名前を聞くだけでもお腹を下してしまう人《週刊READING LIFE vol.111「世界で一番嫌いな人」》
2021/01/18/公開
記事:山崎なおこ(READING LIFE 編集部ライターズ倶楽部)
*一部フィクションです。
ママ友グループでのいじめって、実際にあると思いますか?
私が初めてそんなものがあるのだと知ったのは、妊娠中の事でした。たまたまネット上に上げられていた実話に基づいたのマンガを読んだことがきっかけでした。マンガの作者があることをきっかけに、グループ内で無視されるようになったという内容だったと思います。「小学生のいじめのような事が大人の世界でもあるんだな。怖いな」と思ったのが最初の印象でした。だから、「ママ友グループ」という事自体に関わらないでおこうと思いました。私は出産後も仕事を続ける予定でしたので、少しさみしいかもしれませんが、ママ友のグループに属さなくてもいいだろうと思っていました。しかし、運命というものは思うようにはならないのが常です。私が気がついたときにはママ友グループに入り、いじめられる立場に立たされていたのです。
今からお話するのは私のいじめられた体験です。
私は十数年ほど前に、高齢出産で娘を生みました。その後、夫の会社がヨーロッパへの海外赴任が決まりました。夫の勤務していた会社が現地の工場を買収したため、夫が工場責任者として赴任することになったのです。赴任期間は5年〜10年ということでした。私も会社員として働いていましたので退職するか悩みましたが、海外の生活に憧れがありましたし、子供にとってもいい経験になるだろうと、長年続けた仕事を辞めて家族3人で赴任国に移住することにしました。夫の仕事は都市部から車で一時間半ほど離れたところでしたので、住居もその近くに決めました。
新しく住むことに決めたところは、自然が多く、治安も良くとても気に入っていました。一般的に海外に赴任される日本人の方は、日本人が多い地域を選ぶ方が多いと思いますが、私はあまりそこにはこだわっていませんでした。むしろ、せっかくなので日本人が少ない方が現地の生活に馴染めるからいいかもぐらいに思っていました。住み始めて、アジア系やインド系の移民の人の方には出会うことがありましたが、日本人は見かけたことがありませんでした。ママ友のグループには入らなくてもいいと思っていた私でしたが、昼間は娘と二人だけで大人の会話ができないので、日本語や日本人が恋しくなっていき、日本人の友だちがほしいと思うようになりました。
移住して数ヶ月ほどたったある日、娘と近くのスーパーに出かけたときのことです。少し離れたところで日本語が聞こえてきました。私は日本語に飢えていたこともあり、思わず「日本人ですか?」と赤ちゃんを連れたその声の主に話しかけました。
その方は、最近、旦那様の仕事の都合でヨーロッパに移住してきたということでした。馴染みのある方言を使っていたので、出身を聞いてみたら、私と出身地が同じでした。しかも、我が家と同じ町に住んでいるということでした。その方のことをここでは仮にKさんと呼びます。Kさんはこちらに来たばかりで、私も知り合いもいませんでしたので、「また会いましょう」ということになり、連絡先を交換しました。
その後は、お互いの家で子供を遊ばせたり、公園で待ち合わせして遊ぶようになりました。Kさんは私と同世代で、明るくて世話好きでとても好感がもてる人でした。私はKさんとのご縁に感謝しました。
当時、今から数十年前は、今ほどSNSは盛んに使われていたわけではありませんでした。ですが、当時流行っていたミクシィや、掲示板などのソーシャルネットワークをフルに活用した友達作りに熱心でした。こうしてKさんはネットを通じて知り合った日本人のママ友のグループのメンバーを増やしていきました。こんなところでも、日本人は住んでいて、ネットの力を使えば日本人に出会うことができるのだなあとKさんの友達作りの努力に私は感心していました。Kさんと出会って2ヶ月後には、数人の日本人ママのグループになりました。こういった経緯からKさんは、自然にグループの中心的存在になっていました。
時を同じくして、私の日本の父が肺がんで手術を受けることがわかりました。そのため、やっと知り合いもできて生活が楽しくなった頃でしたが、二ヶ月半ほど、父の側で過ごすために子供と二人で日本に一時帰国することにしました。幸い、父の手術は成功して、治療後退院することができました。そうして私達は、二ヶ月半後にまたヨーロッパに戻りました。
すると、Kさんを中心とした日本人のグループはさらに増えていました。またKさんのグループの方と会うようになりましたが、何かが変でした。私の知らない人もグループに入っていましたが、知っている人もKさんを含めて私に対して歯に物が詰まったような話し方をするようになりました。
「この前、あそこの公園行った時、楽しかったよね」
などと、Kさんは、私が誘われていない集まりの話をしたりするようになりました。明らかに私を誘わないで集まり、見せしめのようにその時の話をすることもありました。同時に、SNSがどんどん普及されるようになって、便利になっていった反面、自分が誘われていない集まりや家族ぐるみのパーティーなどもSNSを見れば、知りたくなくても目に入ってきました。
私は、Kさんの気に障ることでもしてしまったのかなと、自分の言動を振り返ってみました。唯一思い浮かぶのは、私の方が先に転居してきたので、少しばかり地元のお店やこどもを遊ばせるところを知っているため、どこかに遊びに行くとしたら私が発案者になっていたことです。一度、Kさんが、「新しくできた子供用の遊具がある公園に行こう」とグループに提案したことがありました。ちょうど、私は一週間ほど前に家族でその公園に行きました。ただ、その時は夏で、暑くて全く日陰げがなく、三歳になろうとしていた娘がぐったりしてしまいました。それで、「小さな子はもう少し涼しくなってから行ったほうがいいかも。それだったら、古いけど、XX町にある影がたくさんある公園がいいかも」と提案しました。よちよち歩きの子供を連れているママもグループにいましたので、みんなで相談して、古い公園だけど、影のある公園に行くことになりました。私はその日、用があり参加できませんでしたが、当日の夜SNSを見るとKさんのポストが目に入ってきました。
「XX町の古い公園に行ったんだけど、蚊が多いし、トイレが汚いし最悪だった」
こんなコメントともに、自分の娘が遊んでいる写真をアップしていました。
これって、私へのあてつけかしらと思いましたが、気にしないようにしました。
ママ友のグループに、Kさんがネットで知り合った出産を控えた妊婦さんが入ってきました。そしてその方が出産されたので、グループのある人に、皆でお祝いをするのかどうか聞いてみました。すると、Kさんが中心となって、数日後にKさん宅でお祝いをする予定になっていると教えてくれました。私以外のグループ皆が参加するようでした。私がお祝いをするのかと聞いた人も、私が誘われていないことに気がついたようでしたが、Kさん宅でお祝いをするので、私を勝手に誘えないような感じでした。それにしても、他の人も私を誘わないのかとKさんに言わないのも不思議でした。その時点で、Kさんが私のことを仲間外れにしたいと思っていて、他のグループの人もそれに対して何も言わないということが明らかになりました。
また、お決まりのように、お祝いの当日の夜には、「皆で出産のお祝いをしていて楽しかった」というコメントともに、集合写真や料理やデザートの写真をKさんはSNSにアップします。
私も、たまにSNSを使うようになりました。「XXにできたイタリアンのお店が美味しかった」とポストすると、数日後にKさんはそのレストランに行き、「XXにできたイタリアンの店、超まずかった。レビューするとしたら星一個」などと、私に対するあてつけ的なポストをするようになりました。
その後も、Kさん宅の子供のお誕生日会にうちの娘だけを誘わないなど、陰湿な仲間はずれが続きました。またグループの他の人も、それに対して何も言いませんでした。なぜなら、Kさんに意見を出せば、自分がそのグループでいじめられるかもしれなくなるからです。
私は、悩みました。ビザの関係で働くことはできなかったので、Kさんのまとめるママ友のグループだけが私の社交の場だったからです。まだ娘は小さいので状況がわかっていませんが、もう少しして話がわかるようになれば、状況もわかるようになってきます。私がグループから完全に離れてしまうことで、子供の友達も失ってしまうことになるのではないかとも考えました。
私は、それ以来、車で一時間半ほどかかる都市部の日本人の子育ての集まりに行くようにしました。そうして、Kさんのグループ以外の人とも会うようになりました。グループはもう懲り懲りなので、一対一でお付き合いしようと思いましました。それを何かで知ったKさんは次の行動に出ました。Kさんも、都市部の私が行っている子育てグループに参加し始めたのです。そして、新しくできた私の友達に近づき、自分の地元のグループに誘うのです。誘う際には、私の事を悪く言うのでしょうか。はっきりしたことはわかりませんが、その新しくできた友達も長いものにまかれろ的に、そのグループに入ってしまい、私とは会わなくなりました。
私はこれほどまでに、なぜKさんが私を仲間外れにすることに執着し、自分の時間やエネルギーを使うのかわかりませんでした。それと同時に、グループの周りの人もなぜ何も言わないのだろうと思いました。わたしにとって、Kさんは小さな日本人のグループ内でのお山の大将のように思えました。
正直、子供のいじめのようなことが大人になっても実在することに失望しました。それに気がついていても、Kさんの顔色ばかりを伺い、私が仲間はずれになっていることを見ないふりをしている周りの人達にも失望しました。世話好きで明るくて社交的なKさんをみて、日本人だからいい人だろうと考えた私自身を後悔しました。そして、Kさんを含めこのグループとは関わらないようにしようと思いました。
また、人に嫌な思いをさせることに時間やエネルギーを使うKさんを考えて、私は風力発電のように、自分に強い風が来て倒れたり、悔しい思いをしたら、その立ち上がるエネルギーをもっとポジティブなエネルギーに変えてやろうと思いました。さらに、そのポジティブなエネルギーを他の人にも共有できるほどになりたいと思いました。
私はもともと働いていたので、子供が学校に行くようになったり、日本に帰国したらまた働きたいと思っていました。ですので、娘が3歳になって幼稚園に行くようになるやいなや、ファイナンシャルプランナーの資格を取るために通信講座で勉強をはじめました。また、小さい頃から習字を習っていましたので、ボランティアで子供の幼稚園で日本文化としてデモンストレーションをしたり、都市部の日本人のグループで書道サークルを立ち上げたりしました。そういった経緯から、日本人の組織のイベントの手伝いをするようになりました。また、以前の職場では広告関係の仕事をしていたので、興味のあった動画編集の学校へ通い始めました。子育てをしながら、これらのことをするのは、体力的にも大変でしたが、数年後の自分を想像して自分を奮い立たせました。新しい行動をとれば、その場でまた知り合いもできて自分の社交の場も広がることがわかってきました。
子供も小学生に上がり、現地の学校で友達ができ、その友達のお母さんともお付き合いが始まりました。また、趣味や勉強を通じて友達になった人とはKさんとのお付き合いとは違い、気を使うこともなく気軽にお話ができます。こんなふうにして、数は少ないですが、次第に私にも友達と呼べる人も出てきました。
ヨーロッパに来て十数年が経ち、夫の赴任期間が終わり現在日本に帰った私は、ファイナンシャルプランナーの資格を活かせる仕事に就くことになりました。
大人になっていじめということを体験し、学んだことをいくつか書きたいと思います。
いじめられている渦中にいるときは、社会がそこだけのような錯覚に陥りますが、それはただの錯覚です。趣味でも勉強でも何でもいいですので、数年後の自分を想像し、その自分になるためにどうしたらいいか考え行動し、そのグループの外の社会に目を向けることをおすすめします。まず、外に一歩踏み出すことです。
人は共通点があると嬉しくなりますので、近くに住んでいたり、同じ出身地だったり、子供の年が近いと親近感が湧きますが、苦手な相手の場合は、無理してお付き合いすることはありません。また、大人だからといって必ずしも分別があるはずだと期待してはいけません。
日本に帰る前、私はKさんに言いたいことがありました。
「いろいろ大切なことを教えてくれてありがとう。また、あなたが私を嫌ってくれたおかげで、人生が変わりました」
今でもKさんのことは嫌いです。名前を聞いただけでもお腹を下してしまうほどです。でもKさんが私を嫌うことなく仲良くしていたら、この数年間の人脈や経験も資格もなかったと思います。そういう意味では、Kさんは私の人生にとって、無くてはならない存在なのです。
□ライターズプロフィール
山崎なおこ (READING LIFE 編集部ライターズ倶楽部)
昨年より書くことを学んでいる。
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