週刊READING LIFE vol,110

娘たちと同じタイミングで、自分の人生「リスタート」《週間READING LIFE vol.110「転職」》


2021/01/11/公開
記事:白銀肇(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「身体だけでなく、気持ちも崩れてしまいそう……」
長女がそう呟いた。
2017年夏ごろのことだ。
 
この年の3月、2年間通った専門学校を卒業して、憧れのエステティシャンとなった。
すでに内定をもらっていたエステサロンへ4月から勤め出し、自宅のある京都から大阪まで通っていた。仕事の全てが新鮮だったようで、毎日頑張っていた。
しかし、日にちを追うにつれて、元気がなくなっていく。
深夜の帰宅も多くなり、どうにも辛そう。
聞いてみれば、エステのそのものの仕事としてはやりがいを感じているものの、売上だの、なんだの会社のやり方の裏が見えてきたようで、またそのやり方がどうにも自分の感覚と合わなくてなっていったようだった。
それがピークに達し、身体的にも精神的にも悲鳴をあげたのが、働いて数ヶ月してその夏のことだった。
 
せっかく入社した会社。
蓋開けてみたら自分の思いとかけ離れていた。
内定決まってからも、そこにはバイトとか、手伝いとかでは通っていたようだった。
そこまで見てきているのであれば、その段階で違和感がなかったのだろうか、と思った。
しかし、深く入り込んでみないとわからない部分も、どうやらあったようだ。
 
とにかく、目の前で娘は追い詰められている。
親としては、どう話をしようか。
二つのことばが頭に浮かぶ。
 
「どんなことだって嫌なところも出てくる。それも乗り越えていくのもひとつのあり方や。せっかく入ったんだし、もうちょい頑張って見たら?」
 
「自分で考えに考え、やるだけやってみても自分の感覚と合わないのであれば辞めたら?」
 
ようやく社会人となったところ。
最初が肝心。
仕事して生きていくためには、時として我慢しなくてはならないこともある。
自分もそうしてきているし、今もそうだ。
仕事ってそんなもんだ。
そんな思いが自分の実体験から出てくる。
少なくとも今から10年前ぐらいの自分であったら、間違いなくそう言いきっていただろう。
 
でも、出てきたことばは後者だった。
「やるだけやって、本当にダメだったら辞めたら? 心身が本当に参ってしまったら、それこそ取り返しがつかない。自分の仕事をいま無理して決めつけることはないで」
 
このことばで、娘がホッとした表情を覚えている。
その直後に、彼女はそのサロンを辞めた。
 
いまも定職につかずフリーターだけど、昔からやっていたバンド活動、最近興味を持ち始めたライブ配信とやりたいことをやって、伸び伸びと元気な本来の娘に戻っている。
本当はこの春から、あらためてエステの仕事にチャレンジする活動をしていたが、ご存知の通りコロナ禍で、その流れも瞬く間にしぼんでいってしまった。
 
でも、それはそれ。
こればかりは、そのことを恨んでもしょうがなし、始まらない。
 
と、いうことで相変わらず元気に好きなことをして、自分の感覚でさらにのめり込めることを探している。
 
そして、ほぼ1年前、今度は次女が通っていた短大を「辞めたい」と言い出してきた。
1年通ってみて、どうしても自分に合わない、それが痛切にわかった。
だから、学校に通う時間があったら、むしろ働いて稼ぎたい、と言ってきたのだ。
ここでも私の答えは同じだった。
「自分が本当に無理だと感じて、それ以上のめり込めないなら、辞めたら?」
 
このことばを言った翌日に、彼女は短大の事務所から退学届の書類をもらい、私に署名を求め、その次の日には迷いなく学校に提出した。
こうして、いま、次女も好きなことして、自分の感覚に思いを傾けながら自分を探している。
 
ふたりともどこかにしっかりお勤めしてもらえれば……、という思いは親としてはある。
でも、それは、自分の心身がともにマッチングしていることが条件だ。
仕事のために自分を押し殺して身体壊して……、では意味がない。
 
それこそ、自分の暮らしが本格的に始まって、身動き取ることすらままならなくなった状態でこのことに気づくよりも、スタート段階で気づいて軌道修正するほうがむしろ効率的だ。
そんな思いもある。
 
なんにせよ、若い。
時間かかってもいいから、自分で思うものを何かしら探し出す、という地力をとにかくつけてほしい、という願いだ。
それこそ、これから何がどう起こるか読みづらい時代。
会社とか、組織とか、完全に頼り切ることはむしろ危険かもしれない。
そんな流れの中でどう生き抜くか、その地力を身につけていくほうが得策だと思うから。

 

 

 

今でも覚えている。
高校に入学したての進路オリエンテーションで言った進路指導教師のことば。
かれこれもう三十数年前、1980年代のこと。
たしか、親子での参加だったと思う。
 
「1年間浪人したら、どれだけの費用がロスするかご存知ですか?」
いきなりこんな切り出しだった。
浪人した場合の費用、1年遅れで大学を卒業して入社して逃した場合の年収、などの数字を上げて、浪人することがいかに人生においてロスとなるのか、そんな説明だった。
 
「だから、いまのうちから大学進路をきっちり決めて、効率の良い勉強をして……」
といったありきたりのオチにつながっていくのだが、いきなり具体的な金額を提示して、そのロス感を強調したその説明にとんでもない威圧感があったことを覚えている。
自分たち生徒に勉学のハッパをかける、というより同席している親たちをターゲットに明らかに「脅している」印象だった。
そんなギャップを感じたから、いまでも記憶に残っているのであろう。
 
大学進学、そして学卒でそこそこの企業に就職する。
当時の社会や自分の周でのこの価値観はあたり前というか、自然の流れであった。
この当時は父親が自分で事業をしており、それが不安定であった。
それを目にしていたから「企業に就職する=安定」という意識が自分のなかにも芽生えていた。
直接言われたことはなかったが、親の期待もそこにあることは会話の端々で感じていた。
 
結果としては1年浪人してしまったが、大学は4年間つつがなく卒業し、晴れて志望していた企業に就職していく。
企業としての規模はさることながら、自分が興味を持った分野の業界でもあったので、申し分はなかった。
「安定」への入り口にたどり着いた。
あとは、最後まで勤め上げて、老後は年金もらって……。
そんな思いだった。
 
入社当初は、希望通りの部門に配属され、上司にも恵まれ、それは楽しいものだった。
しかし、そこは会社組織。
自分の興味のあった分野から、異なる分野への異動していく。
それでも、新しい分野でも得られるものを吸収して成長していこう、と思えた。
強烈な「パワハラ」を受けたこともあった。
今でこそパワハラは、一般的に認識されているが、当時はまだ浸透もしていなかった。
これには相当自分が傷つき、自分のやること、言うことへの自信を完全に喪失した。
なんとか耐え忍びつつ、それでもそろそろ自分でも危ないかも、というタイミングでありがたいことに部署異動となり最悪の事態は逃れた。
 
そして、管理される側から、管理する側へと自分の立場も変わっていく。
正直言って、管理する側の立場というのは性格的に向いていないと思いつつも、そこは自分の成長でもあるし、やっていこうと自分にハッパをかけていた。
なんとか、このまま頑張っていこう。
 
そして、その価値観にヒビが入ったのが2013年の出来事だった。

 

 

 

2008年のリーマンショックを皮切りに当時勤めていた会社の業績も伸び悩んでいった。
比較的、大らかな雰囲気であった会社の企業風土も、やがて景気の流れと共にその雰囲気も変わっていく。
そして2013年。
会社が希望退職を募った。
いわゆる、リストラだ。
停滞気味の業績を立て直すための企業活動。
会社側としては「希望」として退職者を募るわけだが、その一方で本当に辞めてもらっては困る人もいる、というのが本音である。
そこのバランスを取るのが中間管理職だった。
 
部下を一人一人面談していく。
ホッとする人、泣いてしまう人、いろんな感情模様が自分に直撃してくる。
これも仕事、淡々とこなそう。
そう自分に言い聞かせるけど、どうにも気持ちは落ち着かない。
「自分、こうやって人と会社のバランスをとっているけど、そういうお前自身がどうなのだ?」
そんな自問すら浮かび上がってくる。
 
それから、会計不正問題、コンプライアンスの問題、企業が内包する問題が噴出した出来事が社会的に起こる。
学生当初に憧れの的であった大企業が目白押しに問題を噴出させ、リストラを実施し、その企業価値を自ら落としていくような姿をメディアで目にする機会が増えていく。
 
「会社勤め=安定」
そんな象徴的とも思える、そんな自分の概念が崩れていったのはこの頃からだった。
躍起になって大学に入って、会社に入って、その挙句にこの事態って一体何なのだろう、と。
そして、自分の仕事もますますハードになっていく。
会社自体も業績を伸ばしていくために必死で、いろいろと手を広げる。
多少の無理をしていかないと立ち回れない、ゆとりはない。
業績優先、自分の気持ちと感情は後回し、といった明言はなくとも、そんな空気感はあふれていた。
 
自分の性分にも合わない仕事環境のなかで、自分の概念が崩れ、そこに容赦なくのし掛かってくる会社の業務。
自分と会社の肌感覚がどんどんかけ離れてく。
 
そして、自分の年齢そのものが、さらにこの思いへ拍車をかける。
50歳に近づき「定年」がリアルに感じられるようになった。
定年する年齢と年金を受給するギャップはいずれ発生するであろう。
しかも、その年金事態、果たしてどこまであてになるのかどうか、それすらわからない。
そんなとき、会社を辞めた高年齢で果たして自分はそのギャップをどう埋めていくのか?
自分は一体、何ができるのか? 何がしたいのか?
 
その問いが、まざまざと生まれてきた。
そして、その自問に思い悩む。
会社という枠を取っ払ったとき、自分に何ができるのか、何がしたいのか、その映像が浮かばなかった。
 
こんなことで、果たして本当に良いのだろうか??
 
自分の成長を、会社の仕事にはめ込んでいくことはもちろん「あり」。
実際に、その流れで学び得たものもあるし、否定はしない。
だけど、その会社のなかでは通用するけど、それ以外では通用しない、ということではあまり意味がない。
それは、その組織に依存しきっていまっている。
知らない間に、気づかないうちに、そうして自分の視野が狭まってしまうことほど怖いものはないかもしれない。
 
自分がその象徴にすがり、依存しきっていたことをまがいなりに自覚した。
考え方が変わったのは、このときからだった。
 
ひとつのことにとらわれることなく、いろんな状況に合わせて、自ら変化してく術こそがこれから必要になるのではないだろうか、と。
変化をよしとするか、依存していくことをよしとするか、いずれも自分の感どころ。
何かにとらわれてしまうことは、これからの時代はちょっと命取りかもしれない。
頼れるところは、まずは自分、ということだ。
 
娘たちに送った私のメッセージの出どころは、そんな思いからだ。
 
これから、彼女たちもそれぞれの暮らしを創っていくであろう。
どうか、自分に無理することなく、いろんな変化に対応できる人になってほしい。
 
変化をものともせず、常に冷静で対応していければ、生き抜けていける。
そんな自分のあり方こそが、真の「安定」ではないかと思えるから。
外部のことに影響されることなく、「でんっ」としていられる自分。
笑い飛ばしながら変化に対応していく自分。
そうなっていっていこう。
そんな思い。

 

 

 

そして、そんな思いを抱きながら半年前、自分自身も会社を辞めた。
それこそ希望退職の応募で、だ。
今度は自分から応募した。
 
辞めざるを得ない事情もあったが、そんな自分の思いも膨らみきっていたから、応募するのに迷いはなかった。
このタイミングでこれが起こったか、と思ったぐらい。
まったく、あと先のこと考えていないけど……、辞めた。
そして、娘たちと同じようにいま自分の道を探っている。
娘たち同じタイミングでの、自分の「リスタート」した。
いずれにしても、当初の抱いていた自分の思惑からはだいぶ外れてしまった。
でも、そのことに不思議と後悔はない。
この体験もまた自分の大きな財産になるだろうから。
 
まだ「これだ」と思う次の道はまだ見つけ出せていない。
実は、このライティングも、そんな自分の道探りのひとつ。
そのほかに、友人の農作業を手伝ったり、知り合いの古民家改修を手伝ったり。
時間をかけつつ、とにかく今までまったくやったことないことをやってみて、自分を刺激している。

 

 

 

あえてできるのなら、29年前の自分にちょっとひとこと言ってやりたいかなぁ。
「29年後、お前、会社辞めるよ。だから、いまのうちから頭を柔らかくして、自分の感覚をもっともっと磨いておけよ」と。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
白銀肇(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)

京都府在住。
「書くこと」を一番の苦手としていたが、「あなたの人生を変えるかもしれない」というライティング・ゼミのコピーに目を惹かれ、今年7月開講のライティング・ゼミに参加。
2020年6月末で29年間の会社生活にひと区切りうち、セカンドキャリアを目下探究中。

この記事は、人生を変える天狼院「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」をご受講の方が書きました。 ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2021-01-11 | Posted in 週刊READING LIFE vol,110

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