60代からのお城《週刊READING LIFE vol.116「人間万事塞翁が馬」》
2021/02/22/公開
記事:丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
1995年1月17日。
この日は、私の人生の中で忘れられない日の一つになっている。
26年前のあの日、私は夫の実家で大きな揺れを感じた。
ちょうど台湾での海外赴任生活を終え、1994年の年末に帰国し、新生活の準備のために夫の実家に身を寄せていた時だった。
築40年は経つ夫の実家の二階で寝ていた私たちは、あまりの揺れに飛び起きた。
大阪市内にあったその家は、家具こそは倒れてこなかったものの、仏壇の中身やタンスの上の贈答品の箱などが落下した。
しばらく続く揺れが終わって、階下に行ってテレビをつけると私の育った兵庫の街が姿を変えてしまっていた。
「なんということに……」
そして、すぐさま実家に連絡をした。
案の定、災害時には自宅の電話はつながらず、ただ流れるテレビの映像に絶句するしかなかった。
ようやく実家の母から電話が入ったのは、その日の夜だった。
実家にいた両親、妹ともにけがもなく命にも別状がないことがわかり、ホッとした。
翌日、幸いにも実家の最寄り駅まで電車が開通し、夫と姑と一緒に向かった。
実家の両親、妹を呼び寄せるために、姑までも一緒に行ってくれたのだ。
私の家族が遠慮しないようにという、姑の配慮には心から感謝した。
到着した実家は、建物が崩れることもなく、大きな損傷は確認できなかったのだが、屋根がところどころ落ちてしまっていた。
関西の家というのは、昔から台風被害に備えて屋根は頑丈な瓦葺きが定番だった。
当時、地震は関東地方に多く、まさかあんなにも大きな地震が関西を襲うだなんて、誰も想定していなかったのだ。
築30年以上だった実家は、室内は土壁だったが、それらはすべて落ちてしまっていて、家の中を歩くには、土足しかないような有様だった。
生まれ育った実家の無残な姿に心は痛んだが、家族の無事と何よりも今後のことの方が大きな問題だった。
実家は、元々農家をやっていた。
田んぼを何反か所有し、祖父母の時代からは兼業農家として生計を立てていた。
父はサラリーマンだったが、農繁期には家族総出で田んぼを手伝っていた。
田んぼを一反売るごとに、アパートを建てて経営を始めたり、古かった実家を建て直したりしていた。
なので、実家は住宅ローンというものを利用したことがなかったのだ。
父は、カードも嫌いで、支払いはすべて現金でしかやったことのない人だった。
そんな実家の両親に、あの大きな震災が人生最大の課題をもたらしたのだ。
屋根が落ちてしまった実家は、市からは全壊判定を受け、建て直す必要が出て来た。
当時、近所のお家もそうだったが、子どもが独立し、親世代が住んでいる家が多く新しく家を建て直すには、様々な問題があった。
子どもが実家に戻り、子どもがローンを組み、親と共に暮らす家を建てるのか。
集合住宅形式にして、そこに住みながら、家賃収入でローンを返済するか。
私の実家は、後者だった。
震災当時、60歳をとうに過ぎ、リタイアしていた父と母。
そんな両親が生まれて初めて住宅ローンを組むことになったのだ。
新しいことを始める時、人は誰しもストレスを感じる。
心配なことを想定することも多いものだ。
それまでは、「お昼に何食べる?」ということぐらいしか心配事のなかった両親。
それが、新しく家を建て直すにあたり、様々なことを決めてゆかなければならなくなったのだ。
幸いにも、ローンの審査は通った。
次は、設計、建設の段取りだ。
母の知り合いに、何棟もマンションを所持している人がいて、その建設会社を紹介され、お世話になることにしたのだ。
震災から2年後、実家の敷地内には、3階建てのマンションが完成した。
1フロアーに3軒の部屋があり、1階の2軒分が実家の住まいとなったのだ。
両親、妹が仮住まいから引っ越しをして、新しいマンションで暮らすようになって、私も初めて実家を訪れた。
私は生まれてから結婚するまで、実家を離れたことがなかった。
サラリーマンだった父は、転勤はあったものの、すべてが関西圏だったため、引っ越しを経験したことがなかった。
実家のあった土地に建ってはいるものの、もう全く別の建物となると、不思議な感じがしたものだ。
何一つ、もう自分の思い出はそこにないような、そんな一抹の寂しさも感じた。
でも、久しぶりに嗅ぐ新しい建物の匂い、やっと実家に戻れて喜んでいる両親を見ていると、私もホッとしたことを思い出す。
実は、新しくマンションを建てるに当たり、両親と妹は時に衝突をしたようだ。
意見の違いが起こり、難航することもあったようだ。
それでも、周りの人にも助けられながら、なんとか大きな課題を乗り越え、新しい住まいを手に入れることができたのだ。
新しいマンション住まいになって、何よりも機能的なことに両親は喜んでいた。
仮住まいは、古いアパートだったので、冬は寒く、室内は薄暗いような部屋だった。
ところが、マンションというのは気密性が高く、1階で窓も大きくとっていたのでとにかく明るくなったのだ。
そして、以前は一戸建てのため1階、2階という生活。
だんだんと年老いてゆく両親には、階段の昇り降りは体に堪えていたと思う。
マンションというのは、何よりもフラットな生活が醍醐味だ。
特に、年老いた両親には、それが一番のメリットだったと、マンションに住み始めて一番感じた。
大きな窓から差し込む陽の光を浴びて、美味しそうにお茶を飲んでいる両親の姿を見たとき、私は全身の力がやっと抜けていった気がした。
未曾有の大震災に遭うという経験。
そこから、自分たちの生活の基盤である家の建て直し。
いつものような、何気ない日常に戻るまで、どれほど両親にとっては負担があったことか。
それでも、こうして、新しいお城を手に入れることになったのだ。
思いがけず、60代にして再度、新築の家に住むという経験は、ある意味、有難いことなのかもしれない。
両親にとっては、とてつもない、苦しく、悲しい経験だった、阪神淡路大震災。
それでも、前に向かってやるべきことをこなし、また安心して住める家を手に入れられて、以前よりも安心安全な環境で過ごせていることを見ていると、人間万事塞翁が馬だとつくづく感じる。
そんな両親の行動を側で見ていて、私自身もとても励まされた。
災いは確かに不幸なことではあるが、淡々とやるべきことをやることで、それを如何様にも変えてゆけるのだと教わったように思う。
□ライターズプロフィール
丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
関西初のやましたひでこ<公認>断捨離トレーナー。
カルチャーセンター10か所以上、延べ100回以上断捨離講座で講師を務める。
地元の公共団体での断捨離講座、国内外の企業の研修でセミナーを行う。
1963年兵庫県西宮市生まれ。短大卒業後、商社に勤務した後、結婚。ごく普通の主婦として家事に専念している時に、断捨離に出会う。自分とモノとの今の関係性を問う発想に感銘を受けて、断捨離を通して、身近な人から笑顔にしていくことを開始。片づけの苦手な人を片づけ好きにさせるレッスンに定評あり。部屋を片づけるだけでなく、心地よく暮らせて、機能的な収納術を提案している。モットーは、断捨離で「エレガントな女性に」。
2013年1月断捨離提唱者やましたひでこより第1期公認トレーナーと認定される。
整理・収納アドバイザー1級。
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