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週刊READING LIFE vol,113

思い出たちは写真の中に《週刊READING LIFE vol.113「やめてよ、バカ」》


2021/02/01/公開
記事:青野まみこ(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
それはいつもぽっかりと時間が空いた時にやってしまうことだった。
検索窓にキーワードを打ち込んで数秒待つ。
待ちながらなんとなく、今日も調べたらヤバいような予感がしていた。
 
……。
 
出てきた検索結果一覧を見る。
なんだ、33ページもあるのか。めんどくさいな。多すぎやん! しかしここで手間を惜しんだらダメだ。どんどん「次ページ」をクリックして、最後の1ページまで見る。もしかしたら探していたものが出てくるかもしれないじゃないか!
 
全ページ、下までスクロールしながらがっつりお目当ての品物を探す。
出てくる出てくる。持っていない商品が。
ずっと探していたA4の写真もたくさんあるじゃないか!
 
……ここはいったんカートに入れてから考えよう。うん、それがいい。
 
欲しい商品をとりあえず全部カートに入れる。チェックし終わって総額を見る。
うわ、結構行っちゃってるな。どうしよう。
でも、でも、今買わないと他の人に買われてしまうかもしれない。
こないだだって、次見た時はもうなかったじゃないか。
 
少し考えて、品物を調整して、どうしても自分が買いたい商品だけを確認する。
これでいいかな。このくらいの金額だったら。コロナ禍でどこにも行けないし、このくらい使っても大丈夫。確認した私は「購入する」ボタンを押す。
 
……ポチッ。
 
ああ、今日も買ってしまったよ。
なんで今日もあったんだよ!
やめてよ、バカ! また買っちゃったじゃないか!
 
すぐ釣られてしまう、ちょろい自分のバカさ加減を呪いながらも、一方ではやっぱり
「いや、今日買ってよかったのだ」
と満足していることを否定できない。
こんなんじゃ、まだまだやめられないねえ。毎度のように苦笑いをしてPCを閉じた。

 

 

 

ちょいちょいカミングアウトしちゃってるからリアル知り合いにもぼちぼちバレ始めているが、私はオタクである。それも女性アイドルオタク。
もっと細分化すると48グループのオタクである。
 
とはいっても、総勢300人以上在籍しているので全員好きというわけでもない。何人かの「推し」がいる。いや正確に言えば、推しが「いた」。発足して16年目の48グループなので、卒業生も山ほどいる。自分がオタ活全盛期だった頃の推しはもう全員卒業してしまった。
 
「会いに行けるアイドル」が売りのグループである。最初は躊躇していたけど、いつの間にか握手会に出かけるようになっていた。あまたいるメンバーの中で何人か、握手会に通い詰めたメンバーがいた。推しと直接話ができる、伝えることができるってなかなかできることじゃないし、握手券を買ってあげればそれがそのまま推しへの応援にもなる。たくさん話しに行ったメンバーの中でも、印象的なうちの1人は北原里英さんだ。
 
北原さんがグループを卒業してもうすぐ3年になる。彼女は今でも女優としてTV、映画、舞台等幅広く活躍している。卒業後、芸能界を引退して一般人になってしまうメンバーも多く、そうなるとほとんど消息がわからなくなってしまうけど、私の推したちは幸いにして卒業してもみんな芸能界に残っている。時折SNSで今の活躍を知ることができるのは嬉しい限りだ。
 
いつくらいから、北原さんのファンになっていたのだろうか。
あれは確か、2013年くらいだったか。
最初からいきなりファンになったわけでもなかった。かわいらしいけど、TVで見ていて前田敦子さんや大島優子さんのようにいつも1列目にいるメンバーじゃなくて、3列目の隅っことかにいて、曲が終わるまでにTVに数秒映るか映らないか。北原里英さんはそんなメンバーだった。
 
AKB48のシングル曲は16人で歌唱する。あれだけの人数がいて選ばれるのはたったの16人しかいない。北原さんは選抜に入ったり入らなかったりだったけど、バラエティ番組に出てきた時の彼女のトークが面白かった。「神7」だか「神8」だかに入ってなくてもシングル曲にはいてくれて、1列目で歌っていなくてもめげずに明るく場を盛り上げていて、「なんかこの人、いいなあ」と思い始めたのだった。
 
そこから握手会に通い始めた。
北原さんはいわゆる「ツンデレ」っぽい握手をする人だった。顔見知りになったオタクには打ち解けて話すけど、ご新規さんには割と定型的な会話をしていた。まあでもそれが普通なのでしょう。いきなり最初から知らない人と話すのに、一気になれなれしい会話ができる方がある意味すごいから。そういう意味で彼女は至極常識的な人だったと思う。
 
北原さんには何度会いに行ったか数えきれないけど、忘れられない握手会があった。
それは2015年1月5日の握手会だった。
 
その日は仕事始めだった。当時やっていた仕事は、肉体的にもメンタル面でもとてもハードで気を遣うものだった。シフト制なので午後からの出勤だったから午前中が空いていた。午前中推しの顔を見てから出勤しても十分間に合うかな。そう考えて、その時間帯に横浜での握手会を入れたのだった。
 
その日の握手会は、握手会でもあるけど「サイン会」もあった。握手をする前に、持っている握手券の枚数分だけiPadで抽選をして、当選したらメンバーがその場でサインを書いてくれたカードがもらえるシステムだ。私は握手券を1枚しか持っていなかった。1枚だから外れてもまあいいかな。そう思いながらiPadの4択のボタンから1つ選んで押してみた。
 
「サイン会」
 
当選だとサイン会、外れだとただの握手会だった。目の前に出てきたサイン会の文字が嬉しかった。1枚しか券がないのに1回当選したから確率100%だ。正月から縁起がいいかも! 私はおずおずと北原さんの前に向かった。
 
「あけましておめでとう、里英ちゃん!」
「おめでとう! おっ、サイン当たったんだ。こっちもおめでとう~」
そう言いながら北原さんはすらすらとサインをしてくれている。
「これから午後仕事始めなんですよ」
「そうなんだ。仕事頑張ってねー」
「当たったからなんかいいことあるかも!」
「そうだね! 今年もいいことありますように! じゃあまたね」
 
握手券1枚で10秒間の会話ができるけど、サインをしながらだったのでかなり長めにお話ができたように思う。嫌な仕事の前に、推しにサインもらえて超嬉しい! どんな神社のお札よりもご利益があるような気がするよ。みなとみらい駅から東横線に乗って職場に向かう途中も、何度となくバッグの隙間から北原さんのサイン入りカードを眺めてニヤついていた。傍から見れば結構不気味だったかもしれないけど、毎日毎日つまらないこと、我慢しないといけないことが多い人生なんだし、たまには喜んだっていいじゃないか。たかがカード1枚でこんなにもハッピーな気分になれるんだから、すごいものだ。

 

 

 

握手会のバリエーションには、動画撮影会、2ショット会などもあったけど、私はサイン会が一番好きだった。モバイルの中に残るのも楽しいかもしれないけど、紙に書いてくれたものの方が自分としては味わいを感じていた。48グループのサイン会は、カードか生写真にサインをしてくれていたのでいい記念になったし、その時の会話も割と鮮明に記憶に残っている。北原さん以外の推しメンにも会いに行っていたので、サイン会に当選するたびにコレクションが溜まっていった。
 
48グループはシングルやアルバムを出すたびに、またイベントがあるたびに、メンバー別の生写真を発売していた。全部で数百人もいるので膨大な数の生写真が出てくる。昔からブロマイドを集めるのが好きだった私は、推しメンの生写真を集め始めていた。手を出したら絶対にハマってしまうから……と最初は我慢していたけど、気が付いたらコレクションを始めている自分がいた。
 
CDを買うとその中に写真が入っているけど、自分の好きなメンバーが入っているわけではなくランダムなので、誰の写真が入ってくるかはわからない。自分の推しメンじゃない写真を、推しメンの写真と交換してもらうことも始めていた。いわゆる「トレード」だ。北原さんは古参メンバーで長いこと在籍しているので写真も膨大な枚数があった。でも集め始めちゃったら、半端で済ませたくなくなるのが人間というものでしょう? 私は自分が引いた生写真を、推しメンの写真と交換するトレードにもどっぷりハマっていった。
 
握手会の会場にオタクが集まってくるので、事前にTwitterで自分が提供できる写真と希望する写真とを提示しておく。トレードが成立したら握手会会場で交換する、という流れだ。ご遠方の方とは郵送トレードでやりとりをした。こうしてどんどん推しメンの写真が集まってきた。
 
それと並行して、トレードで手に入らない写真をショップで購入することも始めていた。
3枚1組、4枚1組、5枚1組というセットも多く、でもそのうちの1枚しか持っていないとする。トレードで入手できればいいけどそうそう都合よく揃う訳でもないから、足りないところがどうしても欲しかったら、買うのが手っ取り早かった。
 
すごく冷静に考えてみれば、紙に印刷してあるだけの話なので、それにお金をかけるなんて! と思う向きもおられるかもしれないけど、人って何に惹かれるのか見当もつかないことがある。ある人はそれがお酒かもしれないし、別の人は切手集めなのかもしれない。たまたま私はそれが推しの生写真だったという訳だ。
 
こうして、かなりの枚数の推しメンの写真が手元にある。ぎっしりと収納された生写真は北原さんのものだけでアルバム5冊くらいになっている。1冊が360枚入りだから5倍して計算してほしいけど、実はその他に整理しきれていないのもある。北原さん以外のメンバーのもあるので、気が遠くなるくらいのコレクションになってしまった。
 
それでもまだ未所持の写真がたくさんあるので、未だにショップで検索して欲しいものがあったら買うことを時々している。たかが1枚の紙に数百円も出すって、自分でもバカだなあと思うんだけど、でもやっぱり今日も推しはかわいいのだ。推しの笑顔を見るとこっちまで元気になれる。
 
もうみんな卒業してしまって握手会もなくなったし、コロナ禍で舞台も中止になることがほとんどなので、直接会って何かを伝える機会がほぼなくなってしまった。推しの写真を見ていると、会話をした1つ1つの瞬間も思い出せるし、その時握手会場で会った仲間との会話も楽しかったな、なんてことも思い出したりする。
 
ずっと思い出の中に生きるつもりもないけど、自分に元気をくれた推しメンには感謝しかないし、握手会や写真トレードで出会ったオタクたちも面白い人、いい人ばかりだった。またいつか、みんなで会える日が来るのだろうかと思うことがある。その日は遠い将来になってしまうのかはわからないけど、未だに元気をくれているものが手元にあるのは心強いと思っている。「いい齢して何やってんだよ自分」と、我に返って思うことも時々あるけど、自分のお財布に支障がない範囲で、ささやかに推しメンを忍ぶことは楽しみたい。オタクはまだまだ卒業できそうにない感じもするけど、まあそれもいいんじゃないか? と思うのだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青野まみこ(あおの まみこ)

2020年3月天狼院書店ライターズ倶楽部参加。同年9月READING LIFE編集部公認ライター。オタクだったから今まで生きてくることができた人生でした。

この記事は、人生を変える天狼院「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」をご受講の方が書きました。 ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2021-02-01 | Posted in 週刊READING LIFE vol,113

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