週刊READING LIFE vol,108

生まれて初めて人を喜ばすことができた日《週刊READING LIFE vol.108「面白いって、何?」》


2020/12/21/公開
記事:佐藤謙介(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「何て不愛想で、攻撃的なんだ」
 
私が彼に持った第一印象は決して良いものではありませんでした。
 
私は「特例子会社」という障害者手帳を持っている人を中心に雇用する会社に7年間在籍し、現場の責任者として350名以上の障害者と一緒に仕事をしてきました。
7年間での面接回数はゆうに500回は超え、様々な人の人生に触れる機会を持ちました。
 
近年特に増えたのが精神障害、発達障害と言われる脳や心に障害を抱えた人たちです。
私が所属していた会社も350名のうち200名は精神・発達障害者たちでした。
その中の一人にAさんがいました。年齢は30歳で3回の転職を経て一年前にこの会社に転職してきた男性でした。
 
Aさんは上智大学を卒業し、前職ではグラフィック系の仕事をしていたので、ITの知識にも明るく、PCを使った仕事が得意でした。そのため仕事も比較的高いPCスキルが求められる仕事を依頼することが多く、仕事ぶりは丁寧だったので、特に評価として文句をつけるところはありませんでした。しかし彼には大きな欠点があったのです。それが人に対して不愛想で、攻撃的になってしまうことでした。
 
彼に話しかけるといつも不機嫌そうにこちらを睨みつけ、話し始めてもその鋭い眼光で見続けるので、威圧感を感じ、非常に話しづらい雰囲気を作り出していました。さらに言葉を発すると「まあ、そうっすね」「それって本当にそうなんすか?」とぶっきらぼうに、疑問に感じたことをストレートに言葉にするため、周囲の人は「きっと彼は怒っているに違いない」と感じてしまうのでした。
 
私も当初は「ここでの仕事にきっと不満があるのだろう」「本当は前職のようなビジネスの第一線で仕事をしたいのだろうな」と思い、いずれこの会社も辞めてしまうのだろうと考えていました。
 
Aさんは「ASD(自閉症スペクトラム)」と「鬱」という2つの障害を持っていました。ASDは発達障害、鬱は精神障害に分類されます。
 
ここで少しだけ補足すると、発達障害とは生育段階で脳機能に極端な偏りが出る障害で、一つの物事に強いこだわりをもったり、衝動的に行動するなどの特徴があります。一方で精神障害は気分の浮き沈み、時には幻聴、幻覚が出る障害です。
 
この2つは全く異なる障害なのですが、現在日本では発達障害の障害者手帳がないため両方とも「精神障害者手帳」を取得することになります(一部の発達障害者で知的に遅れがある場合に「知的障害」の障害者手帳を取得することがあります)。
 
発達障害の一つにASD(自閉症スペクトラム)があり、これは人の気持ちを理解する「対人感受性」やコミュニケーション上の「文脈理解」に困難さを抱えるのが特徴です。
 
AさんはASDの診断を受け、人とのコミュニケーションに困難を抱えていました。
 
しかし、そんなAさんに転機が訪れました。
私のもとにある企業から「ロボットを使って障害者雇用の促進をしたいので協力してほしい」と相談が舞い込んできたのです。
その会社は店頭で受付を行う人型ロボットを作っていました。それを遠隔で操作して発話させることが出来る機能を搭載したので、これを障害者に操作してもらい、在宅勤務のまま受付業務ができるようにしたら、障害者の雇用の場が拡大するのではないかという相談でした。
 
その仕組みをサービス化するために手伝ってほしいという内容でした。
私は非常に面白いと感じ、一緒に進めることにしたのです。
 
しかし、ロボットを操作して動かすためには一定のPCスキルが必要だったため、私はPC操作にたけているAさんに話を持ち掛けたのです。
 
私がこの話しをたときに、Aさんはいつものようにぶっきらぼうな態度で、特に興味を持ったようなそぶりは見せませんでした。そして、今の仕事の合間にやってもらうので、この取組みを行っている期間は業務的にはかなり忙しくなることを伝えると「少し考えさせてほしい」というので私は翌日まで返事を待つことにしました。
 
彼の性格を考えると、「これやったら給料上がるんですか」とか言いかねないなと思いましたが、翌日彼から「面白そうなんでやってみます」といつになく前向きな返答がかえってきて、私は驚きました。
 
そして彼はロボット受付のプロジェクトを始めたのです。
 
この取組みのもっとも重要な点は、いかにロボットに人間らしさを持たせられるかという点でした。
既存の受付ロボットは定型的な受け答えしかすることが出来ず、とてもまだ人と会話することが出来るレベルにはありませんでした。
 
そのため、来客者もあくまでロボットと話しているという認識にしかなりません。
ところが、もしそのロボットがあなたと本当に会話を始めたらどうなるでしょうか?
 
例えば雨の日に傘を持って受付に来た人に、ロボットから
「今日は雨の中起こしいただきありがとうございます」
「濡れてないですか?」
とここまでなら、雨の日用の定型文かなと思うかもしれません。
 
ところが、もしあなたが手に持っている傘についてロボットから
「傘をお持ちなんですね」
「傘立ては右手後ろ側にありますので、ぜひご利用ください」
と言われたら、あなたはどう思うでしょうか?
 
「え、なんで傘持っているのが分かったの?」
と思うのではないでしょうか?
 
またあなたが面接で来ていたとして、ロボットから
「本日は面接に起こしいただきありがとうございます。担当者の名前を教えてください」
と言われ、あなたが
「人事部の〇〇さん、お願いします」
と言ったとします。ここまでならAIの音声認識の精度もだいぶ上がってきたなと感じるかもしれません。
 
ところが、さらに
「あなたの赤い鞄、よくお似合いですね」
と言われたらどうでしょうか?
「え、なんで自分が赤い鞄を持っているって分かるの?」
と驚くのではないでしょうか?
 
こういった、定型文と非定型文を裏側で操作しながら来客対応することで、お客様にちょっとした驚きを出せれば、受付業務に新たな付加価値を出すことが出来るのではないかと考えたのです。
 
そしてこの操作をAさんに行ってもらったのです。
 
しかし、このトライアルはかなり難航しました。
回線速度の問題や接続不良というハード的な問題から、定型文の返答の間に気の利いた非定型文を即座に打ち込み、ロボットに発話させるのが、想定していたよりも難しかったのです。
 
1か月、2か月と訓練を行いましたが、なかなかうまく進まず、プロジェクトは想定より長引いていきました。
 
長期化するにつれて、私はAさんの体調悪化や、もしかしたら彼から不満が出てくるのではないかと心配をしていました。
 
ところが当初は言われたことを淡々と行っていたAさんだったのですが、2か月が過ぎたころから彼の態度は変わってきました。
 
このプロジェクトに時間を割くために、通常業務に集中するようになり、これまで行っていた仕事を半分くらいの時間でこなし、空いた時間を全てプロジェクトにつぎ込むようになりました。
またこれまでシステムトラブルなどの不具合を集約したものは、私から協力会社に報告して改善を図っていったのですが、この取りまとめと報告までAさんが行うようになっていました。
 
そして彼の顔つきも変わってきました。
いままで仕事中に笑顔を見せることなど殆どなかったのに、ロボット操作をしているときのAさんの顔には笑みがこぼれるようになったのです。
 
そしてプロジェクトに協力してくれる他の仲間にも積極的に声をかけるようになりました。当初は一人で始めたプロジェクトも新たに2名加わり一緒に取組むようになりました。Aさんは新たな2名のためにマニュアルを作成し、自分以外の人でも操作できるようにしていきました。
 
明らかに彼はこの仕事を楽しんでいました。
 
そして3か月たったある日、ついにこのロボット受付を実際のお客様でテストしようということになりました。
Aさんはこの時までにかなりの時間を費やしトレーニングを行ってきましたが、当日はさすがに緊張している様子でした。
 
準備を整え、本日の来客予定リストをもらい、午前中に来る3名の方に実施することになりました。
そしてついに一人目の来客者が来ました。
 
その人は面接に来た20代の女性でした。
受付のロボットのタッチパネルに触り会話がスタート。
 
ロボットの目を通してAさんのパソコン画面には女性の姿が映っていました。
 
「本日面接に参りました飯島と申します。人事部の近藤様をお願いします」
「かしこまりました少々お待ちください」
ここまでは定型文を返しました。
 
Aさんは用意していた定型文一覧から質問を選択し
「本日は面接と伺っています。緊張されていますか?」
そうロボットから聞かれた女性は明らかに驚いたような顔をしました。
 
「え、あ、はい緊張してます」
「そうですよね。でも笑顔が素敵だから、きっと大丈夫ですよ」
と軽やかにタイピングし返答しました。
 
「え、ありがとうございます」
「いえいえ、では担当者が来るまで後ろのソファーに座ってお待ちください」
「あ、ありがとうございます」
 
こうして会話が終了しました。
受付に来られた女性は初めてロボットと会話したことに照れながら、でも楽しそうに答えてくれた表情が私たちのパソコンの画面にも映っていました。
 
その後2人の来客者にも同様に行い、それぞれその来客目的にあったちょっとした気の利いた言葉を伝え、テストは大成功しました。
 
テストが終了した瞬間、プロジェクトメンバー全員が「はぁ~」っと安堵のため息をつきました。
 
私はAさんに
「お疲れ様。スゴイ良かったね」
と声を掛けました。
 
Aさんも「いやぁ、緊張しました」と大きく息を吐き、でも笑顔で私に答えてくれました。
そして一瞬の沈黙のあとAさんは目に涙を浮かべ
 
「初めて人を笑顔にできました」
 
と呟いたのです。
 
実はAさんは子供のころからASDの特徴である人の気持ちを汲み取ることが苦手という障害があり、友達と話していても、自分の思ったことをストレートに伝えてしまうため、相手を傷つけてしまうことを繰り返していました。
 
もともと頭の良かったAさんは勉強も友達よりできたため、質問されても「こんなの簡単じゃん。なんでわからないの?」と純粋に疑問に思ったことを口に出してしまいました。
しかし実際にそれを言われた友達は馬鹿にされたと感じ、Aさんと距離を置くようになりました。
 
そしてAさんは「自分が話すと相手が怒ったり、嫌な顔をする」「自分は話しをすると人を不愉快にさせるんだ」と考えるようになり、次第に彼は他人を傷つけることが怖くなっていきました。
同時に他人を傷つけたときにその相手から向けられる嫌悪の感情を受けることで自分も傷つき、その痛みを避けるために彼は人と距離を置くようになっていったのです。
実は、彼が発する威圧的な態度や言葉は、自分の身を守るための防衛本能からくる態度だったのです。
 
このロボット受付の仕事をするようになり、Aさんは明らかに態度が変わりました。
周りのスタッフとも自らコミュニケーションをとるようになり、仕事中に笑顔が出るようになりました。
 
そしてもっとも変わったのは、会話している相手の感情を考える努力を始めたことでした。
 
実は彼は直接対面でのコミュニケーションは苦手にしていましたが、ネットの中では非常に多弁だったのです。オンラインゲームで知り合った仲間とはチャットで会話を楽しんだり、時にはオフ会などで会っていました。
同じ趣味の人とは共通言語で話しが出来るので、それほど彼の特徴は影響なかったのです。
 
しかし実際の職場では対面でのコミュニケーションが多く、ストレートな彼の物言いは相手に不快な感情を与えていました。
 
一方で、ロボットを介したコミュニケーションは彼にとってはオンラインゲームの延長線上にある取組みでした。自分が直接話すのではなく、ロボットが話してくれることで、彼は安心して人と話すことが出来たのです。
またロボットの愛くるしさが、ちょっとした言葉の間違いやタメ口も許容してくれるため、彼にとっては不安なく人と会話することが出来ました。
 
ロボットを介した人とのコミュニケーションはAさんのリアルなコミュニケーションの訓練にも繋がったのです。
 
この取組みを通じて彼は初めて自分が人を喜ばせることが出来る喜びを感じました。
そして、自分も人の役に立つことができることを実感したのです。
 
ロボットが彼の自己効力感を高め、ロボットが彼に初めて仕事の面白さを気づかせてくれたのです。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
佐藤謙介(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

静岡県生まれ。鎌倉市在住。
大手人材ビジネス会社でマネジメントの仕事に就いた後、独立起業。しかし大失敗し無一文に。その後友人から誘われた障害者支援の仕事をする中で、今の社会にある不平等さに疑問を持ち、自ら「日本の障害者雇用の成功モデルを作る」ために特例子会社に転職。350名以上の障害者の雇用を創出する中でマネジメント手法の開発やテクノロジーを使った仕事の創出を行う。現在は企業に対して障害者雇用のコンサルティングや講演を行いながらコーチとして個人の自己変革のためにコーチングを行っている。

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2020-12-21 | Posted in 週刊READING LIFE vol,108

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