週刊READING LIFE vol,113

おばさんを惑わさないで《週刊READING LIFE vol.113「やめてよ、バカ」》


2021/02/01/公開
記事:伊藤朱子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
年末年始の冬休み、ご飯を食べながらテレビでも見ようかと思い、リモコンを手に取った。幾つかのチャンネルを見てみるけれど、あまり興味をそそられるものがない。
 
そうだ、動画を見よう。
最近買い換えたテレビは、インターネットに接続されていて、幾つかのアプリが入っている。私はその中からよく利用するものを選んだ。
 
映画、アニメ、ドラマ、バラエティ番組……。
誰かが面白いと言っていた何かを見つけられなくて、結局、一番上に出てきたアニメを見ることにした。
1話が短いアニメなら、区切ってみることも可能だ。つまらなそうだったら別のものに変えればいい。
 
「イマドキの若い子が見そうなアニメ」、なんて言うと、いかに私がおばさんかがわかってしまうが、そのアニメは私の世代が積極的に見ていそうなものではなかった。
まあ、アラフィフなんて気取った言葉で言ったって、50歳に近い年齢なのだから、立派なおばさんだ。子供と一緒に見る可能性はあるけれど、基本的にはアニメ好きでもない限り、アニメなんて自分から選んで見ないだろう。
 
見始めて思った。
「ふーん、なかなか面白いな」
 
主人公は高校生、人並み外れた身体能力を持っている。その彼が、ひょんなきっかけから、呪術を扱う世界に引き込まれていく。
そして、呪いを持つものと戦っていくことになる。
呪いを持つものは、人間の呪いの化身である。この世の中は、人間が生む負の感情、恨み、妬み、後悔などに溢れていて、それが「呪い」を生み出すという設定だ。
 
こういうアニメでは、主人公は仲間たちと関わり、困難に立ち向かいながら、悪者と戦い成長していく、というのが定番のストーリーだと思うが、大筋はまさにそういう感じだった。
 
ここまで書けば、アニメの好きな人や若者なら、私が見たアニメがなんだったのか、きっとおわかりだろう。
そう、そのアニメは「呪術廻戦」というものだった。
 
テンポよく交わされる会話、話の展開も面白い。
でも、こんなアニメを見ている時、おばさんはどんな気持ちで見ているのかといえば、「戦っている主人公やその仲間達を見守る気分」である。
決して、主人公に感情移入するわけではなく、「自分が戦い、まさに成長していく」ことを感じている、ということではない。
主人公に共感するというよりは、「おー、頑張っているな、頑張れ!頑張れ!」という一歩引いた感じである。
若者たちのやりとりも少し笑えて、「若いっていいな」と感じていた。
 
そして、食事をしながらちょっと気軽に見始めたアニメを、いつの間にか食事のたびに続きが気になり、見るようになっていた。
 
ある時、
 
「えっ、なにそれ」
私は自分の心臓がドキドキするのを感じた。
 
かっこよすぎる。
とにかく、かっこよすぎるのである。
 
驚いた、この人がこんなにかっこいいなんて。
衝撃的な美しさ。
 
五条悟、この主人公が通う呪術高等専門学校の先生だ。
普段はアイマスクをしていて、目を隠している。顔全体はわからない。
強力な呪術を使うことになった時、おもむろにアイマスクを下げた。
 
それまでも五条悟は登場してきているのだが、初めからずっとアイマスクをつけたままだった。
私の中の勝手なキャラクター設定では、彼の目はどちらかというと細いイメージだった。ところが、現れた目はまつげが長く、ブルーの大きな目だ。
 
私が想像していたキャラクターと違う状態。
この、予想を裏切る状況に、私の頭の中はパニックだった。
 
えー、こんなにかっこいいの!
素敵すぎ!
 
思わず画面を止めて、しみじみと見入ってしまった。
 
これが私のイメージ通りの少し目の細めの美男子だったら、こんなに感激しない。想像の範囲内、想定内だ。たとえ美しくても、それを予想し、心構えができている。だから、こんなに衝撃は受けない。
ギャップがあったからこそ心にインパクトを与え、私の気持ち、心臓をドキドキさせた。
 
こんな風に、アニメの中の男性に心を奪われたのは「はいからさんが通る」の主人公の許嫁、伊集院少尉くらいだ。でも、これはあくまでも女の子の大好きな「白馬に乗った王子様」的なキャラクターである。
 
子供の頃、この五条悟に出会っていてもドキドキできただろうか。とても「白馬に乗った王子様」にはほど遠い。
もしかして、今の年齢だからこそ、ドキドキできたのだろうか。
 
お正月休みが明けて、一緒に働いている女の子に、早速、私が受けた感激を話した。
アニメのストーリーはそこそこに、私はいかにその五条悟がかっこよかったか、私のイメージの中とのギャップを語った。
 
彼女は、面白がって話を聞いてくれたものの、
「アニメ見て、ストーリーじゃなくて感激したのはそこですか?」と、笑っていた。
 
ストーリーが面白くない、と言っているのではない。でも、何より、私が勝手に作っていたイメージとのギャップに打ちのめされていただけだ。
 
その後も、いつ五条悟がアイマスクをとってくれるのか、楽しみにしながら全編を見た。
残念ながら、アイマスクをしっかりとるシーンは、今、公開されている1クール目ではなかったけれど……。
 
後日この彼女から、テレビでこのシーンが放映された直後、五条悟がアイマスクをとった時の美しさについて、SNSで話題になっていたということを聞いた。
テレビで放映された時、私と同じようにあの美しさに度肝を抜かれた人々がいたのだ。
 
私は彼女からその話を聞いた時、「私のようなおばさんも、感激したかな?」と思った。
そもそも、連載は少年週刊ジャンプという雑誌だ。私のような年齢層には縁のない漫画雑誌である。
 
何となく気になって、私は五条悟のキャラクター設定をインターネットで検索した。
誕生日は12月7日。私と近い。なんだかそれだけでも嬉しくなる。
そして、年齢を見て衝撃を受ける。
27歳……。
 
若すぎるでしょ。現実の27歳なんて、おばさんから見ると、全然、あんな大人じゃないと思うけど。
 
高校生の主人公からしたら、先生であり兄貴分的な存在ということで、このくらいの年齢の設定なのかもしれないが、私から見たら、これは若すぎる。
こんな大人なら、せめて30歳前半ぐらいの年齢にしてほしい。
 
そして思わず、作者のプロフィールも検索した。
 
そうか……。そういうことか。
 
作者は1992年生まれである。ちょうど自分がこの五条悟と同じくらいの年齢なのだ。きっとそれより年齢が高い設定は、おじさんになりすぎて、兄貴的存在という感じではなくなってしまうのだろう。
 
現実の世界では、到底ありえない設定なのだから、年齢を気にするのも馬鹿げているのかもしれない。
でも、若い子に心奪われている自分が、何となく恥ずかしくなった。

 

 

 

私にも若い頃があった。当たり前の話である。
20代の頃、40代後半の女性が若い男性アイドルグループに夢中になったりしているのを見聞きすると、なんでそんな気持ちになるのか全く理解できなかった。でも、今、自分がそういう年齢になると、少し気持ちがわかるような気がする。
 
私は元来、年上の大人の男性に心惹かれることが多かった。例えば、佐藤浩一さんや役所広司さんなどの、今も素敵な俳優さんを若い頃から好きだった。
でも、最近はちょっと気がつくと、若い俳優さんを「かっこいいな」と思っている自分がいる。
 
歳をとると、なんで自分より若い人がいいなと思うのだろう。
男性が若い女性に心惹かれるのは分かりやすいと思う。
元来、自分の遺伝子の存続のために、男性も女性も相手を選ぼうとする本能があるわけだから、男性からすれば女性が若い方が、より、遺伝子存続に適していると考えるのだろう。
 
しかし、その観点で言うと、アラフィフの中年の女性は、もうここから新たに、自分の遺伝子を残すことはほぼ不可能である。そうなると、若い男性を選ばなくてもいい訳である。だから、本能的には、若い男性に興味を示さなくてもいいのかもしれない。
 
でも、やはり若い男性に目がいく。
それは、なぜ?
 
そうか……、若い男性は「美しい」からだ。
 
それは、容姿が「美しい」と言っているのではない。若さから出るエネルギーにも「美しさ」を感じるのだろう。その「美しさ」は「生命力」と言ってもいいのかもしれない。
 
私は女性なので、とても簡単に、異性である男性が持つ「美しさ」に心が惹かれやすいのかもしれないが、よく考えみると若い女性に対しても「美しさ」を感じて、目がいくのである。
 
自分自身が若かった時、全く自分が放っていた「美しさ」に気がついていない。だが、年を重ねれば重ねるほど、若さから出る「美しさ」を感じることができる。それは、年を重ねた人の放つ「美しさ」とは異なるからだ。
 
ある韓国ドラマの中で、主人公が超美男子と映画見ているのだが、映画よりも彼の横顔が気になってしまう。
そしてつぶやくのだ。
 
これは本能よ。
美しいものに目が行く、原始的本能。
ただ、見てしまうだけ。本能的に。
 
人間の脳は本能的に快楽を感じたいと思っている。
そして人は「美しい」ものを見ると快楽を感じる。
 
だから、美しいものを求めて、そちらに目がいってしまうのだろうか。
 
そして、それは現実の世界で接することを求めているようなことではない。
アイドルを追いかけることは現実だけれど、そのアイドルと現実として一緒に生活したいとか、そういうことではないはずだ。
現実ではない、非現実的な世界で十分なのだ。
夢見心地でその世界に浸ることができる環境があれば、満足なのだと思う。
 
そう、私もただ、五条悟の素顔が見たいのだ。
ずっと隠されていると思いが募る。
見たい気持ちが簡単に叶えられないからこそ、見たい。
簡単に手に入るものには、人は魅力を感じないのも不思議なことだ。だからこそ、手に入れた時、夢見心地でその世界に浸ることができるのかもしれない。
 
おばさんは「美しさ」に惑わされる。
 
もちろん、1月から始まる「呪術廻戦」第2クールも見るつもりである。でも、ストーリーよりも私の関心は五条悟がマスクを取るタイミングだ。
 
アニメの作者はこんな風に思う読者を意図していなかっただろう。
 
だから、一言このアニメの作者に言いたい。
「やめてよ、バカ……。おばさんを惑わさないで」
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
伊藤朱子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

建築設計事務所主宰。住宅、店舗デザイン等、様々な分野の建築設計、空間デザインを手がける。書いてみたい、考えていることをもう少しうまく伝えたい、という単純な欲求から天狼院ライティング・ゼミに参加。これからどんなことを書いていくのか、模索中。

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2021-02-01 | Posted in 週刊READING LIFE vol,113

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