱小。風が吹けば吹き飛ぶような弱い基盤しかなかった。
 
だが「文化系プロレス」と称し、既存の団体にはないアイディアと後にプロレス界のトップスターの一人となる飯伏幸太とケニー・オメガを生み出して、業界ナンバー2の団体にまで上り詰めた。そのアイディアの数々はメジャー団体では思い浮かばないものばかり。
 
例えば、路上プロレスがその典型だ。
 
その名の通りリングではなく路上でプロレスを展開している。リングのコーナーから繰り出すムーンサルト・プレス(リング四方に存在するコーナーポストによじ登り、リングのマットに対して背中を向けた状態からジャンプし、バック転をしながらリング上に横たわっている対戦相手めがけてボディ・プレスを仕掛ける技)は自動販売機の上から行ったり、路上駐車している自転車を投げつけたりと見ている観客も予想が付かない試合に胸をワクワクさせた。
 
レスラーのキャラクター化もメジャー団体では認められないキャラクターを生み出し、プロモーションしていった。
 
その一人が男色ディーノである。
 
男色ディーノは、名前を聞いて分かるとおりゲイのプロレスラー。試合中に好みのレスラーの唇を奪うことが目的の試合をしたり、好みの男性客を襲撃してキスをしたり無差別セクシャルハラスメントを展開しており、TVドラマにも出演するほどメディア出演も豊富。”プロレス王”と自ら名乗り、ガチンコの総合格闘技も経験した鈴木みのるともシングルマッチをしたこともあるDDTの代名詞的な存在だ。
 
他にも試合前にPowerPointでプレゼンをしてしまうスーパーササダンゴマシーン、マミー研究所で開発された、メカ改造したミイラという設定の怪奇派レスラー・メカマミーなどの如何にもバラエティ路線のレスラーから、総合格闘技の強豪・青木真也、元俳優・坂口憲二の兄で遅咲きの花(レスラーデビューが30歳過ぎてから)坂口征夫、名横綱・大鵬の孫である納屋幸夫などキャラクターが豊富な団体である。
 
このDDTは、居酒屋やスポーツバーなどの飲食店も新宿で経営しており、所属レスラーが店員をしている。
 
何でもプロレスを引退した選手が飲食店を経営するパターンにヒントを得たようだが、他の団体にはないお金の使い方だ。
 
なんと言ってもプロレスラーは引退をしてしまうと、第二の人生への道筋を見つけるのは非常に難しい。
 
アントニオ猪木は政治家、坂口征二はフロント入りして新日本プロレスの社長、長州力、天龍源一郎、蝶野正洋、小橋建太はタレント業と一見すると順調な元レスラーもいるがごくごく一部でしかない。
 
四天王プロレスと呼ばれて年に6回行われた武道館興行を超満員札止めにしてきた一人、川田利明は2009年に世田谷区成城にラーメン店「麺ジャラスK」を開店させたが、営業的には苦しい状態が続き、開店して一年経った頃には所有していたベンツ3台、契約していた保険をすべて解約して何とか閉店の危機を乗り越えたという。
 
他にも川田と同じく四天王プロレスの一翼を担った田上明は今年DDT同様サイバーエージェント傘下となったNOAの社長を創設者・三沢光晴が急死して以降、二代目社長として悪戦苦闘しながら勤めた後に茨城県つくば市にステーキ居酒屋「ステーキ居酒屋チャンプ」を開き、現在も店を守っている。
 
現役レスラーでもNOA所属のモハメド・ヨネが大田区にラーメン店「ヨネ家」を経営している。
 
こうして見ると飲食店経営者が目立つが、他にできることがないから仕方なくというのが事情として大きい。
 
プロレスラーは現役時代に体のどこかを痛めており、五体満足でリングを降りられる人は少ない。プロレスの神様と言われたカール・ゴッチも膝の靱帯が切れたまま。周りの筋肉で支えており死ぬまでスクワットで筋力を維持していないといけなかったくらいである。
 
他にも膝、腰、首は悪くて当たり前。まともに歩けないくらい悪くなっているレスラーもいるくらいである。そんな体で力仕事なんてできるわけがないし、ましてやプロレスラーはサラリーマンができるほど社会常識がある者は少ない。
 
だからこそ一度引退したけど復帰する者が出てくるのである(7回引退して8回復帰した大仁田厚は生き延びるための芸)。
 
そんなレスラーのセカンドキャリア問題として、居酒屋やスポーツバーなどの飲食店経営を団体として始めたのだ。現在は「プロレス&スポーツBarドロップキック」「エビスコ酒場 新宿歌舞伎町店」「Bar Lounge SWANDIVE」を経営している。
 
やってみるとメリットは大きい。団体選手がスタッフとして働くことで、ファンとしては試合の日以外も選手に会うことが大きい。選手側から見ても試合外での収入を得ることが出来るため安定した生活が送れる。
 
インディ団体の聖地と呼ばれる新宿フェイスがある歌舞伎町で店を展開したお陰でプロレスファンはもちろん、そうではないお客さんも来るようになったという。
 
団体としても2009年に起きたリーマン・ショックでプロレスの売り上げが下がったときも飲食店の売り上げでカバーできたそうだ。大きな会場を借りるときも金融機関から条件のいい融資が受けられたという。
 
こうして吹けば飛びそうなくらいの規模で始めたDDTは両国国技館、さいたまスーパーアリーナといった大会場でも興行が打てるほどの団体に成長した。
 
そして忘れてはいけないのが「WRESTLE UNIVERSE」という動画配信サービスの提供である。試合の月額900円でDDTとグループ団体(DDTは女子プロレス、別名プロレス興行も手掛けている)、そして2020年にサイバーエージェント傘下のNOAの試合を生配信。チケットの先行販売や優先入場といったサービスを行っている。
 
この生配信があったお陰でコロナ渦で有観客での興行が打てなくても無観客生配信ライブで試合を行うことができたのだ。
 
ネットを使った生配信はDDTだけではなくプロレス界では定着しつつある。
 
業界ナンバーワンの新日本プロレスは、月額999円(税込み)で主要試合の生配信や過去の試合を見直すことができる「新日本プロレスワールド」を始めており、会員数は海外を含めて12万人を超えたという。
 
他にもジャイアント馬場が創設した老舗団体・全日本プロレスも「全日本プロレスTV」という生配信サイトを運営している。
 
忘れてはいけないのが世界最大のプロレス団体WWE(ワールド・レスリング・エンターテインメント)である。ネット配信サイト「WWEネットワーク」は月額9.9ドルのサブスクリプション型映像配信サービスを提供。生中継配信なども視聴できる通常メニューの1ヶ月無料体験も用意している。過去の大会やWWEネットワークオリジナル番組などを無料で視聴可能などサービス満点で世界中にWWEのファンを拡大させている。
 
このプロレス団体のサブスクリプションサービスは思わぬ効果も生まれている。
 
先述したようにコロナ渦でも試合を打てるので選手の働き場が確保できること。定額で収入が入ってくるため安定した経営がしやすいのは言うまでもない。
 
他にも、インターネットを通じて世界に試合を見せられるので海外での知名度が上がったという副作用が生まれている。
 
新日本プロレスワールドは国内よりも海外のファンが加入しており、WWE以外のプロレスを知らないファンへのアピールが成功。海外進出する際に最も重要な選手の知名度を高めるのに一役買った。新日本プロレスワールドで名前を売れたからニューヨークのマジソンスクウェアガーデンで行った興行が超満員札止めになったのである。
 
そして、毎年恒例になっている新年1月4日に行われる東京ドーム大会を観戦しに海外からファンが多数押しかけるようになったのだ。
 
新日本プロレスは、現在1990年代に起きたブームにも負けないくらいの人気で後楽園ホールの試合はファンクラブだけで売り切れになるほどだが、ドーム大会はさすがにファンクラブ会員以外も購入できるためこぞって生観戦に来ているのだ。
 
特に熱心なマニアは年末に来日をし、正月2日と3日は後楽園ホールの全日本プロレス正月興行を観戦して、原宿にある”プロレス王”鈴木みのるの店「パイル・ドライバー原宿」や新日本プロレスオフィシャルショップ「闘魂ショップ」の初売りでグッズやTシャツを購入してからドームでプロレス観戦と洒落込むのだ。
 
正にプロレスがインバウンドに貢献していたのだ。
 
しかし、コロナ渦で海外からのお客さんは望めない。それでも新日本プロレスは強気に来年も1月4日と5日の2日間東京ドーム大会を開催する。
 
恐らく海外のファンは「新日本プロレスワールド」で手に汗を握り、推しのレスラーに画面の向こう側から声援を送り、素晴らしい試合には拍手を送るのだろう。
 
新日本プロレスも今まで以上に「ワールド」に力を入れて多くのコンテンツを送り出すだろう。それが、コロナ渦で変わった生活様式にプロレスを加えるために使うお金の使い方なのだから。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
篁五郎(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

現在、天狼院書店・WEB READING LIFEで「文豪の心は鎌倉にあり」を連載中。
 
http://tenro-in.com/bungo_in_kamakura
 
初代タイガーマスクをテレビで見て以来プロレスにはまって35年。新日本プロレスを中心に現地観戦も多数。アントニオ猪木や長州力、前田日明の引退試合も現地で目撃。普段もプロレス会場で買ったTシャツを身にまとって打ち合わせに行くほどのファンで愛読書は鈴木みのるの「ギラギラ幸福論」。現在は、天狼院書店のライダーズ俱楽部でライティング学びつつフリーのWEBライターとして日々を過ごす。

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2020-12-01 | Posted in 週刊READING LIFE vol,106

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