週刊READING LIFE vol,106

クレカの明細書は、2020年を静かに語る《週刊READING LIFE vol,106 これからのお金の使い方》


記事:青野まみこ(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
クレジットカードの明細書の金額を見て、驚いた。
今までよりも圧倒的に、引き落とし予定金額が少ないのだ。
 
(減ったなあ……)
 
ホッとする半面、何故こんなに減ったんだろうと理由を考えると、あれもしなくなった、これもしなくなったからじゃないかと、いくつもの取りやめになった出来事が思い浮かぶ。そのどれもが、今年はこれしか話題がないといっても過言ではないあのことに起因している。

 

 

 

新型コロナウイルスの流行は、断じてありがたくはない。
多くの人々の生活様式を変え、行動を変え、場合によっては人生を変えてしまったからだ。ありがたくないことの方が圧倒的に多いけど、生活様式が変わったことによって見直したこともたくさんあった。
 
不要不急の外出が減ったため、今までルーティーンのようにやっていたこと、行っていた場所に行かなくなった。目に見えてわかりやすかったのが、定期的に行っていたアイドルグループの握手会だ。
考えてみると今のアイドルさんたちは対面で握手だのチェキ撮影だの、様々な接触商法をやっているわけで、それこそ飛沫飛ばされまくっていたんだろうなと思うと、ものすごいタフじゃないとできないお仕事だなと思う。特にアイドルグループの握手会は大挙して人が来る。申し訳ないがこの人とお話するのはご遠慮申し上げたいようなオタクの方々もたまにいらっしゃるので、いくら仕事とは言えその人たちのご機嫌を取るご苦労は偲ばれる。それを至近距離でマスクなしで行っていたんだから、そのスタイルの握手会が取りやめになるのは当然のことだ。
 
こう見えて昔から女性アイドルが好きで、ウォッチングもしていた。時代は変わって、そんな雲の上の人みたいなアイドルさんに「会いに行ける」ようになった。自分も子どもの手が離れて自由な時間が持てるようになって、気になるアイドルさんが現れるようになり、「握手券1枚だけ買ってみようかな。1回だけ行ってみよう、それでおしまいにしよう」と思っていたつもりが、気が付くと年に数回出るシングルの度に、結構な枚数の握手券を買うようになってしまっていた。推しのアイドルさんに何回か通ううちに覚えていただけて会話をするのも楽しかった。握手券1枚で10秒間、その間に「また行きたい」と思わせる話術は大したものである。こうして、あんまり深入りしないようにしよう、商法なんだから買い過ぎないようにしようと思っていたのに、いつの間にか握手会に通うことが年中行事みたいになっていた。
 
そんな握手会が、新型コロナウイルスのおかげで全て延期やキャンセルになった。握手会がないということはイコール「買う機会がない」ことを意味する。よって出費もなくなる。
推しと多くの時間を話したければ握手券つきCDを多く買うしかない。従って家には多量のおんなじCDが届く。CDなんて1枚あれば十分なのであとはいらない。家に溜まった同じCDの山は次第に増えていくので、暮れの大掃除で捨てる羽目になる。握手という名で「お目にかかる」思い出と引き換えに、地球環境にはたぶんよろしくはないゴミが確実に生まれる。握手券つきCDを買わないということは、それがなくなるのだ。
 
そしてそれは目に見える形の変化だけではなかった。なんとなく「このくらいはいいだろう」と思いながらちょこちょこ買っていた握手券つきCDだけど、ちりも積もれば山となる。その累計総額も結構なものになっていた。その金額を使わなくなるのだから、当然として手元に残る。
 
お金は残るけど推しには会えない。もう今後、握手会はなくなるんだろうなと思っていたら、運営も考えたもので、なんとリモートによる「お話し会」に変更になったというメールが来た。果てはリモートによる「サイン会」「撮影会」まで誕生していたのだから、大した商魂である。
 
手元にある握手券は、リモートのお話し会に変更できる。でも私はそれをしなかった。
理由は、仕事でもないのにリモートにしてまで人と話すことに魅力を感じなかったからだ。
人と人との交流は、直接だからこそ意味がある場合がほとんどだ。特に普段お会いしないような人なら尚更のように思う。加えてリモートだと機器の接続が悪くてなかなか繋がらない、券1枚でたったの10秒しかないので、繋がったと思ったらバイバイになったなどの話もよく聞く。コンディションがよくなくて自動的にリモートを切られるなんて最悪だ。だったらリモートのお話し会はスルーしようと思ったのだった。
 
そういう方針に変えたので、今は推しとの交流はないけど、彼女たちの消息が知りたければTwitterやInstagramを見ればいい。そこに元気に推しは活動している。
1枚だと10秒しか話せないから物足りない、サイン会に当たりたい一心でたくさんCDを買った日々は何だったんだろうと思うくらい、自分でもアイドルに執着しなくなった。元々「見守る」に近いスタンスでの応援だったし、どうしても会いたいというガチ恋でもないし。握手券を買うことが当たり前だった以前に比べて、金銭的に余裕ができたのは事実だった。

 

 

 

もう1つ、今年になって出費が減ったもので思い当たること、それは映画館に映画を観に行く回数が減ったことだ。
緊急事態宣言で映画館が閉まっていた時期もあったせいで、宣言が明けてからも映画館に通うことが少なくなった。また今年の夏からは取材記事を書くことが増えてしまい、映画に時間を多く割けなくなったこともある。
 
多い時には1年間で300本以上映画館で新作を観た年からしたら、今はあり得ないくらい本数が減っている。しかし実際仕事やら取材やらで時間が取れなくなってきているから致し方がない。本数は観れないのだけど、そんな時でも自分としてのスタンスは変わってきているように思う。
 
前は何か別の用事があるせいで、自分が観に行こうと思っていた映画に行けなくなることがとてもストレスとなっていた。そして新作の映画をいかに早く観るかにもこだわっていた。
試写会があればそれに応募して、そこに赴いて観る。そのための交通費やらお茶代やらも結構かかっていた。試写会に当たらなければその映画の公開日に映画館に行って観る、そしてレビューをいち早く書くこと。それが何より自分がマウンティングを取れているようだったのかもしれない。
 
そして私じゃない誰かが自分より先に新作を観ていると、たまらなく焦った。
あの人もう観たんだ、早くしないと! という、人より先に映画を観た優越感。それって、離れたところから見るとかなり醜いものだ。そんなものは、本当に必要なんだろうか。
 
忙しくなってきて、観たいと思う全ての映画に足を運べなくなってからは、次第に「まあいいか、別に今観なくても」という感覚になってきた。そしてすっかり映画館が閉まってしまうとその他の用事に専念できることもあって、しゃかりきにがむしゃらに映画を観ること中心の生活にはならなくなっている。映画鑑賞のための費用も結構かかってはいたけど、それがなくなったために、これまた手元に残ることになった。

 

 

 

人は、その時々で、自分にとって必要なことにお金を使う。
その物事や、人に出資するということは、そこに対する思い入れも当然深くなるということだ。
ああしなければ、こうしなければというこだわりは、そこに近づきすぎているから生まれるものだ。そしてそこから気持ちを外すことは案外難しいのかもしれない。また気持ちを切り替える機会も少ない。そんな日常を、新型コロナウイルスがひっくり返した。
 
今年に入り、自分にとって大きな趣味というか娯楽というか、そのことへの出費は確かに少なくなった。蛇口を閉めたつもりがポタポタと水滴を垂らしているように、何となくダラダラと出費を続けることに疑問を持ったのだ。そしてそれ以上に「こだわりがなくなった」ことが自分にとっての大きな変化ではないかと思う。
 
する必要がないことや限度を超えた活動は、全てがそうとは言わないけど「無駄である」ことも事実だ。「まあいいか、このくらい!」「今日は自分にごほうび」と自分に言い聞かせながらも、結局は心が赴くままにお金を使っていることには、人はなかなか気がつかないものだ。
 
それは本当に今必要な買い物なのか?
今しなければいけないことか?
「買いたいと思ったら、一晩寝て考えましょう」とはよく言ったものだけど、消費行動は自分の心の中の満たされない欲をどうにかするためのものであることを今一度自覚するためにも、これからもクレジットカードの引き落とし額はきちんとチェックしておきたいものだ。
 
それぞれの人にとって、自分の消費を見直す元年になったのかもしれない2020年も間もなく終わる。この1年、いいことはあまりなかったし、何かを成し遂げた充実感は薄かったかもしれないけど、生活が大きく変わったことで気がつくことも多かったはずだ。その気づきの生かし方で、人との差が大きく分かれていくような気がしてならない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青野まみこ(あおの まみこ)(READING LIFE編集部公認ライター)

現在は団体職員。「客観的な文章が書けるようになりたくて」2019年8月より天狼院書店ライティング・ゼミに参加、2020年3月より同ライターズ倶楽部参加。同年9月よりREADING LIFE編集部公認ライター。気が付いたらオタクな人生でもあった。

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2020-12-01 | Posted in 週刊READING LIFE vol,106

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